汗ばむような陽気が続くドイツの首都ベルリンでは、市民が涼しさを求めて水辺に足を向けるようになってきたが、少し目のやりどころに困る機会が増えそうだ。水着の着用を強要された女性から「裸になる権利」を求める異議申し立てが相次いだことを受け、市民プールの運営団体が2023年3月、「誰でも上半身裸で利用できる」と認めたのだ。ヌーディズム発祥の地とされるドイツから、新たな「常識」が広がるかもしれない。(時事通信社ベルリン支局 山本拓也)
「ママ、何か着て」
発端の「事件」が起きた2021年6月20日は、ベルリンでは珍しい35度の猛暑日だった。独紙ツァイトによると、当時38歳の女性が6歳の息子とベルリン市内の公園にある水遊び場を訪問。水場の側にある木陰の芝生にタオルを敷くと、シャツを脱ぎ上半身裸で横たわった。
しばらくすると公園を管理する男性2人がやってきて、下着の着用を求めた。女性が理由を尋ねると、管理人側は「ここはヌーディストエリアではなく、あなたは女性です」と答えた。周辺では多くの男性が上半身裸だった。「それは差別だ」。女性は抵抗した。
しかし警察を呼ばれ、女性は上着を着るか、出て行くか選択を迫られる。息子に「お願いママ、何か着て」とささやかれ、女性はその場を去った。
トップレスか暴動か
程なく女性は「全ての胸に平等を」と掲げる抗議運動を始めた。「性的な視線によって不当に女性の権利が制限されている」との主張を展開し、女性にだけ裸が認められないのはベルリン市(州と同格)の反差別法に違反するとして、公園を管理する区役所の対応是正を申し立てた。賛同した市民らがデモ活動を繰り広げ、「トップレスか、暴動か」を合言葉に上半身裸で自転車を走らせたこともある。
審査に当たった弁護士は女性の訴えを認め、「主観的な道徳感情は後回しにされなければならない。不快に感じて目をそらすことができる限りは、平等性を是とする」と結論付けた。区側はトップレスを認める方針を示した。
同様のケースは22年12月、市民プールでも発生。やはり女性側の訴えが認められ、ベルリン全体の市民プールを運営する公営事業団は23年3月、「トップレスでの水泳は誰にでも等しく許可される」と表明した。
垣間見たダイナミズム
市民プールの新方針はニュースにこそなったものの、市民にとって驚きは薄い。生まれも育ちもベルリンの30代女性は「まず反対する男性はいないでしょう」と冗談を飛ばしつつ、「誰にも迷惑をかけていないなら裸で何をしようが問題ない。そもそもドイツには『FKK』がある」と語った。
「FKK(身体解放の文化)」―。20世紀初頭のドイツで、工業化や都市化へのカウンターカルチャーとして広がった、いわゆるヌーディズム。元々は屋外で裸になることで、社会のしがらみから解放された「本来の人間」に立ち返る運動だったという。現在も多くの水辺やレクリエーションの場にヌーディスト専用のスペースが設けられており、脈々と受け継がれている。筆者は22年12月に着任した当初、自宅近くのスパ施設のサウナが混浴で、老若男女が素っ裸で平然としていることに困惑した。
一方、全ての市民が女性の裸に賛成しているわけではない。市民プールを訴えた女性の元には「乱暴な被害に遭っても自業自得だ」などと中傷するメッセージが届いたという。こうした脅しは論外だが、トップレスに対する管理者側の警告は、一定の世論を踏まえた対応だったはずだ。それでも、個人が自由を毅然(きぜん)と主張し、法曹界や当局が時代の空気を捉えて柔軟に対応するところに、人権意識の強力なドイツのダイナミズムを垣間見た。
◆時事速報より加筆・修正して転載。時事速報のお申し込みはこちら◆