静岡鉄道[しずおかてつどう]とは、静岡県静岡市葵区に本社を構える鉄道事業者である。通称「静鉄」(しずてつ)。同社静岡清水線の事業をはじめ、「静鉄グループ」を統括する中核企業である。
スルッとKANSAI協議会加盟社。
概要
静岡市中心部と清水区(旧・清水市)を結ぶ路線と、静岡市清水区と駿河区に跨る丘陵「日本平」山頂の「日本平ロープウェイ」を保有している会社である。
かつては静岡市街地・清水市街地を走る路面電車、岡部町・藤枝市・吉田町・榛原町・相良町・浜岡町・大東町・大須賀町・袋井市・森町(すべて廃線当時の自治体名)を結ぶ鉄道路線(後述)や、観光用のリフトを保有していたが、いずれも昭和50年代初頭までにモータリゼーションなどの事由で廃止、バス転換などしている。
同時に、沿線の各工場に名を連ねた数々の名工、いわば「匠」たちによる、様々な「魔改造」で名を馳せた私鉄(作例はあまりにおぞましくここには書けないため各種書籍や、研究サイトも参考にしていただきたい)でも知られていたが、保有路線は静岡清水線1本、工場は長沼工場ひとつのみ、車両は後述するオールステンレスの高性能車「1000系電車」に絞られたため失われた。
―はず、に見えたが、2011年秋からの急行運転復活で、その片鱗をチラつかせることとなる(後述)。
第二次世界大戦の前から諸般の経緯で、東京急行電鉄(以下「東急」)が同社の筆頭株主となっているが、大戦後に東急は直接的な経営参画から手を引いている。現在でも、結びつきは決して弱いわけではない(例:東急で使われた中古車を戦災復興車両として静鉄にあっせん、東急7200系電車および東急8500系電車を車体の設計規範とする1000系電車の導入、リゾートホテル「東急ハーヴェストクラブ静波海岸」の管理・運営、「新静岡セノバ」のキーテナントが東急不動産傘下の「東急ハンズ」であること、など)のだが、静鉄グループは「東急グループ」に属していない(証左として、東急はもとより、同じ静岡県下の鉄道会社でもある伊豆急行の車両・制服社員の制帽徽章などに掲出される、1973年制定の「東急グループ統一マーク」および、掲出物・チラシ類などに「美しい時代へ―東急グループ」「それが、東急クオリティ。」などのキャッチコピーは、上述した新静岡セノバに入居する東急ハンズ単独の折込チラシなど例外を除き、使われていない)。なぜか、は後述する。
なお、バス部門は2002年に「しずてつジャストライン」として分社。
並行他社であるJR東海との連絡運輸は、定期乗車券を含めいっさい行っていない(共通IC乗車カードの、プリペイド扱い相互利用のみ)。
保有車両はステンレス製の1形式に絞られ、趣味的には面白みに欠けるとの声も無いといえばそれはウソになるが、下手な都市近郊のそれも尻尾を巻いて逃げ出すくらいに設定された高頻度の運転本数に加え、大手民鉄と比肩する性能の駅務サービス機器を、各駅にあまねく配置。加えてそれらの遠隔監視システム、駅頭に鉄道営業所直通のインターホンを導入し、人件費圧縮と高いセキュリティを実現するも、時間帯によっては嘱託駅係員を配置・立哨させ、利用客と真心こもった暖かいあいさつが交わされることも。安全面では、ほぼ全駅のホームに転落防止柵を配備し、それでいて平日ダイヤでは鉄道ファン泣かせの種別や運転動作を用意。顧客サービスとしては、地元客には高割引率のハウスカードで並行他社と対抗、他地域からの来訪者も「スルッとKANSAI」の「PiTaPa」を介し、他9種の全国主要交通IC乗車カードを受け入れる。
地方都市の中小鉄道事業者でありながら、キラリと光るものを多数持った鉄道であり、「地方私鉄の優等生」の上をゆく、さしずめ「地方私鉄の学級委員長」的立ち位置、と言っても、あながち過言ではないだろう(詳細は後述)。
路線
廃止路線の乗り入れ先・経由地や関連する事業者名・路線名・航路の行先などは、いずれも当時のものである。
- 静岡清水線(路線長11.0km、1908年開業。軌間1,067mm、直流600V電化路線。現有路線)
- 日本平ロープウェイ(清水区草薙の日本平山頂から、駿河区根古屋の久能山東照宮を結ぶ。約1.0km。1957年開業。現有路線)
- 静岡市内線(国鉄の静岡駅前から新静岡を経由し、緑茶関連企業の集積地でもある安西駅まで結んでいた。路線規格は静岡清水線と同一。1962年9月14日運転終了、全線廃止)
- 清水市内線(旧・清水市街地東端の横砂駅から国鉄清水駅前・新清水駅を経由し、西伊豆・松崎港への航路などが発着していた「日の出埠頭」にほど近い港橋駅まで結んでいた。路線規格は静岡清水線と同一。1974年7月7日朝から静岡市域・清水市域を襲った集中豪雨・俗称「七夕豪雨」で、経路の庵原川鉄橋が流失。当夜からの運休を経て、復旧されないまま1975年春に全線廃止)
- 駿遠線(すんえんせん。岡部町の駿河岡部駅【第二次大戦前に廃止】から藤枝市大手【ここから戦後まで残る】を経由し、国鉄藤枝駅に隣接する新藤枝駅で進行方向を変え、海岸沿いに経路を取り、榛原町・相良町・浜岡町・大須賀町を経由し、国鉄袋井駅の南側に隣接していた新袋井駅【「袋井新」・「社袋井」とする資料もあるが、廃止から相当年月が経過しているため厳密な同定は困難である】まで結んでいた。軌間762mmの特殊狭軌路線、非電化。残存一部区間も1970年7月31日、運転終了。全線廃止)
- 秋葉線(あきはせん。上述の国鉄袋井駅北側に隣接していた新袋井駅【位置こそ駿遠線のその駅と別であったものの、同一駅名であったと思われる】から、国鉄二俣線の戸綿駅直下をアンダーパスし、遠州森町駅まで結んでいた。軌間1,067mm、直流600V電化路線というと聞こえはいいが、実態はマッチ箱のような小さな路面電車然の車両が、未舗装の県道脇に敷かれた貧弱な単線線路を、1時間に1本ないし2本往来していた程度。1962年9月19日、運転終了。全線廃止)
- 浅間山リフト(せんげんさん―。現・葵区北郊にある「静岡浅間神社」北側山腹に存在した観光用リフト。上述の「七夕豪雨」で路盤流失し、それが山の下の民家を襲い犠牲者を出し、訴訟が最終的に決着したのは平成初期。まともな「最終運行日」は、前日の1974年7月6日かと推定される)
静岡清水線
あれこれ
- 同社に残った、本当の意味での「鉄道」。短編成(2両編成)かつ高頻度運転(最長でも20分待てば次の電車が来る。現行ダイヤにおける早朝の初電直後・深夜の終車直前で最長・最悪な場合を示した。20分も運転間隔が開くのは全駅とも、朝6時台のアタマ40分間と、22時40分以降終車までくらい。日中は6~7分間隔でやって来る)。駅間が全体的に短く、都市間連絡(インターアーバン、Interurbun/都市間電車。静清合併された現在では「都市拠点間連絡」)要素があり、駅施設も簡易的なものが多いことから、欧米からはLRT(軽量軌道交通。”Light Rail Transit”の略)的な乗り物と見なされる(研究される)こともある。
- 滅多なことでは運休しない(「県総合運動場駅」の記事も参照。同駅記事で述べた事由以外の場合は、いわゆる人身事故、踏切支障、車両故障くらいである)。
- それどころか、1950年に桜橋駅付近で、横を走る国鉄の貨物列車が脱線する事故が発生したのだが「日本の大動脈を止める訳にはいかない。たまたま線路幅も同じです。ウチの線路と東海道線をつないで使ってください(要約。当時は東海道新幹線も東名高速道路も国道1号線バイパスも無い)」と、自社線の運転をすっぱり取りやめ、当時としては捨て身の、まさに逆エクストリームプレイ(後日、運輸省表彰)。そういう歴史があるため、現事業者であるJR静岡…もとい、JR東海は静鉄に対し、永遠に頭が上がらry…と記すか、頭を上げる方法を忘れた、とでも記しておこう。
- 自社発注・設計の1000系電車(東急車輛製・製造初年:1973年/昭和48年)2両×12編成で、すべての運用をまかなっている。平日ダイヤ朝の運用は予備編成が長沼に1本待機するのみ、その編成が修繕や点検を行っている場合は、予備編成ゼロ。端的に言うなれば「ベンチ入り選手が不在」な場合がある。傍から見ていてハラハラしないとは言い切れない。
- 自社のICカード乗車券としては、2006年より「LuLuCa」(ルルカ)を発行している。2013年現在、乗車カード(実質、回数乗車カード)機能を持つのは2種あり(うち1種は、JCBとの提携によりクレジットカード機能が付く)、静鉄グループのポイントカード機能も持つため入会申し込み(会員登録)が推奨される裏面自署記名式のもの。2013年末からしずてつジャストラインのバス乗務員など一部から無記名カードの携行販売も開始されているが、静鉄グループのポイントカード機能が保留のままの発行となり、紛失時の取り扱いでも不利となるようである。
- 1994年初春から親しまれてきた、磁気式回数乗車カード「パサールカード」は、乗車(入構・乗車口読み取り)時間を09:00~16:00に限定することと引き換えにプレミアを割り増しした商品である「昼間専用パサールカード(割引率は驚異の23.1%)」を除き、2013年3月末で終売となった(使用は当面引き続き可能)。「昼間専用パサールカード」(以下、同カードを使用して電車の券売機から乗車券に引き換えたものも含む)については、電車各駅ではだいたい08:55くらいから入構可能。電車・バスとも16:05くらいまで鯖を読んでくれること、それから例えば15:55くらいに葵区の山奥のバス停や相良営業所から昼間カードで乗車して、到着した静岡駅や新静岡で17時を回っていようが、あくまでも「改札入構・乗車口のリーダを通過した時刻」で判定されるため、堂々と通用可能な事実はフォントサイズを小さめにさせていただく。
- ちなみに、高額(7,500円・10,000円)を一度に入金した場合の割引率が、日本の公共交通が特段の利用制限なしに通年で発行するそれらの中で屈指の高割引率(14.3%)を誇ることが、残念ながら沿線民にはあまり知られていないのか、関心がないのかのどちらか。
- 関西圏以外の鉄道事業者であるのに、PiTaPa加盟交通エリアとなっている(先行してPiTaPaと共通利用を開始していたICOCAおよびKitaca・各種Suica・PASMO・TOICA・manaca・SUGOCA・はやかけん・各種nimocaでも乗車可能。これは同社および、子会社のしずてつジャストラインがICカード乗車券導入にかかる機器更新にあたり何を迷ったか「スルッとKANSAI協議会」に加盟したため(ICカード導入経費や、後述の各種交通系IC乗車カード対応も勘案した結果、首都圏社局主導の「PASMO協議会」に加盟したり、互換性のない独自システムを構築したりせず、スルッとKANSAIに加盟するという選択につながった)。2013年3月23日から開始された「国内10種IC乗車カード共通利用」事業者のPDFファイルにも名を連ねているため、同日の始発から残る8種のIC乗車カードも使用可能になった(もちろん無割引)。なお、関西圏各社局の磁気「スルッとKANSAI」は使用できない。
- 上記10種カードへの現金チャージ(相互利用先で用いるためのPiTaPa現金チャージも扱う)を取り扱うのは、当面は新静岡駅・草薙駅・新清水駅(および、しずてつジャストライン新静岡バスセンター)窓口の係員営業時間内のみ。多機能新型券売機・改札内自動精算機においては2013年末現在未対応となっている。なお、初期ロットのSuica(バス・路面電車・電子マネー未対応の旧型Suica。表面右下の切り欠きが2つあるもの)へのチャージは機器から「相互認証異常(係員談)」のエラーが吐き出されるため、チャージは不可(着駅までの運賃残高を満たしていれば、電車改札の入出場は可能)。
- 1996年4月に急行が一度廃止されたが、2011年10月のダイヤ改正で装いも新たに、下り新清水行きで急行が復活(朝ラッシュ時のみ)している。同時に中小私鉄としては珍しい「通勤急行」(同一時間帯の上り新静岡行きのみ)も登場した。途中駅では基本的にミュージックホーンも聞くことができる(沿線のDQNから文句が来た(実話)ので7時以降)。
- 上述した2011年からの急行運転であるが、方向幕やミュージックホーンだけでは飽き足らず、前後に円盤で「◯急」(縦板で「急行」もあり。通急も同一)と別掲し、正面上部左右の「通過標識灯」も点灯義務を持たせる凝りよう。運転開始の直前には、前部に副標識ステー取り付けのステンレス溶接、(個体差があった)ミュージックホーンのチューニング、その他乗務員室機器の改造を敢行施工。「技術の静鉄。現代の名工・長沼の匠、ここに健在」を見せつける動きであった。スルッとKANSAIつながりで、関西私鉄のユカイな面々から変なブツでも贈答され食あたりでもしたか?急行・通急については、平日ダイヤのみ運転のため、暦通りの勤め人撮り鉄・音鉄泣かせ。
- 運転保安装置は「i-ATS」と「ATS-SN」が導入されている。i-ATSとは、京急-都営浅草線-京成とその先で使用される「C-ATS」と同型の保安装置である。
- 2013年4月現在、新清水駅・御門台駅以外の全駅に転落防止柵を設置済み(こうすると、車両妻面に転落防止器具を設置しなくて済む、らしい)。
- 上記に関連して、年末になると新静岡駅定期券売り場で「スルッとKANSAIカレンダー」が販売される。通販以外で直接入手ができる場所としては、なにげに国内最東端。
- 現用の1000系電車も、熟練した長沼の匠たちの手によって細やかな整備がなされているものの、1次車のデビューは1973年、御年40年選手になる。さすがに経年劣化は否定できない。某巨大掲示板では「日比谷線直通終了で出物となる東急1000系とかを持ってくればいいじゃん」などの趣旨を放言する者が定期運用的に出没するが、上述したとおり架線電圧が違います。本家東急の1/2以下です。いっぺん来て見て乗って、乗務員室左側の電圧計の低電圧ぶりを見てくりょー。各車両が冷房をギンギンに利かせた7月中頃、もしくは9月頭の平日ダイヤ(沿線の各種学校登校日/講義日がお勧め)、急行運転をする朝方なんて、すごいんだよー。数編成がほぼ同時に五月雨式にノッチ投入とか、不利な条件さえ揃えば、500V台以下までイッちゃう瞬間もあるよー。まだまだ走るよー(キリッ だから、朝ラッシュ時の静鉄のウテシさんは他社局で(あまり)気にしなくてもいい電圧計まで、横目でそこはかとなく視認しつつ、ノッチ投入をしている。
- 2012年秋のダイヤ改正で、新静岡発下り定期終車をJR静岡より3分遅く設定し、事実上の宣戦布告。金曜・土曜夜には更に00:00発を設定、沿線民のハートをキャッチ!ウィークエンドのナイトライフをサポート。いいぞ、もっとやれ!事実、葵区の歓楽街である「両替町」周辺の飲食街からは「もう1杯!」「もう1曲!」などといった趣旨の声がちらほら。
- 「(1000系もそろそろヤバいし)ホンモノのLRTにしちゃおっか?」という話し合いの場が、静岡市を中心として静岡鉄道経営陣・財界・市民・その他識者で持たれているが、2013年春現在結論は出ていない。「清水区に更に線路敷いた場合、地震のときに津波がどーたら」とかネガティブキャンペーン張られたら、函館市電とか江ノ電とかきのくに線とか長崎電気軌道とか、海岸スレスレを走る鉄道は全部ダメじゃん。前向きで真面目な検討結果が得られたいところである。津波避難時の高層建造物が沿線に一定数確保できていればよいのでは。
- 今でこそ全線複線電化の都市間電車であるが、実のところは現路線の半分くらいは元々、路面電車然とした間借り軌道だったり(もしそのまま永年放置した結果のイメージは、併用軌道を道路の片隅に置いたために道路交通法無双状態の「土佐電気鉄道・伊野線」だとすればわかりやすいであろうか)、現・静岡貨物駅建設などの事情により「線路の付け替え」によって得られた「新線」である。少なくとも第二次大戦前までは「旧東海道の松並木の脇を単線で走っていた証拠写真」が、会社および地域の古老によって保管されていたりする(沿線地区の歴史誌や、沿線の図書館に所蔵された同社社史などで閲覧可能)。路線の複雑な付け替え遍歴は、Wikipediaなどを参照していただくのも簡単だが、古地図を入手したり、狐ヶ崎駅付近に未だ残存していたりもするので、フィールドワークしてみるのもよいだろう。
- 国内の鉄軌道事業者で結成される「日本民営鉄道協会」(民鉄協)と呼ばれる団体が組織されているのだが、「(大規模株主や親会社の企業グループに属さない)独立系の純民間資本・鉄輪・平地を(『粘着式』で)走る鉄道会社」として唯一非加盟だった。正確にいえば、もともと加盟していたのが1973年に脱退したようだ。その理由はWikipediaによれば補助金拡大を狙っていたものの効果がなかったからとのことらしい。いつかは不詳だが再加盟したようで、民鉄協の加盟会社のご案内を見ると静岡鉄道が中部地方の加盟会社として掲載されている。なお、このことが影響しているのかは不明だが、準大手私鉄クラスの規模であるにもかかわらず中小私鉄のカテゴリとなっている。
駅一覧
急 行 電 車 |
通 勤 急 行 |
普 通 電 車 |
駅名(駅番号) | ○駅施設・乗り換え・その他 | 所在地 |
---|---|---|---|---|---|
● | ● | ● | 新静岡駅(S01) | ○新静岡セノバ・しずてつジャストライン新静岡バスセンター併設 静岡鉄道本社 JR東海 静岡駅(約600m 徒歩約7分) | 静岡県静岡市葵区 |
↓ | ● | ● | 日吉町駅(S02) | ○上りホームに臨時出口あり(供用は平日ダイヤの07:30~09:00・ICカード専用) | |
↓ | ↑ | ● | 音羽町駅(S03) | ○しずてつストア 音羽町店(静鉄音羽ビル・敷地内) | |
↓ | ↑ | ● | 春日町駅(S04) | ○しずてつジャストライン 下横田バス停(隣接)※双方とも公式な乗り換えアナウンスは実施していない | |
↓ | ↑ | ● | 柚木駅(S05) | ○朝・夕・夜に当駅始発(上り・出庫)、終着(下り・入庫)列車の設定あり しずてつジャストライン本社事務所・静鉄情報センター(至近) | |
↓ | ↑ | ● | 長沼駅(S06) | ○鉄道営業所・長沼工場(隣接)朝・夕に当駅始発(下り・出庫)、夜間に終着(上り・入庫)列車の設定あり JR東海 東静岡駅(約500m 徒歩約7分) | |
↓ | ● | ● | 古庄駅(S07) | ○通勤急行は後続の県総合運動場駅始発(早朝の一部は運動場で追い抜いた新清水始発)の上り普通に接続 | |
● | ↑ | ● | 県総合運動場駅(S08) | ○当駅止まり下り普通は、後続の新清水行き下り急行と接続。上り始発普通の設定あり(いずれも平日ダイヤの朝ラッシュ時のみ) 静鉄栗原ビル(敷地内)・静岡県立草薙総合運動場(約300m 施設敷地まで徒歩約3分) | 静岡県静岡市駿河区 |
↓ | ↑ | ● | 県立美術館前駅(S09) | ○しずてつジャストライン 美術館駅前バス停(隣接)・静岡県立美術館、静岡県立中央図書館、静岡県立大学(駅前から坂道を徒歩約10~15分) | 静岡県静岡市清水区 |
● | ● | ● | 草薙駅(S10) | ○しずてつストア 草薙店(約100m) JR東海 草薙駅・しずてつジャストライン 草薙駅前バス停(約200m 徒歩約2分) | |
● | ● | ● | 御門台駅(S11) | ○しずてつストア 御門台店(隣接) | |
● | ● | ● | 狐ヶ崎駅(S12) | ○しずてつジャストライン 狐ヶ崎駅前バス停(至近) | |
● | ● | ● | 桜橋駅(S13) | ○しずてつジャストライン 桜橋駅・桜が丘高校バス停(至近) | |
↓ | ↑ | ● | 入江岡駅(S14) | ○しずてつジャストライン 入江岡駅前バス停(至近) | |
● | ● | ● | 新清水駅(S15) | ○しずてつジャストライン 新清水バス停(駅前)・JR東海 清水駅(約750m 徒歩約9分 またはバス連絡)・エスパルスドリームフェリー(バス連絡) |
社風とか
特記なき限り当時の社名・施設名で記述。
- 東急との関係は、上述のとおり第二次大戦後に直属のグループからは離脱し、自主的な経営を行っている(ただし、1961年末に開業を控えた伊豆急行および当社、東急の三社連名で、同年11月18日に静岡市の「駿府会館」で「東急ゴールデンコンサート」と銘打った無料コンサートを開催したことが「伊豆急行線開業50周年ポータルサイト」で確認できるが、伊豆急との近年の関係は「静岡県観光協会」が主導する「静岡七線連絡協議会」の紙媒体中吊り「しずおか旅情報」を各社線車内に掲出する程度)。路線バスのカラーリングも、現カラーリングから2世代前の車両は、当時の東急バスがまとっていた銀色に赤帯のカラーリングを紺色に変えただけで、正面の塗り分けも酷似(各種研究サイトも参考にしていただきたい)、間接的な関係を匂わせるものであった。転機は1967年、国鉄の東名ハイウェイバスと実質上対抗する目的で、東急が主導して東名高速道路の沿線各社に声かけして設立された高速路線専門バス会社「東名急行バス」に共同出資…するも、1975年春に撤退。これが当社バス事業の強烈なトラウマ、端的に述べれば「大ヤケド」となったらしく、「銀バス」と呼ばれたこんな色も、冷房搭載車からこんな感じの色に。「袂を分かつ」って、こーゆーことをいうんだろーか。2002年に分離設立されたバス子会社の「しずてつジャストライン」は(東名高速を経由する静波海岸・相良方面への中距離高速バスを除き)2005年まで高速バスらしい高速バスを路線展開しなかった(しかも、同社を再び本格的な都市間高速バス事業に手を染めるよう導いたのは、その「東名急行」を解散に追い込んだ、当の旧・国鉄が分割・民営化された流れを汲む「ジェイアールバス関東」であった。東京側のターミナルも上り便に限り、池尻大橋駅(田園都市線同駅駅上)などで降車を扱う程度で、東急の「ナワ張り」にはほとんど手出ししない)。また「東名急行」の幹事社であった東急(バス事業の分社先である「東急バス」)の現状を述べれば、いわゆる空港リムジン系統、通勤高速バスなどを除き、純粋な「都市間高速バス事業」から「美しく」撤退している。
- 「新静岡センター」立ち上げ当初の店舗運営ノウハウは、在京百貨店および在阪百貨店(端的に言えば、阪急百貨店など)からの各種指導があった模様である。
- 同社線の駅集中管理システム構築にあたり、規範とした路線は「能勢電鉄」のシステムとされる。このあたりから「スルッとKANSAI」加盟、PiTaPa導入へのパイプができたとも推察できる。
- 上述したリフト崩落事故の「十字架」もあるのか、新静岡再開発事業竣工後も、祝賀に関してハメを外したおちゃらけ騒ぎまでは行わず、決して「おだっくい」(「お調子者」などを意味する静岡方言)な企業ではない。傍から見て革新的な顧客サービスや、先進的な保安システムの導入をするも、常識的に淡々と、地味に、着実に、声高にせず、地域に根ざした行動規範が同社の傾向であろうか。根底にあるのはやはり「安心、安全」なのであろう。
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