日本ハムのソーセージ新商品「シャウエッセン 夜味」の売れ行きが好調だ。シーンをシャウエッセンの商品名に冠するのは、同社初。狙いは、あえてどんな味か想像しづらくすることによって「カテゴリーエントリーポイント」を設けることにあった。これがずばりはまり、夜に食べるソーセージとしてシャウエッセンを第一想起する生活者が続出。加えて、同社のある“不文律”を破ることによる話題づくりもSNS上で仕掛けた。従来手法にとらわれない、日ハム流マーケティングの裏側をのぞく。
日本ハムが2024年10月1日に期間限定で発売した「シャウエッセン 夜味」が、初月の販売目標の3倍を超え、好調な売れ行きを見せている。
夜味は、同社の基幹商品であるソーセージ「シャウエッセン」シリーズで、5年ぶりに登場した新しい味だ。特徴であるパリッとした食感はそのままに、スパイスを効かせることで、夕食需要に合う味付けにした。シャウエッセン史上初めて、商品名に「味の種類」ではなく、「食べるシーン(夜)」を採用した。
ヒットの予兆は、既に発売前にあった。24年9月30日、X(旧Twitter)のシャウエッセン公式アカウントで、「5年ぶりのシャウエッセン新味 まさかの?味」というティザー広告を同社が投稿すると、ファンが即座に反応。通常、公式アカウントの投稿ではインプレッション数が1~2万だというが、今回の投稿に限っては最終的に約900万の大台に達したのである。
その勢いが、売り上げの初速にも表れた格好だ。「ここまで初速がよい商品はめったにない」。こう明かすのは、シャウエッセンのブランディングを担う、日本ハム加工事業本部 マーケティング統括部の岡村香里氏である。物珍しさからご祝儀的に飛びついた可能性があるとも考えたが、発売から2カ月たった12月に入っても、いまだにペースが衰えることなく売れ続けているという。
本家「シャウエッセン」とのカニバリ(共食い)が、ほとんど起きていないことも見逃せないポイントだ。「既存商品では満たせていなかった顧客ニーズを、夜味で取り込めた」と岡村氏。シャウエッセンブランドの間口を広げる、理想的な新商品となった。
ただし、このヒットは偶然に起こったわけではない。
日本ハムは、ブランドが購入されるきっかけとなる「カテゴリーエントリーポイント(CEP)」を増やすと同時に、初速の売り上げを高める「話題づくり」に注力することを緻密に狙って、夜味は開発されたからだ。
コアファンが高齢化、若年層をどう取り込むか
そもそもシャウエッセンは、日本ハムが1985年に発売したソーセージブランドで、2025年2月に発売から40周年を迎える。いわゆる、ロングセラー商品だ。
そんなシャウエッセンだが、最近大きな課題を抱えていたという。それが「コアファンの高齢化だ」と岡村氏は明かす。
現在、シャウエッセンを購入するのは、主に50代以上の女性層。多くが家庭を持ち、家族のために食卓のおかずとして購入しており、当然販路の多くはスーパーマーケットになる。つまり、購入者や流通経路がおおよそ固定化されてしまっていたのだ。
50代以上の女性層以外の新規顧客がまったく流入していないわけではないものの、「(40周年以降も)ブランドの成長を維持させるため、若い層にもシャウエッセンのファンになってもらう必要があった」(岡村氏)。
新しいファンの獲得を狙って、これまでも様々な施策を日本ハムは講じてきた。35周年の際には、期間限定商品として春夏向けの「ホットチリ」、そして秋冬向けの「チェダー&カマンベール」を発売している。お笑いコンビを起用したコミカルなWeb動画も制作し、若年層の間で話題を呼んだ。
しかしながら、発売直後こそ売れ行きは好調だったが、次第にその勢いはダウン。岡村氏は、「味を増やしても一過性になり、初速と同じような勢いを保ち続けるのは難しかった」と、当時を振り返る。
抜本的に手法を見直すべく、まず24年5月に開設したのが、ファンの交流の場となる「シャウエッセンファンサイト」だ。ファンが商品への思いを共有できる場や創作レシピなどのコンテンツを用意した。
その下地をつくったうえで、今までにない形でファンを呼び込むべく、発売40年目の集大成として開発したのが夜味というわけだ。
「夜にも食べられるソーセージ」ブランドとして想起させたい
開発に当たって日本ハムは、「いつ」「誰が」「どこで」「どんな動機で」「何を」購入したかなどを把握するため、消費行動と心理的情報を掛け合わせた分析が可能な「食MAP」を活用。18年4月~24年3月にかけて、生活者のシャウエッセンの食べ方を詳しく調べた。
その結果、シャウエッセンは実は「朝と昼に食べる人が約8割を占めること」が判明したのである。
少数派ではあるが、シャウエッセンを夜に食べる層の存在も明らかになった。それが30~40代の男性であり、夕食のおかずとしてシャウエッセンを購入し、小さく切ってキャベツなどと一緒に炒め、コショウなどで味付けをして食べていた。
ソーセージを夜に食べるというイメージが一般的でなく、一方で夜に好んで食べる若い世代がいる──。このギャップを埋めるためには、「『夜に食べるソーセージ』として、いち早く、シャウエッセンが第一想起されるようにしたい」と岡村氏は考えた。
つまり、CEPを「夜に食べるもの」に設定したのだ。
夜食べるものとして思いつきやすいソーセージブランドになれば、自然と購入回数を増やせる。結果としてブランドとファンとの結びつきが強固になり、夜以外の時間帯にも自社ブランドが選ばれる確率が高くなる。岡村氏は、そう踏んだ。
夜味の味の方向性は、すんなり決まったという。夜を感じさせるシャウエッセンという方向性から、コショウを効かせた濃い味にするのは自明だったからだ。コショウをかけて炒める手間が省けるため、ターゲットである30~40代の男性のニーズにもぴったり合う。
とはいえ味付けには、ソーセージ分野でナショナルブランドのトップランナーとして、徹底的にこだわった。「シャウエッセンはスパイスが重要だが、塩分を気にする人もいる。できるだけ塩分を抑えるため、何十種類もスパイスを試した」(岡村氏)。
岡村氏たちが最後まで悩んだのは、商品名をどうするかだった。
「最初は『濃い味』という名前を付けていた。ただ、これではホットチリやチェダー&カマンベールと同じように、(従来通り)単純なフレーバー違いで発売したと捉えられてしまう。加えて、夜に食べて欲しいというメッセージも伝わりにくい」(岡村氏)
味やパッケージの改良、プロモーション方法などの作業を進めつつ、最後の最後まで粘って24年の夏に思いついたのが、シーン(夜)をそのまま商品名にする妙手だった。発売日から逆算すると、ギリギリのタイミングだったという。
「あえて味を明かさない」、発売前のSNS戦略
商品名と同じく、重視したのは話題づくりの手法だ。新しいCEPをつくっても、そもそも話題にならなければ消費者に届かない。さらに、シャウエッセンという強力なブランドの新味だとはいえ、スーパーのバイヤーを納得させ、競合商品がひしめくソーセージコーナーに置いてもらうのは決して簡単ではない。
そこで、賛否両論出ることを恐れず「ティザー広告」を仕掛けることにした。ある要素を意図的に明らかにしないことによって消費者の注意を引き、UGC(ユーザー生成コンテンツ)創出を狙うSNS戦略に注力したのだ。
最初の1手は、味を隠すこと。具体的には「まさかの?味」とポストした。するとX上では、味を予想する“大喜利大会”が起こり、「カレー味か」「いや、燻製味だろう」「私は、ブルーベリー味だと思う」「たこ焼き味もいいね」──。
狙い通りUGCがSNS上で拡散され、発売前に新商品が出る事実が認知され、一気に広がっていった。
発売日の24年10月1日、満を持して公式アカウントが、商品名が「夜味」だと公表。すると今度は、「夜ということは、うなぎパイだったりして」「ガーリックだと、うれしい」「スパイシーなら大歓迎」といった、夜味の風味を予想するUGCが広がった。
日本ハムは、大きな話題の山を、2回もつくることに成功したのである。「何かしらのコミュニケーションが発生することは想定していたが、ここまで盛り上がるとは思わなかった」と岡村氏は明かす。
気になるのは、シャウエッセンは日本ハムにとって基幹ブランドの1つであり、一見おふざけに見えるティザー広告がSNS上で炎上し、ブランドを毀損してしまう可能性もあった。同社はリスクを、どの程度計算に入れていたのか。
「否定的な意見が半分くらい出るだろうと想定していた。賛否両論あっていいと考えていた。しかし、実際はほとんど否定的な意見がなく、予想外だった」と岡村氏。
一般に、賛成意見だけが出るならば話題にはならず、逆に否定的な意見ばかり出るとブランドを毀損するとされる。そこで岡村氏は夜味で、賛成派と反対派が適度に分かれることで、対立構造から大きな話題が発生することを狙っていたという。
SNS上で賛否両論をうまく活用する例としては、バーガーキングの取り組みがよく知られている。日本ハムとしては似たやり方を試みた。
結果としては、狙い通りにはいかなかったものの、大喜利という切り口であれば、賛成意見だけでも十分話題性のあるUGCが生み出される事実を日本ハムが証明した点は興味深い。
日本ハムの不文律を破る、“禁じ手”の食べ方を訴求
さらにダメ押しを狙って展開したのが、「食べ方」の訴求だ。先述した食MAPの調査結果からは、回答した人の多数が、ボイル調理か焼き調理をしていた。この傾向は、シャウエッセンに限らず、どのソーセージにもいえることだという。
ここでネックになったのが、長年守られ続けてきた「社内の不文律」の存在だ。
それが、「レンジで温めていけない」「焼いてはいけない」「切ってはいけない」といった、誰が決めたわけではないのに社員が暗黙に守ってきたルールである。特徴であるパリッとした食感をきちんと体験してもらいたいという歴代の社員たちの思いが生んだとされるが、結果として長年オフィシャルではボイル調理しか認めていなかった。
35周年のタイミングで、ようやく「電子レンジ調理OK」と方針を変え、パッケージにもそれを加えた。同社はそれを逆手にとって大々的なキャンペーンを実施。これは大いに話題を呼んだ。同じように岡村氏は今度は、「夜味のシャウエッセンは、焼き調理もOK。焼いてもおいしい」と定義し、今度は「焼いてはいけない」という不文律を破ってしまうことを考えた。
▼関連記事 シャウエッセンの“破壊者” 日ハムマーケターが球団経営に挑む夜味の“話題のスパイス”にすべく、岡村氏は社内の根回しを行い、最終的に焼き調理のゴーサインを取り付けた。こうして誕生した夜味のニュースリリースには、以下のような文言が書かれている。
従来のシャウエッセンは引き続きボイル調理をおすすめするが、「シャウエッセン 夜味」はフライパンなどで焼くことで、濃厚スパイスが引き立つ。
「元々、シャウエッセンの食べ方をどこかのタイミングで認知させたいと考えてはいた。夜味の発売タイミングであれば、さらに話題にできる可能性が広がる」(岡村氏)
この狙いは、すばり的中した。夜味の話題に幅を持たせただけでなく、「ボイル調理」「電子レンジ調理」だけでなく、「焼き調理」でも食べてもシャウエッセンはおいしいという印象づけを生活者にすることに成功した。
実際、発売後のXには、「夜味は、朝ボイルして食べてもおいしい」「もともと焼く派だったけど、“レンチン”もおすすめらしい」といった投稿する購入者が相次いだ。自然発生的なUGCにより、夜味はシャウエッセンブランドのリフトアップ効果も生んだわけだ。
夜味は期間限定の商品ではあるが、「売れ行き次第では定番商品化もあり得る」と明かす。
24年7月、日本ハムは新しいシャウエッセンに生まれ変わる「#ちゃうエッセン」プロジェクトを開始した。シャウエッセンをメニューに取り入れる店舗を表彰する「シャウ名店アワード2024」を実施するなど、面白いブランドとして若年層の間での認知度をさらに高める話題づくりを矢継ぎ早に打ち出す。
「夜に食べるもの」というCEPをつくり、そこに話題づくりを掛け合わせることで、シャウエッセンブランドの強化を図る日本ハム。CEPが、一時的なヒットでなく、継続的な売り上げ増を期待できる切り札になることを証明したと言えるのでないだろうか。