まだ今年も2日ちょい残っているけど、毎年恒例の、今年1年の僕なりの重大ニュースについても触れておく。世間一般のものと個人的なものの2種類のベスト10をそれぞれ以下に。両方まとめると長文になるのは、もう諦めてくだされ。飽きずに根気強く読める方のみ読んでつかーさい(最近、NHK『坂の上の雲』の影響を少々受けている)。
●一般
1 国内で皆既日食を観測 (7月)
2 埼玉西武ライオンズに菊池雄星と工藤公康が入団 (12月)
3 SMAP・草剛、深夜の六本木で泥酔で逮捕 (4月)
4 政権交代、民主党・社民党・国民新党の連立政権発足 (9月)
5 野球日本代表、WBC2連覇 (3月)
6 首都圏1都4県のJR各駅で全面禁煙化 (4月)
7 裁判員制度開始 (8月)
8 外国人英会話講師の殺害容疑で2年8か月逃亡していた市橋達也が逮捕 (11月)
9 定額給付金交付 (2月→6月)
10 サッカー日本代表、10年ワールドカップ南アフリカ大会出場 (6月)
本ブログですでに触れていることばかりだが(日常・非日常ともに特に印象深いことだからこそ、適宜ネタとして挙げているのはまあ当然のこと)、以下に3点のみ補足。しかも旅とは無関係? な世間一般の変化について。
まず6。報道でほとんど取り沙汰されていなったが、僕の普段の生活範囲である首都圏の鉄道、特に私鉄沿線のほうは駅構内での禁煙化が昨年までに結構進んでいるもののJR東日本は何も動かなかったが、ようやく今春から禁煙化に踏み切った。嫌煙派としてはそりゃあ嬉しい。これまでに駅ホームの端に設置されていた吸殻入れもそれに併せて完全に撤去されている。
ただ、それでも混雑する平日はさすがにほとんど見られないが、比較的空いている休日の朝晩にはいまだに駅の端にあえて移動したり柱の陰の死角に隠れたりしてこっそり喫煙している輩もたしかにいて、つかつかと近寄ってタバコの火にペットボトルの水でもかけてやろうかと思いつつも実際にはそれはやめておいて声をかけられる状況にあればかけるだけに留めている。が、最近の変化としてはそういう輩も一応は罪悪感があるのか、吸うにしても携帯灰皿を利用して吸殻は残さないように手早く吸っていたりしていて、それなりの気遣いのある者も一部いる。でもそんなことをしても良識的には依然問題があるけど。
このさらなる禁煙化、愛煙派からすると惨い仕打ちだ、という言い分もあって同情の余地(航空機、特に国際線での長距離移動中の禁煙とか)も皆無ではないが、でも周りへの悪影響を考えるとちょっとねえ、とどうしても訝しく思う。そういえば近頃、1本当たり5円値上げというタバコ増税の話も来年に実現する方向だが、なぜこのような流れになっているのかを喫煙者は今一度再考すべきですな。
先日あるニュースで、観光業を営む会社の喫煙者全員に金銭的な補助付きで禁煙というか絶煙を強制して、社内の喫煙者数ゼロを達成したのちにサービス向上や経費節減につながった、という話があった。タバコ増税は税収云々もあるが、こういった経営面の金銭的・経済的効果のほうもおおいに期待できる、と僕も10年以上前から思っている。今年からJRも本気を出したのは助かる。ほかのJR各社ではどうなっているのだろう?
次に7。5月から始まって、実際には8月の公判から一般の裁判員も登用され始めたときは報道番組でも生中継が組まれて大きな話題となった。3か月以上経った現在は落ち着いてきたか。
僕は趣味のひとつに挙げるほどでもないが数年前から(比較的行きやすい)東京地方・高等裁判所へ裁判の傍聴にたまに行っていて、法廷での生の公判の雰囲気はそれなりに知っている。ただ、傍聴席からと裁判員席からでは見える景色もつきまとう責任も段違いだから、今後抽選されて実際に呼ばれたさいにはきちんと対応できるだろうか。
賛否両論ある裁判員制度、僕は賛成のほうでもし当選? すれば引き受ける気満々。罪の意識について簡単に言うと「人のふり見てわがふり直せ」を真に実感できる好機だから良いではないか、という意味でこの制度を肯定している。たしかに他人の人生の行方を決める重大な場に(被告人にとっての)赤の他人でしかも法律の素人がずけずけと介入するという困難さはあるが(まあ本職の裁判員だって被告人とは私生活というか人間関係的には無関係で素人といえば素人だが)、自分がもしそういうことをされたくなければ罪を犯さなければよいだけ、と法律とその実際の使われ方と責任の重さについて再考でき、実際に法廷に入れば裁くほうも裁かれるほうも戒めの効果はてきめんだと思う。
そして8。市橋容疑者、全国的に下半期のニュースでは鳩山由紀夫首相の次に顔の知れ渡った人物か?
報道で明らかになりつつあるとおり、両親が医者であったが当人は大学医学部受験で不合格で挫折して、進路変更後はパッとしない生き方の最中に事件を起こして、逮捕されたくないがために07年3月~09年11月に2年8か月間も逃亡した、ということに興味がある。事件後はどのように逃走して(僕も今年10月に行った)大阪市の西成区に辿り着いてそこで身分証明要らず・住環境付きの職にありついて整形費用をコツコツ貯めることができたのか、という11月の逮捕までのその経緯とその最中の心理状態の変化は物凄く気になる。
僕よりはやや歳下だがほぼ同年代とも言えなくもない市橋容疑者、西成経由でよくそんなに逃亡と顔の整形のためのお金への執着心を顔バレしないように食事中も帽子も被ったりして密かに隠し持ち続けていたよなあ、と、被害者の遺族には大変失礼な言い草だが逆に彼の行動力と粘り強さ? に感心したりもした。逮捕当時、インターネット上で彼を擁護する言い分も多々出たそうだが、それは(そういう意見を持つ匿名の発言者たちは持っていない)逃げ・生き延びようとする力というか情熱? を見せてくれたことへの賛辞? の意味もあるのか。まあ市橋容疑者のその力の方向性と外野からの言い分は倫理的に間違っているけど。それが良い方向に働けば良かったのに。
この一件、1000万円という懸賞金の分配も先日決まり、あとは黙秘中の市橋容疑者の余すところなくの開口を興味深く待ちたい。こうなると裁判で裁かれるのはまだまだ先のことだろうなあ。
それから、以下は極私的なことについて。
●個人
1 「タムラアキオ報告会」の主催 (5月)
2 趣味の全国カレー店訪問が400軒突破 (10月)
3 東京マラソン(およびフルマラソン)初出走 (3月)
4 金欠、TカードとWAONを重用 (1~12月)
5 地平線通信へ初寄稿 (10月)
6 野宿系冊子『野宿塊』の企画・発行 (5月)
7 拙著『沖縄人力紀行』がフリーマーケットなどで計5冊売れる (2~9月)
8 マンガ『華麗なる食卓』作者・ふなつ一輝氏のサイン会に参加、初対面 (7月)
9 沖縄県の現代版組踊「肝高の阿麻和利(きむたかのあまわり)」の観劇 (8月)
10 北海道の旅の情報誌『北海道いい旅研究室』編者・舘浦あざらし氏と初対面 (10月)
こちらもだいたい既出のことなので、初出しのネタ3点のみ触れておく。
まず4。今年、ホントに収入と支出は過去最低で、そうなると普段の買い物やらなんやらでポイントカードの存在価値がより高まる。で、僕も普段はこれまではビックカメラとヨドバシカメラとヤマダ電機のカードは頻繁に使ってきたが、今年からはさらにTカードと(イオングループ主体の)WAONカードもよく使うようになった。
1円単位から現金代わりに使えるTカードは使用できる店舗が年々増えているが、僕の身近なところでは、TSUTAYA、ブックオフ(10年9月まで)、ファミリーマート、ガスト、バーミヤン、の5軒か。昨年まではポイントは貯めるのみだったが今年からはポイント残高が100未満でも頻繁にびしばし使うようになった。この5軒だけでもかなり有効で、特に今年の5~10月あたりは経済的に最悪の最悪だったが公私ともにTポイントがあることで結構助かった。最近はどこの店舗でも当たり前のことになっているようだけど、会計時のポイント差し引きで端数にのみ使える(例えば会計総額が525円の場合、端数の25円のみポイント利用で、残りの現金払いは硬貨でキリの良い500円だけ出せば済む)、という細かい使い方ができるのも便利で面白いね。
また、WAONも今年の年始からで、まあ現状ではサティとジャスコのみでの利用だが、それでも効果大。ただ、僕は数年前から貯めているJAL(日本航空)のマイル制度とつながってさらにマイルを貯められる「
JMB WAON」のカードを選択していて、200円の買い物につき1マイル加算、でも会計時に現金代わりには使えない、という非効率? な使い方だが、それでも何もしないよりはましで今年からは200円単位の支払い金額になるように暗算しながら買い物をして役立てている。経営危機のJALが来年以降どうなるかという不安はあるが、マイル制度についてもいざというときになんらかの措置があるはず、と楽観視している。こちらはそんなに血眼になって貯めているわけではないし。正直、今からJAL関連のカードを作るのは徒労に終わるだろうなあ。
でも最近嬉しいことは、僕も頻繁に利用するマクドナルドでも今秋からWAONポイントを貯められるようになったことか。WAON単独であれば使いでは充分ある。
次に5。本ブログでは特に先月よく触れてきた
地平線会議(以下、地平線)、今年8月に30周年を迎えてから俄然注目されるようになってきた? のかな。
で、この機関紙というほどでもないが手弁当で毎月発行されている「地平線通信」もウェブサイト上ではなく通信費を払ってあえて紙媒体として読んでいるのだが、1999年から地平線にかかわるようになって10年経って今年初めて、この紙面に投稿した。
まあその長期間? 投稿を一切控えてきた理由も話せば超長くなるので割愛するが、簡単に言うと旅や探検・冒険関連の事象に深くかかわっている重鎮や一般社会を大きく踏み外して突き抜けた超一流の行動者ばかりの名前とその玉稿ばかりが毎月並ぶこの紙面に(もちろんノーギャラ)、僕のような三流以下の“自称旅人”が何か書いてもそんな駄文は見劣りしてなんの意味もない、もっと巧く書ける人が書いて、諸般の事情で報告会へなかなか行けない人の声をもっと拾うべき、とこの10年間ずっと思って控えてきた。
ただ、ここ数年の報告会に毎月足を運ぶようになって、僕がその場に徐々に馴染んできたのか、その参加者というか常連の顔ぶれに僕の知っている顔が年々増えてきたためか、それとも他人の旅への理解力が高まった影響で精神的に敷居が低くなってきたのか、毎月の通信の紙面にもそんなに敷居の高さを感じなくなって違和感も薄まって、このなかに僕なんかでも入り込める余地が出てきたかも、という心境の変化が表れてきた。旅話の聴き手として足繁く通ううちに、少しは旅人としてレベルアップしたのか?
で、今年は30周年の地平線にとっても10周年の僕にとっても節目の年で、その両方の総括の意味で10月の通信に投稿してみた。詳しくはウェブサイトを辿ってそちらを読んでみてちょ(紙のほうが文字が小さくなっているが、ウェブ上のほうはほかと同等だもんね)。ついでに挙げると、その駄文の冒頭で触れているシェルパ斉藤さんも、雑誌『BE-PAL』10年1月号の連載にもあるがモノカキとしてデビューして今年で20周年という節目の年なのね。
それで、僕はその駄文で特に意識したことは、自分の地平線への10年分の思いと想いを過不足なく自分の言葉で紡ぎたいというのはもちろんあったが、でもそれよりは僕と同年代か若い「若手」の人々がもっと旅人のあいだの口コミ以外にも入りやすくなればいいなあ、と5年ほど前から思っていて、だからあまり地平線に馴染みのない人向けに(東京都新宿区内で毎月下旬開催の報告会に足を運んだことはないが、通信のみ読んでいるヴァーチャルな人もいるだろうし)、ここ数年の地平線で特に(僕個人的に気になる)目立っている人物名を挙げながら書いてみた。基本的にまわりくどい僕なりの言い回しだけではわかりにくいだろうから、前者よりも後者のように野外業界において有名な人々を引き合いに、わかりやすさを意識した。数回書き直して。その結果が、実際に掲載されているやつ。
しかし、僕としては考えに考え抜いて考えすぎたら頭がおかしくなってオーバーヒートした結果? のこの一文、地平線の懐の深さを量る意味も含めたその策が裏目に出たのか古株の方々には不評だったらしく、というかその声もいくらか聞いていて、僕の知らないところでそこそこの議論? も巻き起こったとか。僕がこれまでに直接聴いたところでも賛否では「否」のほうがやや多い。ただ、こういう僕くらいの年代からの言い分も許容できないようでは今後の地平線はどうなるのか? と毎月の報告会などに顔を出すたびに考えて、それを暗黙の了解で内輪的な雰囲気のなかで共有するだけで済ませる現状を打破する、というほどでもないけど少々の刺激を与える意味で正直に明文化しただけのことだが(現在の地平線を内輪感覚から離れて俯瞰しつつ明文化できるのは僕だけだろう、という自負もあった)、結果的には「否」がやや多くなっちゃったけど。
まあ僕のほうもそう叩かれるのも仕方ない落ち度はあって、少々反省している。その原因を簡単に図式化すると、本来は地平線に集う人々というのは、
言動<行動
となっているべきところが、僕は、
言動>行動
になっていてけしからん、ということになる。そりゃあ上のほうが正しいに決まっている。
しかも、地平線の常連からすると、「グレートジャーニー」や「サバイバル登山」や「鷹匠」や、その他世界一周や高所登山や大河下降や砂漠縦横断や極地探検や辺境の長期滞在・交流などのもろもろの壮大で情熱的で突き抜けたことも何ひとつやっていない(手伝ってもいない)小粒なヤツが偉そうなことを言うな、と叱責モノの言い分であることは僕も自分の行動力のなさから嫌というほど自覚している。でも、現在の旅を書く市場において超売れっ子の斉藤さんに「常に数歩先を進んでいる」とまで言わしめるレベルの集まりである地平線会議にでも、恐れ多いとかいう遠慮をあえて排除してでも先の一文をどうしても節目の今年に出したかったんだもの。憎まれ役になってもかまわない覚悟で。
もちろん先の勇み足? の駄文はこの1回限りで、来年以降は改心するというほどでもないが言動よりも少しでも行動のほうが増すように生きるのだ、と先月の「躍る大地平線」後に誓いを立てている。といってもまず実行できるのは口数を減らすことだけだが。まあいいや、いつか再び通信に投稿するさいはちゃんと100%自分の行動について書きますよ。すでに始まっている31年目で僕にとっては11年目からは、地平線との距離感を少し変えていきますよーだ。でもホントは僕は「『知る人ぞ知る』人ぞ知る」もしくは「『表方・裏方』の裏方」みたいな立場で充分なんだけどなー。
最近、常連の方々に顔を覚えられつつあるのがやや不本意で、知り合いが増えすぎると情が移りまくって報告会をゆっくりじっくりこっそり聴けなくなるではないか。基本的には今後もそこそこ薄情でわがままでひねくれ者(そして口は減らない)、という体で行く姿勢は変えないもんね。
そして10。実は10月下旬に、東京都・新宿のジュンク堂書店で舘浦あざらし氏が情報誌『北海道いい旅研究室』とは別に08年1月から進行していて、途中で双葉社からの版元変更という曲折を経ながらもこの月にようやく北海道・札幌の柏艪舎(はくろしゃ)という版元から出版にこぎつけた小説『
温泉の神様の失敗』の出版記念トークセッションを催したのでそれを聴きに行き、その場で本を買ってサインもいただいた、ということ。ようやく対面できて良かった。ここ数年で会いたかった旅関連の人物のひとりだったので、これで胸の支えがひとつ取れた気分。改めて名刺を渡すと、06年発行の『いい旅』9号の書評ページで拙著を紹介してくださったことも憶えていた。
あざらしさん、まあ実際の喋りも『いい旅』の筆致どおりで言文はほぼ一致している。お世辞ではなくまだ「おじさん」ではなく「お兄さん」と呼べる雰囲気を持っていて、しかもかなりのマシンガントークをかましてクセもやや強め。その場でペンネームの「あざらし」の由来をはじめ面白いことも、善い子は聴いてはいけない出版業界内への批判混じりの咆哮も含めて(没後も人気は衰えない某国民的大作家が昔から大嫌い、とか)、いろいろな話が聴けて良かった。ただ、人見知りの激しい僕が言うのもなんだが、人によっては好き嫌いがはっきり分かれる性格の方かも。でもあざらしさんも好き嫌いが明確なので、波長がバッチリ合う人は即座に意気投合してその日のうちに一生付き合う親友になれそうだ。僕は自分のほうからどのように妥協しても合わないほうだが。でも『いい旅』は面白いので、今後も読み続けようっと。
それから、このときはあざらしさんの単独トークではなく、対談相手として『本の雑誌』発行人の浜本茂氏を迎えて、あざらしさんが椎名誠とともに大ファンと公言している『本の雑誌』の草創期からの突っ込んだ話も聴けて、おまけに終了後に名刺交換できたことも有意義であった。浜本さん、校正の仕事をお待ちしております。
と、まとめたらやはりまた長くなったぞな。
まあ1年分の大事な総括で、今年は野外をほとんど旅できなかった代わりの、言わば自分の内面を確認するための“心の旅”みたいなものなので、そこはご勘弁を。