広島県安芸高田市にあった「二元代表制」 常磐大ゼミ生が見たもの感じたもの 総合政策学部教授・吉田勉【時事時評】

 広島県安芸高田市―広島市の北東に位置する人口約2万7000人の地方都市が今、ネットを中心に注目を集めている。41歳の石丸伸二市長とベテラン議員による市議会での論戦・対立がユーチューブ上で人気を博し、100万回を超える視聴数を集めた動画も少なくない。石丸市長が議員の議場での居眠りをSNS上で批判、議会側は「道の駅」に大手雑貨チェーンを誘致する計画や公募した副市長の就任案に「説明不足」を理由に反対するなど対立は激しくなる一方。そんな“熱い”安芸高田市に茨城県水戸市から足を運び、双方と対話を試みた常磐大総合政策学部の学生14人。その様子をゼミ生を引率した吉田勉教授(地方自治論)に報告してもらった。

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 地方自治の教科書にもなりそうな出来事が矢継ぎ早に起きている安芸高田市を昨年9月に当ゼミナール学生とともに訪問調査しましたので、それをもとに少々報告いたします。

ゼミのテーマ「二元代表制」に、「仲を取り持ちたい」と意気込む学生も

 ゼミの専攻は自治体行政や地方自治で、毎年度、学生がテーマを決め、一年間の活動成果を年度末に県民向けに開催するシンポジウムで発表しています。最近では「自治体魅力度」「住民投票」など、今年度は「少子化問題」をテーマにしています。

 昨年度のテーマを決める際、一人の学生が「広島の方で市長が議会に対し『恥を知れ恥を!』と叫んでいるのをニュースで見たけれどあれなんですかね?」と切り出し、他の学生からも「市長と議会が市民のために議論を深めて決定・実施するのが二元代表制じゃないの」と授業を振り返る一方、「双方の仲を取り持つことができればすごく面白いんじゃないか」など言い出す学生もいて、結果的にテーマは「二元代表制」と決まりました。

「二元代表制」とは、戦後の新憲法により議員に加えて首長も公選となって、双方が住民の代表機関と位置付けられ、当初は首長の強力な権限を踏まえ「大統領制」とも称されてきました。しかし、平成になってからの一貫した議会の権限強化と相まって、相互に議論して最終的には議会が自治体の方向性を定め、それに向かって首長が行政執行していくという形を「二元代表制」と呼ぶようになっています。

いよいよ市長・議会との意見交換

 訪問調査の可否を相談したところ、安芸高田市の秘書課も議会事務局双方も訪問そのものには快諾していただけましたが、市長と議員と一緒の席でという要請にはどちらも「うーん」となり、結局、面談は別々でということになりました。

 そして最初にお会いしたのが石丸市長。学生からは「円滑な政策運営のために議会への根回しは必要では」「議員を味方に付けた方がうまくいくのでは」など遠慮なしの質問が出ました。それに対し、市長は「正常なやりとりは記録に残せるものであり根回しを一度やり始めると永遠に続く。改革を進める身としてはそんな時間はない」「議会に市長与党をつくろうなどの気持ちは一切ない。選挙で選ばれた議会と市長が徹底議論することが大事」などと対立自体は意に介してない様子。さらに、「改革のために議会との対立を恐れてはいけないし、目立つことは安芸高田市に力を与える。遠く離れた茨城の学生が関心を持ち、来庁してくれたことが端的にその効果では」との学生が喜ぶような発言もありました。

 特に興味深かったのは、「市長退任後、国会議員や知事になることを考えているか」という質問に対して、「国会に自分のような人間が入っても何も変わらない。安芸高田市がもう大丈夫と言えるようになったら他の自治体の長など、つまりプロの首長のような仕事も面白いと思う」との発言も飛び出たことです。

 その後、議長、副議長などの方々とも面談し、「議員の居眠りが対立の発端?」に始まり、副市長の選任不同意から二元代表制のあり方までの幅広い質問に対して、「居眠りでなく病気。診断書を市長に持って行ったがシュレッターで廃棄された」「副市長案は事前に話がまったくなく、提案後も何をやりたいのか十分な説明がなかった。議論は十分にした」との回答。市長との対立については「激しすぎる対立は市民が分断されまちが崩壊してしまう恐れがあるので、市長が挑発してもそれには乗らない。市外の人が注目しているが、市民には対立を好ましいとは思わない人が多い」とのことでした。

「この対立に、市の有力者、知事や国会議員が仲介するような動きは」との問いには、市長・議長ともそのような動きはなく、市側からも希望するような状況にもないとのことでした。

 面談後の学生の感想を集約すると、「市長の確固たる信念に基づく遠慮無しの対応は気持ちいいぐらい」「議長や副議長の対応は報道や動画だとどうかなと思っていたが、随分と裏事情があり、批判すべきものばかりではなかったと感じた」「議会それぞれの議員には自分なりの考えがあって、本当に市のことを考え抜いているようだ」「二元代表制の対立は想定されたものであるが、相互に不信感が満載であり、信頼関係があった中での激論・対立が実現できればいいのでは」というものでした。

市民団体からの手紙

 安芸高田市への訪問調査の1カ月後、安芸高田市のある市民団体の方から、おおよそ次のような手紙が当ゼミに届きました。すなわち、「石丸市長就任後、市長と議会の確執は収拾の付かない状況でこの閉塞(へいそく)状況を打開するために市民活動団体を結成した。市長は議員からどう喝されたとか、マスコミが偏向報道している等の攻撃をしているが、これらは根拠がなく、市民も市長の言動のおかしさに少しずつ気づいてきている。学生には真実を見極めて、研究活動に取り組んでほしいし、今回の面談で何を感じたのかを教えてほしい」との趣旨でした。

 学生としては、先ほどの面談後の感想を述べた上で「この問題は本来の話し合いの場・機能がないことに原因があり、冷静にかつ互いの意見を尊重することから始めるべきではないでしょうか」といった回答をしました。その後も、なかなか厳しい内容の手紙が来ましたが、学生とのやりとりでは結論めいたことは出ずに平行線が続いたという印象です。

今後の展開への関心

 対立は今年になってからもより厳しい状況を迎えているようですが、学生としては実際に繰り広げられる展開を地方自治制度を実際の事例としてとても興味深く関心を持ち続けています。

 道の駅への企業の出店計画の発表直後、市長が改修の調査設計費計上について議会の議決・決定前に処理する「専決処分」を実施、それを「事前の説明が不十分」とした議会が承認せず、工事費の補正予算提案を削除した予算修正案も可決されるなどしましたが、ゼミでは、「首長側の究極の手段である専決処分の行使がやや性急すぎる印象があり、議会への十分な説明を講じた方が議会側の批判も避け得たのではないか」との意見が出ていました。

 また、専決処分を「議会軽視」と批判するグループは、市長に対する問責決議案を提出、賛成多数で可決されました。その一方で、別の議員から提出された市長の不信任決議案は否決されました。不信任決議案を提出したのは、議決案が可決されると市長は議会を解散することができ、市長が失職したケースと合わせ、市議選あるいは市長選で民意に委ねることが最善との考えからによるようです。

 問責決議案には賛成しながら、不信任決議案には反対した議員に対し市長は、「不信任を決議しないのは議会の解散により自らの議員の立場を失う可能性があるからで保身を優先した」と手厳しいですが、批判された議員は「市長には反省を求めている。民意を問いたいなら自ら辞めればいい。議会を巻き込むのはおかしい」と主張しています。

 解散のリスクは負わない状況で市長を批判追及する場合には問責決議、解散の可能性も覚悟した上で市長を糾弾する場合には不信任決議という手段が取られた例はこれまでもありますが、今回の場合のように議会の方向性が分断され、込み入った形で双方が行使されるのは異例のような印象もあります。

 来年7月に市長選、その後、さほど時を置かず市議選が行われ、この4年間の安芸高田市政への住民の最初の審判が下るわけです。市民レベルで市長と議会との関係、すなわち自分たちの選択した二元代表制がどう機能すべきなのかを議論できるような場ができれば自治制度・運用がもう一段ステップアップすると言えるのではないでしょうか。引き続き学生ともども注目していきたいと思います。

(2023年12月9日掲載)

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