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気候変動問題は、私たちの目前にある課題でありながら、解決への道筋は容易ではない。しかし、この困難な課題を解決できるのもまた、人類しかいない。世界各地では、人々の動きや意識を変えるべく、サイエンスとクリエイティブの双方からさまざまなアプローチが試みられている。
2050年までに3億以上の「グリーンジョブ」が創出される、と予測したのは、アメリカに本社を置く世界的サイエンスカンパニーであるスリーエムだ。ここでいう「グリーンジョブ」とは、製造業や建設業などの伝統的な分野、再生可能エネルギーやエネルギー効率といった新しい分野において、環境の保護や回復に貢献する仕事を指す。
科学を活用した社会課題解決をミッションに掲げるスリーエムは、最先端の材料科学を活用して脱炭素化やエネルギー効率の向上に取り組んでいる。その取り組みの一環として展開されているのが「Green Works」だ。業界、専門知識、経験レベルにかかわらず、より多くの専門家にグリーン経済の参加を促すための映像発信などを通じて、環境問題への意識向上を図っている。
『燃えるドレスを紡いで』
一方、映像作家・映画監督の関根光才氏は、ファッション産業のゴミと環境問題を扱ったドキュメンタリー映画『燃えるドレスを紡いで』を通じて、業界が抱える環境問題に向き合った。関根氏は広告や映画といった商業作品だけでなく、2013年からは東日本大震災と福島原発事故を受けて発足された社会的アート制作集団「NOddIN(ノディン)」で活動を始めて以降、原発問題や反戦、難民問題など社会的イシューを扱った作品も発表してきた。
スリーエムのプロジェクトと関根氏の作品。アプローチは異なれど、両者は「映像」というクリエイティブの力で人々へ問題を提起している。『燃えるドレスを紡いで』において、関根氏はどのような思いと配慮を込めたのか。併せて、同作品を鑑賞した、スリーエムジャパンで建材関係の製品開発などに携わるデザイナー・黒崎真由氏にも所感を聞いた。
さらに、多くの経験を持つ関根氏からは、社会課題と向き合う企業が、自社の取り組みを外部へと伝える際に押さえるべき実践的なアドバイスをもらうこともできた。
ケニアに毎年16トン運ばれる中古服
『燃えるドレスを紡いで』
映画『燃えるドレスを紡いで』は、パリ・オートクチュールウィークで活躍するデザイナー・中里唯馬氏が、大量生産・大量消費を促すようになったファッション産業へ、新たな服作りを模索しながら一石を投じる過程を追っていく。観客は中里氏の視点と活動を通じて、世界中から衣類のゴミを押し付けられ、気候危機に晒されているアフリカ・ケニアの実態や、それでもなお作られる「服」の現実に直面していく。
ファッション業界の環境問題が世界的に注目されるきっかけは、以前にもあった。2013年のバングラデシュで起きた縫製工場崩落事件だ。この事件を契機に制作された映画『ザ・トゥルー・コスト ~ファストファッション 真の代償~』は、多くの社会活動家に影響を与えた。しかし関根氏は、この映画について異なる視点も耳にしていた。
関根光才(せきね・こうさい)氏/映像作家・映画監督。クロスカルチュラルなストリーテリングと思索的なビジュアルスタイルで、長編映画や短編映画、CM、ミュージックビデオ、アートインスタレーション作品など多岐に渡るジャンルの映像作品を監督・制作している。長編劇映画『生きてるだけで、愛。』『かくしごと』などを手掛け、ドキュメンタリー映画『燃えるドレスを紡いで』では米・トライベッカ映画祭にて The Human/Nature Awardを受賞。
「ファッション業界が環境破壊の要因である、というコンテクストに沿って作られているので、業界関係者からすると、服への愛情の無さをすごく感じるという意見もあった」(関根氏)
一人のデザイナーとして「衣服の最終到達点が見たい」。そう考えていた中里氏は、関根氏を誘って渡航を計画する。
最初に目を向けたのは、チリの砂漠に広がるアパレル製品の廃棄物の山だった。しかし、以前より世界的な注目を集めていたことで、その場所は(おそらく)政府によって隠蔽されてしまう。リサーチを進める中で、より根深い問題があるのはアフリカだと気付いた関根氏たちは、舵を切ることを決意する。
『燃えるドレスを紡いで』
降り立ったケニアで目にしたのは、想像を超える光景だった。ケニアには毎年、約16万トン以上の中古服が輸入されるが、驚きだったのは、廃棄される衣服の多くが正規品をまねた低品質なものだったことだ。品質表示のタグすらない服が、中国、韓国、トルコなど世界中から押し寄せる。しかも、衣服は一般ゴミや生活排水と混ざり合って廃棄され、耐え難い臭気を放っていた。
「ゴミ山はずっと燃えながら大量の煙を吐き出していて、非常に毒性の高い煙だという報告書もあるんです。でも、実際にそこで暮らす方々は『このゴミ山のおかげで助かっています』『私はここで子どもを育てました』『ずっと住んでいるけど健康被害はないから大丈夫』と言う。現実とのギャップに、頭の中で整理がつかなくなりました」(関根氏)
多様な意見を聞ける「レセプター」を持て
関根氏は複雑な現実に向き合いながら、デザイナーである中里氏の目線を通して物語を紡ぐという手法をとることを決断した。
「中里さんのような立場の人が衝撃を受け、言葉を失う姿や正直なリアクションも含めて映さないと、世に発信できるものにならないのではと考えました。そういう人の目線を通すことで観客も客観的に状況を捉え、自らの頭で思考する経験に近づけられるはずです。
そして、社会的な内容のドキュメンタリー作品がフラットに受け入れられて議論になるためには、何かしらの意見があった際に、その対立意見もちゃんと入れ込むことが大切です。これは社会課題に取り組むアクティビストといった人々にも必要なスタンス。多様な意見を聞けるだけの“レセプター”を持たなければいけません」(関根氏)
たとえば、社会問題の顕在化ともいえる「衣服の最終到達点」を映す一方で、そこで暮らす人々の言葉も伝える。もともと「中里氏はフラットに世の中を見ようとしている」と関根氏は話す。ワンサイドの意見に沿うのではなく、両方を見た上で次なる行動を考える。その葛藤や苦心こそが、観る人の心情や意識へ訴えかけていく。
この手法は、スリーエムジャパンの黒崎氏にも共感を持って受け止められている。
黒崎真由(くろさき・まさよし)氏/スリーエム ジャパン コマーシャルブランディング&トランスポーテーション事業部 グローバルデザイン マネジャー。
「何も作らないことが望まれている中で、新しいモノを提示しなければならないジレンマやその責任は、多くの企業に通ずるものがあります。モノを生み出す企業に在籍するものとして、リサイクルや再利用という工程の本質を、直線上ではなく循環型にしなければならない理由を改めて思い知らされました」(黒崎氏)
「観客目線」と「透明性」が担保するもの
関根氏は長年、社会課題を扱う映像作品を手がけてきた経験から、クリエイティブの持つ「諸刃の剣」としての性質を強く意識している。
「映像は人の心にものすごく入り込んでいってしまうメディアです。時間軸を支配して、その人のいろんな感覚も支配して、『映像によって伝えたいこと』を飲み込ませてしまうパワーがある。戦争と一緒に発達してきた歴史を鑑みても、非常に危険なメディアを扱っているという自覚が欠かせません」(関根氏)
この考えは、映像の活用が進む企業の情報発信においても留め置きたい事柄だ。関根氏に企業発のメッセージ動画で心がけるべきことを問うと、「観客目線」と「透明性」の重要性を指摘した。
ソーシャルグッドを謳う内容を企業が発信する際には、どれだけ真摯に発信しても、視聴者の多くは内容を広告として捉え、コンテンツとしては見ず、基本的に疑いの眼差しを向けられる。それゆえに、観客と同じ目線で課題を捉えている「態度」を示すことで、言わば企業として取り組む「本気度」が表れてくるのだ。
発信の「態度」によって、企業への信用や見方は変わる
『燃えるドレスを紡いで』は、関根氏たちの予想を超えるほど、多くの観客の心を揺さぶった。特に印象的だったのは、ファッション産業に携わる人々の反応だったと言う。
「涙を流す観客がたくさんいました。上映後に話してみると、縫製工場に勤めていたり、テキスタイルを作っていたりする人も。資本主義経済の中で、複雑な感情を抱えながら生きている人が、どれだけいるのかと思わせられました」(関根氏)
作中で中里氏は、パリ・オートクチュールウィークを単なるファッションの「震源地」ではなく、新たなインスピレーションを生み出す場として再解釈し、行動に移していった。そういった視点の転換こそが、さまざまな問題を解決する糸口になっていくのではないだろうか。
スリーエムジャパンの黒崎氏も、仕事という身近な生活の中で視点を変えることからの気づきを共有する。スリーエムジャパンでは「Green Works」の日本版として、新製品「3M™ ダイノック™ フィルム Ecoシリーズ RC」への取り組みを振り返る映像を制作した。
映像に出演した黒崎氏は「大袈裟なものではなく、日々の小さな積み重ねで、直接的にも間接的にも関わっていける持続可能な考え方だと思う」と振り返った。
関根氏は、自身の経験から「偽善だろうが何だろうが、良いインパクトを持たせられるのであれば、やらないよりやったほうがいい」と語る。大切なのは、その活動を追求し続けることにある。
「社内でも討議を重ねて、常に自分たちを疑い直すことが大事なのではないかと考えます。スリーエムであれば、『Green Works』の映像も一つのきっかけになるでしょう。企業活動におけるテクノロジーと倫理性の関係性などを疑い直し、よりその問いを深めていけるのであれば、制作した意義も生まれるのではないかと思います」(関根氏)
「社会課題に向けた取り組みや意義を広く認知してもらうことは非常に難しい。自分ごとへ置き換え、活動に賛同してもらうためには、誤解なく理解される方法で伝える必要もあります。情報が限定されて受け取られてしまいがちな静止画や文字情報だけではなく、映像や音、あるいは手触りのようなものまで含めて、クリエイティブに落とし込むことで、もっと感覚的に受け手へ届けられることを考えさせられました」(黒崎氏)
『燃えるドレスを紡いで』の由来でもあるが、中里氏はケニアの衣類ゴミを日本企業のテクノロジーも活用して再生させ、パリ・オートクチュールウィークの新作に取り入れようと苦闘する。ケニアで見た光景に「手足を使って眼の前の課題を解決することにどれくらい時間を使えるのか、が問われている」という課題意識を抱いたことが背景にあるのだ。
この問いは、企業にとっても、クリエイターにとっても、双方に共通するものだろう。気候変動問題という大きな課題に対して、サイエンスとクリエイティブは、それぞれの方法で解決への糸口を探らなくてはならない。
しかし重要なのは、その取り組みを一方的な主張や理想論に終わらせないことだ。作中において、中里氏に協力する起業家は「自然界にはゴミという概念はない」と語る。私たちに必要なのは、そういった既存の枠組みにとらわれない新しい発想なのかもしれない。
現実に向き合い、矛盾を抱えながらも、より良い未来を目指して進み続ける。その「態度」こそが、今、企業には求められている。