新型コロナウイルス感染症拡大に伴い、海外の多くの国において外出禁止令など厳格な社会的離隔政策が採られた。こうした中、在宅勤務が注目されており、関連する研究も進んでいる。在宅勤務の実行可能性とともにその生産性がどの程度なのかは、国民の健康と経済活動のトレードオフの下での適切な政策決定を行う上で、感染率や死亡率と並んで重要なパラメーターだが、日本に限らずほとんどデータが存在しない。日本でも4月7日に「緊急事態宣言」が出され、5月4日には同月末までの期間延長が決定された。足元では緩和や解除に向けた動きも見られるが、本稿執筆時点では外出自粛要請などの措置が継続している。本稿は、「緊急事態宣言」を受けて外出自粛要請が強化され、出勤者数の7割削減を目標に在宅勤務が強力に推進される中での在宅勤務の生産性に関するエビデンスを報告する(注1)。
新型コロナ危機と在宅勤務の研究
仕事全体のうちどの程度を在宅勤務で行えるかは、産業・就業構造に依存し、社会的離隔政策の下で実現可能な生産水準に大きく影響する。オフィスのホワイトカラー労働や情報通信サービスは在宅勤務が可能な業務が多いが、宿泊・飲食、医療・福祉、製造、建設といったセクターの現場業務を在宅で行うことは難しい。海外では、Dingel and Neiman (2020)が、米国の仕事のうち34%は在宅での仕事が可能だと推計している。Alipour et al. (2020)は、ドイツ労働者のうち在宅勤務が可能な割合の上限値を56%と試算している。いずれも在宅勤務可能な労働者の賃金が相対的に高いことを示しており、賃金シェアで見るともう少し高い数字になる。
新型コロナウイルス感染症の拡大および外出制限措置の下での労働市場への短期的な影響を、直近のデータを用いて分析した研究もかなり現れており、在宅勤務の余地が乏しい仕事ほど雇用や労働時間の減少が大きい(e.g., Adams-Prassl et al., 2020; Béland et al., 2020; Mongey et al., 2020)(注2)。また、感染症拡大の負の影響が教育水準や賃金の低い労働者に集中しており、経済格差を拡大することが明らかにされている(注3)。日本でもKikuchi et al. (2020)が、感染症拡大初期の消費支出データを用いて労働市場への影響を分析し、大卒未満、非正規雇用者など在宅勤務が困難な労働者への影響が深刻な可能性が高いことを示している。
在宅勤務による健康と経済のトレードオフ緩和
感染者数の増加をフラット化するための外出制限措置は、少なくとも短期的に感染者・死亡者の抑制と経済活動の間のトレードオフを伴うが、在宅勤務は健康と経済のトレードオフを緩和する。その際、単に在宅勤務が可能かどうかだけでなく、在宅勤務を行った場合の生産性が職場に比べてどの程度なのかに依存する。標準的な感染症モデル(SIRモデル)を経済活動を折り込む形で拡張したシミュレーション・モデルは新型コロナ危機の下で急速に進展しており、それらの中には在宅勤務を明示的に考慮したものもある(e.g., Aum et al., 2020; Brotherhood et al., 2020; Jones et al., 2020; Rampini, 2020)。
新型コロナ危機以前、「働き方改革」の文脈で進められてきたテレワークは、仕事と家庭の両立を可能にし、生産性を高めることも期待されてきた。しかし、外出自粛措置の下での突然かつ半強制的な在宅勤務は、職場の効率性が高い業務も対象なので、生産性を低下させる可能性が高い。在宅勤務の生産性を明示的に考慮したシミュレーションは、在宅勤務の生産性は職場の生産性に比べて低いと想定しているが、実際にどの程度低いかは分からないので、70%といった数字を仮定して計算している。感染爆発を防ぎながら経済的影響を小さくする上で最適な社会的離隔政策を正確にシミュレーションする上で、在宅勤務の生産性がどの程度なのかは、それが可能な仕事の割合とともに感染症の経済モデルにとって重要なパラメーターである。
緊急事態宣言後の在宅勤務の生産性
「緊急事態宣言」の発令後、日本企業の在宅勤務は急速に拡大している。経団連の調査によれば、回答企業のうち98%が新型コロナウイルス感染症への対応としてテレワークや在宅勤務を導入しており、対象従業員のシェアが半数以上という企業が73%にのぼる(注4)。個人を対象とした民間のアンケート調査によると、テレワーク実施率は正社員全体で28%、このうち約2/3は初めてテレワークを行った人である(注5)。
RIETIでも「緊急事態宣言」発出以降、役職員の在宅勤務を一段と強力に慫慂している。在宅勤務が始まった3月にRIETIの役職員を対象に在宅勤務の生産性についての調査を行ってその結果を報告したが、最新の状況を把握するため4月下旬にフォローアップ調査を行った(注6)。オフィスとの比較での在宅勤務の主観的生産性のほか、最近の在宅勤務実施頻度、自宅からの通勤時間を調査した。また、在宅勤務の生産性に影響する要因、生産性向上に必要だと思うことを定性的に尋ねた。回答者数は80人弱だが、3月調査と同様フルタイム勤務者の90%を超える回答率なのでサンプルの代表性は高い。
在宅勤務実施者の割合は3月の82.1%から98.7%へと+16.6%ポイント上昇しており(p<0.01)、ほぼ全ての役職員が在宅勤務を行っている。在宅勤務の週当たりの頻度(日数)は4日強であり、1日当たり出勤者数は平時に比べて8割以上減少したことになる。
3月に比べて生産性が上昇した人62%、低下した人23%であり、主観的生産性が高まった人の方が多い。図1は3月調査と4月調査の生産性分布のグラフであり、生産性分布が右側にシフトしたことが分かる。在宅勤務の生産性の平均値は、3月(63.0)に比べて4月(71.9)は+8.9ポイント上昇している。3月から継続して在宅勤務を行っているサンプルに限って計算してもほぼ同じ数字である。調査のインターバルが約40日間なので、学習効果による生産性の伸びは約7%/月という計算になる。管理職・事務スタッフの平均値は55.3から11.9ポイント上昇した(p<0.05)のに対して、もともと在宅勤務の生産性が高かった研究員の場合、3月(81.3)と4月(86.7)の平均値の差は統計的に有意ではない。
表1は、在宅勤務の主観的生産性を被説明変数とした簡単な回帰分析の結果である。職種別の平均値を比較すると、管理職・事務スタッフよりも研究員の方が高く、3月に比べて差は縮小したものの有意差は持続している(p<0.01)。3月には通勤時間が長い人ほど在宅勤務の生産性が有意に高かった(p<0.05)が、4月は有意差が見られなくなった。在宅勤務の頻度が高い人ほど生産性が高い傾向がある(p<0.05)が、在宅勤務の効率が下がる業務をしている人ほど出勤頻度が高いというセレクション効果の可能性はある。
平均値とともに注目されるのは、職員間での分散が大幅に縮小したこと(=生産性の収斂)である。在宅勤務の生産性の標準偏差は、33.0から23.2に縮小した。図1からも推察されるように、3月時点での在宅勤務の生産性が低かった人ほど3~4月の間の生産性上昇幅が大きい傾向がある。3月の生産性で4月までの生産性変化を説明する単純な回帰を行うと、3月の生産性が10ポイント低かった人は生産性の上昇幅が+6ポイント大きいという関係である。管理職・事務スタッフ、研究員を分けて計測しても同程度の結果である(注7)。
在宅勤務の生産性に影響する要因
在宅勤務の生産性が向上した要因としては、在宅勤務用に支給されているiPadでサーバーにアクセスして行う作業の練度が上がってきたこと、遠隔会議の導入・活用によるコミュニケーション改善を挙げた人が多かった。経済学的に興味深いものとして、同僚の在宅勤務の生産性が高まったのでコミュニケーションが取りやすくなってきたという外部効果の存在を指摘する声があった。
しかし、iPadでの文書作成、表計算などの作業効率は非常に低く、ノートPCであれば生産性は大きく向上するといったコメントが多かった。関連して、個人所有のPCでのサーバーへのアクセスや自宅でのプリントアウト禁止といったセキュリティ上の制限の生産性への影響も指摘された。在宅勤務が今後長期化する場合、情報セキュリティに係るルールをどう調整していくかという課題を示唆している。
3月調査と同様、自宅の業務環境(通信環境、書斎の有無、机・椅子)による生産性の制約についてのコメントは多く、「緊急事態宣言」後の今回は、保育園・学童が利用できなくなったことの影響を挙げた人も何人かいた。オフィスのようなフェイス・トゥ・フェイスの効率的な情報交換ができないことに起因するメール頻度の急増・長文化による効率低下という指摘も少なくなかった。このほか、自宅での作業姿勢に起因する健康面への影響、孤独感などメンタルヘルスへの影響を挙げる人もあった。
在宅勤務と言っても週に2~3日は出勤していた人が多かった3月と異なり、週4日~5日在宅勤務という人が大幅に増えたため、在宅ではできない仕事はオフィスで処理するという対応が難しくなったことの指摘も多かった。契約・納品業務、決裁・押印、領収書の処理など職場でやらなければならない仕事の遅滞といった問題点も指摘された。そうした中、電子決裁システム導入への期待がかなり多く聞かれた。
インプリケーション
有効なワクチンが開発され、広く普及するまでの間、外出自粛などの措置は長期にわたって続く可能性が高い。新型コロナウイルス感染症の拡大を医療キャパシティの範囲内にコントロールするとともに、経済活動や労働市場への影響を緩和する上で在宅勤務の役割は大きい。精度の高いシミュレーションに基づく政策決定を可能にする上で、①仕事全体のうちどの程度が在宅で可能なのか、②その上で在宅勤務の生産性がどの程度なのかというエビデンスは、感染率や死亡率の正確な情報が必要なのと同様に重要である。
調査結果を要約すると、在宅勤務の生産性にはある程度の学習効果があることが確認されるものの、平均的にはオフィスでの生産性には及ばない。最近の感染症経済モデルのシミュレーションの仮定には妥当性があると言えそうである。また、中期的にオフィスの生産性に近付けようとするならば、①在宅勤務の環境整備のための追加的な投資をどの程度行えるか、②公文書管理、個人情報保護、会計検査といった制度的な制約をどれだけクリアできるかが重要になることを示唆している。
ただし、本稿で提示したエビデンスは、社会科学系の研究機関という比較的在宅勤務になじむ1つつの職場のものであり、また、生産性指標は個人の主観的評価に基づくものであることを改めて留保しておきたい。