1年間の中で18歳以下の自殺者が最も多い日が夏休み明けの9月1日だ。文部科学省のデータによると他の月に比べて倍近く増えており、「9月1日問題」として対策の話し合いが進められている。長期の休み明けは、環境の変化や学校へのプレッシャーで精神が不安定になり、学校に行けなくなる不登校児も増える。
さまざまな環境で悩み苦しむ子どもと親を、NPO法人『福祉広場』代表の池添素さんは支えている。不登校や発達障害の子どもと親にかかわり続けて40年。親たちに「素さんがいたから私たち親子は生きてこられた」と感謝される。
池添素さんに子どもの不登校の現状についてジャーナリストの島沢優子さんが取材し、具体的なエピソードと共にお伝えしていく連載「子どもの不登校と向き合うあなたへ~待つ時間は親子がわかり合う刻」。第7回では、小学2年生の夏休み明けから学校に行けなくなった息子を持つ親についてお伝えする。教師やママ友、そしてばあばからの言葉にプレッシャーを感じながらも息子と向き合い続けた結果は。そして不登校児の親たちを勇気づけ、闇から救い出した言葉とは。
※令和6年 児童生徒の自殺予防に係る取組について
https://www.mext.go.jp/content/20240712-mxt_jidou02-000037050-100.pdf
池添 素(いけぞえ・もと)
NPO法人「福祉広場」理事長。京都市職員として保育所や児童福祉センター療育課などで勤務した後、1994年に「らく相談室」を開設。2012年にNPO法人福祉広場へ移行し、相談事業を継続している。子育て相談、発達相談、不登校相談、ひきこもりや親子関係の相談など内容は多岐にわたり、年齢も多様な相談を引き受けている。著書に『ちょっと気になる子どもと子育て―子どものサインに気づいて』『いつからでもやりなおせる子育て―子どもといっしょに育ちを振り返る』『笑顔で向きあって-今日から始める安心子育て-』『子育てはいつもスタート―もっと親になるために』『いつからでもやりなおせる子育て第2章』(いずれも、かもがわ出版)『育ちの根っこ―子育て・療育・つながる支援』(全障研出版)『子どもを笑顔にする療育―発達・遊び・生活』(全障研出版)『連れ合いと相方―介護される側と介護する側』(共著=かもがわ出版)立命館大学産業社会学部 非常勤講師、京都市保育園連盟巡回保育相談員。
島沢優子さん連載「子どもの不登校と向き合うあなたへ」
1-1)4歳で不登園になった娘に「あなたは何も悪くない」と言い続ける夫婦の葛藤
1-2)「娘の不登校は家庭の問題」と言われ…。追い詰められた夫婦を救った言葉
2-1)「落ち着きがない」と言われた息子が不登校に…普通学級から特別支援学級への転籍を考えるまで
2-2)息子を特別支援学級に行かせたくない夫との対立…不登校と向き合った先の家族の変化
3-1)2歳で漢字を覚えた「ギフテッド」の息子が抱える悩み…小2で不登校になり“救われた”と感じた理由
3-2)「いいお母さんはしなくていい」ギフテッドの息子と“不登校支援シート”を使って気づいた親子の本音
4-1)ある日突然不登校になった小2息子…新卒23歳担任が告白した「原因になったかもしれない」出来事
4-2)不登校の小2息子に「欲しがるものすべて」与えていい?「子どもに寄り添う」本当の意味
5-1)3歳児検診で「検査受けて」発達障害と不登校経て大学生となった息子の親が気づいたこと
5-2)発達障害、不登校から高校合格、成績上位で大学進学。「逆転」を実現させた母の言葉
6-1)発達検査でHSC(人一倍敏感な子)と診断された娘…学校のサポートが不登校の原因になる理由
6-2)「欲しがるものは全て与え、焦らず待つ」HSCと診断された不登校の娘が学校に行くまでを支えた親の信念
「なに甘えたこと言ってんの」教師の対応
サクラさんにとって、不登校は青天の霹靂だった。ひとり息子ジュンヤくんの小学校生活は順風満帆に見えた。
「毎日張り切って学校に通っていました。宿題も全部やるし、学童も楽しんで、友達もいっぱいいました。行事は全て参加して、すごく楽しそうだったのに……」とサクラさん。小学校2年生の夏休み明け。朝起こしに行ったら「学校行きたくない」と言って布団を頭からかぶった。当時は子どもの自死が最も多い夏休み明けを示す「9・1問題」がまだ注目されていなかったころだ。
サクラさんは児童福祉関連の仕事に従事していたため、行き渋る子どもを無理やり登校させてはいけないことは勤務先でも聞かされていた。ほかにも「小学校は子どもにとってはしんどいところもある」とか「小学校に入ったら子どもはめいっぱい頑張ってるから、休みたいって言ったら休ませてあげたらいいよ」など、子育て経験のある同僚からも聞いていた。しかし100%腹落ちしていたわけではなかった。
なんとかなだめすかして学校に連れて行ったものの、息子は下駄箱の前でぐずった。それを見た担任は「なに甘えたこと言ってんのみたいな感じで……」(サクラさん)
担任は「ほら、行くよ!」と、ジュンヤくんの小さな手を引っ張って教室に連れて行った。そのことを同僚に話すと「その対応はひどいよ」と眉をひそめた。
すぐに以前から知っていた池添さんに相談すると「休ませてあげたらいいよ」と言われた。翌日も「行きたくない」と言うので、休ませますと伝えた。電話に出た担任は「最初はぐずってたけど、その後はお友達と楽しく過ごしてましたよ。何とか連れて来れませんか?」と言う。しかし、サクラさんは「とりあえず1週間は休ませます」と告げ電話を切った。
最初に1週間休んだ後も、ジュンヤくんは週に2日しか学校に行けなかった。年間30日以上休むと「不登校児児童」にカウントされる。そのことを担任は恐れていたのだろうか。サクラさんが「今日は休みます」と電話するたびに「私が迎えに行きます。何時に家を出ますか?」と詰め寄ってきた。
「このままお休みが続いたら、もう本当に不登校になるんじゃないかと心配しています」
そう言われたサクラさんは「自分が責められてるような気持ちになった。つらかった」と当時の心境を明かす。一方で、通級※の担当教員が理解を示してくれた。学校との面談でサクラさんが「教室ではなく、保健室に登校させてほしい」と頼んだら、快く認めてくれた。子どもの気持ちに寄り添ってくれた。