【秘密は人をロマンチストにも英雄にもさせてくれる】【2024年お疲れ様でした。良いお年を。】
■あらすじ
アルゼンチンのラウラ・シタレラ監督が、平原に消えた1人の女と彼女を捜す2人の男の物語を謎が謎を呼ぶ展開で描き、フランスのカイエ・デュ・シネマ誌で2023年の年間ベストテン第1位に選ばれたミステリー映画。
アルゼンチンの田舎町トレンケ・ラウケンで、植物学者の女性ラウラが姿を消した。取り残された恋人ラファエルと同僚エセキエルは、彼女を追って町や平原をさまようが、謎はますます深まっていく。
協働的かつインディペンデントな映画制作を20年以上にわたって続けてきたアルゼンチンの映画コレクティブ「エル・パンペロ・シネ」の集大成的作品で、ホルヘ・ルイス・ボルヘスやロベルト・ボラーニョの小説を彷彿とさせる迷宮的ミステリーに、探偵もの、メロドラマ、クィア、フェミニズム、SFなどさまざまな要素を取りいれながら描きだす。
ラファエル役に「ル・コルビュジエの家」のラファエル・スプレゲルブルド。
■みどころ
大傑作!!
ある植物学者のラウラという女性が失踪したお話。
2024年の映画ラストに観た本作が90本近く観た新作映画を搔っ攫うくらい素晴らしい映画だとは思わなかった。
失踪したラウラを同僚エセキエル、彼氏のラファエルが探すシーンから始まる本作は全12章で進行し、
Part1:1~7章
Part2:8~12章
に分割される。
ラウラを見つける話かと思ったら映画は
・行方を追ってるラファエルをよそにエセキエルは車に奇妙なメモを見かける。
・数十年前の恋文が借りてた本に挟まっていた。
・恋文に書かれていた内容はどんな状況だったのだろうか?という考察、妄想が止まらなくなる
・未確認生物が湖に出てきた
・仕事でお世話になった人の家に泊まっているとルームメイトが夜な夜な変な作業をしていて、しかもそれを聴きにくい雰囲気がする
…など、人が一人失踪した話からどんどん謎が出てくる謎の迷路みたいな映画になってくるのが面白い。
このある事件をきっかけに徐々に波紋していく映画はデヴィッド・ロバート・ミッチェル『アンダー・ザ・シルバーレイク』とかブライアン・フォゲル『イカロス』に近いものを感じる。
映画のジャンルも進行していくごとに変わっていき、ミステリー映画かと思ったらラブロマンス映画になったりSF映画になったり濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』のような真実の果てまで行く壮大な映画になったり…と決まったジャンルに属さない自由度の高さも面白い。
そんな本作の何が素晴らしいかというと、本作は『他者の謎』は魅力的であり名も無き人をロマンチストにも英雄にもさせてくれる所だと思う。
現代社会はChatGPT、Gemini、Copilot等の生成AIサービスで質問を投げればある程度まとまった答えが返ってきたり、生成AIでなくとも問いをかければ予測可能な範囲での答えを受け取りやすいプラットフォームが現代社会・SNSで整備されている。
映画という分野であってもジャンルだったり脚本だったり主題を魅せる作劇によって「この映画は大体こうゆう事を言うんだろうな~」という仮説を立てやすいと思う。
それが必ずしも悪いものではないが、観る人の映画の地力だったり属する環境がリッチになったが故に先読みしやすいのは映画と「答え合わせ」をしたり映画と「価値観の確認」をし合う要素に繋がると感じる。
それと比べると本作は上記の「答え合わせ」だ「価値観の確認」だという"予測しやすい事象"よりも「○○だったの!?」「そんな展開、ありえる!?」といった純粋な謎への楽しさ・魅力だけを伝えてくれるのが素晴らしい。
「他人の考えている事を読み解くことは出来ない」というよくある主題に対して、でも他人が撒いた謎の種を基に他人が考える考察・妄想は様々な世界を提示してくれる素敵な一面を見せてくれる。
それは時に目に見える世界をも変えたり映画のジャンルごと変えるマジカルさもあるし、名も無き人を別の人に変えられる。
本作はそんな「謎」の魅力を現在と過去、登場人物の出会いによって自由自在に変化させて謎を作る側の思惑、謎に支配される事の煩わしさの両方を見せて「伝説の作り方」をも現出する。
その伝説が如何にして作られるか?というのを260分通じて堪能し、謎の渦に観客も参加していく所に途轍もない魅力があると感じました。
そういった現実と虚構を繋ぎ合わせる作劇は2位のビクトル・エリセ『瞳をとじて』にも通じるものがあるが映画内の登場人物で完結している。
それに対して本作は『謎』というマジカルさによって映画内の登場人物だけでなく観客側までも参加するほどの力を内包しているのだ。
そもそも映画の面白さって「よく分からないけど凄いものを見た!」という要素もあるのではないだろうか?
ジャンルや映画の形態に囚われない「相手から見える謎」の映画的魅力・拡張性の凄さを極限まで詰めたような秘密の映画『トレンケ・ラウケン』が2024年ベスト映画1位になりました。
今回の盛況ぶりを皮切りに公開規模を拡げて欲しい。