九州征伐:修订间差异
外观
删除的内容 添加的内容
小无编辑摘要 |
小无编辑摘要 |
||
第1行: | 第1行: | ||
{{Template:Campaignbox Toyotomi}} |
|||
{{Infobox Military Conflict| |
{{Infobox Military Conflict| |
||
conflict=秀吉九州征伐| |
conflict=秀吉九州征伐| |
2010年9月12日 (日) 06:18的版本
秀吉九州征伐 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
日本戰國時代的一部分 | |||||||
| |||||||
参战方 | |||||||
豐臣氏 | 島津氏 | ||||||
指挥官与领导者 | |||||||
豐臣氏: 總大將:豐臣秀吉 豐臣秀長 黒田孝高 石田三成 大谷吉繼 十河存保 † 大友家: 大友宗麟 立花宗茂 毛利家: 小早川隆景 龍造寺家: 鍋島直茂 長宗我部家: 長宗我部元親 長宗我部信親 † |
島津氏: 總大將:島津義久 島津義弘 島津家久 | ||||||
兵力 | |||||||
200,000~220,000 | 20,000~50,000 |
起因
大友宗麟的軍隊因為島津氏的堀起而節節敗退,使得大友宗麟向豐臣秀吉求援,豐臣秀吉召喚黒田孝高詢問對策,黒田孝高認為是個好機會平定九州,於是秀吉下令備戰,同時回信要求大友宗麟繼續堅守,等待援軍。
經過
結果
參考文獻
- 豐臣氏九州之役-中譯版
- 参謀本部編『日本戦史 九州役』元真社、1903年。
- 旧参謀本部編『小牧・九州・小田原の役』徳間書店、1965年(上記の復刻・現代語訳版)。
- 安田元久『日本史小百科18 戦乱』近藤出版社、1984年6月。
- 池上裕子・池享・小和田哲男・小林清治・峰岸純夫ら編『クロニック戦国全史』講談社、1995年12月。ISBN 4-06-206016-7
- 三木靖ほか「豊臣秀吉合戦総覧」『別冊歴史読本21巻35号 豊臣秀吉合戦総覧』新人物往来社、1996年8月。IBN 4-404-02407-X
- 池上裕子「九州出兵」『日本の歴史15 大織豊政権と江戸幕府』講談社、2002年1月。ISBN 4-06-268915-4
- 池享「九州征服」池享編『日本の時代史13 天下統一と朝鮮侵略』吉川弘文館、2003年6月。ISBN 4-642-00813-6
- 小和田哲男「九州停戦令と九州攻め」『戦争の日本史15 秀吉の天下統一戦争』吉川弘文館、2006年9月。ISBN 4642063250