米国は大谷翔平に懐疑的?「水原事件」で見えた日米の違い

2024年04月02日14時00分

 ついに開幕した米メジャーリーグ。日米のファンが心待ちにしていた大谷翔平のドジャースデビューだが、そのお祭りムードに影を落としているのが、水原一平・元通訳の違法賭博疑惑である。大谷自身は、賭博は行っていない、水原氏の賭博についても知らなかったと話したが、現地では「どこか腑(ふ)に落ちない」という人がほとんどだ。米メディアで記者を務め、『ルポ 大谷翔平』の著書もある文化比較のスペシャリストが、アメリカが今回の疑惑をどう受け止めているのか、そしてそこから見えてきた日米の違いを徹底解説する。(志村朋哉 在米ジャーナリスト)

アメリカでもビッグニュース

 今回のコラムでは、大谷の今季の成績予想や、大谷にかかる期待について書くつもりだった。「世界一の野球選手」との呼び声が高い大谷が、ドジャースをワールドシリーズ優勝に導けるのか?それが今年のメジャーの中心的話題となるはずだった。しかし、水原による違法賭博疑惑は、それを吹き飛ばしてしまうほどのインパクトがあった。

 3月20日(米時間、以下同)、ドジャースの地元紙ロサンゼルス・タイムズとスポーツ専門局ESPNが、大谷が「大規模な窃盗」被害に遭ったと主張し、ドジャースが水原氏を解雇したと報じた。X(旧ツイッター)やフェイスブックなどの野球コミュニティーは騒然となった。

 ドジャースの地元メディアは、ロサンゼルス近郊で育った水原氏の経歴など、毎日のようにこのスキャンダルを取り上げている。普段はスポーツを取り上げない全米局のニュース番組ですら、スポーツ界の大スキャンダルとして報じた。大谷のドジャース移籍が決まった時と同じくらい、もしくはそれ以上に大きな扱いだ。

 「これは普通のスポーツニュースではありません。友情、裏切り、そして多額のお金が絡み合った話です」とABC局の朝の情報番組『グッド・モーニング・アメリカ』では紹介された。(3月23日放送)

 なぜ、アメリカでこれほど大きく話題になったのか?

 大谷が米スポーツ界で最大のセレブの一人となったことの裏返しでもある。北米スポーツ史上最高となる総額7億ドル(約1000億円)でドジャースと契約した時は、スポーツの枠を越えてアメリカ人を驚かせた。スポーツに興味がなくても、「超大金持ちの野球選手」として大谷を認知する人は増えた。少なくともこれまでの日本人アスリートとは比べ物にならないほどの地位と知名度を、大谷はスポーツ大国アメリカで得ている。

 また、メジャーリーグにとって「賭博」は、100年以上もつきまとうトラウマである。

 1919年のワールドシリーズで、シカゴ・ホワイトソックスの選手たちが、賭博組織から賄賂を受け取り、わざと負けるという八百長事件が起きた。「ブラックソックス事件」と呼ばれる、このスキャンダルは、メジャーリーグへの信頼を揺るがした。さらに1989年には、通算最多安打記録を持つピート・ローズが、友人やブックメーカーを通して自身の試合にお金を賭けていたとして永久追放処分を受けた。賭博は薬物使用以上にメジャー関係者が敏感になるスキャンダルの火種なのだ。

 球界最大のスターである大谷と最も親しい人物が450万ドル(約6億8000万円)以上もの違法賭博に絡んでいたという疑惑が浮上したのだから、スポーツファンが過去の事件を思い浮かべるのも無理はない。「ピート・ローズ以来となる最大の賭博スキャンダル」とメディアに称される事態となった。

 そして今回の件には、スポーツファンでなくとも興味をひかれるようなドラマの要素が詰まっている。野球界最大のセレブの銀行口座から大金がブックメーカーに送金され、親友だった通訳が盗んだと疑われている。その通訳は、気さくなキャラクターでファンから愛される存在だった。大谷は親友に裏切られたのか、それともどんでん返しがあるのか。まるでミステリー小説である。将来、ドキュメンタリー映画になっても驚きはしない。

水原氏の証言

 これまでスキャンダルとは無縁だった大谷だけに、メディアや野球ファンは驚いた。元通訳の証言が変化したことも、謎や疑惑を深めた。現時点(3月29日)までに判明している情報で流れを振り返ってみよう。

 連邦当局の捜査を受けているカリフォルニア州在住のブックメーカー(賭博事業者)に、大谷名義の銀行口座から送金があったことを、ESPNやロサンゼルス・タイムズなどが突き止めた。

 報じるのに十分な証拠を集めたと判断したESPNは、3月17日に大谷の代理人やメジャーリーグ機構(MLB)、ドジャースなどに取材の連絡をした。ESPNによると、大谷の代理人は危機管理専門の広報担当を雇い対応を任せた。翌日、その広報担当は、大谷は水原氏の借金を肩代わりしたのだとESPNの記者に伝えた。

 19日、水原氏に話を聞きたいというESPNの要望に応じ、広報担当は韓国にいる水原氏との電話取材を設定。韓国での開幕シリーズ第1戦の前に行われた90分間のインタビューで、元通訳は以下のようにESPNの記者に語った。

・21年、ポーカーの席でブックメーカーのマシュー・ボウヤー氏と出会う。ボウヤー氏を通して、ツケでサッカーやNBA、NFL、大学フットボールに賭けるようになった。違法行為だとは知らなかった、そして野球には賭けていないと主張。

・当時、水原氏がエンゼルスからもらっていた年俸は約8万5千ドル(現在の換算レートで約1280万円)だったが、22年末には既に100万ドル(約1億5000万円)以上に負けがかさんでいた。

・借金は450万ドル以上に膨らみ、23年に入って初めて大谷に事情を話し助けを求めた。「もちろん彼は良い顔はしなかったが、助けると言ってくれた」。大谷が自身のパソコンから銀行口座にログインして、10月くらいまで数ヶ月に渡り50万ドルを8、9度に分けて振り込んだという。振込先がブックメーカーであることを大谷は知らなかったという。

・大谷自身は賭け事はやらないと水原氏は述べている。「チームメイトなんかがギャンブルしているのを見ると、『なんでそんなことをするんだろう。ギャンブルは良くないのに』と彼は言う」。

 しかし、インタビューの翌日(20日)、大谷の広報担当からESPNに、水原はうそをついていた、大谷は何も知らなかったとの連絡があった。水原による「窃盗」だったと明言するようESPNに求められた大谷陣営は、弁護士事務所から「メディアの取材を受ける中で、翔平が大規模な窃盗の被害者となっていたと判明し、当局に問題を引き渡した」との声明を発表した。

 声明が発表された直後、ドジャースは水原を解雇した。ESPNの記者は、再び水原に電話で連絡をとり、そこで水原は前日のインタビューではうそをついたと述べた。大谷は水原の賭博行為や借金について何も知らなかった、「全ては自分の責任」と語り、前言を撤回したという。

「知らなかった」大谷

 これらのやりとりをまとめたESPNの記事が配信され、ファンやメディアの間に疑問が浮かび上がった。

 「なぜ水原は証言を変えたのか?」

 スポーツトーク番組やSNS上では、水原が大谷をかばっているのではないかなど、さまざまな憶測が飛び交った。「賭博をしていたのは大谷で、水原はその責任を被らされた」と根拠もなしに疑う声もあった。

 大谷自身がブックメーカーに送金したという当初の説明が事実であれば、大谷も違法賭博に加担したとみなされ、最悪の場合、刑事処分される恐れがある。スポーツ賭博は、50州のうち38州で何らかの形で合法化されているが、カリフォルニア州では違法だ。

 メジャーリーグの規則でも、違法賭博に関わった場合、コミッショナーの裁量による処分が下される。(野球賭博の場合は処分が重く、自チームが関わらない試合だと1年間の出場停止、自チームが関わる試合だと永久追放となる。)

 人気スポーツキャスターのリッチ・アイゼンは、自身のトーク番組で次のように述べた。

 「一体、どっちなんでしょうか?大谷は借金を肩代わりした『良い人』なのか、それとも窃盗の『被害者』なのか。それにどうして話が変わったのか? 私には理解できません。なぜ大谷は、自分から金を盗んだ人と、開幕戦で何もなかったようにおしゃべりしていられたのでしょうか?」(『ザ・リッチ・アイゼン・ショー』、3月21日配信)

 アメリカに戻ってきて現地記者に説明を求められた大谷は、25日に会見を開いた。質問は受け付けない、記者による動画や写真の撮影は禁止という異例の会見だった。

 そこで大谷は、初めににこう強調した。

 「僕自身は、何かに賭けたりとか、誰かに代わってスポーツイベントに賭けたりとか、それをまた頼んだりということはないですし、僕の口座からブックメーカーに対して、誰かに送金を依頼したことも、もちろん全くありません。本当に数日前まで、彼(水原)がそういうことをしていたっていうのも全く知りませんでした。結論から言うと、彼が僕の口座からお金を盗んで、なおかつ、僕の周りにもみんなにうそをついていた」

 代理人や広報担当とも水原氏を通してやりとりしていたという大谷は、ESPNなどからスポーツ賭博について取材が来ていることすら聞かされていなかったという。しかし、韓国での第1戦後のチームミーティングで、水原がギャンブルで負った借金を大谷が肩代わりしたと選手たちに説明があった。英語での説明を完全には理解できなかったものの、違和感を感じた大谷は、ホテルに戻って水原氏と話して、巨額の借金があったこと、大谷の「口座に勝手にアクセスして」ブックメーカーに送金したことを明かされたという。

 代理人たちもそこで初めて水原に「うそをつかれていた」と知り、ドジャースと弁護士に連絡して、「窃盗と詐欺」として「警察の当局に引き渡す」ことになったと大谷は説明した。

「腑に落ちない」メディア

 会見が始まるまでは、「捜査中なのでコメントできない」くらいしか言わないだろうと多くの現地記者は予想していたので、大谷は良い意味で期待を裏切った。

 「ちゃんと中身があって、筋が通っていて、端的な声明だったので驚いた」とNBCのデービッド・ノリエガ記者は速報番組で語った。(NBCニュースオンライン、3月25日放送)。

 それでも疑問は残る。

 大谷の話が事実なら、なぜ水原が大谷の銀行口座にアクセスできたのか。450万ドルもの額が送金されたことに、大谷も周囲の人間もなぜ気付かなかったのか。ほとんどの記者やファンが、腑に落ちないと感じている。

 「大谷は、真実を話していないか、史上最低の親友、通訳、会計士、マネージャー、代理人、銀行に囲まれていたかのどちらかってことになる」とスポーツ代理人やNFLの球団幹部を務めた経験のあるアンドリュー・ブラント氏は、X(旧ツイッター)に投稿した。

 ロサンゼルス・タイムズの名物コラムニスト、ビル・プラシュキーも、大谷のことは信じたいが、「まだどうしてもできない」と述べ、こうつづった。

 「どんなに大谷翔平と彼のアドバイザーたちが片付けようとしても、今回のギャンブルというゴミの山は、まだ匂うんだ」(ロサンゼルス・タイムズ、3月27日配信)

 水原氏が大谷の銀行口座から誰にも気付かれずに大金を送金するのは、幾つものチェック機能が働くので難しいとセキュリティーの専門家たちは言うが、大谷がどのように資産管理していたかが不明なので断言はできない。

 ESPNの記事を書いたティシャ・トンプソン記者は、送金についての疑問は自身も答えを探っているという。その上で、超富裕層の金銭事情は、一般的な知識や体験からは推測できないと述べた。

 「裕福な人々というのは違った世界で生きていて、(大谷は)スポーツ界では最も裕福な人の一人です」と。「だから1年間で50万ドルを8、9回も送金できるような財力がない人が、自分の経験をここに当てはめようとすべきではない」(ザ・リッチ・アイゼン・ショー』、3月28日配信)

「気にしない」ファン

 3月28日のドジャース本拠地開幕戦は、そんなスキャンダルをみじんも感じさせない盛り上がりだった。チケットは完売し、公式発表によると観衆5万2667人が詰めかけた。

 試合前の選手紹介では、大谷はとどろくような歓声を浴びながら、ブルーカーペットを歩いて登場。初打席はスタンディング・オベーションで迎えられた。その後も、大谷の打席では、球場内の通路を歩いていた人も立ち止まってフィールドに目を向けていた。

 「大谷がドジャースに入団してくれて興奮しています」と話すのはシーズンチケットを保有するエリーシャ・ゴンザレスさん(50)。「ドジャースは、なぜかプレーオフで失速してしまうので、大谷が優勝に必要なエネルギーをもたらしてくれると期待しています」

 ゴンザレスさんは、「通訳に450万ドルを盗まれた」と大谷が主張しているのは知っているが、完全には信じられないという。「そんな大金がなくなって気付かないなんておかしい」と感じている。

 球場で20人ほどの観客に取材したが、ゴンザレスさんを含め大半が「スキャンダルについて詳しくは知らない」「積極的に情報を得ようとするほどの興味はない」と答えた。大谷の話を全て信じていると答えた人はいなかったが、ほとんどの人は大谷自身が賭けをしていた可能性は低いと思っている。

 また、自身の試合に賭けるようなことさえしていなければ、「大谷自身がブックメーカーに送金していたとしても、大した問題ではない」と一人を除いて全員が答えた。ドメスティック・バイオレンスなどとは違い、たとえ賭博に関与していても大谷の人間性の評価にも影響はないという。

 日本に比べると、アメリカではギャンブルへのマイナスイメージが低い。さらにスマホからも気軽に参加できるスポーツ賭博が普及してきて、カリフォルニアでも「違法」だとの認識が薄くなっている。実際、MLBもスポーツ賭博サービスを提供する大手ブックメーカーのファンデュエルとパートナーシップ契約を結んでいるくらいだ。

 「カリフォルニアには、カジノがいくつもあって、ラスベガスも近いので、ギャンブルは身近な娯楽です」とドジャースファンのフレディー・ルナさんは話す(29)。「やろうと思えば、スポーツに賭ける方法はたくさんある。(今回のスキャンダルも)大した問題だとは思いません」

冷静なアメリカ

 前回の大谷結婚についてのコラムでも触れたが、日本とアメリカでは大谷への見方が異なる。

 今や日本人にとって大谷は、老若男女問わず誰もが知る最大の国民的スターである。日本人の両親の元に岩手で生まれ、外国人に引けをとらないパワーで「世界一の野球選手」となった大谷は、日本人にとって憧れであり、誇りを感じられる存在なのだ。

 それに、日本では、グラウンドのゴミを拾ったとかファンやスタッフに「神対応」したとか、大谷の一挙一動が報じられ、多くの国民が大谷という人間を少なくとも「知った気」にはなっている。

 その大谷に「完璧」な存在であってほしいと願い、大谷がうそなんてつくはずがないと思うファンが日本に多いのは当然のことだ。

 しかし、アメリカでの大谷は、優れたアスリートとして尊敬は集めるが、ファンが自身を重ねて誇りを感じるほどの存在ではない。

 大谷の人間性も世間にあまり伝わっていない。スーパースターにしては、メディア露出が少なく、あまり取材にも応じない。アメリカ人にとっては、通訳を介してしか話を聞けないため、性格をイメージしづらい。プライベートについても、ほとんど語らないので、「ミステリアス」との印象を持たれている。

 「ドジャースのファンだから、他球団のことには興味がなくて、大谷についてもすごい選手だという以外は、ほとんど知らなかったです」とゴンザレスさん。

 そういう背景もあって、アメリカの方が今回のスキャンダルに関して、ニュートラルな見方をしている人が多いのは間違いない。だから、取材したドジャースファンも、「もっと事実が明らかになるまでは、なんとも言えない」と口をそろえる。

 3月22日、メジャーリーグは正式に調査を始めたと発表した。しかし、結果が公表されるまでには時間がかかる。納得できる説明が得られるのは、連邦当局の捜査が終わってからになるかもしれないが、大谷が自身の口で説明したこともあり、新たな証拠が出てくるなどの進展があるまでは、報道も沈静化していくだろう。

 ただし、金に物を言わせて大谷や山本由伸などの大型補強をしたドジャースは、今や他球団のファンにとっては「目の敵」であり、「悪の帝国」と言っても過言ではない。今回のスキャンダルをネタに、大谷が敵地でヤジやブーイングをくらう可能性はある。それもスーパースターの証と言えるだろう。

 本拠地開幕戦では、大谷自身はスキャンダルの影響など感じさせないスイングで2安打を放った。試合後には何十人もの記者に囲まれながら、いつもと変わらぬ様子で淡々と記者の質問に答えた。

 会見後は、記者に一挙一動を観察されていることなど気にも留めない様子で、クラブハウスのど真ん中にある自分のロッカーで山本由伸と談笑しながら着替えた。

 一見、これまでと何ら変わらない光景だ。しかし、そこに必ずいたはずの水原氏は、もういない。

 違和感はしばらくは消えないだろう。

志村朋哉 米カリフォルニア州を拠点に、英語と日本語の両方で記事を書くジャーナリスト。5000人以上のアメリカ人にインタビューをしてきて、米国の政治・経済や文化、社会問題に精通する。地方紙オレンジ・カウンティ・レジスターとデイリープレスで10年間働き、米報道賞も受賞した。大谷翔平のメジャーリーグ移籍後は、米メディアで唯一の大谷番記者も務めていた。著書『ルポ 大谷翔平』、共著『米番記者が見た大谷翔平』(朝日新書)

(2024年4月2日掲載)

大谷翔平が結婚 見えた日米の違い

バックナンバー・二刀流大谷を追う

話題のニュース

オリジナル記事

(旬の話題や読み物)
ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ