昔と違い、日銀短観で地域別に集計することはやめてしまったが、地域の短観がなくなったわけではない。各支店で独自に短観がなされている。その中に、アベノミクスが大成功を収めているという、なんとも意外な結果を示した地域がある。標本設計が違うので、短観間で安易に比較はできないが、地域による景況の違いの概略は、これで把握できる。
9月短観における全国の結果は、全規模全産業の業況判断が4となり、先行きも4で変わらずだった。これに対して、那覇支店の短観は21という圧倒的な高さにある。しかも、全国が足踏みなのに、先行きは+3の24へ伸びるというのだ。沖縄は、どうして、これほど景況感が強いのか。その秘密を、那覇支店の「県内金融経済概況」の数字を手がかりに探ってみよう。
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沖縄の基幹産業は、言わずと知れた観光業である。アベノミクスの下での大幅な円安は、入域観光客数の急増をもたらした。円安は、外国人観光客を飛躍的に伸ばすとともに、海外に出向いていた日本人を国内旅行にシフトさせた。4-6月期の入域観光客数の前年同期比は、外国客が+52.0%、国内客+8.5%にもなった。沖縄でも、消費増税で卸小売の業況判断は低下したが、それを観光関連のサービスや飲食宿泊の高さが補っている。
千客万来で仕事が増えれば、賃金も上がる。事業規模30人以上の現金給与総額を見ると、4~7月の前年同月比の平均は2.6%増であり、全国のそれより0.5高い。また、同じく常用雇用は、沖縄の1.2%増に対して、全国は0.4%増に過ぎない。沖縄は、2つを足し合わせると、3.7%増となり、円安と消費増税による物価高の約3%をしのぐ。これは、財政当局が望んでやまない数字であろう。
賃金や雇用が伸びれば、当然ながら、消費も良くなる。加えて、観光客による消費もあり、沖縄の既存店の売上高は、4月こそ反動減で前年同月比-3.4%となったものの、5月には+0.4、6月に-0.1、7月は+3.8、8月が+1.3%と好調に推移している。この間、全国の商業販売額は、百貨店やスーパーが8月になるまでマイナスに沈んでいたにもかかわらず。
(図) 日銀那覇支店の9月短観
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勘違いしないでほしいのは、沖縄の景気の良さは、高い出生率や人口増があるといった、構造的なものではないことだ。図でも分かるとおり、2011年頃には、全国と同レベルの悪い状態にあった。その後、全国は、2012年の円高に伴う「ノダ後退」によって、業況判断が停滞したのに対し、製造業の少ない沖縄は影響を受けず、順調に回復を進めて現在に至っている。こうした動きは、着実に増した全国の消費総合指数の歩みと似ており、観光は消費に比例的ということであろう。
また、沖縄は、景況感は強くても、本土と比較して、決して豊かではないことには、注意が必要だ。1人当たりの所得は都道府県で最下位だし、失業率も飛び抜けて悪い。先の現金給与総額にしても、パート比率の高い5人以上の事業所では大きく見劣りがする。家計調査では、4月以降の実質消費の低下が全国より著しく、低所得の多い沖縄にとって、消費増税は、きついようである。
それでも、沖縄で景況感が強いのは、本土と大きな格差があった有効求人倍率が急速に伸びており、仕事が増えているという実感があるためだろう。結局、消費増税はきついにしても、域外から需要がもたらされ、がんばれば生活を良くできるという状況にあることが希望を与えている。裏返せば、需要を抜いておきながら、何かの知恵でもって地方を活性化させようというのは、なかなかできる相談ではない。
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アベノミクスは、異次元緩和を行い、円安と株高の下で景気を高めていったものの、一気の消費増税という無理を許したために、今年度の成長率をマイナスに落ち込ませるという惨敗を喫した。こんな結末でなかったとしたら、それは、かつてのように、円安で輸出が急増し、内需の低迷を外需で補うという筋書きが成立していた場合だっただろう。
多くのエコノミストは、今は口を噤んでしまったが、「外需の牽引もあり、消費増税を乗り越える」と語っていたものである。他方、本コラムは、「外需は相手のあることだから、あてが外れると破綻するような経済運営をしてはならない」と警告して来た。米国の景気は筆者のイメージより良いほどだったが、輸出産業の空洞化により、危惧は現実のものとなった。
消費増税によって、内需を抜いてしまっても、沖縄のように外部からの需要があれば、問題は少なくて済む。増税でも平気だったとされる
ドイツの例も、強い輸出産業があればこそである。日本の財政当局は、「円安なら消費増税でも勝てる」と確信したのだろうが、そこには、日本海軍のアウトレンジ戦法のような杜撰さがあった。
机上なら、敵の航続距離外からの攻撃は必勝だろうが、疲弊していた搭乗員に遠距離飛行の無理を強いたために、日本海軍は二度と立ち直れない損耗を負った。そして、今回は、消費増税による内需の疲弊を軽視し、「円安戦法」の攻撃力に慢心したあげくの惨状である。焦りによるリアリズムの喪失が敗因と総括するには、余りに虚しい終幕である。
(昨日の日経)
確定拠出年金を年収比例に。トヨタ部品値下げ求めず還元。リフレ論争・期待と格差。生保が外債に運用シフト。韓国が中国減速で動揺。中国住宅値上がりゼロ。英成長に陰り、ユーロ圏失速で製造業沈む。4-9月建設受注2.9%増、公51.9%増、民14.3%減。10年債が1年ぶり低水準、マイナス金利波及。
(今日の日経)
りそな振り込み24時間。短国で異次元緩和の限界露呈。若者の軌跡・91世代。読書・私はどこにあるのか、資本主義の革命家ケインズ。宇沢弘文・発想のオリジン。