スーパーやコンビニなど、日本では手軽にアルコールを購入できる場所が多いとされている。
撮影:三ツ村崇志
いま、世界的にアルコールの規制強化が進んでいる。
2010年5月には世界保健機関(WHO)が「アルコールの有害な使用を低減するための世界戦略」を採択。2022年には、その実効性を担保するための2030年までのアクションプランも発表された。
2024年2月には日本でも厚生労働省が「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」を公表。その前後で、アサヒビールやサッポロビールがアルコール度数8%以上のいわゆる「ストロング系」とも呼ばれるアルコール度数の高い飲料を新規販売しない方針が話題となった。
低価格で飲みやすい上、アルコール度数が高く「すぐに酔える」飲み物として人気になったストロング系飲料。ただ、依存性の高さやアルコールの過剰摂取に対する懸念の高まりや、健康ブームの影響などもあり、市場は縮小傾向にある。
そんな中、国内ビール大手のアサヒビールは2024年9月、「責任ある飲酒」を推進する専門組織「Responsible Drinking部(レスドリ部)」を新設した。
ビジネスの中にも社会課題解決に資する役割が求められるようになってきた昨今、従来「社会貢献活動」として見られる側面が強かった取り組みが、徐々にその役割を変化させている様子が見えてくる。レスドリ部設立の経緯を聞いた。
「まだまだやらなきゃいけない」専門組織設立
撮影:三ツ村崇志
アサヒビールでは、これまでサステナビリティ活動の一環として飲酒運転の撲滅や過度な飲酒の抑制に向けた企業向けセミナーなどを長年実施してきた。2020年12月に提唱し始めた「スマートドリンキング(以下、スマドリ)」※もその一翼を担う。
※スマートドリンキング:アサヒビールが提唱する新しい飲み方の文化。酒を飲む人、飲まない人に限らず、さまざまな人がマイペースに飲める選択肢を広げ、飲み方の多様性を受容する社会を実現すること。アサヒビールではその実現のため、商品やサービスの開発、環境づくりを推進していくとしている。
レスドリ部次長の津田真里さんによると、今回、新組織設立の大きなきっかけになったのは、2022年1月以降に筑波大学の吉本尚准教授の研究グループと進めてきた、不適切飲酒の課題解決に関する共同研究だという。2024年5月、産業医などが集まる学会のセミナーで研究結果を発表したところ、参加者や企業から大きな反響があった。
「いま、企業の間では『健康経営』が大きな課題になっています。従業員の飲酒習慣に悩んでいる企業も多く、学会でいろいろな接点ができました。まだまだ我々が酒類業界としてやっていかなきゃいけない、正しい認識を広げていかなければならないと感じたと聞いています」(津田さん)
レスドリ部の津田真里さん。レスドリ部のメンバーは9名。マーケティング、営業、宣伝部など、出身部署は多岐にわたる。津田さんも元マーケティング部門出身だ。
撮影:三ツ村崇志
「飲酒は個人の自由」とはいえ、過度な飲酒によって従業員の健康が損なわれてしまえば、事業活動への影響は避けられない。「健康経営」の観点から、企業側からのアプローチも求められている。酒類業界最大手の1社として、アサヒビールがこの課題に取り組む意義は大きかった。
ただ、適正飲酒に関する取り組みをカバーしていたサステナビリティの担当部署では、脱炭素の取り組みをはじめ、年々カバーしなければならない領域は拡大している。適正飲酒の取り組みにさらに注力するなら、いっそ専門部署として独立して動くべきではないか。
社内ではそう話がまとまっていったと、津田さんは経緯を説明する。
「タバコのように規制されると厳しい」
アサヒビールの商品。低アルコール商品や、無糖商品など、2020年から提唱してきた「スマドリ」を体現する商品の開発に力を入れている。
撮影:三ツ村崇志
レスドリ部では、産業医との連携を軸に、企業の健康経営のサポートや適正飲酒セミナーなど、まずはもともと力を入れていた取り組みのアクセルをさらに踏んでいく方針だ。
「回数や規模を大きくしたり。具体的な企業名は言えませんが、ある卸食品業界の企業では全社員向けのセミナーをやったり、別の企業では本社にお伺いして企業内セミナーやスマドリ体験会などを開催したりしています。」(津田さん)
レスドリ部が進める責任のある飲酒に関する活動は、もともと社会貢献(CSR)的な側面が強い。一方、2020年から提唱してきたスマドリは、どちらかと言えばアサヒビールのマーケティング面から生まれた取り組みだと津田さんは説明する。
ただ、レスドリ部の活動を通じて、少なからずスマドリのビジネス面にもポジティブな影響を与えることができているという。
「『お酒をやめろ』と言うのは簡単ですが、答えがない中では、なかなかやめられない側面がありました。
マーケティング部門でも、ノンアルコールや低アルコール商品のラインナップを揃えています。それがまだ皆さん知られていない。(レスドリ部の活動では)そういったものをご紹介しています」(津田さん)
実際、アサヒビールはスマドリを提唱する中で、2030年までに主要な酒類商品(ビール類、RTD、ノンアルコール飲料)に占めるノンアルコール飲料・低アルコール飲料の販売量構成比20%以上を達成することを目標に掲げ、商品ラインナップの拡充を進めている。
もちろん、レスドリ部の活動の主眼は商品を売り込むことではなく、「飲酒に対する正しい知識を持った人を増やしていくこと」だ。とはいえ、企業活動である以上、事業利益への貢献のあり方はどうしても問われることでもある。上場企業であればなおさらだ。
その点、レスドリ部のKPIは、売り上げではなく厚生労働省のスコアにどの程度影響を与えられるかどうかだ。
「(厚生労働省では)生活習慣病のリスクを高める飲酒をしている人の割合を2032年までに男女合わせて10%にまで引き下げることを目標にしています。ここにいかに貢献していくかを目標にしています」(津田さん)
ただこれも、見方を変えれば、将来の酒類業界への「投資」という位置づけとも言える。
「日本では感覚的にアルコールに対する規制はそこまで感じません。ただ、24時間購入できる状況や、飲みやすいアルコール度数の高い商品がある環境が問題だとされています。WHOからの指摘についても、特に欧米ではかなり危機感をもっています。タバコのように規制されてしまうと、業界としてかなり厳しい。
いい商品を作るだけでは十分ではなく、正しい選択をしてもらうような、そういう理解促進も合わせてやらないといけない」(津田さん)
「ボリュームからバリューへ」アサヒビールの変化
アサヒビール本社。
撮影:三ツ村崇志
2024年春に高アルコール商品の新規販売を終了することが報じられたあと、小売店や消費者からアサヒビールに対する反響は大きかったという。
「うちの場合、辞めるというよりスマートドリンキングに力を入れると捉えられていたんだと思います。(缶酎ハイなどが含まれる)RTD市場も、高アルコールセグメントから無糖に流行が変わってきていると感じます」(津田さん)
社内では当然議論はあったが、アサヒビールでは、スマドリを提唱し始めた頃から、「ボリュームからバリューへ」と、事業に対する向き合い方を変え始めていた。
例えば、酒税法の改正に伴い「新ジャンル」と呼ばれる商品群の値上がりは規定路線だ。社内では「本当にそこに注力すべきなのか」といった、現実的な議論が交わされているのだという。
今後100年先も生きていく企業になるために、何ができるのか。この重い命題を考えるには、商品の経済性はもちろんのこと、将来の社会的価値も捉えなければならない。
アサヒビールが提唱する「スマートドリンキング」自体、経済的価値と社会的価値の両立を視野に入れている取り組みだという。適正飲酒という社会的側面が強い活動が、どこまで企業にとってのバリューへとつながっていくのか。
社会課題解決型ビジネスが注目される現代の試金石になるかもしれない。
1月7日、アサヒビールはCM起用していた俳優の吉沢亮さんが2024年末に酒に酔ってマンションの隣室に無断で侵入していた問題で、CM契約を解除することを決定した。同社広報はBusiness Insider Japanの取材に対して「アルコール飲料会社として、今回の事実は容認できるものではないからです」と契約解除の理由を説明するが、上記のような「責任のある飲酒」を進めてきた経緯を知ると、今回の事件を看過できなかった理由がよく分かる。
サントリー「ノンアル部」新設。ストロングゼロの行方は…
サントリーは適正飲酒とお酒の魅力を伝える「ドリンクスマイル」活動をこの11月からスタートした。アサヒビールのスマドリとほぼ同じコンセプトだ。
撮影:三ツ村崇志
2024年12月には、高アルコール商品の代表格である「ストロングゼロ」を販売するサントリーも、2025年1月に各本部のノンアルコール商品のマーケティング組織を統合した新組織「ノンアル部」を新設することを発表している。さらに遡ること11月には、適正飲酒や酒の魅力発信のための「ドリンクスマイル」活動の開始を宣言。2025年春にサントリーHDの新社長に内定しているサントリー代表の鳥井信宏氏は、
「我々も色々考えた結果、もともと2024年の後半に予定していた(アルコール度数)9%の酎ハイの販売を(検討段階で)中止した」
と、同活動に関する記者会見の場でBusiness Insider Japanの取材に対して明かしていた。
ストロングゼロの取り扱いについては、
「アルコール度数だけを見れば高アルコールRTDよりも遥かに高い商品もあり、単に『商品のアルコール度数』の問題ではないと考えています」(サントリー広報)
との立場は崩さないものの、ノンアル需要などの高まりの中で風向きが変わりつつあることがうかがえる。
ストロングゼロで批判されることの多いサントリーだが、業界に先駆けて適正飲酒に取り組んできた歴史もある。1976年から「宣伝コード」を制定し、宣伝・広告表現の自主規制を進めてきたことに加え、1991年には、アルコール関連の専門組織「ARP委員会(現・ARS 委員会)」を設置。現在は10名弱の人員でアルコール関連問題にり組んでいる。社外へのセミナーや、専門部署以外の社員の育成はもちろん、商品開発時のマーケティング活動に対するリーガルチェックや、表現の適正さをチェックする機能も持っている。
これだけやっていても批判されることが多いのは、人の健康に少なからず影響を与える可能性のある事業領域だと認識されているからにほかならない。
需要がある限りそこに商品を届けるのは企業活動として当然ではあるものの、逆風も強い中でどう事業をハンドリングしていくのかはこの先も注目点となりそうだ。