人類学者・デヴィッド・グレーバー氏(写真:Alamy/アフロ)人類学者・デヴィッド・グレーバー氏(写真:Alamy/アフロ)

ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』や『負債論 貨幣と暴力の5000年』などの著書で知られる、高名なアメリカの人類学者 デヴィッド・グレーバー氏が、2020年9月2日に亡くなった。グレーバー氏は、考古学者のデヴィッド・ウェングロウ氏と共著で、遺作となる『万物の黎明 人類史を根本からくつがえす』(翻訳、2023 光文社)を残した。人類史を根本からくつがえすという本には、どんなことが書かれていたのか。社会学者の大澤真幸氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)

──グレーバーの遺作である『万物の黎明』には、どんなことが書かれているのでしょうか?

大澤真幸氏(以下、大澤):この本は、僕らの人類史に対する一番基本的な理解というか、専門家も含めて「ここまでは確実だ」と考えられている人類史の前提が間違っていると主張しています。

 その前提とはどのようなものかというと、以下のようなものです。

 人類は、初期の狩猟採集民の段階では、小さな集団の中で生活していた。そして、集団はサイズが小さいが故に平等だった。ところがやがて(1万年ほど昔のことですが)、「農業革命」という大きな転換点が到来した。

 農業革命によって、食料の余剰が生じるようになり、自分で農業をしない支配的な階級が出現した。農業をするために、人々は自分の土地を主張し、土地の私的な所有が始まり、社会が不平等になっていった。

 つまり、農業革命によって人間社会は本質的に変わり不平等になった。その先に、都市や国家が構築されていった。国家にとって重要なのは官僚制であり、大きな社会には必ず官僚制が伴い、ヒエラルキーなしには存続できない。

 こうした考え方を、ジャン=ジャック・ルソーや、それよりさらに1世紀ほど前に、トマス・ホッブズが主張して、以後、この考え方が人類史理解の前提になりました。

 ところが、著者の2人は『万物の黎明』で、近年の考古学や人類学の研究成果を見ていくと、ルソーやホッブスのこうした前提は成り立たないと言っています。

──ルソーやホッブスなどの論に見られる人類史の前提は、どこが間違っているのでしょうか?