Kyoko Shimbun 2024.04.01 News

「ファクトチェックってそんなに大げさなものではない」 立岩陽一郎さん これは嘘ニュースではありません

NPO「InFact」編集長の立岩陽一郎さん
 SNSや生成AIの発達で「フェイクニュース」という言葉が当たり前のように飛び交うようになった昨今。事実確認と検証によってフェイクニュースの拡散を阻止する「ファクトチェック」の役割がますます高まっています。ネット上の嘘とどのように戦うか。ファクトチェックメディア「InFact(インファクト)」編集長でジャーナリストの立岩陽一郎さんにお話を聞きました。




立岩陽一郎
 1967年、神奈川県生まれ。NPOメディア「InFact」編集長、大阪芸大短期大学部教授。NHKでテヘラン特派員、イラク駐在、社会部記者、国際放送局デスクを経て、2016年末に退職、17年独立。「InFact」をたち上げて調査報道、ファクトチェックの普及に努める。
 フジテレビ、毎日放送の情報番組でコメンテーターを務める他、新聞雑誌でコラムを執筆。『コロナの時代を生きるためのファクトチェック』『トランプ王国の素顔』『ファクトチェックとは何か』(共著)など著書多数。


<手弁当でチンタラやってるのは多分日本くらいですよ>


――ファクトチェックに取り組まれるきっかけは何だったのでしょうか。

 NHK記者として在籍していた2010年、アメリカに留学した時に現地でファクトチェックが始まっていて、「こんなことやってるのか」というのは知っていました。

 2016年末にNHKを辞めたあと、すぐに渡米して、翌17年1月にトランプ大統領が就任するんです。そこで私は「トランプ大統領について実像を伝えずにイメージで報じる日本の報道はおかしい」ということをヤフーに書いていたんですが、当時「GoHoo(ゴフー)」をしていた弁護士で元新聞記者の楊井人文(やない・ひとふみ)さんも、報道の中に誤った内容があると日本国内から発していたんですね。そうしたところで、楊井さんから「ファクトチェックという取り組みを一緒にやりませんか」というメールがあったんです。

 ※GoHoo…2012年、楊井人文氏が中心となって立ち上げたマスメディアの報道を検証するウェブサイト(2019年に解散)。

 ただ、私は当初は懐疑的で「日本人はそんなにファクトを追求する国民性じゃないから無理じゃないか」と、楊井さんに言いました。ただその年、世界中のファクトチェッカーが数百人くらい集まるファクトチェックの世界大会がスペインで開かれるということで、楊井さんに誘われて行ったら、世界から集まった人達が非常に熱心に取り組んでいて、これはやらないといけないと思いました。

――当時、海外ではどのようにファクトチェックが取り組まれていたのでしょうか。

 アメリカだけでなく、中南米、ヨーロッパでも活発でした。アジアではインドやフィリピンといった英語圏を中心に盛んでしたが、特に韓国ではこの時期、急速にファクトチェックが盛り上がりを見せました。

ファクトチェックとはなにか?(FIJのYouTubeチャンネルより)


――しかし、韓国は英語圏ではないですよね。それでもファクトチェックが盛んになったのは何か理由があるのでしょうか。

 韓国の場合、LINEの親会社のNAVERが年間10億ウォン(約1.1億円)の資金を、少なくとも3年間出すと決定したことが大きかったと思います。ちょうど世界大会の最中、韓国の代表と話している席で拠出が決まって喜んでいましたね。

 だけどそれだけではなく、テレビ局を中心に大手メディアがファクトチェックにこぞって参加したんです。私もその後に韓国のテレビ局が主催する大会に呼ばれて行ったことがあるんですけど、すごいですよ。公共放送も民放も参加して、大学生や主婦、消防隊員たちといった一般のグループがファクトチェックのテレビ企画を作って、それが評価されるんです。最終選考に残った10組がソウルに集まって、各テレビ局の社長たちから賞を与えられる。

――ちょっと日本では信じられないような光景ですね……。

 どうしてこれほど盛んになったかというと、1つは、それが良いか悪いかは別として、韓国では既存のメディアに対する信頼がそれほどない。政権交代で政治が翻弄される中で、メディア自身が「論説よりもファクト」に立ち返っている部分があるのかなという気がするんです。

 また海外では、グーグルやメタ、それにNAVERといったプラットフォーマーがファクトチェック団体に資金を出しています。例えばフィリピンのファクトチェック団体は、メタからの支援金でスタッフ数人の給与ををまかなっています。誤った情報がフェイスブックに載った場合、「レッドフラッグ」という警告の赤い旗がついて、それをクリックすると「この情報は間違いです」みたいなものが出てくるんです。手弁当でチンタラやってるのは多分日本くらいですよ(※)。

(2024年4月1日17時00分)※立岩氏の「手弁当で(中略)ですよ」の発言について、外部から「不正確ではないか」との指摘がありました。この点について立岩氏から下記補足説明がありましたので、追記いたします。
 「一部に潤沢な資金を有しているファクトチェック団体も例外的にあるようですが、InFactなど多くの団体は基本的にボランティアベースでファクトチェックに取り組んでいます。因みに私はInFactに資金を提供していますが、InFactから編集長としての報酬は受け取っていません」

<飛んでくるミサイルを1つ1つ迎撃して撃ち落とすようには機能しない>


――立岩さんが代表理事を務めるNPO「インファクト」では、具体的にどういう流れでファクトチェックを行い、公表しているんでしょうか。

 楊井さんと一緒に立ち上げたFIJ(ファクトチェック・イニシアティブ・ジャパン)で使っている「疑義言説収集システム(FCC)」「ClaimMonitor(クレイムモニター)」があります。X(旧Twitter)からいろいろと疑義のある言説を自動で検出するツールです。


「FCC」「ClaimMonitor」を使ったファクトチェック支援システム(FIJより)


――怪しい投稿が自動で検出できるんですか。

 Xにいろんな意見が出る中で「嘘だ」とか「これは信じられない」とかいう投稿をAIが拾って持ってくるんです。自動検出なので、例えば「大谷選手が結婚します」という投稿に「嘘だと言ってくれ!」というコメントが出たとしたら、それは「嘘」として検出してしまいます。そういう意味では万能でも完璧でもないから、そこから先は人間が選んで調べていく。その作業をインファクトでするということです。


Xから疑義のある情報を自動で収集する「ClaimMonitor」。「影響大」は広く拡散されている状況を示している。


――「疑義のある投稿」と言っても、非常に多く検出されると思うのですが、そこからファクトチェック対象を選ぶ基準はあるのでしょうか。

 ファクトチェック対象候補が、インファクトに参加しているメンバーから「Trello(トレロ)」(注:タスク管理ツール)で上がってきます。それを我々が検証の可否を判断して、そこから実際の確認作業に進みます。その後は私を含めた2、3人のデスクがチェックして、何度もやり取りしながら書き直してもらい、最後に私がもう一度チェックをしてインファクトに掲載という感じです。

――かなり手間のかかる作業ですね。検出から掲載までどれくらい時間がかかるのでしょうか。

 検証に時間がかかるタイプだと1週間くらいですね。

――逆に最短だとどれぐらいですか。

 例えば、以前安倍元総理が生きていた頃に、保守系のアカウントが投稿した「安倍さんが『総理の座に戻る用意がある』と言った」という虚偽情報は、安倍さんの事務所に確認を取るだけなので、数時間でできました。


【FactCheck】安倍元首相が「岸田政権では北朝鮮から国民を守れない 私はいつでも総理の座に戻る用意がある」と発言したとの虚偽情報が拡散(画像をクリックすると検証記事に飛びます)


――最長で1週間ということは、ファクトチェックにあまり時間はかけられないですね。

 ファクトチェックは、飛んでくるミサイルを1つ1つ迎撃して撃ち落とすようにフェイクニュースを撲滅するツールとしては機能しないです。フェイクニュースを作るのは10秒、15秒でできてしまいますが、ファクトチェックはそういうわけにいかないですから。


<リベラルとか保守とか関係ないですよね、フェイクを流す人たちは>


――インファクトではこれまで国内のさまざまな偽情報を精査してこられましたが、日本の現状はどうでしょうか。先ほどのお話だと、海外との温度差がかなり大きいように感じられますが。

 こんなことを言うと責任転嫁なんですけど、韓国と違って日本は政権交代をしないので、ファクトチェックをしても上滑りしている感じはあります。日本の場合、自分が好きな政党にとって都合の良い情報にみんなが乗るっていう。

――ああ……。

 例えば、さっき保守系アカウントの話をしましたけど、共産党の支持者がフェイクニュースを流さないわけでもないんですよ。

 今から5年ほど前、当時の安倍総理が国民を愚弄する発言を言ったかのように国会の動画を切り貼りした動画が拡散したんです。それに対して私がファクトチェックをして「言っていない」と判定したことがありました。そうしたら、割と著名な人たちからも「いや、安倍はそう思ってるはずだ」と批判されて。


立岩さんの指摘ポスト。拡散元のアカウントは既に凍結されていた。


 しかし、ファクトチェックとしては、「安倍さんがそう思っているかどうか」ではなく、「国会でその発言したかどうか」が問われているわけです。だからリベラルとか保守とか関係ないですよね、フェイクを流す人たちは。

 最近で言えば、「岸田首相はテレビで総裁選への思いなどをふんぞり返りながらベラベラ喋っていたか?」っていう記事も批判されたんですよ。



【FactCheck】岸田首相はテレビで総裁選への思いなどをふんぞり返りながらベラベラ喋っていたか?(画像をクリックすると検証記事に飛びます)


 我々は「ややミスリード」と結論付けたんですが、これもまた有識者とされる人たちから「ベラベラ喋ってたんだから事実じゃないか」という話になるわけですね。しかも「権力を監視するのがファクトチェックであって、権力を擁護してどうするんだ」みたいなことまで言われたんです。 

 結果としてファクトチェックが権力を監視することはあるでしょう。その役割を否定するわけではありません。しかし「権力を監視するためにファクトチェックをする」という立ち位置を、少なくともインファクトでは取らない。どのような立場であろうと純粋に事実を追求していくのであって、権力監視を目的にしてしまうと、権力でない側の嘘を黙認するということになりかねません。

――世間が抱くファクトチェックと、本来あるべきファクトチェックの間で認識にズレがあるようですね。

 ファクトチェックってそんなに大げさなものではないんですよ。「事実を確認する」という当たり前のことをみんなでやりましょうっていうことですから。もっと謙虚に事実を確認するというところに立ち位置を取らないと、社会の分断を加速させてしまいます。

――SNS上での偽情報対策として、Xでは疑義のある投稿をユーザーが指摘できる「コミュニティノート」を設けています。ファクトチェックという観点から見て、コミュニティノートは有効でしょうか。

 最近はそれほど変な内容はないですが、当初のコミュニティノートは政府を批判するような発言に対して、政府の情報を元にチェックをして擁護する、少し偏った内容が多くて、「これは何だろうな」っていう感じでした。ただ、最近は割とニュートラルな内容が多くみられるという印象です。

 ファクトチェックで一番大事なのは何かと言うと、「それが再生できるかどうか」ということ。つまり、情報について明示されたデータを読んだ人が同じように追体験できないといけません。結論だけ出してもそれはファクトチェックではない。

 ファクトチェックについて、私は必ずしもジャーナリストがやらなければならないことだとは思っていません。どちらかと言うと、市民社会が健全であるために、市民自身がファクトチェッカーになるほうが大事だと思いますから、そういう意味ではコミュニティノートという考え方には全く反対というわけではありません。

 今私が一番懸念しているのは、内閣官房や総務省がファクトチェッカーに関心を示していることです。私のところにも問い合わせが来ます。

――「懸念」ですか。国がファクトチェックに高い関心を持つようになったという意味では良い話だと思いますが……。

 政府がネット上の誤った情報や誹謗中傷に関心を持つ。これは良いです。政府が主催してシンポジウムを開く。これに私が参加するのもやぶさかではない。

 問題なのは、例えば政府がファクトチェッカーにお金を出す。これが一番あり得るわけです。ファクトチェッカーってみんなお金がないから、非常に魅力的な提案なんです。誰だってお金があった方が楽なわけで、自分のことでなかったとしても、子どもの学費とか言い出したらキリがない。しかし魅力的だからこそやめてほしい。

<「我々がやる」にこだわるのではなく、多くの人たちに「やってもらう」>


――「フェイクニュース」という言葉が話題になった2016年の米大統領選から8年が経ち、今年また大統領選を迎えます。この間、生成AIなどフェイクに関する技術が大きく進歩しました。

 フェイクニュースを1つ1つ撃墜するようなファクトチェックを目指していないという意味で言えば、基本的に我々がすることに変わりはありません。ただ、ディープフェイクのようなものをファクトチェックできるのか、という懸念はあります。

 ※ディープフェイク…AIの深層学習(ディープラーニング)によって作り出される偽動画や音声。政治家ら著名人になりすまして偽情報を作り出す巧妙なディープフェイクが新たな問題になりつつある。

 だから、「我々がやる」ということにこだわるのではなく、多くの人たちにファクトチェックをやってもらうことが、さらに重要になっていくのかなと思います。一般市民の中にも、AIを駆使したりフェイク動画を見破ったりできる人もいるはずじゃないですか。そういう人たちにファクトチェックを任せる。技術革新というのはフェイクニュースを流す側にも都合は良いが、逆にファクトチェックする側にも有用なので、我々も考えないといけない。 

――進歩した技術をどう使うか、という問題ですね。

 政府関係者から「フェイクニュース対策で何かできませんか」と聞かれたときに、私は「政府の金でディープフェイクを見破るツールを作ってほしい」と提案しました。我々には開発するお金も技術もないけど、政府に本腰を入れてツールを作って提供してもらい、それを我々が使用する。ファクトチェックに金を出すのは困るけど、そういう支援はありがたい。

――理想的な連携ですね。

 加えて政府が自らそのツールを使ってファクトチェックをしないことも大事です。当事者が自分たちのためにファクトチェックをしても第三者性がありませんから。

――政府がファクトチェックをしてはいけない、と。

 戦前、内務省や逓信省、陸海軍も含めた「情報局」という、情報を統制する統合組織があったんです。その情報局が作った文書では、今で言うフェイクニュースに惑わされないよう、国民に正しい情報を与えないといけないと、ファクトチェックの重要性を説いていました。

 ※情報局…1940(昭和15)年に発足した内閣直属の情報機関。

 しかしその同じ人たちが、「日本はずっと戦争に勝ち続けている」という誤った情報を大本営として発表したわけです。だからどんなにきれいごとを言ったところで、政府というのはやはり当事者であって、自分たちに都合の悪い情報は出さない。場合によっては自らフェイクニュースを出してしまう。だから政府はファクトチェッカーになれないわけです。

 政府がファクトチェックに関心を持つことを良いことだと捉える見方も理屈としてないわけではないですが、私はそこに怖さを感じます。かなり厳密に見ないと「関心を持ってくれているからうれしい」という単純な話ではない。

――ファクトチェックの担い手は政府ではなく、市民一人一人だということですね。

 ファクトチェックがどれほど大変かということは、経験した人が一番分かるじゃないですか。理想論ですが、ファクトチェックの経験者が増えていけば、ファクトの重要性やフェイクを作る怖さを理解して、フェイクニュースを流すことに抑制的になってくれるのではないかと考えています。

――ありがとうございました。

(※今日4月1日はエイプリルフールです。)


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(2024年4月1日7時25分)※記事初出時、『「ファクトチェックは誰からお金をもらおうが、政府と一緒にやろうが関係ない」と言っているファクトチェック団体もあります。』との文言がありましたが、この部分につきまして「確認せずに話したもので、そうした事実は無いとの指摘を受けました」と、立岩氏から削除の要請があったため削除しました。また立岩氏からは読者のみなさまにお詫びしたいとの言葉がありました。編集部からもお詫び申し上げます。

 


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 「ポスト・トゥルース」が指摘される時代。意図的/非意図的に流通されるニュース・言説の「ファクト」を客観的に検証することが急務である。そのジャーナリズムの新たな手法が「ファクトチェック」であり、ウソの情報によって分断や拒絶が深まることを避け、事実を積み上げることで民主主義の力を底上げする。日本初の概説書。

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