35期連続増収・増益という猛烈な勢いで成長を続ける総合ディスカウント店「ドン・キホーテ」。運営会社のパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)の売上高は2024年に初めて2兆円を突破し、今や日本の小売業界では第4位の巨大企業だ。そんなドンキの素顔に、日経ビジネス・ロンドン支局長の酒井大輔氏が迫った『進撃のドンキ 知られざる巨大企業の深淵なる経営』 ▼Amazonで購入する から一部抜粋してお届けする。今回は顧客の“本音”を集めて商品改善につなげるなど、大きな成果を上げている「マジボイス」について紹介する。

「マジボイス」にある「正直レビュー」の画面。各商品の“支持率”が一目瞭然である(画像提供:PPIH)
「マジボイス」にある「正直レビュー」の画面。各商品の“支持率”が一目瞭然である(画像提供:PPIH)
▼前回はこちら 国会答弁のような激しい突っ込み ドンキ「商品起案会議」に潜入

合言葉は「みんなの声で、ぜんぶが変わる!?」

 ドン・キホーテや総合スーパーのアピタ、ピアゴ。PPIHグループの電子マネー「maj ica(マジカ)」アプリに2023年11月、新機能が追加された。「マジボイス」である。

『進撃のドンキ 知られざる巨大企業の深淵なる経営』(日経BP)。ドン・キホーテの怒涛の35期連続増収増益を支えるのは、小売業界の王道「チェーンストア理論」に反旗を翻す、逆張り戦略。アルバイト店員に商品の仕入れから値付け、陳列まで“丸投げ”。現場が好き勝手やっているのに、しっかりと利益が上がるのはなぜか? 知られざる巨大企業の強さの源泉に迫る1冊
『進撃のドンキ 知られざる巨大企業の深淵なる経営』(日経BP)。ドン・キホーテの怒涛の35期連続増収増益を支えるのは、小売業界の王道「チェーンストア理論」に反旗を翻す、逆張り戦略。アルバイト店員に商品の仕入れから値付け、陳列まで“丸投げ”。現場が好き勝手やっているのに、しっかりと利益が上がるのはなぜか? 知られざる巨大企業の強さの源泉に迫る1冊

 合言葉は「みんなの声で、ぜんぶが変わる!?」。商品へのダメ出しや、店舗、サービスに関する要望など、利用客の本音(=マジな声)を吸い上げ、改善に生かす試みだ。

 PPIHでは現場の最前線で働く担当者に権限がある、というのはこれまで何度も見てきた通りである。このマジボイスでは、そこからさらに一歩進んで「お客様自身に権限を委譲するところまでやってしまおうという話なんですよ」と語るのは、PPIH上席執行役員兼PB事業統括責任者(現在は常務執行役員CMO PB事業統括責任者)で、グループ全体のデータ活用を担う子会社カイバラボも率いる森谷健史氏だ。

 お客に権限を委譲するとはどういうことか。それは、マジボイスのシステムを深掘りすると、見えてくる。マジボイスには「正直レビュー」というコンテンツが搭載されている。

 マジカアプリの会員に、購入した商品を「いいよ!」「ビミョー」の2択で評価してもらう。集計結果を、その商品の“支持率”として棒グラフで表示し、会員なら誰でも確認できる仕組みだ。コメント欄もあり、なぜ「いいよ!」なのか、「ビミョー」なのかを正直ベースで投稿できる。まさに、商品のありのままの評価が白日の下にさらされるのだ。

 24年5月21日の夕方にマジボイスを開くと、ロングセラー商品である「焼き芋」は全3483票中、「いいよ!89%」「ビミョー11%」と貫録を示した一方、オリジナル商品ブランド「情熱価格」から販売中の「無添加からだ想いラップ22㎝×50m」は、1524件の投票に対し「いいよ!21%」「ビミョー79%」となっていた。

 コメント欄をざっと見ると、確かに好意的な声は少数だ。「切りにくいです」「毎回引き出しにくくてイライラ。引っ張ると抜けたりするし、もう買わない」「ふにゃふにゃで使いずらかった。。」「絶対買わない! 100均ラップの方がまし! 切りにくい、端っこがはがれへんくて残ってきます。引き出しにくいじゃなく引き出せない!!」「ピタッと引っ付かない! 無添加だし、ピタッと引っ付くと凄(すご)くいい商品なんだけどなぁ」(以上原文ママ)と散々のレビューである。

客に権限委譲するという「大改革」

 こうした不満の声を放置しないために、新たに設置したのが「マジボイス実現委員会」だ。ビミョーが多数集まった商品に関しては、同委員会が担当者に働きかけて、改善に向けて動き出す。そして、その成果は、マジカアプリ上で顧客に逐一報告していく決まりになっている。

 無添加からだ想いラップであれば、「改善レポート」と題してアプリのコメント欄に「このたび、『切れにくい・引き出しにくい』という多くのご意見をいただきました。『切れにくい』対策として箱の刃の仕様を変更することで改善できるのではないかと考えています。引き続き商品開発部と対応方針を議論し、改善に努めてまいります」「箱の刃の仕様変更に伴い、現在は新しいパッケージデザイン案の作成を中心にリニューアルを進めております」と2度にわたって進捗状況を更新していた。

 マジボイスが集まれば集まるほど、担当者はその声に応えなければいけない。それはつまり、商品の命運を顧客が握る、ということを意味する。

 これまでであれば、購買データを分析してリピート率が低くても、担当者が何らかの理由で「売れるはずだ」と判断すれば、売り続けることができた。

 しかし、「この商品はダメだ」「もう買いたくない」というマジな声が多数寄せられ、それが支持率にも反映されて“衆人環視”の状況になると、話が違ってくる。「お客さんがダメと言っている。そして事実、リピートもあまりされていない。だったらもうそれは、やめるべきじゃないですか」と、終売を促されても反論できなくなるのだ。

 終売にしたくなければ、地道に改善を積み重ねるしかない。「必死で対応しなければいけない状況に自分たち自身を追い込むことで、商品の(お客さんに刺さる)精度がめちゃくちゃ上がる」(森谷氏)ことを期待している。

 顧客から見ると、「自分が声を出せば出すほど、商品が自分流にカスタマイズされていく。会社の都合、店の都合、商品開発部の都合ではなく、顧客都合で商品が変わり、店も自分にとって最も都合のいいように変わっていく」(森谷氏)というわけだ。

 21年2月、情熱価格をリニューアルする際に掲げた「ピープルブランドになる」という目標を具現化したのがこのマジボイスであり、まさに顧客の声をダイレクトに買い場へと反映させる「ピープルストア」になることをもくろんでリリースした。

 商品を刷新する権利をも顧客に委ねてしまうという、世界でも類を見ない挑戦。森谷氏は「MD(マーチャンダイジング)の大改革だ」と表現する。

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日経クロストレンドから『ドンキはみんなが好き勝手に働いたら2兆円企業になりました 』が発売。35期連続で増収・増益を果たした「ドン・キホーテ」の驚異の成長力について、吉田直樹社長らが初めて筆を執りその真相を明かします。経営・マーケティングから商品開発、人材育成に至るまで、日本の小売業界に驚きを与え続けるドンキ。まさに数ある“ドンキ本”の決定版です。

書名:『ドンキはみんなが好き勝手に働いたら2兆円企業になりました 』(日経BP)
著者:吉田直樹、森谷健史、宮永充晃
定価:1980円(税込み)
総ページ数:308ページ
発売日:2024年8月29日
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