信越化学工業が中国による化学品の過剰生産や脱炭素対策にあえぐ化学大手を横目に快進撃を続けている。塩化ビニール樹脂(塩ビ)と半導体材料の二大収益源を育て、信越化学を世界トップクラスの化学会社に育て上げた中興の祖、金川千尋会長が2023年に96歳で死去したものの、16年から社長を務める斉藤恭彦氏はこの8年で株価を3.5倍、連結純利益を3倍強に押し上げた。さらに、足元では半導体製造装置企業の買収や、中国への投資、56年ぶりの国内工場の新設といった金川時代にはなかった戦略を打ち出し、「信越2.0」のフェーズに入ったようにも見える。特集『化学サバイバル!』の#10では、斉藤社長が率いる信越化学の今後の成長の可能性を探った。(ダイヤモンド編集部 金山隆一)
3年連続で自社株買いを実施
中興の祖、金川氏を超えたのか?
信越化学工業は12月17日、自社株買いを実施すると発表した。損害保険ジャパンや三菱UFJ銀行など5社から自社株を約940億円で買い付ける。同社は2024年5月にも1000億円を上限とする自社株買いの実施を発表している。
実は、信越化学はこれまで自社株買いには、やや否定的だった。同社を世界有数の化学メーカーに育て上げた故金川千尋元会長は16年12月のダイヤモンド編集部のインタビューに対し、「ROE(自己資本利益率)に数値目標は設けておりません。ROEを一時的に上げるのであれば、自社株を買って消却することで分母を減らせばよいが、それが果たして本当に株主へ報いることなのか疑問」と述べていた。
実際、自社株買いは金川社長時代の08年に62億円、130億円、160億円の規模で3回実施したのみだ。だが、16年の斉藤恭彦氏の社長就任以降は、19年に1回、22年に2回、23年に1回実施。24年には、上記のように2回に上る。自社株買いの規模もかつてに比べると大きくなっている。資本政策について、同社は開示資料の中で、今後の自社株買いも「適宜実施の必要性を判断する」としている。
金川路線は変わったのか。そもそも、信越化学の中興の祖ともいえる金川氏の功績は計り知れない。金川氏は1990年に社長に就任すると96年3月期から08年3月期まで13期連続で最高益を更新し、業績を大きく向上させた。特筆すべきはその事業構成のバランスだ。汎用製品である塩化ビニール樹脂(塩ビ)では世界首位、ハイテク製品である半導体シリコンウエハーでも世界首位、さらに汎用製品とハイテク製品の中間の性質を持つシリコーンなども生産しており、これらの成長基盤は金川氏がつくり上げてきた。
さらに、二大事業を伸ばしただけでなく、合成石英、マグネット、セルロース、フォトレジスト、フォトマスクブランクスといった新製品も育て、収益を積み上げてきた。信越化学をグローバルでトップレベルの企業に育て上げ、生涯現役を貫いた金川氏はまさにカリスマと言っても過言ではない。
では、金川氏の後を継いだ斉藤路線とはいったい。実は、金川流を踏襲しつつも、斉藤社長は四つの新機軸を打ち出している。自社株買いもその一つだ。23年1月に死去した金川氏の後を継いだ斉藤体制は、新機軸を基に「信越2.0」ともいえるフェーズに入ったように見える。次ページでは、四つの新機軸を解説。積み上がっている巨額の現預金の使い道に関しても予測した。