「国語」の文章を「読書」につなげるために親がすべきこと

2024年05月22日13時00分

 国語の教科書といえば、夏目漱石の『こころ』やヘルマン・ヘッセ『少年の日の思い出』といった作品を思い浮かべる方も多いだろう。昔から定番の教材もあれば、新進気鋭の作家の文章も取り上げられているのが現代の教科書。入試問題も含めれば、国語の文章には想像以上に豊かな世界が広がっている。せっかく子どもが触れる国語の文章、授業だけで味わわせるのはもったいないのではないか―。

 灘中学校・灘高等学校国語科教諭の井上志音氏と教育情報サイト「ReseMom(リセマム)」編集長の加藤紀子氏が、国語の「新常識」を分かりやすく解説した新刊『親に知ってもらいたい 国語の新常識』(時事通信社)より、国語の教科書や受験で触れる文章を子どもの読書につなげるためのポイントについて紹介する。

受験では「換言」と「補足」を要する文章が選ばれる

 井上 普段、授業のためにいろいろな作家の文章をたくさん読みます。自分だったら絶対に読まない本や作家との出合いがあるので楽しい作業なのですが、実際に授業で扱う際には部分を切り取らざるを得ません。

 ひたすら前後の文脈から切り取られた文章を読み続けることって、SNSのX(旧ツイッター)などの投稿文を読むことにも似ていますよね。深く考えなくても目の前の文章だけに集中していればよくて、その作家が本当に言いたかったことはどうでもよくなってしまいます。これに慣れると怖いなと思います。

 加藤 確かに1冊を通して読むことはありませんね。

 井上 それでも授業やテストでは全文を扱うことは難しい。ではどこを切り取るかというと、読み手の言語リテラシーを評価できる部分になります。たとえば、国語の場合は、文章のある部分に傍線を引っ張って「どういうことか」と要約させるわけですが、要約の肝というのは、換言(言い換え)と補足(付け足し)なんですね。傍線を引っ張られて「どういうことか」と聞かれたら、その傍線部自体をほかの本文の言葉を使って言い換えなければいけない。さらに、そこに「~ので」とか「~から」とか、「~ため」「~によって」など、聞かれてもいないことを補いながら説明しなければなりません。

 つまり、国語の入試の出題文には、「換言」と「補足」を要するような文章が選ばれるわけです。抜き出すだけで説明がつくような文章だけでは問題にならないのです。

 加藤 確かに、私も自分の子どもの中学受験を見ていて、すごく分かりにくい論理構成の評論文が入試に出ると感じました。「こんな文章、読み取れなくていいよ」と子どもに何度か言ってしまったこともあります。「どういうことか」と聞かれるまでもなく、多くの人が1回読んで分かる明快な文章で書いてくれればいいのに。

 井上 その点、英語の方が論理構成はシンプルかもしれませんね。入試特有のあの変わった文章の論理や表現に慣れ過ぎてしまうと、世界標準の論理力からはかけ離れてしまう懸念があります。

国語の文章から視野を広げる

 加藤 最近の中学受験のトレンドなのかもしれませんが、受験する子どもたちとは全く異なる境遇の登場人物を描いた小説がよく入試で出題されます。そういう作品を読んでみると、現代の作家は本当にすごいと思います。メディアでは取り上げられないような貧困などの社会問題を深く掘り下げていて、一体どこで取材してきたのだろうと驚くほどにリアルに描写していますよね。親も含めて知らない世界や知らない時代に触れる機会をつくってくれています。

 井上 子どもたちには自己を知るために、自分を映し出す鏡の存在が必要です。大人数クラスの場合、一人の教師に対して子どもが40人。その子どもたちが自分を相対的に考える鏡が、一人の先生しかいないわけです。自分以外の子どもも鏡になり得るではないかと思われるかもしれませんが、私立の場合は同質性の問題があり、家庭環境も学力も似ている子が多い。

 加藤 今は公立でも地域によっては家庭環境が偏っていますよね。

 井上 そうですね。ダイバーシティーや同質性の話にもなりますが、それらにメスを入れるのが国語の文章です。時代も地域も環境も全く違う作家が、子どもが全く知らないようなテーマで書いているわけですから、それらの文章から視野を広げ、自分という一個の人間を知るきっかけにすることができます。

 ただし、検定教科書では「このテーマはだめだ」とか「この表現はだめだ」などとかなり削ぎ取られています。古典にしても性的な描写が多いと取り除かれます。

 ですから、自分たちは限られた視野の中で選ばれた文章を読まされているんだ、ということを意識することも大切で、受験はそのことに気付くきっかけになります。

 加藤 受験の問題よりも検定教科書の方が制約が多いのですか。

 井上 そうです。教科書に載らないような文章が受験で出されることは多々あります。とはいえ、その受験の素材文ですらだいぶ選ばれていて、その前後の文章を読めば「こんな表現があったのか」という気付きがあるので、ぜひ、入試問題や国語の教科書で出合った文章の元の作品全体を読んでほしいですね。

 加藤 教科書や受験をきっかけにして読書につないでいく、ということですね。

 井上 子どもは「自分は普段から多様な選択肢の中から選んで読んでいる」と思い込んでいるかもしれませんが、全くそんなことはありません。

 インターネット上のニュース記事も同様です。アルゴリズムによって、自分が興味のある記事がおすすめで示されたり、SNSのタイムラインに見ず知らずのアカウントの情報が流れたりしてきます。選択肢そのものが、他者によって限定されているのです。

 加藤 家族でスマートフォンを見ていても、ニュースのトップページに表示される内容は異なります。「フィルターバブル」とも言いますね。

 井上 国語も全く同じで、教科書や受験の文章の裏側ではそういうことが起きているということに気付いてほしいのです。

子どもの読書のきっかけをつくるために親ができること

 加藤 私が子どもの中学受験を通して感じたのは、中学受験は子どもの読書体験の幅が広がる機会になるということです。塾に行かなければ触れなかったような文章を半ば強制的に読まされるわけですが、そこで子どもたちが感じることってたくさんあると思うのですね。私も子どもと一緒に小説を読んだりして、有意義な時間を過ごすことができました。

 このように、入試問題で触れた文章や教科書をきっかけに子どもの読書につながるといいなと思うのですが、ほとんどの場合はそこで終わってしまいます。子どもの読書のきっかけをつくるために、親にはどんなことができますか?

 井上 私には小学6年と3年の子どもがいますが、入試対策で演習する問題の文章から続きを読みたいとは言ってくれません。それよりも、問題を解けなかった悔しさの方が先立つことが多いです。「この前、この文章の問題を解けなかったよね」と言って、しれっと本を買ってきて渡すと、意外と読んだりします。

 ですから、子どもが「読みたい」と言ってくるのを待つ必要はありません。テストでも授業でも、親子の会話が盛り上がった話題に関連する本をこっそり買ってきて、「実はこの後、こんな展開になったんだよ」と教えてあげたりしながら渡してあげるといいかもしれません。

 加藤 なるほど。テストでも授業でも、お話が途中で終わりますからね。

 井上 そうですね。子どもが自分の解答に「×」をつけられて怒っているところに、「やっぱり作品全体を読んだらこうだったよ」と言いながら渡してあげると、子どもは納得します。案外、失敗体験から広がっていく場合もあります。

 井上 志音(いのうえ・しおん) 灘中学校・灘高等学校国語科教諭。1979年奈良市生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科博士後期課程単位取得退学。文学修士(学校教育学)。2013年より現職。灘中高での本務のほか、学外においても「国語科教育論(大阪大学・神戸大学)」「IB教育の理論と実践(立命館大学大学院)」を担当している。専門は国際バカロレア(IB)教育をふまえた教科教育学。高校国語科教科書(東京書籍)の編集委員のほか、「NHK高校講座 現代の国語」(Eテレ)では監修・講師も兼任している。著書に『メディアリテラシー 吟味思考を育む』(分担執筆、時事通信社)、『国際バカロレア教育に学ぶ授業改善』(共編著、北大路書房)、『これからの国語科教育はどうあるべきか』(分担執筆、東洋館出版社)など。

 加藤 紀子(かとう・のりこ) 教育情報サイト「ReseMom(リセマム)」編集長。1973年京都市生まれ。96年東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後はフリーランスライターとして中学受験、子どものメンタル、英語教育、海外大学進学、国際バカロレア等、教育分野を中心に「プレジデントFamily」「ReseMom」「NewsPicks」「ダイヤモンド・オンライン」「『未来の教室』通信」(経済産業省)などさまざまなメディアで取材、執筆。初の自著『子育てベスト100』(ダイヤモンド社)は17万部のベストセラーとなり、韓国、中国をはじめ6カ国・地域で翻訳されている。その他著書に『ちょっと気になる子育ての困りごと解決ブック!』(大和書房)、『海外の大学に進学した人たちはどう英語を学んだのか』(ポプラ新書)がある。

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