トランプ政権下の米国で、「多様性、公平性、包摂性(DEI)」に基づいた雇用や事業を廃止、縮小する動きが広がっている。該当する連邦政府職員は休職扱いとし、大統領令にならって多様性目標を取り下げる大手企業も出てきた。いったい何が起きているのか。米国在住歴30年超のジャーナリスト・シェリーめぐみさんがリポートする――。
大統領令に署名するドナルド・トランプ―ワシントン
写真=Pool/ABACA/共同通信イメージズ
2025年2月25日、ワシントンのホワイトハウス執務室で大統領令に署名し、「トランプはすべてにおいて正しかった」と書かれた帽子を手にするドナルド・トランプ米大統領

「多様性」が米国で新たな差別用語に

DEIという日本では聞きなれない言葉が、アメリカでは政治と文化闘争の大きな焦点になっている。DEI(Diversity, Equity, Inclusion, and Transformation=多様性・公平性・包括性)とは、女性、ジェンダー・マイノリティ、非白人、障害者などを積極的に雇用しようという施策で、日本の大企業でも採用するところは多い。

ところがアメリカでは今「DEI」という言葉が、新しいNワード(アフリカ系アメリカ人を侮蔑する人種差別的な言葉)と言われている。つまりDEIで守られるべき人々を逆に侮辱する差別用語として、スラング的に使われるようになっているのだ。その対象には、非白人である私たち日本人も含まれている。

「民間航空を管轄する政府機関FAAは、多様性の推進のために重度の知的障害や精神障害を持つ人々を雇用している。そして彼らは航空管制官にもなれる」

トランプ大統領の衝撃の発言があったのは、1月29日にワシントン上空で起きた、米軍ヘリと民間機の衝突事故直後の記者会見だった。

つまり事故の原因は、DEI推進のために雇われた障害者にあることを示唆したのである。もちろんこの発言には何の根拠もない。インターネット上では、事故発生直後から「原因はDEI雇用のせい」という投稿が拡散されていたが、彼のこの発言はデマを一瞬にしてエスカレートさせることになった。

デマの拡散がDEI排除を加速させている

DEI雇用に対する中傷やデマは、トランプ氏が大統領選に出馬して以降激しさを増している。2024年1月、アラスカ航空機のドアが上空で吹き飛んだ事故では、多様性のために雇われた「女性のDEIパイロット」が原因だとするデマが広がった。

同3月、メリーランド州ボルチモアの港で貨物船が橋に衝突、崩落し移民労働者6人が死亡した事故では、「ブランドン・スコット市長が黒人だから起きた」という反応が火のように広がり、スコット市長は「DEI市長」と中傷された。

トランプ氏が大統領選出馬中に起きた2024年7月の狙撃事件では、事件を防げなかったのはDEIが原因、つまり女性をシークレットサービスに雇ったからという論争が巻きおこった。

さらにトランプ氏と戦ったカマラ・ハリス候補に対しては、「DEI候補」のレッテルが貼られた。「女性で黒人であるというだけで候補に選ばれたが、実際には能力がない弱い女性」と攻撃され続けたのだ。

女性や人種的マイノリティ、障害者を「DEI」と呼び侮辱する言い方は、明らかな差別用語との批判を受けながらも、トランプ支持者や極右のアメリカ人を中心に、日常のものになりつつある。