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大そうじへの備え
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ブログ記事を書くなどと、久しぶりのことではあるが、ここいら書きとめておかないと忘れてしまいそうなので、facebookに書くのも良いけれど、久しぶりにブログに書いてみたりする。 本の索引がなぜ、人工知能につながるのか…。 本を検索するための書誌データがあり、全文検索は技術的に可能だが権利的にムニャムニャ〜。でも権利的に問題なく、しかも人工知能社会に貢献…いや貢献どころか、人工知能を支える知識ベースは、図書館に存在していることに、気がついて欲しいと思うのだ。 本の索引 図書館の仕事を初めて10年以上になる。最初は図書館業界でも有名な我らが理事長の元、門前の小僧もなんとやらで、図書館に対してはど素人でもそれなりに勉強しながらやってこれた。当初より僕は「図書館の本をバラバラに分解したい」と思っている、図書館業界にはあるまじき考え方の持ち主ではあったが、多分それは、今でも変わらない。物理的にバラす
2003年(平成15年)、地方自治法が改正されて、それまで行政あるいは一部の団体にしかできなかった公の施設の管理運営が民間団体(営利企業や非営利団体など)にも解放される、いわゆる「指定管理者制度」が誕生しました。 指定管理者制度(Wikipedia) この条文の改正による制度運用に関しては、いわゆる「スキーム」が国からは出されることはありませんでした。この法律改正をうけて、各都道府県および各市町村は、自分たちで制度運用方法を考えなければなりませんでした。その結果、ひとつの法律に基づく制度運用が、設置自治体ごとにバラバラ、同じ自治体でも公の施設ごとにバラバラ…という状況を生み出す結果になってしまい、どのような制度運用が正解なのか…は、結果をみてみないとわからない…という状況が生まれてしまったと思っています。 民間の営利企業が指定される場合、それまでの自治体出資により設立されたいわゆる「第三セ
この夏、とある集まりのとあるグループワークの中での議題を考えているなかで、文字にしながら考え方を整理したいと思い、ひさびさにブログを書いてます。 テーマは、「それは『図書館』ではないの…ほんとに?」 ことの発端は、山中湖情報創造館が、「図書館」ではなく「図書館類似施設」と思われたり、「公共図書館機能」ではなく「公共図書館的機能」を持っているとされたりしたこと。誤解は解消されたので、すでにわだかまりは解消されたのですが、なぜそう捉えられたのか、そう思われてしまったのか。確かに「図書館」という名称を持たない「山中湖情報創造館」ではありますが、公式ではないものの英語表記では、"Yamanakako Public Library for the People's Creativity" としているだけあって、「類似」とか「的」といわれるのは、これまでの10年間の活動を否定されたのでは?!と感情的に
個人消費者向けの「電子書籍」は、いっときのブームもおちつき、徐々に利用者を増やしている感じがある。なかでも高齢者ニーズが高いのは予想外の展開だったかもしれないが、大きな活字や書店まで出かける手間がない…という理由なら、さもありなん。である。 ・電子書籍で変わる高齢者の読書(NHE NEWS: 2013/9.26) さて、一方で公共図書館における電子書籍の導入やダウンロード貸出サービスなどがいくつかの図書館で始まっているようだが、利用がいうほど伸びてないらしい。ダウンロード貸出ができる書籍の種類が少ないという理由もあるだろうが、実はそれ以上に深い理由がありそうに思えてならない。そのひとつとして、日本の公共図書館において「オーディオブック」の時代がまだ到来していない…ことなのだ。と、僕は考えている。電子書籍が普及する前にオーディオブックの普及がなければ、電子書籍の導入も貸出も…予想を大きく下回
ひさびさのブログです。最近twitterやfacebookばかり…。 さて、すでに9年前に出版された菅谷明子氏の「未来をつくる図書館」。この本のインパクトがいまでもある。出版されて9年、取材等を考えれば10年以上前のニューヨーク公共図書館のあり様は、いまでも日本の図書館業界で働く方々や図書館を利用されている方々に、多くの衝撃を与え続けている。 なぜか? それはこの9年もの間においても、日本の図書館がニューヨーク公共図書館の様々な図書館サービスを[普通の図書館のサービス]とは捉えず、業界のほとんどの方は「日本の図書館は日本の図書館、米国の図書館は米国の図書館です。よく「〜では」を使われる先生方が講演で引用されますが…。」という。簡単にいえば、この10年経ったいまでも日本の図書館は様変わりすることは、ほとんどなかったのだ。 さらに、それはなぜか? 一言で言えば、「図書館業界の危機感」に対する認
僕たちは、もはや小さなこと(失礼…)にこだわっている場合ではないのかもしれない。 貸出至上主義への批判も、指定管理者をはじめとする民間委託への批判も…それらのことよりも、実はもっと重要な事がある。それに気がついてしまうと、僕はもう後戻りはできない。そんな気さえする。 あの戦争の後、それまでの改正図書館令を改め、戦後の日本国憲法のもとで教育基本法が生まれ、社会教育法や図書館法が生まれた。また戦前から続く日本図書館協会は「図書館の自由に関する宣言」を発表し、その前文に わが国においては、図書館が国民の知る自由を保障するのではなく、国民に対する「思想善導」の機関として、国民の知る自由を妨げる役割さえ果たした歴史的事実があることを忘れてはならない。図書館は、この反省の上に、国民の知る自由を守り、ひろげていく責任を果たすことが必要である。 としるし、図書館が「思想善導」の機関として戦争に加担したこと
こんな時間に…まぁ、なんと難しい事を〜。 とりあえず、私案の概略だけ。 これからの図書館づくりに必要な改善ポイントを3つに絞ってみました。 1.公共図書館の意思決定機関を明確にする。 首長?教育長?それとも図書館長? いったい誰が図書館の意思決定権を持っているのでしょうか?そのあたりの曖昧さが、次の一歩を踏み出せない足枷になっています。諸外国をみれば「図書館委員会/図書館理事会」という機関が意思決定をし、そこで決定した方針を、図書館長が現場監督として最高経営責任者として任務を遂行する。図書館協議会は館長の諮問機関だから、そんな意思決定権限なんてないんですよ。 2.ライブラリアン(司書)とクラーク(事務員)を置く。 病院にはドクターやナースによる医局と、医療事務を行なう事務局があるように。これは高校なども教務課と事務局があるように、公共図書館においてもライブラリアン(司書)とクラーク(図書館
7月7日〜10日にかけて、盛岡/陸前高田/遠野/大槌…と行って来てから、少しばかりいろいろなことに手がつかなくなってしまいました。 それというのも、タイトルにもあるような疑問にすらならないような、なにかぼんやりした不安みたいなものがつきまとってしまっているようなのです。 どうして…東日本大震災がアーカイブの対象になるのでしょうか? 実際に現地にでかけて、僕もたくさんの写真を撮って来ました。中には津波で壊された個人宅ですら、写真を撮ってしまいました。そしてとても感じるのは、「僕は本当にこの風景を撮影していいのだろうか?」という疑問です。 何の縁もゆかりもない一個人が、被災地の…しかも[被災後]の風景だけを撮影する。 まず、この行為に対する…すごく深い[申し訳ない気持ち]。 そして何よりも、東日本大震災に限らず、阪神淡路大震災、中越地震、宮城・岩手内陸地震、地震以外にも多くの自然災害で破壊され
これは僕の自論なのだが、電子書籍のダウンロード貸出をはじめたからといって、それがすぐに「電子図書館」だの「デジタル・ライブラリー」だのというのは、ちと早急するぎる気がする。 本当に、デジタルな図書館であるためには、何をしなければならないのか。実はまだ誰もあまり深くは考えていない(少なくとも公共図書館では)。 ・米国Amazon.com社、Kindleに図書館から電子書籍を借りられるサービスを開始へ (カレントアウェアネス ポータル) 海の向こう、米国ではすでにほとんどの公共図書館が電子書籍のダウンロード貸出を始めている。しかしそれは、カセットテープによるオーディオブックから、MP3形式の音楽データのダウンロード貸出をへて、じゃぁ次は電子書籍(eBook)だね…みたいな流れでしかない。しかもほとんどの電子書籍データは、OverDrive社のクラウド上にあり、図書館は利用料金(ライセンス料)を
福島第一原子力発電所の事故により、避難指示をうけた地域の中には役場もあれば公共図書館もある。「念のため避難」という言葉使いにより、「そのうち一時帰宅できるだろう…」なんて思っていた方々も少なくはない。中にはちょっと隣町に買い物に出て家に帰ろうとしたらすでに[立入禁止地区]になっていた…などという例もあるようだ。 人命は避難できても、その市町村に置いて来たものはたくさんある。家畜やペット、食料品や生もの…ひょっとしたらパソコンやハードディスクなど…たくさんある。 図書館の仕事をしているせいか、中でも気になるのは「避難指示を受けた地域の図書館」だ。 その蔵書も、ほとんどが放射線による被曝をしているだろうし、あるものは放射性物質による汚染が起きているかもしれない。見た目には何の変わりもない日常的な風景でありながら、その本は素手で触ることすらできない状態になっている…のではないだろうか? それら被
それどころじゃない…ということは重々承知の上で、あえて書きます。 数多くの救援物資が届きながらも、求める場所に適切に配分する事ができずにいる自治体や避難所。いくつかの自治体では仕分けすらできないので、救援物資を断っている…ということも耳にする。 なぜ、図書館員を使わないのか。 図書館は日常的に、数万数十万点の図書館資料を扱い、求めに応じて必要な資料を探し、提供することがお仕事。このような非常時であれば、図書館資料を救援物資に変えて、数千点だろうが数万点だろうが、分類整理し、求める避難所に配分することくらい、朝飯前なのに。 ただ、資料組織論で学んだ事、日々の仕事の中での業務に対して「図書館資料」を「救援物資」に置き換えるだけで、図書館員なら対応できると思っている。 まぁ、それどころじゃない…ということは重々承知の上ですが、人の使い方、非常時だからこそその人でなければできないこと、そのスキルを
twitterの140字では足りず、facebookでは今だ限られた人にしか伝わらないので、ブログに書きます(twitterやfacebookをはじめてからというもの、ブログに書くことがめっきり少なくなりました…)。 さて 紙に印刷・製本された図書を、断裁機等をもちいてバラし、全ページをスキャンし電子画像やPDF化する作業を「自炊」と称するそうです。昨年あたりから登場したiPadやAndroid端末などのスレート型(板型)PCにより、まるで本のページをめくるような操作感覚で「本を読む」ことができる、そんな機会が私たちの前に登場しました。 所有している本を本人に代わって電子化するサービスや、あくまでも使用者によるデジタル化にこだわるサービス、さらには大手レンタルビデオショップによる自炊サービスの開始…等、いろいろな場面で「個人が所有する本のデジタル化(一部違うところもあるけど)」がちょっとし
大それたことを言うつもりはないのだが、今日山中湖情報創造館にリサーチに来た大学生たちと話をしているうちに、やはり日本の公共図書館(という公の施設)に対するガバナンスのスタイルをしっかりと考えるべきなんじゃないか…という話題になったものだから、その勢いもあって書いちゃいます。 ◯図書館協議会は、何の権限も責任も無い。 正直なところ、そんな[諮問機関]にどういう意味があるのか、僕には理解できません。ましてやそれが『図書館法』という法律に明記されてしまっている以上、存在を否定する事も、またそれに変わる組織を設置することもなかなか難しいわけで、館長の諮問に答えたり、館長に意見を述べることはできたとしても、それを館長が活用しようが活用しまいが裁量は館長にあるわけですね。 そんなわけで、諮問機関には何の権限も責任も無い訳で、これをもって住民自治があるとは言えない…と思う訳です。 ◯それに比べて「図書館
ご存知のとおり、図書館の分類はNDC(日本十進分類法)によって、分類されそれが[請求記号]や[排架]となって形づくられている。 確かに良く出来ている分類法ではあるが、書店の配置と比べると判りにくいという指摘もある。書店ではどのように分類されているかといえば、多くはCコードを使っている。これは出版社側がその本に対して付けた分類であるのだが、図書館ではこのCコードによる分類はまったくと言ってよいほど使われる事は無い。 お近くの本があったら、ISBNコードをあたりをみていただきたい。 ISBN 978-1234567899 C0037 ¥1200E こんな風に書かれている。この C0037 がいわゆる Cコードである。 この場合は、第1桁が0は一般、第2桁が0は単行本、第3•4桁目が37は教育といった具合である。 図書館の蔵書をいきなりCコード分類にすることは大変であり、また実際に細かな分類が必
Amazon Kindle,Apple iPad…そして、SONY ReaderにシャープのGARAPAGOS…などなど、主だった電子書籍リーダーの役者は出そろった感(NOOKが日本に入って来ないのがちょいと気になりますが…)。これからいよいよ、電子書籍ビジネスの到来となりました。ただ、まだ各社模索中のようで、これといった決め手に欠く感じがします。 そんな中で、僕からの提案。 電子書籍の売り切りビジネスではなく、「電子書籍レンタル」をはじめてはどうだろうか。 例えば… 販売価格がいくらであれ、1冊2週間 150円 とし、2週間経過すると電子書籍リーダーから削除されるなどの自動処理で、閲覧できなくなる…とか。 月額固定(例えば600円くらい)とし、4冊までを一ヶ月閲覧可能とする。一ヶ月前に返却したら次にもう一冊借りる事ができるとか(一ヶ月経過した電子書籍は自動処理で閲覧できなくなる)。 月額
図書館員(司書という限定的な職能だけではなく…という意味で)には、図書館情報学やら大学の司書課程で学ぶ内容もさることながら、実はもうちょっと多様なスキルが必要なのではないか…と、現場での日々の業務の中で感じたりしています。 これもそのひとつ。 読み聞かせやお話し会、朗読やストーリーテリングなど、人前で声を出す場面が少なくはないのだけれど、どうしても「図書館業界」の範囲でしか捉えていなかったりする。 なので、こんな本を読む…だけでなく、実際に演劇ワークショップなどに参加している図書館員さんがいらっしゃったら、それはたぶん宝石だ。 こちらもおススメ。
プロフェッショナル意識を持つ多くの図書館員は、自らを「司書」だと思っている。 しかし、そうそう簡単に「司書」になることはできないのだ。 まずは何をもって「司書」というか、ご存知の通りこれは図書館法に定義されている。 (司書及び司書補) 第4条 図書館に置かれる専門的職員を司書及び司書補と称する。 2 司書は、図書館の専門的事務に従事する。 3 司書補は、司書の職務を助ける。 すなわち、図書館に置かれる《専門的職員》でなければ「司書」とは呼べない。これは司書資格所有者であっても専門的職員として配属されなければ「司書」とは称することはできないのだ。 次に、問題なのはこの法律における「図書館」の定義である。 (定義) 第2条 この法律において「図書館」とは、図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保有して、一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資することを目的とする施
僕が副理事長である特定非営利活動法人地域資料デジタル化研究会(通称:デジ研)は、その設立時のミッションの中にこう記している ・図書館、博物館等の学習施設の情報化およびサービスに資する事業 当初は、(の受託)という文字が付いていたのだが、それはとうの昔に外した。 これによって私たちは、業務委託や指定管理者として業務を行なうだけでなく、自らが図書館や博物館等の学習施設を持ち、経営していくことも事業として含まれているのである。 さて、一方で国家をあげて「新しい公共」という考え方が大事になってきている。 ・「新しい公共」円卓会議(内閣府) 「新しい公共」に関しては胡散臭い…というむきもあることは知ってはいるが、国や地方自治体がこれまで担って来た公共サービスが、緊縮的財政の中で、少しずつ切り離されている。 直営(100%正規雇用) 直営(正規雇用+非正規雇用:臨時・嘱託・非常勤) 直営(正規雇用+非
読書週間です。 読書だけでなく、図書館が出会いと交流の場になりますよーに。 Social Reading & Social Library Project に向けての第一弾。
電子書籍時代の公共図書館は、どうあればいいのか。 答えのひとつは、 電子書籍の編集・出版機能を図書館が持つ これをぜひ考えていきたい。かつて、公共図書館自身が地域資料などの編集機能も出版機能も持っていた…と聞く。すでにそれらのノウハウが失われて久しいが、公立の美術館・博物館はいまでも編集・出版機能を持ち続けている。本を扱う専門施設であるはずの公共図書館が、残念ながら、それらの機能を手放してしまったのだ(これには、貸出さえしていればいい…という思想があるのも事実だけどね)。 電子書籍の時代の図書館は、電子資料/デジタル資料を揃えて、電磁的に貸出をすればいいのか?という疑問につながってします。むしろ、電子書籍の時代にこそ、図書館はコンテンツ創作機能として、著述・編集・出版の機能を有することが求められる。少なくとも利用者さんがそれらのノウハウを訪ねてくる時に、ひとつの[ビジネス支援]としてそのノ
本日、とある市立図書館のとある指定管理者公募のプレゼンテーションを行なって参りました。 やるだけやった…人事を尽くして天命を待つ…という気持ちです。 さて、ここしばらく、なんとなく出し惜しみしていた感のある、僕たちのNPOが考える指定管理者による図書館経営理念をすこしばかり語らせていただきました。 まず、僕たちが山中湖情報創造館での指定管理者制度のもとで7年間経験して到達した、これからの図書館経営理念です。 みんなで幸せになる図書館 NPO法人地域資料デジタル化研究会が、今後さまざまなカタチで図書館と関わるとき、常にこのことを経営理念として据えておきたい。そう考える言葉です。 1.利用者の幸せ: なによりもまずその図書館の利用者さんに喜んでいただける、満足していただける…なっとくできる答え(資料)に出会う事ができる…それがひとつ。 2.設置者の幸せ:公費=税金を使っての公共サービスです。そ
図書館で働く…人には、ライブラリアンとクラークがいる…ということを、この仕事に就いた事に耳にしていた。その前から、博物館や美術館の「学芸員(キュレータ)」があれもこれも事務仕事を抱えて、『雑芸員』と揶揄されている…ということは知っていたので、図書館司書も事務局員を置かないから…いつも時間も足りないのだなぁ…と、考えていた。 例えば…病院であれば、よほど町中の小さな開業医でもなければ、医局と事務局とに別れており、お医者さんや看護士さんが、受付などの事務仕事をすることは…まずない。それは事務局サイドのお仕事。だからプロフェッショナルなお医者さんや看護士さんは、医療サービスに専念できる。 同じように、図書館だってプロとしての専門家である司書(ライブラリアン)が、その本領を発揮できるように、一方にきちんと事務職を置いたらどうだろうか…と、かなり真剣に考えていた。そう考えていたのだ。 だが、これは実
指定管理者制度とその運用に関して、いまだに多くの誤解があるみたい。 地方自治法上は、二人以上の任意の団体でも可能であって、実際にはそれぞれの施設における制度運用による[募集要項]で、応募できる団体が制限されることはあるけど…ね。 ・もともとあった第三セクター(自治体出資の会社あるいは財団法人) ・民間の営利企業 ・NPOなどの市民団体 例えば…考え方ひとつなんだけど… ・都道府県立の施設を、その所在する市町村(地方公共団体)が指定管理者になることも不可能じゃないし。 ・大学や私学が指定管理者になることだってできたりする。 図書館なんかは、 都道府県立の図書館(本館とか分館)を、その住所のある市町村が指定管理者なることだってできる。 大学が図書館の指定管理者になって、大学図書館のスタッフが市町村の図書館で働くことだって、できたりする。 指定管理者制度そのものは、実に柔軟な(ある意味、制度運用
とりあえず、なぜか「電子書籍元年」というそうだが… iPad上の電子書籍などをみまわしてみても、まだ日本語書籍の登場しないKindleの電子書籍をみても…まだ、前座の域を出ているものではない。 今回の電子書籍元年 見習い: とりあえず、ページを画像あるいはPDF化し、デジタルデバイスで表示できる。 前座1: PDFの場合、検索可能なテキストが埋め込まれている 前座2: 文字がテキストデータで、検索・文字の拡大縮小・読み上げなどができる。 前座3: 文字や写真だけでなく、動画や音声、アニメーションなどを含む。 二つ目: 電子雑誌や電子新聞などで、バックナンバーを保存することができる。 二つ目: 電子書庫内のコンテンツを串刺しで検索できる。 二つ目: 参考文献や引用リストから、元の文献を呼び出すことができる。 二つ目: テキスト、写真など記事のクリッピングができる。 真打ち: 電子クリッピング
東京都が「活字離れ」対策チームを発足。そのリーダーには作家の猪瀬直樹氏があたるとか。 その猪瀬氏のコラムが日経BPネットに連載されているが、前回と今回の2つを読む限り…目的と手段をはき違えていることが読み取れる。 図書館に関わるものとして「読書推進」は望ましいことではあるが、それは目的ではなく、ひとりひとりの課題を解決することが目的で、読書はその手段のひとつである。これは現場に関わる者ほど、実感することではないだろうか。 【猪瀬直樹の「眼からウロコ」】 ・「活字離れ」をどうするか、東京都が考える 2010年04月27日 ・日本と外国の若者の差がどんどん開く 2010年05月11日 プロジェクトチーム「活字離れ対策検討会(仮称)」づくりのための意識改革として開催した講演会に、北川達夫氏や三森ゆりか氏を招聘したことでもわかるように、このミッションは「活字離れ=読書推進」ではなく、 論理的に物事
YouTubeで公開されていましたので…まとめておきます。 100mトラックを人より速く走る事は、真の競創ではない。誰も分け入った事の無い原野を一人切り開き、まだ生まれていない道を、一人全力疾走すること、それが競創だ。そこには観客も審判もストップウォッチも存在していない。 2200年を生きる未来の人々に、あなたは何を残したいですか?どのように思い出されたいですか? …ちょっと…カッコ良すぎ!
リゾート再建の雄、星野リゾートのミッション 日本の観光をやばくする それにあやかって(ただのパクリです、ごめんなさい)、僕たちはこんなミッションを掲げてみたい。 まずは、日本の図書館をやばくしよう ひょっとしたら、その未来において特に日本では「図書館」と呼ばなくなるかもしれない…英語表記ではLibraryのままだとは思いますけどね。 ※そのくらい「図書館」の意味範囲の狭さに比べ「Library」の意味範囲は実に広い。プログラミングの世界でもLibraryは使うし、素材集などの世界でもLibraryはあたりまえに使うほど…言語の意味範囲は広い※ さて、Twitterで僕は恐れ多くも、その当のご本人 星野さんのアカウントに こんな質問をなげてしまった。そしたらなんと、お返事をいただいだのです。そりゃもう嬉しくて感激ですよ。 ---- 以下時系列 --------- @skier1960 僕はい
昨夜、東京大学で開催された「マイニング探検会」は実に有意義な会だったと思う。以降毎月開催ということなので、都合をつけて参加していきたい。 第一回のテーマがWeb-APIのお話し…なのだが、聞いていて「リアルな図書館サービスのAPI」というものを考え始めている。 例えばこうだ。 電話://山中湖情報創造館/レファレンス?when=フジマリモの発見&who=フジマリモの発見 これは、電話という通信手段(プロトコル)を用い、山中湖情報創造館に対して、レファレンスサービスを要求、フジマリモの発見の[when:いつ]と [who:誰]という回答を問い合わせる URL みたいなもの…である。 ヘルプデスク://山中湖情報創造館/貸出?ID=100065446 自動貸出返却機://右側.山中湖情報創造館/貸出?ID=100065447 とか。 なんか、そんなことを考えてみると、図書館サービスの効率化とか
twitterを書いていると、ついついブログを忘れがち…ただ、ブログは「つぶやき」ではなく、がっつりを思いのたけを、下記綴りたい。 そこで今宵は、公共図書館の財源または資金調達について 1.公共図書館の財源が100%公費(税金)という時代はもう終わった。 年々削減される経費、資料購入費。バブル経済崩壊によって税収も下がり、国も地方自治体も税収に苦労している。さらにここに来て世界同時不況の中での税収はさらに落ち込み、今年度などは法人事業税や法人住民税の還付が、歳入を危機的状況に追いやっている。 そんな状況の中で、図書館の財源である公費は、年々削減され、どう考えてもこの先右肩下がりになることはあっても、「右肩上がり」になることは、予想すらできない。 それにも関わらず、ほとんどの図書館は、その財源を公費に100%頼り切っている。直営の図書館もしかり、業務委託もしかり、さらに悪い事に「指定管理者」
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