通商破壊とは、本国と資源地帯、交易地帯との交通線(シーレーン)を遮断して輸送、通商活動を妨害する行為である
概要
通常は、敵国の本国と植民地、敵国と貿易相手国との間の海を行き来する商船相手に行われる。また、補給物資や兵員を積んだ輸送船などを攻撃する事も通商破壊と呼ぶことがある。
通商破壊自体は人類が外海を航海できる技術を持ったころから行われてきたが、特に有名なのは第一次世界大戦及び第二次世界大戦でドイツが連合国相手に行ったもの。この時代になると潜水艦を建造する技術が開発され、通商破壊が容易に出来るようになったのである。
太平洋戦争においては日本もアメリカも相手国に対して通商破壊を試みたが、とくにアメリカ側が大きな効果を上げ、日本の敗戦の大きな原因の一つになった。
通商破壊の目的と効果
通商破壊は相手国の貿易・交易を断ち、産業にダメージを与え、敵国の継戦能力を喪失させるのを目的とする。
特に、近代化が進むにつれて産業の維持に自国で自給できない海外の資源(石炭・石油・ゴム・希少金属など)を必要とするようになってくると、通商破壊でその資源の輸入が絶たれるだけでその国の産業は危機に陥る。これら通商破壊を行って効果的なのは、イギリスや日本のように広大なシーレーンを守らなくてはならない島国である。どうしても資源を外部に頼らなくてはならない以上、通商破壊を受けてしまうと一気に産業は衰退してしまう。
また、通商破壊で1隻の船を轟沈させることは、敵国に対して1隻の船以上のダメージを与える事になる。一度通商破壊で攻撃されたという事は、その航路を二度、三度と攻撃される可能性があるという事であり、何の対策もなしにその航路を使う事が出来なくなってしまうのである。結果、対策が確立するまで航路自体が封鎖され、数十隻、あるいはそれ以上の輸送物資が届かなくなるという事態にまでなってしまう事もある。
通商破壊の歴史
古くは大航海時代のスペインの新大陸の富を持ち帰る船に対して海賊行為を行ったイギリスの私掠船が通商破壊にあたるといえる。
20世紀に入り、長距離を航行できる巡洋艦が配備されるようになると通商破壊はより多く行われるようになる。
日露戦争ではウラジオストクを根拠地とする巡洋艦隊が日本相手に通商破壊作戦を行い、多くの輸送船や民間の船を撃沈・拿捕している。日本海軍はこの巡洋艦隊を撃破するために大きな労力を費やすことになった。
第一次世界大戦がはじまると、ドイツはイギリス相手にUボートによる通商破壊作戦を行った。Uボート300隻が残した5000隻を超える艦船の撃破という戦果はイギリスを大いに苦しめた。しかし、この通商破壊作戦によってアメリカ人の乗った船まで沈めてしまったことによりアメリカの参戦を招いてしまった理由の一つとなったのは皮肉である。
また、ヨーロッパから遠く離れたインド洋でもドイツの通商破壊作戦は行われていた。こちらでの主役は巡洋艦である。ドイツの巡洋艦「エムデン」は単艦で30隻以上の船を撃沈・拿捕し、インド洋での補給・交易を大いに乱すことに成功した。連合国側はエムデン1隻の捜索に数十隻の船を投入している。
第二次世界大戦でも、ドイツはUボートを大量生産し、イギリス・アメリカなど連合国に対して通商破壊作戦を仕掛けた。複数のUボートが集団で輸送船を狙う群狼戦術は連合国側に恐れられた。英国首相チャーチルは戦後の回顧録で「私が真に恐れたのはUボートである」と綴り、Uボートを招き寄せる『疫病神』ことFw200コンドルともどもイギリス軍の最優先目標に定めた。Uボートによる通商破壊作戦は初期は大戦果をあげる事が出来たが、連合国が対潜水艦用のソナーやレーダーなどを開発し、輸送船に護衛をつける護送船団方式を採用すると、通商破壊作戦はその目的をほとんど達成できなくなる。逆にUボートの方が狩られる対象となり、多くのUボートが沈められることになった。それでもドイツ海軍側も工夫をこらし、音響魚雷やシュノーケルを開発して対抗。終戦までに商船2603隻と護衛艦艇175隻を撃沈した。
この時期のドイツは水上艦艇も通商破壊作戦に駆り出している。ドイツ海軍が完成させた超弩級戦艦ビスマルクが沈んだ「ライン演習作戦」も本来は通商破壊を目的とした作戦であった。ポケット戦艦アドミラル・シェーアは神出鬼没な行動でイギリス海軍を振り回し、水上艦で唯一10万トン以上の商船を撃沈してみせた。
一方、地球の反対側で行われていた太平洋戦争では日本と連合国が互いに通商破壊作戦を仕掛けていた。日本は連合軍の主要航路である太平洋方面とインド洋に、連合軍は東南アジアや太平洋の島々を結ぶ航路に潜水艦を忍ばせた。しかし、効果的な通商破壊を行えたのは連合国側である。日本は初期に戦線を広げ過ぎたこともあり、占領地からの資源輸送を行う輸送船の護衛用の船を用意できなかった。そのためアメリカの潜水艦などによりこれら多くの無防備な輸送船が襲われ、多大な被害を出している。ただアメリカも最初から護衛の重要性に気付いていた訳ではなく、戦争初期は伊号潜水艦による西海岸での通商破壊をむざむざ許したり、東海岸におけるドイツ海軍のパウケンシュラーク作戦で大損害を出している。太平洋戦争末期になると、日本は潜水艦の被害に加え航空機から投下された機雷により各地の海路を封鎖され、より水上輸送が困難になった。
ちなみに連合軍にとって泣き所だったのはインド洋方面であった。かつてはイギリス東洋艦隊が駐留していたが、1942年4月のセイロン沖海戦で南雲機動部隊に敗北して以降、南アフリカまで後退。護衛戦力に事欠く事態に陥ってしまった。日本潜水艦にとってインド洋は敵の対潜対策も遅れている絶好の狩り場であり、途中からはモンスーン戦隊のUボートも加わってベンガル湾、アラビア海、オマーン湾、モザンビーク海峡で通商破壊。太平洋方面の戦果が振るわない中、インド洋方面でガンガン戦果を挙げた。対する連合軍はインド洋へ増援を送ろうにも、大西洋方面はドイツ海軍、地中海方面はイタリア海軍、太平洋方面は日本海軍の戦線に引っかかってしまう絶望的な立地により遅々として進まず。結局東洋艦隊が息を吹き返す1945年1月まで被害を出していた。
通商破壊の主役は潜水艦だが、客船に大砲を載せた仮装巡洋艦(日本海軍では特設巡洋艦、イギリス海軍では補助巡洋艦と呼称)も参加している。無害な客船を装って標的の商船に近づき、射程圏内へ入るや否や隠していた大砲で撃沈するのである。いささか卑怯のように感じられるが、戦時国際法で認められた立派な戦法である。通商破壊に用いたのは主に日独で、独仮装巡洋艦ピングィンは28隻撃沈というトップの戦果を残した。日本海軍は報国丸と愛国丸を補給艦兼特設巡洋艦としてインド洋に配置し、5隻撃沈と1隻拿捕の戦果を挙げている。
通商破壊への対応法
大きく分けて2つの方法が考えられる。商船に護衛をつける護送船団を編成するのが一つ、もう一つが敵艦隊を撃破して制海権を確保する事である。
護送船団
護送船団は商船を守るために軍艦を付随されることである。敵艦が通商破壊を目的として商船を襲った場合、これに軍艦が対応し、商船を守る。しかし、商船を護衛しながらでの戦闘は当然ながら不利である。
また、すべての商船に対して護衛をつけていたのでは一隻の商船に割り当てられる軍艦の数は少なくならざるを得ない。これに対して通商破壊を行う側は、どの目標を、いつ、どこで、どれだけの数で襲うかゲリラ的に選択する事が出来る。
これら護衛側に不利な条件があり、実施に人員や艦船のコストが相応にかかるため、護衛船団は相当の余剰戦力や技術的アドバンテージがないと徹底させることは難しい。日本海軍はどちらもなかったためにアメリカ軍の通商破壊を止める事が出来ず、アメリカ軍にはどちらもあったためにドイツ軍の通商破壊を止める事が出来たのである。
制海権の確保
通商破壊に従事する敵艦隊を撃破し、制海権を得てしまえば、通商破壊の心配は無くなる。
通商破壊に従事している艦隊を捕捉し、相手を上回る戦力でたたくことが出来れば、それでシーレーンの安全は長期間確保されるのである。戦力を小分けにして商船の護衛に当てるよりも、艦隊をひとまとめにして戦力を集中して敵艦隊を撃破したほうが、事態の打開に繋がることもある。
この考え方から「敵艦隊を撃破する事こそが海軍の最優先事項である」という思想にもつながっていき、艦隊決戦主義が生まれる。護衛船団よりも艦隊決戦の方が重視される海軍も見られるようになっていった。
潜水艦の発明と通商破壊
潜水艦の発明は通商破壊という作戦において画期的だった。潜水艦による通商破壊はそれまでの水上艦による通商破壊とは一線を画していたのである。
その原因は潜水艦の隠密性にある。
海上では隠れる場所などどこにもない。水上艦が居ればその姿は遠くからでも見える。近代の化石燃料による機関を積んだ船なら噴煙を発生させるため、より遠くからでも見えてしまう。そして、これらの敵水上艦を撃破すれば、あるいは一定の海域に入らせなければ、制海権は確保できていた。
しかし、潜水艦が発明されて以降はこれまでの対水上艦のやり方では通用しなくなる。海底でじっと獲物を待つ潜水艦を発見する事は当初不可能に近く、水上に敵の姿が見えないからと言って安全に航行できるわけではなくなった。制海権は非常にあやふやなものになってしまったのである。
水上艦の時代なら、水平線に現れた船が敵艦で、自分たちが狙われていると察すれば、たいていの艦は逃走なり、抵抗なり、あるいは降伏なりの準備ができた。逃走を選ばれた場合には、通商破壊を行う側には逃げる敵を追いかけるための足の速い巡洋艦などが必要とされた。
が、潜水艦ではこうはいかない。隠密性に長けた潜水艦は水中で待ち伏せする事によって相手に存在を悟らせず水面の下からいきなり攻撃を仕掛けてくる。その際、逃走も抵抗も降伏も準備させてもらえない。そしてその魚雷攻撃が当たれば輸送船は撃沈されてしまう。深く静かに潜航する潜水艦と通商破壊の組み合わせは、降伏さえ許されない輸送船の乗組員にとっては恐怖以外の何物でもないのである。
第二次世界大戦のドイツは戦艦をほとんど建造できず、空母にいたっては1隻も完成させられなかったが、Uボートの建造数は1000隻を超えているのを見ればわかるように、船体が小型で搭載する武装も魚雷程度の潜水艦は大量生産が容易である。
安価な潜水艦で敵の産業にダメージを与え、戦力を削ることが出来れば、費用対効果は非常に良いものになるのである。
二度の世界大戦では潜水艦の出現により、艦隊決戦により制海権を確保する通商破壊への対応法は完璧なものではなくなり、護送船団方式が再び脚光を浴びるようになった。
創作の中の通商破壊
通商破壊が取り上げられる作品はやはり第二次世界大戦以前の海軍の話や、あるいはSFで宇宙を舞台にしたものが多くなる。
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