「モキュメンタリーで人をハッピーに」 劇作家・後藤ひろひとさん
Kyoko Shimbun 2023.04.01 News

「モキュメンタリーで人をハッピーに」 劇作家・後藤ひろひとさん これは嘘ニュースではありません

劇作家の後藤ひろひとさん
 虚構の物語をあたかも事実であるかのようにドキュメンタリーとして表現する「モキュメンタリー」。2022年、仏映画祭「オン・ブ・モン」で日本映画初の最高賞に選ばれたモキュメンタリーコメディ「エキストロ」(2020年)の脚本を手掛けた劇作家の後藤ひろひとさんに、モキュメンタリー、そして嘘が持つ魅力について話を聞きました。




後藤ひろひと
1969年生まれ。山形県出身。俳優・作家・演出家。通称「大王」。1990年~96年、「遊気舎」座長を務め、ほぼ全作品の作・演出・出演を手がける。その後、川下大洋と「Piper」を結成。「Piper」プロデュース公演の他、パルコ劇場等、数多くの脚本や演出を手がける。モキュメンタリー作品は、テレビ番組「青春トライ’97」「青春トライ’98」(ABC)、映画「エキストロ」(2020年)。


<もっとリアリズムのある演技はどこにあるんだ>


――モキュメンタリーに魅力を感じられたきっかけは何だったんでしょうか

 いきなり専門的な話になるんですが、明治末期に「スタニスラフスキー・システム」っていう演劇の方法論がロシアで生み出されて、世界中に広がりました。「人間がこういう感情の時にはこんなことをしてしまうはずだ」「こういう行動をする時にはこういう感情が伴っている」っていうことを理論にして本に書いたんです。

 ※コンスタンチン・スタニスラフスキー(1863~1938年)…ロシアの俳優、演出家。俳優教育法「スタニスラフスキー・システム」は世界に多大な影響を与えた。

 アメリカに「アクターズ・スタジオ」っていう映画俳優学校があって、そこで教えていたリー・ストラスバーグっていう人が、そのスタニスラフスキー・システムをとんでもなく正しく解釈して、さらに自分なりの理論を加えて教えていったんです。そこで学んだのが、マーロン・ブランドとかロバート・デ・ニーロとかダスティン・ホフマンとかいう人たちなんですよ。

 ※リー・ストラスバーグ(1901~1982年)…アメリカの俳優、演出家、演技指導者。スタニスラフスキー・システムの影響を受けたメソッド演技法を確立した。

 彼らの演技っていうのは日常との差がゼロなんですね。今はもうそれが主流になっちゃってますけど、日常会話との差がほとんどゼロの状態で演技をする、っていうのがある種の革命であったわけです。

 このスタニスラフスキー・システムは明治末期に日本にも入ってきて、そこから能や歌舞伎といった伝統的な演劇とは違う「新劇」というものが生まれました。

 ※新劇…明治末期に起こったヨーロッパ流の近代的な演劇を目指す日本の演劇。

 ところが日本人はルールが大好きだから、スタニスラフスキー・システムを「こういう感情を持った時にはこう動かなきゃおかしいだろ」って解釈しちゃったんですよ。極端な言い方ですけど、いわゆる誤解釈ですよね。そのせいで、今のドラマや映画みたいなしゃべり方をしている人を日常で見かけたらものすごく違和感があるじゃないですか。

――確かに「いかにも演技」という感じはあります

 それが俺は中学高校の頃から不気味でしょうがなかったんです。「もっとリアリズムのある演技はどこにあるんだ」ってなったときに、モキュメンタリーに魅力を感じたんです。

――モキュメンタリーとの出会いはいつ頃だったんでしょうか

 まずはプロレスですよね。のちにミスター高橋さんが明らかにしたことですが、全部筋書きがあったことにショックを受けたんです。最後にアントニオ猪木がマイクを持ってしゃべってるのが実は全部演技だったなら、これより上の演技はないんじゃないか。しかも血まで流しよる。長州力がマイク持って「藤波、前田、噛みつかないのか!? 今しかないぞ、俺たちがやるのは!」って、俺ちょっとおしっこ漏れかけましたよ、興奮して。

 ※ミスター高橋…元新日本プロレスレフェリー。2001年、『流血の魔術 最強の演技 すべてのプロレスはショーである』でプロレス界の舞台裏を明かした。
 ※「藤波、前田、噛みつかないのか!? 今しかないぞ、俺たちがやるのは!」…新日本プロレスの世代闘争に火を付けた長州力伝説のマイクパフォーマンスとして知られる。


 そう考えると、日本にはすごく昔からモキュメンタリーというものがあった。力道山が始めたプロレス然り、そこからテレビという文化の中で生まれた矢追純一さん、新倉イワオさん、「川口浩探検隊」、どれもすごかったなって思うんですよ。

 ※力道山(1924~1963年)…プロレスラー。日本のプロレス黎明期を支え、当時普及が始まったばかりテレビを介して日本中にプロレスブームを巻き起こした。
 ※矢追純一(1935~)…ディレクター。UFO・超常現象研究家。超能力やUFOに関する番組に多く携わり、超能力ブーム、UFOブームの仕掛け人となった。
 ※新倉イワオ(1924~2012年)…放送作家。心霊研究家。心霊体験をドラマ化した「あなたの知らない世界」を手掛けた。
 ※「川口浩探検隊」…テレビ朝日系「水曜スペシャル」枠で1976~1986年まで放送された、未知の生物を追いかける探検シリーズ。俳優・川口浩が隊長を務めた。


 ウィキペディアを見ると、「日本のテレビで最初にモキュメンタリーをやったのは後藤ひろひと」ってことになっちゃってるんですけど、それこそとんでもない嘘ですよ。もっともっと昭和の昔から、傑作モキュメンタリーを作って、テレビで流し続けた人たちがいたのに、彼らが自分たちの作ったものをモキュメンタリーと言わなかったせいで、後藤ひろひとが最初ということになってしまったんです。


ウィキペディア「モキュメンタリー:テレビドラマ」


<群馬って言ってるけど大阪城公園じゃないか>


――1997年に初のモキュメンタリー作品「青春トライ’97」を制作されました

 俺はテレビドラマを描かないんですよ。あまりテレビドラマを楽しく思ってないし、印象も良くない。自分自身ほとんど見たことがない。ただコント番組もやってましたし、テレビで遊ぶのは嫌いじゃない。

 そんな中でABC(朝日放送)で「夜中に90分枠があるから何かやってみないか」って枠をもらったんですよ。当時はまだ良い時代でしたから、「夜中なので、何やってもいいよ」って。

 ただ、ドラマには嫌悪感があったので、思い付いたのがモキュメンタリーだったんですね。それで作ったのが「青春トライ’97」。あれ、めっちゃ怒られましたけどね、結果的には。

 ※「青春トライ’97 衝撃映像:恐怖のポキノン星人」…群馬県で放送されたローカル番組という体裁で、夢を追って努力する群馬県在住の青年を追ううちに、地球に多数潜伏している地球外生命体、さらに人魚やタイムトラベラーを追う話へと変化していくモキュメンタリー番組。1997年放送。

――怒られたんですか

 普通であれば一番最後に流すべき「これは全部作り物です」っていうテロップをわざと一番最初に流したんです。しかも「青春トライ’97」って誰も見たくないようなタイトルを付けて。他にも楽しい番組があるのに、わざわざこんなタイトルの90分深夜番組なんて見る人はいないでしょう。視聴率が欲しいならもっと面白いタイトル付けますよ。

 でも、途中にケンカや言い争いのシーンを入れると、ザッピングしている視聴者が「何だこれ」って手を止めちゃうんですね。そうすると完全に罠にハマったわけで。

 そういうシーンを随所に入れて、視聴者の手が止まると、今度は「実は人魚が今主婦になってて、魚をさばく時に泣いてしまうんです」みたいなナレーションが入ってきて、視聴者を釣りのようにゆっくりと引っ張っていく。しかも最初だけテロップを流したものだから、最後まで見ても「嘘です」って言ってくれない。最初からザッピングで見られることを前提に作ったんです。

――策士ですね……

 だから「今流したのは何だ!」ってすごい数の苦情が来たそうです。あとは「『あなたの身の回りにも宇宙人が紛れ住んでいる』っていうテーマは人種差別的な比喩なのか」っていうのもあったみたいですね。もちろん考えすぎなんですけど、何となく今っぽいですよね。

 他には「群馬って言ってるけど大阪城公園じゃないか!」とか、土地にラブのある人たちが怒ってたみたいですね。「完全に道頓堀なのに、おかしいんじゃないか!」とか。「うん、おかしいんだよ」って言うしかないよね。


群馬って言ってるけど大阪城公園じゃないか!(「青春トライ’97」)


 責任はプロデューサーが全部かぶってくれました。変人ではあったけど、そういうのも肥やしにした上でABCホールの初代館長になりましたよ。

――そんなに怒られたのに、翌年には「青春トライ’98」を放送したんですね

 あれは不思議でしたよね。同じプロデューサーから「またやっていいよ」って言われたんです。ただ、前作よりはちょっと緩くしたのかな。

 ※「青春トライ’98 カメラはとらえた!驚異の怪奇現象 ちょろりん小僧の恐怖!/驚愕映像!東西スパイ戦争」…山梨県で長期入院していた女性の社会復帰を取材している最中に写り込んだ青年の正体を探る第1話と、四国から東京に家出してきた少女に取材中、自分はスパイだと告白したことから、日本でのスパイ活動の実態を追う第2話で構成されるモキュメンタリー。1998年放送。


<「信長がタイムスリップ」って絶対面白くない>


――モキュメンタリー作品としては「青春トライ」2作から、映画「エキストロ」公開まで20年以上経ちました

 ずいぶん時代が変わって、ああいうことを地上波のテレビでは「やったら悪」ってなってきちゃったんですよね。やるとしたらYouTubeとかケーブルテレビとか、そういうところに追いやられて。

 けど、「青春トライ」のちょっと後くらいに、俺とほとんど年齢が同じ監督の撮った「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」が世界中でヒットして、「世代的にやりたいことは一緒なんだな」って。そこから映画界ではPOV形式で、モキュメンタリーがちゃんと受け入れられる土壌になってたんですね。だから映画なら思いっきりできそうだなって。

 ※「ブレアウィッチプロジェクト」…「ブレア・ウィッチ」の伝説を追う学生をドキュメンタリー・タッチで描いた低予算映画。作品をウェブと連動させ、現実の映像と錯覚させる宣伝戦略で大ヒットした。1999年公開。
 ※POV…「Point Of View」の略。撮影者自身が映像に映り込む主観形式の撮影方法。「視点ショット」とも言われる。


――モキュメンタリー映画の隆盛が「エキストロ」に繋がっていくんですね

 日本でもモキュメンタリーは結構作られてるんだけど、全部ホラーなんですよ。きっとやりやすいんだと思いますね。ただアメリカには「ボラット」っていうモキュメンタリーコメディがあるし、ドイツにも「帰ってきたヒトラー」っていう素晴らしい作品がある。

 ※「ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習」…カザフスタン人ジャーナリストボラット・サグディエフによるドキュメンタリー映画、という形式のモキュメンタリー・コメディ映画。2006年公開。
 ※「帰ってきたヒトラー」…2014年に現れたヒトラー本人が、モノマネ芸人としてメディアに登場し、その巧みな演説で次第にテレビスターになっていく。台本のないアドリブ形式での撮影はモキュメンタリー的と言える。2015年公開。


 そろそろモキュメンタリーがホラー以外の使い道をちゃんと模索していくべき時期なんじゃないかなと思っていたときの「エキストロ」でした。




【ストーリー】
 萩野谷幸三、64歳。普段は歯科技工士として黙々と働きながら、男手ひとつで息子を育てた実直な男。だが実は、彼にはひそやかな情熱がある。それは、自身がエキストラとして、様々な映画やドラマに出演すること。彼が所属している地元のエキストラ事務所「ラーク」には、他にも実に様々な人間が集まっている。そんなある日、萩野谷を密着するドキュメンタリー番組のカメラが、様々な真実をとらえ始め、ある一つの事件を露呈させる。映像に映り込む”何か”が、ある事件の大きな鍵を握ることに…。
【出演】
 萩野谷幸三 山本耕史 斉藤由貴 寺脇康文 藤波辰爾 黒沢かずこ(森三中) 加藤諒 三秋里歩 石井竜也 荒俣宏 大林宣彦


――「本来脇役であるエキストラが主役」というのは面白い視点ですね。どうしてエキストラを主役にしようと思ったんですか

 茨城県に「ワープステーション江戸」っていうNHKが持ってるオープンセットがあるんです。ちょっと歩いたら戦国時代、ちょっと歩いたら江戸時代の農村、ちょっと歩いたら明治の街並みっていう場所で、「これ全部使って何か撮れませんか」って言われたんですよ。しかも今回はNHKで大河ドラマを撮っている村橋直樹監督が撮るってことでセットを自由に使える。

 ※村橋直樹…大河ドラマ「おんな城主 直虎」「青天を衝け」の演出を手掛ける。「エキストロ」は初監督作品。

 いろんな時代のセットを使うということになったけども、いわゆる「タイムワープもの」ってものすごくカッコ悪いじゃないですか。

 演劇で絶対面白くないのって、「タイムスリップ」、それと「信長が出てくる」。これね、2大要素です。だからどんな作品であれ「信長がタイムスリップ」って絶対面白くない。やっぱり「バックトゥザ・フューチャー」と「ターミネーター」の脚本を超えるものは作れないですよ。

 だからセットに合わせて台本を書くってなったときに、ワープステーション江戸の中を歩き回って、ある場所で着替えてすぐ農民にならないといけない、また別の場所では郵便配達員にならないといけない――、その面白さがエキストラにはあると俺は思ったんですね。

――セットに合わせて脚本を作られたんですね

 それより前に「デルシネ」って特殊な映画を作ったんです。全体の9割くらい撮れているんですが、舞台挨拶で監督の格好をした俺が「映画が完成しませんでした」って謝罪するんですよ。続けて「ただ、みなさんが今からエキストラとして撮影に協力してくれるのであれば、完成させてお見せすることができます」と。


 そこから客席をグループに分けて、その場でお客さんに演技指導をして撮影するんです。走る姿とかを撮ってはすぐに映像を元の映画にはめていく。それで映画が完成してお客さんと一緒に鑑賞すると、その映画の中に自分が映っている。

――お客さんを巻き込むのは面白い仕組みですね

 俺もエキストラのバイトをしたことがあるんですけど、エキストラって自分が何をさせられてるか、ほとんど教えてもらえないんですよ。もちろん台本も見せてもらえない。

 だから「デルシネ」でも、お客さんは「何かを追っかけなさい」って演技指導されて走ったのに、完成した映画を見てみたら、実は逃げてるシーンになってるというフェイクを入れるんです。そうすると「話が違うやないかい」って盛り上がる。映画なのにみんな自分が映ってるからスクリーンに拍手したり。エキストラが何を楽しいって思うのかを俺は理解していたつもりだったので、「これはいいぞ」と。

 そこから「年取った人がエキストラに挑戦する姿を追うドキュメンタリー」っていう「青春トライ」のパターンに繋がっていきました。

――それが主役のエキストラ・萩野谷幸三さんですね

 あの人は本当に萩野谷さんっていう人で、本編で書いたように、実際に歯科技工士のかたわら農業をされてる方ですね。ただ映画に出てきた息子は実際の息子ではないです。誰かは知りません。


主役の萩野谷幸三さん(©2019吉本興業株式会社)

――そこは事実じゃないんですね。その一方で、劇中に登場するつくばみらい市の市長さんは、まさかのご本人で驚きました。

 ロケハンで茨城にスタッフと泊まった時に行った飲み屋で、偶然隣の個室に市長がいらっしゃったんですよ。その時に出ていただくことになりました。

――どこまでが本当でどこからが嘘なのか、モキュメンタリーならではの面白さがありますね


<俺と監督と助監督だけですね>


――撮影中、モキュメンタリーならではのエピソードなどはありましたか

 劇中ドラマ「江戸の爪」を撮ってる人たちは、監督含め実は大河のスタッフだったんです。だから、自然と大河を撮ってる気分になっちゃうんでしょうね。本当の監督が「はいカット!」って言うまで撮影が続くルールにみんながなかなか慣れなくて、劇中の監督が「はいカット!」って言うと、みんなふっと気が抜けて、まだ撮影中なのに、衣装さんやメイクさんが萩野谷さんに走っていって、コートかけてメイク直したりしてしまうんです。だから「やめてください! 萩野谷さんに優しくしないでください!」って。

 しかも、最初のうちは本当の主役が萩野谷さんだってことすら、他のエキストラさんには伝えてなかったんです。

――そうなんですか…!

 お菊さんが死んでる冒頭のシーンです。山本耕史君には伝えてたかな。でも他の人には伝えてないから、みんな山本耕史君が主役だと思ってる。だから、萩野谷さんが何度も失敗してNGを出す場面では、現場に本当のイライラがどんどん出てくるんですよ。しかも萩野谷さん以外はみんな地元のエキストラさんだから「見たことのないエキストラが一人いる」っていう時点で既に変な空気感になってましたね。


劇中ドラマ「江戸の爪」で迷惑をかけてしまう萩野谷さん(©2019吉本興業株式会社)

――萩野谷さんが「髭は剃らない」って拒んだせいで助監督と揉めるシーンもありました

 あのシーンも萩野谷さんには言ってなかったです。

――えっ、「髭剃りを拒否する演技」ではないんですか

 彼が絶対髭を剃らないのを分かっててやったんです。撮影日の朝、移動するときに、萩野谷さんが「髭が自慢でこれだけは剃れない」みたいなことを言ってたから、急遽その場で入れたんです。萩野谷さんいわく「ドッキリ」ですね。

――あの渋る反応は演技ではなく萩野谷さんのリアルなリアクションだったんですね

 はい。でも偉かったですね、萩野谷さん。「話が違う」みたいなこと言わないから。

――となると、「エキストロ」の脚本を全て把握していたのは……

 俺と監督と助監督だけですね。スタッフも騙しながら撮ってました。やっぱり台本を全部知っていると、スタッフも演技し始めるんで。

 劇中の監督が映像に納得いかなくて、日が暮れるまで萩野谷さんがずっとわらを打ち続けるシーンも、本当に日が暮れるまでやったんですけど、撮影スタッフが「これ、いつまでやるんだよ」って本気で愚痴り出して。

 夕日待ちするために意味なくちょっと休憩して、また再開すると、スタッフが「何だったんだ、あの休憩」って。何で休憩したのかって、俺が「日が暮れるまで」って台本に書いちゃったからなんだけど、それはスタッフに説明しない。

――スタッフまで騙して巻き込んだから、あんなに生々しい映像が撮れたんですね。リアルな感じを出すために他に工夫したことはありますか

 人によって台本の書き方は違いましたね。映画に出てくれた人たちは、何かしら一緒に仕事をしたことがある知り合いなので、俺がどういうものを書けば、どういうセリフにしてくれるか分かってるんですよ。だから寺脇康文さんとか山本耕史君なんかは、はっきりとセリフで書いちゃっても、それをものすごくリアルに言う術を持ってる俳優さんなんです。

 でも石井竜也さんや大林宣彦監督といった俳優じゃない人たちは「こんな感じのことをここに持ってってください」いうような、箇条書きにしてお渡ししました。


<嘘だということはそれを作った人がいるってことだから余計にかっこいいなって>


――公開から2年後の2022年、「エキストロ」はフランスのモキュメンタリー映画祭「オン・ブ・モン」で日本映画としては初めて最高賞に選ばれました。

 俺も知らなかったんです。カンヌ映画祭のシーズンに裏でやってるいろんな映画祭のひとつみたいですね。


「エキストロ」が最高賞を受賞(
On Vous Ment - Mockumentary Film Festival


――フランス人にも作品の面白さが伝わったんですね

 時代劇のセットとか、怪獣が出たりとか、そういう日本の空気感を、カルトな映画ファンが楽しめたんじゃないですかね。

――日本で公開された当時の反応はどんな感じだったんでしょうか

 知らないです。ちょうどコロナが始まったタイミングで。

――ああ……

 本当は舞台挨拶も何カ所か予定あったのが全部無くなっちゃって。だから、ちゃんとした状態では公開できなかったんですよね。フランスでの受賞があって、下北沢で上映したときにはずいぶんたくさんのお客さんが来てくれましたし、俺も話せましたけど。

――「エキストロ」にも「青春トライ」のように未確認生物が出てきますね

 結局元になったのが矢追さんとか新倉さんとかだからでしょうね。あと俺に圧倒的に影響を与えたのが、イギリスでエイプリルフール用に作られた「第三の選択」。あれがものすごいショックで。

 ※「第三の選択」…米ソ両政府が秘密裏に火星移住計画を進めていたことを暴露する体裁のモキュメンタリー。番組ラストで、何かの生き物のようなものが火星表面を動く映像が映し出されて終わる。1977年放送。日本では1978年に放送された。

 俺が高校生の時に「木曜スペシャル」でやったのかな。エイプリルフール映像だって言わずに。小林完吾さんが「ご覧ください」って前説を流して、当時大反響だったと思いますね。

――そんなにショックでしたか

 「いよいよ本物が出てきたな」って。偽物だっていうのはその後インターネットの普及で知ったのかな。「だとしたら、すごいものに騙されて楽しかったな」って。嘘でガッカリしたって言うことはなかったですね。嘘だということはそれを作った人がいるってことだから余計にかっこいいなって。

――「第三の選択」みたいに明確に嘘だと分からないまま終えると怒る人もいますよね

 昔は山奥に「原始猿人バーゴン」がいるかいないかっていうのは、次の日学校でみんなで論じ合えばいいことだったじゃないですか。

 ※原始猿人バーゴン…川口浩探検隊シリーズで捜索した、フィリピン・パラワン島奥地に住むとされる原始猿人。未確認生物の存在をあいまいにしてきた過去のシリーズと異なり、バーゴンが実際生け捕りにされてヘリで運ばれる結末は視聴者に大きな衝撃を与えた。

 ということは、みんなその嘘を楽しんでたってことですよね。寝る間じゅう「あれ本当だったのかな? 学校であいつと話し合ってみよう」って、翌朝みんなでわーっとなってるうちに先生が入ってきて、お昼には忘れて……っていうところまでがワンセットのエンターテインメント。それがやっぱり今でも恋しいんですよ。

 だから、怒ってる人って、ひょっとしたら「おいこれ知ってるか」って拡散しちゃったんじゃないかな。嘘だって分かってから「俺の信用どうしてくれるんだ」ってことなんじゃないだろうか。一概にそれだけとは限らないだろうけど、そこを楽しめるかどうかが心の余裕の違いなんでしょうね。


<俺は注意してるから絶対さらわれないし、内臓も抜かれないけど>


――テレビ番組ではしばしば「演出か、ヤラセか」と物議を醸すこともあります。そんな中でモキュメンタリーのような、演出とヤラセの境目を扱う作品は作りにくくなっているのでしょうか

 テレビでは作りにくくなったでしょうね。でも、テレビでやったら怒られることを映画でやったら賞を取って褒められる。だから「ああ、いい場所を見つけたな」って。映画では挑戦したいなってところはあります。

――「リアリティーショー」の演出を巡っては大きな事件にもなりました

 日本のリアリティーショーは下手と言えば下手ですよね。人の怒りを煽る、泣かせるなんていうのは実は簡単なことなんです。日本でやってるリアリティショーっていうのは、見てる人を怒らせたり泣かせたり、感動じゃなく、辛さで泣かせて、結局人間の感情の簡単な部分に頼った演出しかできてないなと思いますね。

 けど見た人を笑わせたり、幸せな気持ちにさせたりするのはとんでもなく難しい。そこはコメディアンっていう人を笑わせる専門職がいるくらいでしょ。逆に怒らせる専門職って言ったらタイガー・ジェット・シンとかアブドーラ・ザ・ブッチャーとか、それも正義がいないと成立しない。

 今のテレビのリアリティーショーは簡単なことをやっていて、その簡単なことにも需要はあるんでしょう。それを見たい視聴者がいるのは需要と供給が合ってるってことだから、それは文句はないですよ。ただ俺がやりたいモキュメンタリーは、違うところに心を動かしてほしいと思ってますね。

――昔はモキュメンタリー的な番組に対する反応ってどうだったんでしょうか。例えば「川口浩探検隊」みたいな番組を今テレビで流すことはできないのでしょうか

 もし、いま「川口浩探検隊」をやったら「子どもが眠れなくなったらどうしてくれるんだ」って親が言うんでしょうね。俺なんかネッシー怖くてトイレ行けなかったですからね。ネス湖まで行かなきゃいないのに。そういう想像力って今も養われてるんですかね。

――近頃はその種の番組を見なくなった気がしますね。当時の親は番組をどう見てたんですか

 「あんなの作り物だ」と言ってましたよ。俺はそんな親に「お前が宇宙人にさらわれろ」って思ってましたけどね。「俺は注意してるから絶対さらわれないし、内臓も抜かれないけど」って。

 宇宙人って言えば、俺、データを取って調べたんですけど、金縛りにあったときに何を見るかって国によって違うんですよ。

 日本人に聞くと髪の長い白装束の女や侍。これが韓国になると軍人がぐっと増えてくるみたいですね。兵役もあるから軍服が身近なんでしょう。これはびっくりしたんですけど、中国だとキョンシーがピョンピョン飛び回ってるらしいですね。さらにイランの人に聞いたら、頭が鷹の戦士と頭がライオンの戦士が戦いまくるらしい。で、それを見るとお金持ちになるそうです。だからポジティブなんですね。それがアメリカだと、宇宙人にさらわれます。

 結局、知ってるものしか出ないということは、金縛りって世界共通の心霊現象じゃないんですね。本当に心霊現象だったとしたら、日本人でも中国で寝てら枕元でキョンシーが飛ぶはずなんです。イランで寝てたら戦士が戦うはずなんだけど、それを見ることはないでしょうね。

――そこまで分かった上で、あえて嘘を楽しんでいるわけですね。

 そこはもう永遠ですね。だから本当は大人のサービス、義務として、今の子どもに作って見せてあげたいですよね、3日は眠れなくなるくらいの映像を。


<「武器や原爆を持たなくても、空手で戦ったら日本人の方が強いんだ」って思わせるのは素敵な嘘だと思いますよ>


――テレビで嘘が楽しめなくなったきっかけ、出来事って何かあったんでしょうか

 他のインタビューでは東日本大震災って言いましたけど、ひょっとすると阪神・淡路大震災の時点だったかもしれないですね。避難とか救援とかいろんなことに関してデマが流れたせいで、「テレビは正しいことを伝えなきゃいけない」って雰囲気に一気に変わっちゃった感じはしますよね。

 テレビはプロレスという嘘から始まった箱だったのに、正しいことだけ流さなきゃいけないっていうルールができちゃった気はしますね。「あの箱から嘘が流れちゃいけない」ってみんなが思っちゃったんじゃないですかね。



 それも正しいことだとは思うんですけどね。そもそもラジオにしても日本軍の戦況について嘘を流していたわけで、そこからラジオやテレビへの疑心暗鬼もあったんでしょうけど。でもプロレスで熱くなって「武器や原爆を持たなくても、空手で戦ったら日本人の方が強いんだ」って思わせるのは素敵な嘘だと思いますよ。そういう嘘を楽しめなくなったんでしょう、きっと。地震は大きかったんじゃないですかね。

――テレビに求めるものが変わったということでしょうか

 でしょうね。こう言う言い方は良くないかもしれないけど、テレビもあまり賢くない人たちに合わせてものを作らなければいけなくなり、そこまで作ってもさらに賢くない人たちに……ってどんどん下向きに動いてる感じはしますね。それはやっぱりどの家でも公平に電源入れたら映るもの、入ってくるものとしての責任なんでしょうけど。

――インターネットもそういう側面があるので、よく分かります


<何のためについた嘘かって言ったら「子供が笑ったから」>


――昨今はフェイクニュースなどが問題になって、嘘自体が悪とされるような風当たりの強さを感じます

 嘘というものをひとつにまとめちゃいけないですよね。そうしちゃうと嘘の良い部分まで全部消されてしまう。だって、それを否定すると全ての宗教まで否定することになってしまう。悪い宗教、良い宗教いろいろあるんでしょうけど、全ての文化が失われてしまう。小説も何でも無くなっていくと思うし、嘘を一概に否定する人に対しては「そういう世の中にしたいのかね」とは思いますよね。

 「演劇ってどうやって始まったか」ってことをいろいろ考えてて、たぶんまだ言語もなかった頃に、原始人が夜洞窟に集まって、どっかで食べながら、今日の狩りに行った話とかしてるんですよ。「大将、しとくんなはれや」「おう、やったろか」「ほなお前、牛やれや」みたいな。それでみんな大喜びするわけですよ。子どもなんか、狩りに連れて行ってもらえないし。

 で、子どもが笑ったら「これ、いけるぞ」って、いい気になってちょっと盛っていく。そういうところから嘘って始まると思うんですよね。でも、それが何のためについた嘘かって言ったら「子供が笑ったから」。とても健全だと思うんですよ。

 人間って嘘をつく動物なんじゃないですか。嘘をつくっていうことは貴重な特技ですよ。嘘がなければ全ての物語は生まれないわけで、嘘こそが原点なわけじゃないですか。

 嘘か本当かを見分けられる能力、嘘を楽しめる能力を持っている人が増えれば、その方がハッピーな地球になると思いますね。

――そう言う意味では、モキュメンタリーも人をハッピーにする手段になるということですね

 俺はそっちに使いたいですね。想像力をかきたてたり、ハッピーにさせたり、いろいろなゴールが嘘にはあるはずなのに、怒らせたり悲しませたりするんだったら全く作る意味がないですよね。みんな居なくなるっていう感じのホラーみたいなのは作らないと思います。

――この先もモキュメンタリー作品を作っていくのでしょうか

 企画としては持っています。次に作るなら、みんなが涙するようなモキュメンタリー。それはまだ日本ではできてないと思うんですよね。

――楽しみにしています。ありがとうございました

(※今日4月1日はエイプリルフールです。)

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