タイとは、
- タイ王国(Thai, Thailand) - 東南アジアに位置する仏教国。当記事で説明。
- タイ(鯛) - 日本でおめでたいとされる魚。
- タイ(tie) - ネクタイの略。
- タイ(tie) - 引き分け、あるいは記録が等しいこと。
- タイ(tie) - 同じ高さの複数の音符を繋げて、ひとつの音として演奏することを示す音楽記号。
- たい(田井) - 日本の地名および苗字。地名は岡山県玉野市、茨城県つくば市、大阪府寝屋川市など各地にある。
この項目では1.について述べる。
タイ(Thai, Thailand)とは、東南アジアに位置する仏教国である。
概要
基礎データ | |
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正式名称 | タイ王国 ราชอาณาจักรไทย |
国旗 | 通称:トン・トライロング(三色旗) |
国歌 | タイ国歌 |
公用語 | タイ語 |
首都 | バンコク(Bangkok) |
面積 | 514,000km²(世界第49位) |
人口 | 約6500万人(世界第19位) |
通貨 | バーツ(THB) 為替レート |
タイランドともいわれる。あまり使われないが、漢字では泰。20世紀前半まではシャムと呼ばれていた。1939年6月24日に国名をタイに変更している。日本と同じく立憲君主制の国家であるが、国王の政治的な影響力は日本と比べて大きい。
首都バンコクは非常に長い儀式的名称を持つことでも知られ、フジテレビの「トリビアの泉」でも取り上げられ94へぇを獲得した。以下がその名称および意味。
クルンテープマハーナコーン・ボーウォーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤーマハーディロック・ポップノッパラット・ラーチャターニーブリーロム・ウドムラーチャニウェート・マハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィッサヌカムプラシット(イン神がウィッサヌカム神に命じてお作りになった、神が権化としてお住みになる、多くの大宮殿を持ち、九宝のように楽しい王の都、最高・偉大な地、イン神の戦争のない平和な、イン神の卓越した宝石のような、偉大な天使の都)
なお、タイではこの冒頭を取ってクルンテープと一般的に呼ばれる。
熱帯の国で、首都バンコクはすべての月で最高気温30度以上を維持する。
タイに限らず熱帯の国に共通するが、冷房をガンガンに効かせることが富の象徴と考える風潮がある。
空港などの施設の中は冷房が効きまくっていてやたらと寒い。旅行の際にはジャケットを持っていきたい。
タイの宗教事情と国民性
国民の95%が仏教を信仰する仏教国である。男子は一生に一度は出家しなければならないという。その一方で、全体の3%程度であるがイスラム教を信仰する国民もいる。特に深南部3県におけるムスリムの割合は高く、2006年におけるクーデターの指導者である陸軍総司令官のソンティ陸軍大将はイスラム教信者である。
タイにおいてマクドナルドのドナルド人形は仏教僧のように合掌している。(画像検索結果)
ミシュランのマスコットであるビバンダムも、合掌した姿で店先に登場している。(画像検索結果)
日本人が血液型にこだわるのと同じぐらいに「生まれた時の曜日」にこだわり、初対面の相手に尋ねる。
曜日の色と曜日に対応した仏まで決まっていて、それを答えることができると好感度が上がるらしい。
タイでは人前で叱る、人前で怒る、ということは失礼なことで避けるべきだという意識が浸透している。
これを知らない日本人ビジネスマンが現地でトラブルを起こしてしまうこともあるらしい。
タイ人、とりわけ男性に特に顕著であるがお母さんを大切にする傾向がある。そのため、マザコンといわれることもある。
タイでは人の頭は「精霊が宿る場所」として神聖視されている。そのため、他人の頭を触ることは
大変失礼にあたる。小さな子どもの頭を撫でることも控えておいた方が無難である。
また、足の裏は不浄の場所と考えられているので、足の裏を人や仏像に向けない方がいい。
仏教国と言う事もあり、交通機関における優先席の表記には年寄りや体の不自由な人、妊娠中の人のほかにも、僧侶のピクトグラムがある。ちなみにバスにおける優先席は一番前方の席、いわゆるマニア席にあたる部分が多い。
毎日朝8時と夕方の6時に公共施設、公園、広場、テレビやラジオで国歌が流される。
また映画館においても映画を見る前に国王の肖像画が出て国王賛歌が流される。
国歌や国王賛歌が流れる間は一同起立して敬意を捧げる習わしがある。
チャクリー朝
1782年から始まったチャクリー王朝が治める立憲君主国である。現在の国王はラーマ10世。
先代国王のラーマ9世はタイのために尽くし続け、国民から絶大な敬愛を受けていた。
そのため街中に国王肖像画が飾られていた。詳しくはラーマ9世の記事を参照のこと。
著名な国王
王朝が始まって以来、3世紀を経ておりその中でも国内外に名が知れたり、名君の誉れ高い国王も出ている。
ラーマ1世
アユタヤ王朝の血族であり、元々はチャクリー王朝の前に存在したトンブリー王朝のタークシン王につかえていた。タークシン王は自分の出自に起因する精神疾患を患い、国内が混乱したため、タークシン王を処刑し、持ち前の猛将ぶりでたびたび進行を受けていたビルマの侵攻に抗い、国内を平定した。
ラーマ4世
チャクリー王朝の4代目の国王であり、モンクット王の名前で知られる。
その名が広く知られているのは、欧米で広く知られてる「王様と私」、あるいは「アンナと王様」という作品における王様のモデルとしてである。劇中においては頑迷な君主として描かれる部分もあるが、実際は仏教改革や清からの冊封体制からの離脱、不平等条約とはいえ西洋との交易などの事業を推進した開明的な国王とされ、事実に反しているとされるこれらの作品はタイ国内では不敬罪相当なものとして上演は禁止されているレベルである。
ラーマ5世
チャクリー王朝の5代目の国王であり、一般的にはチュラロンコーン王の名称で知られる。
在位期間は1868~1910年。
ラーマ4世の推し進めた改革をさらに推し進めて、名君の誉れ高い国王となった。今でもタイの一般家庭において後述するラーマ9世と共に肖像画が飾られているほどである。
ちょうど同じ時期、日本においては明治維新の真っただ中であり、同じ時期に似たような政策を行っていたという事で何かと対比される事が多い。
しかし彼が在位していた時期は、タイにとって苦難の連続だった。欧州各国が植民地獲得のため極東アジアに魔手を伸ばし、タイはイギリスとフランスの侵略に遭った。タイはカンボジアの宗主国であったが、フランスによって保護国にされてしまう。それからというもの、フランスから何度も圧力をかけられ、領土を切り取られていった。彼が在位している間だけでも5回領土の割譲が行われており、うち4回がフランス、1回がイギリスにだった。このためフランスへの恨みは強く、不当に奪われた領土の返還を求めていた。
しかしながらラーマ5世の外交手腕は卓越しており、イギリスとフランスを翻弄して互いに争わせるように仕向けた。結果的にかなりの領土を割譲する羽目になったが、他の諸国と違って独立を最後まで守り通した。当時の極東アジアで独立を保っていたのは日本、タイ、中国の三ヶ国だけだった。
ラーマ9世
1946年から2016年の崩御時まで在位していたチャクリー王朝9代目国王であり、一般的にはプミポン国王と言う名称で知られる。
既に絶対君主制から立憲君主制に移行していたために実権こそ持たないが、たびたび訪れる政情不安に対しては制度を逸脱しない範囲において立ち回り、混乱を抑え込む手腕を発揮した。
またタイ国内をくまなく訪れ、国民と多く触れ合い、自らのプロジェクトを実践していき少しでも国民生活が向上出来るように行動した。こうした活動は不敬罪の存在を考慮しても統治者の鑑であることは疑いの余地はなく、一般家庭においてはラーマ5世と共にその肖像画が飾られているほどである。
タイの政治
とても政変が多く、政情が不安定な国として知られる。
選挙があると「不正選挙だ」「そんなことはない。潔く負けを認めろ」と押し問答が始まる。
混乱が続くと軍部がクーデターを起こし、首相を擁立する。
軍部が民主化運動を弾圧し、流血騒ぎになる。そして流血の責任を取って軍部が退き、選挙が始まる。
タイの政治はこんな具合の混乱と政変が多い。
あまりに混乱するとラーマ9世が出てきて「選挙はやり直すのが良い」「軍部はけしからぬ」
「悪人の言動に乗せられて暴動を起こしてはならぬ」と鶴の一声を出し、それで一気に騒動が収束する。
ラーマ9世が出てくると政変も静まるので、ある意味、政情が安定していると言えなくもない。
東のインドシナ半島3国(ベトナム、カンボジア、ラオス)と北の中国が共産国なので、それに対抗すべく
軍部の強化に余念が無い国である。そのため軍部の発言力が強く、ちょくちょくクーデターを起こす。
2016年に即位したラーマ10世は若い頃からずっと軍人教育を受け続け、陸軍と深い関係にある。
ゆえにラーマ10世は軍部寄りではないかとも思われる。今後が注目される。
ちなみにタイでは軍部のクーデターが恒例行事のように起きるので、住民も慣れっこになっていて、
戦車が出てくると野次馬が集まり、戦車の前で記念撮影したりダンスを踊ったりする。
仮面ライダーのコスプレをして戦車と写真に写った俳優4人が軍隊に逮捕されたが、すぐ釈放された。
タイのゲーム・インターネット事情
タイは仏教国とされているが、街を歩いていても僧侶を見かける回数はラオスやミャンマーに比べて低い。だが、出家をして修業をするタイ人は多く、修行に専念できずにインターネットやパソコンゲームにあけくれる僧侶が増えており、問題化している。現に、タイの首都バンコクの秋葉原と呼ばれている『パンティッププラザ』には、オレンジ色の袈裟(けさ)を着た僧侶が多く訪れ、パソコンのパーツやソフトウェアを購入している。
『インターニュース』によると、タイにはアジア最大の違法コピーゲーム市場があり、プレイステーションおよびプレイステーション2、Wii、Xbox360、ニンテンドーDS、ゲームボーイアドバンス、PSPなどの違法コピーゲームが出回っている。格安で購入できることから、購入者が後を絶たず、正規ゲームソフトの売れ行きは著しく悪い。
インターネットカフェが多数存在し、タイ人のやや裕福な一般家庭であれば、インターネットを楽しめる時代になってきた。タイ人はもっぱら、オンラインゲームかインスタントメッセンジャーによる出会い系をメインに楽しんでいるようで、『ニコニコ動画』や『YouTube』に動画をアップして楽しむような行為はされていない(閲覧して楽しむことはしているようだ)。なお、インターネットカフェのPCの多くは日本語に対応しているという。
タイのビール
出家僧以外の飲酒を許可する仏教国なので、ビール作りが盛んであり、世界に雄飛するビール企業が
2社育っている。
その1つがタイ・ビバレッジ社で、代表的な商品は「Chang(チャーン)」である。
Chang(チャーン)はタイ語で象の意味なので、商品ラベルには象のマークが入っている。チャーンビールはそれまでの、後述するシンハビールの独壇場だった国産ビールの牙城を切り崩すことに成功している。
もう1つがブンロート・ブリュワリー社で、代表的な商品は「Singha(シンハ)」である。
Singha(シンハ)はサンスクリット語で獅子という意味であり、商品ラベルには獅子のマークがある。
Singhaは仏教経典で頻出する言葉。ちなみにシンガポール(Singapore)のSingaも同じ語源。タイ国内では「ハ」の部分は発音しないので「ビア・シン」という。なおチャーンビールの台頭で、ブンロード社は格安のビールを用意することとなり、「ビア・リオ」というヒョウのデザインをあしらった大衆向けビールを発売することとなった。ミャンマーやマレーシアやシンガポールにも「Singha」を輸出しているが、彼ら英語圏の住民はタイ人のように「シンハ」と呼ばず、「シンガ」と呼んでいる。
ChangとSinghaのどちらも評判が良く、地元新聞には「象と獅子の戦争」と書かれている。
タイではビールの度数が日本より少し高いこともあって、ビールを飲む際は氷を入れるのが一般的である。なお、ビールを含めたアルコール類の購入は時間が決まっており、11時から14時までと17時から24時までの間で許可されている。これ以外の時間におけるアルコールの購入は許可されていない。実際は飲み屋やローカルなお店ではそこまでキツキツではないわけだが。
タイにおけるたばこ事情
タイにおける喫煙は日本より厳しく、空調の効いた場所や密閉空間における喫煙は禁止されており違反者には2000バーツ(日本円でだいたい6000円前後)となっている。実際は飲み屋などでは目こぼしもあるのだが、それでもここ数年は非常に厳しくなっており、喫煙マナーの遵守は念頭に置かなければならない。言うまでもなく列車内やバス、タクシーといった公共交通機関では喫煙は厳禁である。
たばこのパッケージの注意書きも日本を大幅に上回った大きさとなっており、パッケージの半分近くは警告となっている。さらに喫煙者の末路的な非常にグロい写真を乗っけたものとなっている。
煙草の購入はコンビニにおいては日本と同じように購入できるが、通常はシャッターがされているので購入希望を申告したうえでどの列の何番目かを言う必要がある。かつては切り売りで1本単位というのも存在した。
現在、日本で流行の電子タバコについては現状は違法であり、取り締まりの対象である。
タイ独自のブランドとしては「KRONG THIP」、「FALLING RAIN」などがある。
タイの自動車事情
後述するように東洋のデトロイトといわれるレベルで自動車産業が勃興しているので、自動車に関しては文化面などでは概ね日本と変わりないレベルであるが、とりわけ多いのはピックアップトラックである。これはかかる税金(自動車税など)が乗用車やSUVと比べても割安であり、バンコクを含めて全土でピックアップを見ることができる。
また古い車ほど税金が安くなり、割合に日本では見なくなった古い車が今でも現役で稼働している。車検は初年度登録から7年目に発生、以降は毎年車検となる。
輸入車は非常に高額な関税が付される。日本での価格の数倍というレベルとなり、結果的に日本ではごく普通の車であっても、高級車になってしまうケースが見られる。一例として日本では割合に幅広い層に人気のあるトヨタ・アルファード/ヴェルファイアはタイトヨタの正規輸入車としてラインナップされているが、ほぼ同一グレードでのグレードでの比較(日:V6 Executive Lounge タイ:V6 VIP)との場合、タイ仕様は日本円に直せば1600万円(1バーツ3円で計算)で日本仕様の2倍強となるほどに多額の関税が付されている。この為、タイにおける自動車製造はもっぱらノックダウン製造がメインである。
燃料については現在スタンドで販売される燃料は日本でいうところのハイオク/レギュラーガソリン以外にもアルコール含有の燃料も存在する。アルコール系含有ガソリンはガソホールといわれ、含有量によって名称が異なり、値段にも差が出る。アルコールメイン(ガソホールE85)も存在し、対応車種は限られるが、リッターあたりの値段がCNGと肉薄するほどに安価となっている。ディーゼルも存在するが、日本と比べて価格差は小さい。
タイにおける燃料のメインストリームはガス系燃料、具体的には天然ガス(CNG)や液化燃料ガス(LPG)である。これらの燃料はガソリンやディーゼルと比べても半分であり、燃転改造はごくありふれた改造となっている。値段が抑えられているのは国策によるところが大きく、この近辺で安定的にCNGが採掘されている事情が関係しているとされる。
タイの地域
大きく分けて4つの地域に分かれている。
北部
概ねチェンマイやスコータイの地域付近をさす。この地域はラーンナー王朝やスコータイ王朝が存在していた事もあり、タイの京都ともいえる古都の雰囲気を醸し出している。
色白な人が多く、京美人ならぬチェンマイ美人という言葉もある。
地域的にバンコクよりも涼しい地域なので避暑地になる事も(熱くないとは言ってない
東北地方
概ねナコーンラチャシーマーやウドンターニーなどの地域をさす。面積や人口ではタイ全体の1/3程度である。
国境を接するラオスやカンボジアの影響を受けており、ウドンターニーやノーンカーイのようにラオスに近い地域ではラオスの影響が強く、ウボンラチャターニーのようなカンボジアに近い地域ではカンボジアの影響が強い。言葉もそれに準じている。
食事はソムタムと言われるパパイヤのサラダを食し、タガメやカイコのさなぎ、イナゴと言った昆虫を食すこともある。台地が赤土であり、灌漑施設も十分でないために農作物の生産が不安定となっている。加えてバンコクとは異なる文化や風習があるので、とりわけバンコク都民からは田舎っぺ扱いされることが多い。
前述したとおり、農作物が不安定であり、産業が多く存在しないので日銭があまり多く稼げず、少しでも多く現金収入を得るためにバンコクへ出稼ぎに行くという光景が今でも見られる。
中部
概ねバンコク周辺をさす。
文化や産業の中心ともいえ、日本で言えば関東地方周辺の様なものである。チャオプラヤー川の存在によって肥沃な土壌を形成出来たために稲作に適しており、また海に近い土地柄で国外への輸出も容易となっている。
南部
マレーシアと近い地域ではマレー文化との混交が見られる。その為、イスラームが根付いている地域が多い特徴がある。とりわけマレーシアとの国境に接するソンクラー県周辺の各県はイスラームの比率が高く、深南部と言われるマレーシア国境に接する地域においてはかつては中央とは異なる王朝が存在し、また政府の統治が及ばない、もしくは開発も後回しになったことで中央に対する反発が強い。とりわけタクシン政権以降におけるゴリ押し的な政策によって、仏教徒VSイスラム教徒と言う対立がある。
タイのスポーツ
タイにおけるスポーツと言えばムエタイが有名だが、メジャーどころはと言えば、サッカーが1番人気である。全国各地にチームがあり、日本でも名の知れた選手が挑戦したり、あるいは逆に日本のJリーグへ挑戦する事もある。
バレーボールも人気のスポーツであり、特にオカマのバレーチームを描いた映画(「アタックナンバーハーフ」)が作成されるほどである。
野球に関してはマイナーな部類のスポーツであるが、エモやんこと江本孟紀氏を監督に迎えている
ムエタイ
タイと言えば、伝統的なスポーツであるムエタイが欠かせない。バンコクにおいてはルンピニー・スタジアムやラジャダムナン・スタジアムで試合が行われている。
特に地方では日本で子供に空手や柔道、剣道を習わせるような感覚で習い事をさせる事がある。とにかく中央と地方との貧富の差が激しいタイでは男が裸一貫で一攫千金をつかむにはムエタイ選手になるのが手っ取り早いと言われた事もある。
なお試合は賭けの対象とされ、時として異様な熱気になる事もある。
モータースポーツ
タイはモータースポーツがかなり盛んである。
4輪はハコ車のレースが人気であり、日本のスーパーGTもスケジュールに組んでいるほどである。またピックアップトラックがポピュラーなお国柄ゆえ、ピックアップトラックのレースもある。
サーキットも整備されているところもあるが、公道を閉鎖して市街地レースも存在する。
主な産業
観光
観光が非常に盛んである事はつとに知られている。首都バンコクだけでも多くの寺院があるが、ちょっと足を伸ばせばアユタヤに古都の面影に思いを寄せ、北へ足を伸ばすと最古の王朝のあったスコータイやタイの京都とも例えられるチェンマイ、ビーチリゾートで有名なパタヤ、プーケットや周辺の離島など、人々を引き寄せるのに必要な要素は何から何までそろっている。
農業
こう書いてしまうと観光中心とも思えてしまうが、タイはチャオプラヤー川の豊富な水資源を利用した農業が盛んである。特に米はタイ米といわれる種類で、歴史的にもタイの主要輸出品に数えられている。かつて日本が1993年に冷害になり米不足に陥った時に緊急輸入された事もある。
タイ米はインディカ米の一種で、ひょろ長い。粘り気少なくパサパサしていて炒飯に合う。
米以外にもスイカやドリアンなどのフルーツも豊富に存在し、しかも日本よりも安価に食する事ができる。また、海が近い事もあり水産業も同じく盛んである。ブラックタイガーがたくさん養殖されており、冷凍加工された上で我々の食卓を彩っている。
畜産に関してはニワトリが多く飼育されており、これもまた冷凍加工されて日本の食卓を彩っている。他にも闘鶏が盛んに行われており、強いシャモを作り出しているところもある。しかし近年、鳥インフルエンザによってこれらの畜産農家は大打撃を受けた。
自動車産業
こうしたアグリカルチャーが盛んな一方で「東洋のデトロイト」と形容されるように世界の自動車メーカーや部品メーカーの工場が多く設立されている。タイは周辺の国に比べても比較的政情が安定しているのと、高品位のものを作れる手先の器用さが買われたためである。また、タイを中心に東南アジア各地やオセアニア地域に輸出できる地の利も生かされたのであろう。
隣国マレーシアと違ってタイ王国は「自国の自動車メーカーを育てる」という国策を採用しておらず、
1960年代頃から日本の自動車メーカーを積極的に受け入れてきた。
受け入れの際に「タイ国内で作った部品をできるだけ使ってください」という規制を掛けたことにより
タイの部品メーカーが育っていった。
自動車は数万点の部品から組み立てるので、自動車メーカーにとってはただ人件費が安いだけではダメで、
ちゃんとした部品を作れる部品メーカーが多く集積している場所に工場進出したいところである。
それゆえタイは自動車メーカーの海外進出先候補の筆頭となっている。
いまや日本の自動車メーカーにとってタイは最重要拠点となっている。
ホンダ、トヨタ、いすゞ、日産、三菱、がタイに工場を持っている。ブリヂストン、ヨコハマタイヤも
タイに進出している。首都バンコクは米国ロサンゼルスに次いで世界で2番目に在留日本人の多い都市に
なった。こうした日本メーカーがタイで生産した品物を日本に逆輸入することが多い。
特に有名なのは「日産・マーチ」である。それまではフィット・アリアやスーパーカブ100cc、スバル・トラヴィックがタイ製であったが、マーチのような売れ筋の主力製品ともなるとその規模も違ってくるため、聖域の様な部分があった自動車製造において衝撃を与えた。そして日産はマーチに続き、小型セダンのラティオをモデルチェンジを期にタイ製に切り替えた。そして先ごろモデルチェンジを行ったシルフィも製造こそ日本であるが、部品にタイ製を採用するなど、近年は部品単位でタイ製を取り入れている。その他、先日登場したホンダ・アコードや三菱・ミラージュやトヨタ・ハイラックスもタイからの輸出になっており、日本の自動車業界でもその存在感を大きくしつつある。
日本との関係
日本とタイの関係は実は非常に長く、江戸時代辺りから日タイ関係は存在していた。朱印船貿易の名前は日本史でもおなじみであるが、数多くの国と交易をしていたうちの一つにタイが存在していた。当時はシャムと名乗っており、それが訛ったものが当時入ってきたニワトリのシャモと言われている。
日泰関係を語る上で特に有名な人物は山田長政であり、時のアユタヤ王朝に重用され、上から三番目の位を賜ったのは有名である。元々、沼津藩の生まれで殿様の駕籠かきをしていたと言われる。言うなれば、首長のお抱え運転手から政府の次官クラスにのし上がった立志伝中の人物である。とはいえ、彼に関しては諸説はっきりしていない部分もある。彼以外にも数多くの日本人がアユタヤ王朝に招き入れられていた。その当時、隣国からたびたび侵攻を受けており、これらに抗する為に天下泰平の世となった日本で失業した浪人らがその腕を振るったのである。アユタヤにおいては日本人街が出来るほどにその勢力は大きくなっていったが、彼らを恐れた勢力によって日本人街は焼き討ちの憂き目にあった。現在では当時の面影を示すものは何一つないが、その跡らしき場所は存在する。
このように前々から日本とタイとの間には友好関係が結ばれていた。そしてこの関係が更に増進する事件が発生する。19世紀、植民地獲得のため欧州各国は極東へ手を伸ばしてきた。タイ王国もその被害に遭い、1893年にフランスの軍事的圧力によって領土の一部を没収された。いわゆる領土問題の発生である。タイは失地回復の機会を虎視眈々と狙い続け、1940年にようやくその機会がやってきた。第二次世界大戦が勃発し、フランス本国がナチスドイツに倒されたのである。これを機にタイは行動を開始し、フランス領インドシナに領土の返還を要求。しかし(ヴィシー)フランスが拒否したため、同年11月23日に軍事的衝突に発展。タイ軍とヴィシーフランス軍が交戦し、タイ軍に少なくない損害が生じた。この時、仲裁に入ったのが日本であった。タイもヴィシーフランスも友好国であり、両国が疲弊するのを見ていられなかったのだ。1941年1月28日、両軍は戦闘を停止し調停に入った。日本はタイの肩を持ち、タイが望む領土返還を実現。より協力姿勢を見せるようになった。9月5日に中立を宣言し、第二次世界大戦には不干渉の立場を取ったが、対日協力の姿勢は崩さなかった。
大東亜戦争開戦劈頭の1941年12月8日、日本軍はタイ南部六ヶ所及び首都バンコクに上陸。マレー半島南端にあるイギリス軍の重要拠点シンガポールを陸路で攻略するためだったが、軍の通過を知らされていない地元警察との間で戦闘が生起。タイ人183名と日本軍141名が死傷してしまった。同日午前10時半に通行許可が出た事で戦闘は終結。マレー半島へと進撃していった。12月12日、日本と攻守同盟条約を締結。日本に協力姿勢を見せた事で、1942年1月8日に連合軍はタイの各都市を爆撃。これを受けてタイは米英に宣戦布告し、枢軸国として参戦した。戦時中は日本軍が進駐し、様々な便宜を図った。戦況が悪化してくるとバンコクを狙った空襲が頻繁に行われるようになったが、連合軍の上陸は最後まで無かった。
1945年8月15日、日本のポツダム宣言受諾により大東亜戦争は終結。翌16日にタイは平和宣言を出し、米英宣戦布告は日本に脅されてやった事だと無効を主張。アメリカはこれを認め、敗戦国の立場を巧みに回避したうえ領土を守りきった。まさに外交上の勝利と言えよう。しかしタイ国内を通ってシンガポールを日本に奪取されたイギリスはタイに英領マレーへの米の上納を命令。さらに国内に進駐し、現地の日本軍を武装解除。占領は1947年5月8日まで続いた。一方、タイの使節団は日本政府に貸した金を返済して貰おうと東京へと飛んだ。しかし日本国内の惨状を目の当たりにし、請求額を大幅に引き下げている。
現在において、日本とタイの関係は不可分であるといっても過言ではない。「Made in China」程でないにしろ、我々が何気なく使っているちょっとした機械にしても「Made in Thailand」のものが見える見えないに関わらず多く存在している。近年はチャイナリスクなど中国の内情を嫌気して、工業では代替地としてタイが注目されている。前述した通り、自動車産業では「Made in Thailand」が多く日本の道を走っている。
相互の国民感情も良好であり、8割強のタイ人が日本人に対する好印象を持つことからもそれはうかがえる。タイでは日本人と言えば「コボリ」という声が一時期多く見られた。「コボリ」とは「メナムの残照」という小説に登場する日本兵・小堀のことであり、物語はタイ人女性アンスマリンとの悲恋を描いたものである。
皇室との交流も盛んに行われており、特に秋篠宮殿下は現国王ラーマ9世より実子同然に寵愛されている。また今上天皇は魚類研究をされており、ラーマ9世よりタイの食糧事情を聞き、養殖の容易なティラピアをタイへ送った。この魚は現在ではタイでは一般的な食用魚として多く流通している。プラーニンとタイ語で言われているが、ニンとは今上陛下のお名前にある「仁」という字の音読みである。
タイの中の日本、日本の中のタイ
近年、タイにおける日本文化の流入は甚だしく、漫画やアニメ、特撮は既に当たり前のものとなっている。現地では日本と同じように仮面ライダーが人気であるが、特に1号もしくは藤岡弘、を指す場合「アイモッドデーン(赤アリ野郎)」と言われている。ウルトラマンも人気であり、メビウスまで放映されているが、実は係争関係でこじれてしまっている状態にある(所謂「チャイヨー問題」)
アニメは仏教国というお国柄を反映し、「一休さん」が繰り返し放映されているが、そののちに人気となったのは「アラレちゃん」であり、ドラえもん、クレヨンしんちゃんの時系列となっている。現在日本で放映しているアニメはほぼタイで放映されており、日本とのタイムラグは皆無といってよい。アキバ文化も流入しており、メイド喫茶があったり、たまにどこかでコスプレイベントがやってたりする。
タイにおいて目に付くのは日本のものの多さである。タクシーで使われる車はカローラやサニー(日本ではブルーバード)であるし、富裕層は自らの愛車としてアルファードを乗り回す(初代は国内専用であり、個人輸入のものが多かった)事が多い。日本でお馴染みのツタヤやビッグエコー、大戸屋やココイチなど一瞬日本と錯覚してしまうような看板も見受けられる。そして日本料理も高い人気を誇り、寿司やラーメンと言った日本ではごくごく日常的な食事も多く食されている。但し、タイ人の金銭感覚からすれば、割高な部類には存在している。
雑誌を見てもViViといった赤文字系の女性雑誌やOPTIONなどがタイ語に翻訳されたりとサブカルチャー以外の日本文化が流入している。タイ語で「可愛い」を意味する「น่ารัก」とは別に「kawaii」という言葉があるような具合にタイ語の中にも日本語が存在するのもある。面白い事に現地においては、暴走族が存在しているようである。「特攻の拓」などの影響であるが、日本のような絞りハンや極端に高いカウルといった装いに集団で走り回るのではなく、レースをするような感じである。元々彼らの運転がアレであるから、普段とそんな大差ないかもしれないが。そして多くの若者が不幸と踊っているニュースが毎日のように入ってくる。
翻って日本においてタイという国に抱くイメージは「微笑みの国・ビーチリゾート・トムヤムクン」といったものが代表的である。エスニック料理や観光としてはポピュラーな存在でありながら、身近に触れ合う事があるかといえば中華街のようなエスニックタウンの存在は在日タイ人の絶対数の少なさもあり、あまり知られていない。しかし、横浜・伊勢佐木町には小規模では有るがタイ人街が存在する。また、それ以外にあってもタイという国を垣間見ることの出来るものがいくつかある。毎年5月連休後の週末辺りに代々木公園では「タイフェスティバル」が開催されて、非常ににぎやかとなる。20代以上であれば、ストリートファイター2の四天王の中のサガット、そして彼のステージが特に有名であろう。またニューハーフというイメージも非常に強い。かつては性転換をした者をさして「モロッコ帰り」という言葉が存在したが、死語となった現在ではタイという国をして性転換をしたという意味にも取られる事もある。タイ映画もぼちぼち存在しており、古くは「ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団」、最近では「マッハ!!!!!!!!」や「アタックナンバーハーフ」が知られている。
日本国内におけるタイゆかりの施設
数は多くないのだが、日本とタイを結ぶ施設などは存在する。
ワットパクナム日本別院
千葉県成田市に存在するタイの寺院で、日本の寺院とは明らかに異なるタイ風の寺院となっている。近年、インスタ映えする寺院として日本人に知られているバンコクのワットパクナムの別院である。
覚王山日泰寺
愛知県名古屋市に存在する寺院で、日本でも非常に珍しい宗派の垣根を越えた寺院である。
この寺院はタイ王国より献上された仏舎利を奉納するために建立され、タイ王国国旗を揚げたりラーマ5世の像が存在する具合に日本とタイの結びつきが非常に強い寺院である。
タイの交通
タイにおける旅客交通の主力はバスである。近年はLCCの勃興で都市間での輸送で飛行機が存在感を示しているが、ガイドブックに載らないような街を整備された道路を余すところなく結ぶバスは今もって主力となりえている。
翻って鉄道はと言うと、国鉄に関してはぶっちゃけ低所得者層、あるいはタイ視点言うところのインバウンド向けの趣が強い。というのも1時間単位での到着遅れは当たり前、本数も少ない鉄道は交通の主力となれずにいる。ただし、バンコク都内においては鉄道網の整備に伴って、鉄道への移行も散見される。
バス
都市間を結ぶバスは公共輸送公社とその委託を受けた民営バス会社が国内を網の目のように結んでおり、その中で多く競合をしている。大都市を結ぶ路線においては24時間運行と言う具合に日本以上に活発な運行が行われている。
日本における交通のランドマークは鉄道駅であるが、タイにおいてはバスターミナルが交通のランドマークであり、そこから個別の町や村に行く路線バスやソンテウが走っている。
バンコク都内ではバンコク大量輸送公社による路線バスが多く運行されており、鉄道網が広がる今日でもその存在は大きい。日本においては都バスと言われる事が多いのだが、運行主体は国であり、直接バンコク都が絡んでいるわけではない点に注意。
ソンテウ
言うなれば簡易型のバスみたいなもので、ピックアップトラックの荷台を旅客スペースとしたもので、それも屋根と長椅子をつけた程度のものとなっている。ある程度は系統のようなものがあり、またバス停があまりないので比較的止めたいところの近くで止まってくれる。
ロットゥー
比較的近距離~中距離を結ぶ交通機関でハイエースのような1BOXで運行される。
機動性に長けているのだが、その分運転手が無茶することが多く、当局からたびたび指導が入っている。25人の死亡事故を起こしたため、ついに当局がロットゥーに強硬策に打って出た。それに対して、大型のトヨタ・コースターのようなマイクロバスを導入することとなった。
タクシー
日本で想像されるようなタクシーはバンコクやチェンマイといった都市部でのみ見られ、地方ではもっぱらオート三輪由来のトゥクトゥクや輪タクのサムローが主流である。
タクシーは日本と同じようにメーターを使ったものが主流であり、昔ながらの交渉制はトゥクトゥクやサムローでしか見られない。
バンコクに限って言えば、タクシーの主流はメータータクシーであり、安価な初乗り料金とエアコン完備ということで利用者も多いのだが、安価な運賃である事は走らなければ日銭を稼げず、また日本とは異なる雇用形態、具体的には車を日単位で借り上げる形態が多い為、収入からに借り賃を差っ引かなくてはならないので、かなり乱暴な運転になる。また、日本のようなサービスは期待できず、時と場合によってはメーターを使わない、或いはメーターに細工をして通常よりも高額な運賃を請求されることもある。
飛行機
周辺諸国と同じようにLCCが発達しているため、かつての玄関口であるドンムアン国際空港を中心にタイ各地に多くの航空会社が就航している。とはいえ、概してお値段は高めであるので国民の中でもそれなりに所得のある層の利用が多い。
鉄道
「タイ国鉄」を参照。
前時代的な運行形態に加え、高コスト体質、政治利用の問題からもっぱら利用者は地方から出稼ぎに出る低所得者層や、時間やお金のある層、あるいは海外からの観光客が多い。貨物列車はそこそこ奮闘している。
他方、バンコク都内では高架鉄道であるBTSや地下鉄などの鉄道網が整備されつつあり、金銭的に余裕があり、渋滞の多さを敬遠した中間層がバス利用からの転換をする例が見られる。なおダークレッドラインと言われる開業予定の路線は車両や信号などの保安装置類は日本勢が独占して契約しており、日本的なシステムとなろうかと思われる。
隣国マレーシアとの比較
隣国のマレーシアとはなぜか正反対なところが多く、同じ熱帯の国でありながら対照的である。
マレーシア | タイ | |
宗教 | 多宗教混在 | 仏教一色 |
王室 | 9王室が輪番制 | 1王室が敬愛される |
政権 | 長期安定。22年続いた例も | しょっちゅう政変、クーデターがある |
歓楽街 | あまりなく、旅行者が「退屈」とぼやく | ハチャメチャな歓楽街あり |
酒 | やや高価。 | やや安価。 |
自国酒 | 自国ビールメーカーが無い | SinghaやChangという国際的ビールがある |
自動車 | 国産車プロトンにこだわる | 国産車にこだわらず日本車OK |
日本 | 日本企業進出は比較的に少ない | 日本企業進出が著しい |
英語 | 準公用語で得意 | 苦手。日本人以下 |
宗主国 | 英国で現在も関係良好 | ずっと独立を保った |
タイにまつわるあれこれ
- 観光で行く分にはあまり気にはならないのだが、れきっとした階級社会であり、上流階級と下流階級の差が歴然としている。上流階級ともなれば青臭い20代のあんちゃん姉ちゃんが分不相応の高級車を乗り回したり、あらゆる場面で白も黒に出来るほどである。犯罪や交通事故のもみ消しは序の口であり、暴走の末に事故を起こし危険運転致死相当であってもお咎めなしという理不尽な事態もしばしばある。他方、下流階級は幼いうちから家の仕事の手伝いであったり、あばらやのようなところに住まう人もいたりする。それ故に世界一貧富の差が激しいと言われるとか。ただ、よほどの最下層でない限りは飯には困らないとか。
- タイを代表する礼儀作法である合掌の挨拶であるワイ。タイのニュース番組でもキャスターがワイをしているのだが、誰でも彼でもやっていいわけではなく、日本の感覚でいえばお辞儀に近い。なので、目下であったり子供にワイをすると向こうの人からすれば奇異な光景となってしまう。
- ご当地でやたら三面記事をにぎわすのは阿部定事件。あまりにアレがちょん切られることが多いので、縫合手術の技術が進んでるとかなんとか。
- タイにおける秋葉原として「パンティップ・プラザ」がある。アキバ文化はかなり浸透しているようでここ以外にも大小の施設が存在している。
- 今では規制がかかっているのだが、ちょっと前までは事故で死んだ人をテレビや新聞でモザイクなしで映していた。規制がかかったようで、そうした犠牲者をはっきり移すことはなくなってはいるものの、日本のようにそれと分からないような映し方をしていないので、結構生々しい。
- 日本でいうところの救急隊に相当する組織はほんの10年程度前までは公的な機関として存在しておらず、それに相当する組織として善堂というボランティア団体が担っている。中華系の移民が発祥で救急搬送であったり、事故死した人の搬送やレスキュー活動を行っている。この善堂という団体はバンコク都内でも複数存在し、今ではだいぶ少なくなったのだが縄張り意識が非常に強く、負傷者の搬送をめぐって構成員同士の流血沙汰も発生した。まだまだ公的な救急体制が整備されているとは言い難いので、善堂の役割は今でも大きい。
- タイの病院は医療観光を積極的に受け入れているので、いい病院ともなれば下手なホテルは目じゃないほどにアメニティが充実している。それは病院のウェブサイトにも反映されており、多言語に対応したものとなっている。元々、医療費も本国と比べても相対的に安価でありながら、医療の質が高いので、国外から多くの患者が日々訪れている。
- タイに行くと必ずぶつかるのがトイレの問題。都市やデパートでは日本と同じ水洗の洋式トイレが多いのだが、地方や列車のトイレは和式に似た、いわゆるトルコ式トイレがまだまだ多い。金隠しがなく、また水洗であっても桶をすくって水で流すタイプなので、日本の感覚で紙を一緒に流すとすぐにつまりを起こしてしまう。そのため、紙は別に存在するごみ箱に捨てるのが洋式トイレを含めて基本。また、多くのところでお尻を流すウォシュレットのようなホースがある。なお鉄道のトイレは昔ながらの垂れ流し式なので線路際で鉄道写真を撮影する人は黄害に注意。
- タイの自動車をよく見ると、エアコン操作部分の温度調節の部分が青い色の部分のみとなっている。これはクーラー機能のみ装備を意味する。言うまでもなく、熱帯であるタイでヒーター機能は無用の長物なので装備がオミットされている。
- タイ人は進んで街中の僧侶に喜捨をしたり、菩提寺へのお布施をする。これはタンブンと言い、「徳を積む」という意味で現生あるいは来世の多幸を祈願するようなものである。貧しい人に施しをしたり、無駄な殺生をしないもタンブンとなるが、人によっては解釈がかなり大きくなり、極端な話であるがお金を多く稼げるレベルとなった際に世話になった人へ御馳走を振舞うのもタンブンとなりうる。
関連動画
タイ人が○○
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