はてなキーワード: 謝罪とは
日本テレビは15日、昨年末に女性トラブルが報じられ、今月9日に謝罪した中居正広がMCを務めていた同局系「ザ!世界仰天ニュース」から中居が降板することを番組の公式サイトで発表した。
https://news.yahoo.co.jp/articles/27ba5c01cdbad0a518a2a6923024be1b48228afc
流石にこれはやりすぎだろ
本人同士は9千万円も支払って和解して解決した話なのに、外野のフェミの大合唱でここまで人生を破壊していいはずがない
仁藤夢乃、石川優実、望月衣塑子などフェミの大御所が右ならえで騒ぎた立ててここまでの大事にしてしまった
最終的に揉めてしまったとはいえ業界に欠けてはならない大御所である中居への尊敬、中居の仕事を奪ってはいけないという気持ちが強かったのだろう
当人が穏便にすませたのにフェミが男憎しで問題をいたずらに大きくしてしまった
映画の特典にお年玉ステッカーが入ってて、その裏面に「大凶」と書かれていて運営が謝罪することになった。
https://nlab.itmedia.co.jp/nl/spv/2501/15/news078_0.html
これは当然では?
この日記のタイトルにも書いたけど、「この日記を目にしたあなた、大凶です」って言われたら嫌だよね?
頼んでないのに占われて、大凶って言われたら、占いを信じてるかどうかに関わらず、嫌な気分になるよ。
ましてや今回はお金払って映画見に行ってるんだから、尚更嫌だよ。
最悪最低の大凶です。
どう、嫌な気になったよね?
告発されたのは一枚絵と2〜3個くらいセリフが書かれたもので、シチュエーションとセリフはまあ大体一致していた。
ただこれ、普通に考えたらシチュエーションと短いセリフの一致くらいで著作権違反にはならんだろう。
これには2つ理由があると考えている。
まず一個思うのが、AとBの人気の差である。
Aはフォロワー数が数千くらいの中堅絵師といった感じだったのだが、それに対してBはフォロワー数が10万を超えているインフルエンサーだった。
この「庶民な絵師を大物インフルエンサーが傷つけた」という構図が、一定数の人の怒りを増幅させる結果になったのではないだろうか。
ここで一個ifを考えよう。もしAのシチュエーションとセリフが、一種のミームとして色んな絵師間で描くのが話題になったら、Aは怒っただろうか?
Aがどんな時でも態度は変えないという硬派な人間なら怒ったかもしれない。ただ、Aが大多数のインターネット人間と同じだったら、多分怒っていない。
このインターネットという空間、商業化したアニメなど一定以上有名になったものは、ある程度自由におもちゃにしても良いと言う風潮が生まれることが多く、その原作者も割とそれを黙認〜容認することが多いのである。
なぜ黙認〜容認するかと言えば、恐らく、「私はコソコソパクってオリジナルとして発表してるのではなく、ミームに乗って二次創作しています」という共通認識が、「公共物」化したことによりクレジット表記などを正式に行わなくても自動でできるからだろう。
つまり、インターネットでは、その作品が実際著作権的にアウトなレベルで似ているかどうかに限らず、元ネタの存在を分からなくするということが罪と見られやすいのではないだろうか。
顕著なのは「絵柄パク叩き」である。絵柄の模倣は著作権上問題ではなく、有名イラストレーターであるさいとうなおき氏も上達の手段として推奨している。
しかしこの絵柄パク、「元ネタの存在を分かりにくくして創作する」というインターネット人間の逆鱗に触れやすいのか、「合法だけど、あんまやるもんじゃないよねぇ……」という感じの人をちょくちょく見る。
あえて具体例を挙げると、Xで「望月けい 絵柄」で検索してほしい。「望月けいの絵柄パクってる人、ちょっとね……」みたいなポストをちょいちょい観測できる。(一応言っておくが、望月けい氏は何も悪くない。)
まあこんぐらいだったらまだ個人の好みを語ってるだけかもしれないが、中には「この絵柄でskeb受けるの止めたほうがいい」とまで言うポストもあった。
「過去に自分は【ある属性】や【ある層】からこういうことをされたり、苦痛を与えられた」
「だから私は被害者であり、【ある属性】や【ある層】への復讐は許される、自分が体験した苦痛を同じくらい与えないと気がすまない」
「あるいは、【ある属性】や【ある層】は悪なので社会を味方につけてリンチや迫害をしてもいい、社会や法律が認めなくても私が正義だし私の周辺もそう思っている」
こんな価値観で動いてるやつが観測範囲に大量にいる、だからたくさんいるワケ
正直さ、「そういうとこだぞ」としか言えない、過去を根に持って動く気持ち悪さ、怒りを捨てられないおこちゃま感がキショくてしょうがない
お前を虐げた【ある属性】や【ある層】の人間だとしても謝罪したくねえな、こんな浅ましい振る舞いされちゃあね
謝罪ってのはしたくなる態度があるわけ、しおらしくしてなさい
さて、ここでいう誤解とは何のことでしょうか?
あなたが決して謝りたくないと言った、彼は謝らない人とは一緒になれないと言った、私の理解ではこの状況に誤解はなさそうです。
私から見て、あなたがすべきことは彼への謝罪です。これは間違いないでしょう。
その手段として、連絡を取ることがそもそもできそうもないとのことですから、あなたはその手段を尋ねる可能性があると考えられます。したがって、私はその手段について考えてみました。
電話をかけ続ける以外、ないでしょう。
馬主になるとか、Twitterで広告を打つとか、奇策を打てば、それだけ心は閉ざされるものです。
正面から多数回アプローチするのが最善手です。こうした行動に、ヒトは誠意を見出す傾向があります。
ある男性は婚約したことを父親に報告しました。すると父親は彼に平手打ちをこましました。そして「謝りなさい」と言いました。
男性は驚きあきれて、「どうしてだ、謝るべきことはない」と言い返しました。
父親は「理由もなく謝ることができないなら、お前には結婚はまだ早い」とだけ告げました。
このエピソードでは、ヒトの婚姻関係において重要な知見が提供されています。つまり、婚姻関係にある者は、謝るもので、しかも、理由は必要ないということです。
この知見は、あなたの言動と食い違っています。あなたは決して謝りたくないという立場ですが、婚姻関係を結ぼうとすれば上記の知見と食い違います。
あなたは選ばなければならないようです: 謝るか、結婚を諦めるか。
参考になれば幸いです。
衝動性ではないと思うな
プロポーズという肝心な時に「自分謝罪できないけどいいよね」とか言うような人間と結婚して大丈夫か、真剣に考えた上での結論だと思うよ
生涯の伴侶を決めることになるから慎重になるよ
https://anond.hatelabo.jp/20250105165945
上の記事を読んで、ドワンゴの中の人として糸柳で思い出したこと、彼を雇ったドワンゴがどんな会社だったのかを書いてみようと思う。
糸柳を雇ったのは、ドワンゴのエンジニアのトップだったS君だ。ここでは鉄男(仮名)と呼ぶことにする。
糸柳を雇う少し前、僕は鉄男を叱責したことがある。「お前は自分の使いやすい人間しか採用してない。だからてめえは小物なんだ。自分にない能力をもった奴を採用しろ」みたいなことを言った。
鉄男は中卒だ。そう、ドワンゴのエンジニアのトップは中卒だった。いや、鉄男だけでなく、ドワンゴの幹部エンジニアの半分以上は中卒、あるいは高卒だった。
これは当たり前で、当時のドワンゴは天才エンジニアみたいなやつがゴロゴロいる職場だった。同じ天才エンジニアなら、高校も大学も行かずにずっとプログラミングをやっている中卒エンジニアが一番能力が高くなる。プログラムを書く速度が圧倒的に速い。実装力が桁違いだ。
だから、ドワンゴでは中卒高卒エンジニアが情報学部を出たような大卒エンジニアを見下す風潮があって、ぼくはそれを懸念していた。
天才中卒エンジニアは創業メンバーみたいな連中だけで、新卒で入ってきて補充されるようなことはない。インターネットはUNIXの文化で、ようするに大学などのアカデミックな世界からやってきた技術だ。
ドワンゴもコンピュータサイエンスを学んだ大卒エンジニア中心に変えていかないと将来的には戦えないと、ぼくは危機感をもっていた。
だが、ドワンゴでは実装力でエンジニアの格を判断する文化があって、そういう基準で新卒の採用も行われすぎているとぼくは思っていた。
自分にない能力をもったエンジニアを採用しろと鉄男を叱ったのは、個人技ではないチーム開発、スクラッチから全部自前でコードを書くんじゃなくて、世の中にあるライブラリを活用してソフトウェアを組み上げていくのに長けているような、つまりは今後主流になっていくだろうが、これまでの鉄男やドワンゴのスタンスとは違うエンジニアをイヤかもしれないけど積極的に採用しろ、という意味だ。
しかし、なにを勘違いしたのか、鉄男が連れてきたのが糸柳だった。
ぼくに叱責されて反省し、使いやすい社員じゃなく、圧倒的に使いづらいネットでも有名な頭のおかしい問題児を採用したのだという。
「凄いというわけではないですが・・・、まあ、ふつう、ぐらいですかね」
「ふつうで問題あったら普通以下ってことじゃん。なんで採用すんだよ」
ドワンゴはプログラミングの能力が高ければ、メンヘラだろうが、コミュ障だろうが、性格に問題があろうが、もちろん学歴があろうがなかろうが、採用するという方針だった。
これはベンチャー企業だと、そういう難ありの人間でないと優秀なエンジニアなんて採用できなかったからで、なにも難ありを好き好んでいるわけではない。
難ありはプラスじゃない。難ありでも優秀な社員であれば結果的に得をするから雇っているだけだ。
鉄男は自信ありげに答えた。
「ドワンゴの評判が上がります。いえ、世の中全部で上がるわけではないですが、ネットの中の一部で糸柳を雇うなんてドワンゴはなんて懐の深い会社だという評判になります」
「それってかなり偏ったネットの一部だよね。それって本当に得なのかな?」
ぼくは鉄男とその後もしばらく話したが、どうしても糸柳を雇いたいというので、その怪しげな理屈を一応は信じてみることにした。ただ、会社は慈善事業じゃないから、宣伝だけのために頭のおかしい社員を雇うわけにはいかない。ちゃんと普通のエンジニアとして仕事をさせることを条件として糸柳を雇うことを了承した。ちなみにぼくはドワンゴで糸柳を庇っている側の人間と思われていることが多いと思うが実際は違う。鉄男には早く糸柳はクビにしろとよく言っていた。ぼくが庇ったのは糸柳を庇おうとしているドワンゴ社員の気持ちであって、結果的に糸柳を庇うように見えてただけだ。
糸柳は本当に頭がおかしかったが、とにかく普通の社員として扱う、そう決めた。
例えば、当時、糸柳は毎日、twitterに世の中の全ての人間を自分は憎んでいて滅んでしまえとか、なんかおどろおどろしい呪いの言葉を連投して書き込むのが日課だった。
そういう書き込みを見かけたら「おはよー。今日も元気そうじゃん」とレスをつけることにした。返事はなかったが、やがて呪いのツイートは減っていった。糸柳と仲のいい社員から後から聞いたけど、彼はぼくのつけたレスを、さすがだと喜んでいたらしい。
糸柳の数々の奇行はどうせ構って欲しいだけの拗らせだと思っていたので無視して、興味も持たないことにした。なので、よくは知らない。ただ、文章が上手いのは本当だと思ったので、それだけ褒めた。彼は自分は昭和初期の私生活を晒す系の純文学者みたいな文章しか書けないんだと謙遜しながらも嬉しそうだった。
糸柳はドワンゴに入って自分の居場所と幸せを手に入れた。しかし、それはとても不安定なものだった。
糸柳にとって不幸だったのは当時のドワンゴのエンジニアの中では、彼の能力が足りてなかったことだと思う。少なくとも彼はドワンゴで技術力でマウントが取れないと判断したのだと思う。実際のところはともかく、彼が組織で仕事として安定したアウトプットを出すと言うことに向いてなかったのは間違いない。
だから、糸柳は自分がドワンゴに入れたのは、自分が狂っているからだという妄想にしがみつくことになり、一層の奇行に走った。
糸柳の周りの社員から聞いたところによると、ドワンゴ時代の糸柳は年に1回のペースで失踪し、警察から連絡があったという。定期的に暴れて、物を壊したり、他人に迷惑をかけた。会社の階段の壁を殴って穴を開けたのも彼だという。
また、糸柳を雇ったことで、ドワンゴに変な奴の応募が増えた。変だけど優秀な奴の応募もあったが、それ以上に、自分には能力ないですけどメンヘラです、とか謎のアピールをするような応募が増えた。糸柳の周りにはドワンゴの中でも変な社員が集まってきて、いろいろ変なことを始めた。
彼らは頼んでもいないのに糸柳の周辺の近況報告をぼくに教えたがった。
曰く、ネットでニートが集まって共同生活をするギークハウスという企画が話題になったことがあり、彼がいろいろ現代アートみたいなことをやりはじめて話題になり、テレビでも特集された。そこでニートとして紹介されたメンバーのうち半分は糸柳周辺のドワンゴ社員だった。ドワンゴ社員はニートじゃねーだろ。そして彼らが作った現代アートを村上隆が面白がって高額で買い取ってくれた。それらはガラクタの寄せ集めみたいな物なんだが、その中にある冷蔵庫の中身は糸柳が作ったものだ、等々。
糸柳は自分をドワンゴに救ってもらったという感謝の念から、自分も他の誰かを救いたがった。ある日、糸柳が地方から出てきて食べるものがないとネットカフェで呟いていた高校生を拾ってきた。
これは糸柳だけでなくドワンゴエンジニアの多くにいえる特徴だが、人生の進路に悩んでいる若者への助言はワンパターンだ。「なるほど、よくわかった。お前はプログラミングを覚えてエンジニアになれ」。プログラミングの腕だけあれば人生が変えるという神話を信じているのだ。
ネットカフェで拾ってきた高校生はドワンゴのバイトになり、優秀だったのでやがてエンジニアとして正社員になった。
しかし、糸柳は上野で浮浪者を拾ってきて自分の部屋に住まわせ始める。浮浪者がプログラミングを覚えてエンジニアになったという話は聞かなかった。
代わりに浮浪者の一人に女の子がいて、糸柳が恋をしたという話を聞いた。
糸柳に救われた元高校生のエンジニアが糸柳のためを思って、その恋を止めようとしたが、糸柳は逆上し殺害予告をした。糸柳は本当に刃物とかを振り回して実行しかねないので、元高校生をぼくの長野の別荘に匿った。
糸柳はぼくのところに怒鳴り込んできた。ぼくも糸柳と揉み合いになり怒鳴り返した。
半年後、もう大丈夫だから、そろそろ戻ってこいと長野に見に行くと元高校生は彼女を連れ込んで同棲していた。早く会社に戻れと追い出した。
そうこうしているうちに運命の東日本大震災が起こる。糸柳が悪ふざけで、サーバールームに閉じ込められたので助けてくれとかいう、デマツイートをして日本中のネットユーザーが彼のツイートを拡散するという事件が起こる。
冗談だったという事実が分かると、彼はあっという間にパブリックエネミーとなり猛烈な批判にさらされることになった。糸柳の脆い精神は極めて不安定になった。
ぼくは糸柳に金を渡して、すぐに被災地に支援物資を持ってボランティアに行けと言った。そして被災地に支援に行くことは絶対にネットで書くな。言い訳に使うなと厳命した。同時に、ぼくは絶対にネットでは会社の件で謝罪をしないというポリシーでTwitterを使っていたが、この件で、はじめて会社を代表して糸柳の代わりに謝罪をした。
こんなことで糸柳を辞めさせるわけにはいかないと思った。糸柳がやったのはただの悪ふざけだ。こんなので辞めさせるんだったら、糸柳はとっくに100回ぐらいはクビになっている。なんだかんだいって糸柳を雇ったのは善いことをしようとしたからで、そのためにこれまで散々な苦労をしてきたんだろう。糸柳を非難するネット世論からよく思われたいために糸柳をクビにするとしても、それはよく思われたいだけで善ではない。偽善だ。善とはそもそも人知れずにやるものだし、なんなら世界中から非難されても正しいと思うことを貫くことだ。今回の件では、糸柳はクビにしないと社内で宣言した。
しかし、もともと糸柳の存在を心良く思ってなかった人間は社内に多く、批判の声も大きかった。糸柳はドワンゴのエンジニアとして平均的なパフォーマンスを出していない。宣伝効果があるとか言っていたけど、デマツイートの件で、むしろマイナスの宣伝効果になった。糸柳はもう庇えないんじゃないか。理屈としては正しかった。
糸柳の代わりに自分がその分もっと働くからクビにしないでくれという社員が何人も現れた。そういうことを言って守ろうとする社員がいるのであれば、会社としてはやっぱり守るべきだという新しい理屈を、ぼくは社内に宣言した。
しかし糸柳の精神状態は不安定になっていて、仕事のパフォーマンスは出ないばかりか、周りに迷惑をかけ始めた。糸柳を守ろうとした社員が、糸柳の世話をするうちに次々とメンタルをやられ始めた。
もう糸柳を守る理屈はなかった。1人の社員を守るために2人以上の社員が犠牲になるなら、もう会社としては守れない。ぼくは最後の理屈を社内に宣言した。
糸柳が退職した時、鉄男は泣いていた。ぼくは「これに懲りちゃダメだ。もう、一回やろう」と鉄男に言った。「これで僕らが諦めたら、糸柳みたいな人間に関わるなという前例を世の中に残すことになる。そんなことになったら、僕らのこれまでの努力は無駄になるじゃん。絶対に懲りちゃダメだ。何度でもやろう」
鉄男は「正直、自信がない。でもやってみます」と言った。
しかし、その後、中卒の鉄男はドワンゴに増えた大卒エンジニアたちの突き上げにあって、エンジニアのトップを追われた。ドワンゴも大卒の優秀なエンジニアが中心の会社になった。その後、糸柳のような人間を雇ったという話は聞かない。
1年後だか2年後だか、風の噂で糸柳が真面目にエンジニアとして働いていてしかも優秀だという話を聞いた。なんだと思った。ドワンゴ以外ではやっていけないんじゃないかという、僕らの思い込みは傲慢な思い違いだったんだと思った。ドワンゴで奇人変人を無理に演じるより、そんなことでは許してもらえない実社会の荒波に揉まれた方が結局は良かったんだなと思った。
糸柳がよく言っていたのは、自分は糸柳家のエリートだ、という話だ。聞くところによると家族は全て精神病患者で自殺したり入院したりで、糸柳自身も障害者手帳を持っている精神病患者ではあるものの、ちゃんとまともに社会生活を送っているただ一人の人間なのだという。だから、自分は糸柳家に珍しく生まれたエリートなんだと自慢していた。
人間は誰しも与えられた環境で勝負している。遺伝子だったり家庭環境だったり、所属するコミュニティや経済的制約の中で生きていて、それによって人生の選択肢は決まってくる。
世の中の多くの失敗者と呼ばれる人たちは人生の最初からウルトラハードモードのゲームをプレイしているだけであって、彼らの失敗をイージーモードやノーマルモードのゲームプレイヤーが見下したり笑ったりする資格が本当にあるのだろうか。
ぼくにも子供が出来て思うのは、小さい子は全ての瞬間を一生懸命に生きているということだ。その健気な姿に感動するし、誇らしくなる。一生懸命に生きるということこそ、人間のもっとも美しい本来の姿ではないか。
人生をもっとも一生懸命に生きている人間とは、どういう人なのか?それは大谷翔平でもイーロンマスクでもないと思う。彼らは成功者であり、彼らの一生懸命は成功によって報われていて、本人の自覚としては、それほど苦労した努力をしているわけではないのではないかと思う。
生涯を一生懸命に生きている人とは、一生懸命に生きざるを得ないような人たちであり、それはいくら努力しても認められず、仲間はずれにされ、敗者の烙印を押されて、それでもなお生きようと足掻きながら死んでいくような人たち、なんなら自ら命を断つような人たちの中に存在しているに決まっていると、ぼくは思う。
冒頭のドワンゴ以降の糸柳の人生についての記事を読んだが、それでも糸柳は最後まで与えられた過酷な人生の中で一生懸命に戦って立派に死んでいったとぼくは思う。そして僕たちもドワンゴで短い間ではあるが糸柳に対して一生懸命に向き合った。それは良い思い出というにはいくばくかの悲しみを伴う思い出ではあるが、大切な思い出だ。
おしまい。合掌。
Xでクッソ長くて要領を得ない謝罪文を見かけたので、ChatGPTに添削させておいた
このたび、私が起こした事故について、被害者の方および関係者の皆様に多大なご迷惑とご心配をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。
また、事故後に動画を公開し、相手の非を指摘するような内容を含む投稿をしてしまいました。
このような行為がさらなる混乱や不快感を生む結果となり、誠に申し訳ございませんでした。
被害者の方には直接謝罪を申し上げたいと考え、保険会社および弁護士を通じて対応を進めております。
今後は、自責の念を持ち、誠心誠意対応し、二度と同じ過ちを繰り返さぬよう努めてまいります。
改めて、心よりお詫び申し上げます。