井関農機
井関農機本社事務所 | |
種類 | 株式会社 |
---|---|
市場情報 | |
略称 | ヰセキ |
本社所在地 |
日本 〒116-8541 東京都荒川区西日暮里五丁目3番14号 |
本店所在地 |
〒799-2692 愛媛県松山市馬木町700番地[1](株式会社ISEKI M&D松山内) |
設立 | 1936年(昭和11年)4月6日 |
業種 | 機械 |
法人番号 | 2500001000533 |
事業内容 | 農業機械の製造販売 等 |
代表者 |
冨安司郎(代表取締役社長執行役員) 小田切元(代表取締役専務執行役員) |
資本金 |
233億4400万円 (2023年12月31日現在)[2] |
発行済株式総数 |
2298万4993株 (2023年12月31日現在)[2] |
売上高 |
連結:1,699億1,600万円 単独:970億7,100万円 (2023年12月期)[2] |
営業利益 |
連結:22億5,300万円 単独:△8億2,300万円 (2023年12月期)[2] |
経常利益 |
連結:20億9,200万円 単独:11億7,400万円 (2023年12月期)[2] |
純利益 |
連結:2,900万円 単独:9億3,700万円 (2023年12月期)[2] |
純資産 |
連結:742億1,500万円 単独:484億1,900万円 (2023年12月31日現在)[2] |
総資産 |
連結:2,171億200万円 単独:1,306億4,200万円 (2023年12月31日現在)[2] |
従業員数 |
連結:5,457名 単独:774名 (2023年12月31日現在)[2] |
決算期 | 12月31日 |
会計監査人 | EY新日本有限責任監査法人[2] |
主要株主 |
みずほ銀行 4.68% 農林中央金庫 3.79% 三井住友信託銀行 3.49% (2023年12月31日現在)[2] |
主要子会社 |
株式会社ISEKI M&D 100% 株式会社井関新潟製造所 100% |
関係する人物 | 井関邦三郎(創業者) |
外部リンク | https://www.iseki.co.jp/ |
井関農機株式会社(いせきのうき、英: ISEKI & CO., LTD.)は、トラクター、田植機、コンバインなどの農業機械を製造する日本の株式会社である。製品のブランドは「ヰセキ(ゐせき)」[注釈 1]。東京証券取引所プライム上場。
概要
[編集]国内で同業他社のクボタ、ヤンマーアグリ(旧・ヤンマー〈現・ヤンマーホールディングス〉←ヤンマー農機)に続いて第3位のシェアを誇る大手メーカーの一角である。
愛媛県松山市馬木町700のISEKI M&D(旧:井関松山製造所)本社が登記上の本店[1]となっているが、実質的本社機能は東京都荒川区西日暮里5丁目3-14の本社事務所にある。
農業機械の開発には実績がある。1960年代、日本の稲作に適した田植機、コンバインの開発競争があった際には、その競争のトップランナーであった。1966年に自走自脱型コンバインと呼ばれる日本型のコンバイン「HD50」[注釈 2]を最初に開発し、発売した。1971年に発売された「さなえ」シリーズは非常に人気を博した田植機である[注釈 3]。その後も、1986年には田植機のロータリー植付け機構(田植機の大幅な高速化を実現)を採用した「さなえラブリー」、1999年にはコンバインのズームオーガを採用した「フロンティア ビバ」[注釈 4]や2004年には路上走行(移動)時や各作業時に変速機のシフトチェンジを不要にした乗用車感覚のイージーオペレーションが特徴のトラクター「ジアスATシリーズ」(小型~中型トラクター)および「T.Japan(ティー・ジャパン) TJシリーズ」(大型トラクター)業界初の自動植付け機能を搭載した「さなえ PZシリーズ」を開発、発売し、画期的で革新的な発明[注釈 5]を世に出している。近年では構成部品の価格適正化のために、一部の部品を韓国のTYM(TONG YANG MOOLSAN)社より調達している。
1980年代の経営危機の後、創業家一族が退いた。2004年3月期決算では、1987年以来17期ぶりに、配当を実施した。農業機械の生産高は、クボタ、ヤンマーアグリ(ヤンマーホールディングス、旧・ヤンマー農機)に次いで2021年7月現在日本第3位。
旧・第一勧銀グループの一員である。
沿革
[編集]- 1926年 - 井関邦三郎(いせき くにさぶろう)が愛媛県松山市に「井関農具商会」を創立。
- 1936年 - 「井関農機株式会社」を設立。全自動籾すり機の製造と販売を始める。
- 1943年 - 「井関航空兵器製作所」を設立[3]。
- 1945年 - 愛媛県知事からの緊急復興指令により民需転換工場として再出発する[4]。
- 1960年 - 大阪証券取引所に上場。
- 1961年 - 東京証券取引所に上場。小型トラクター「TC10」[注釈 6]の製造、販売を始める。オートバイ事業にも参入、モペッドであるペット50を開発し販売開始[注釈 7]。
- 1962年 - ポルシェ製トラクターの輸入を開始(1966年まで)[注釈 8]。ペット50を改良し新たにタフ50/55[注釈 9]として販売開始(1963年頃には販売終了)。
- 1964年 - ポルシェ製トラクター「ポルシェ309トラクタ」および「ポルシェ329トラクタ」を参考にした国産トラクター「ヰセキトラクターTBシリーズ」を開発、製造・販売を開始する。
- 1967年 - 田植機、コンバインの製造を始める。
- 1969年 - 東京支社を「本社事務所」に改称。
- 1979年 - いすゞ自動車の技術援助を受けてディーゼルエンジンの開発を始める。
- 1983年 - ディーゼルエンジンを内製化し、年産2万台体制を確立する[5]。
- 2003年 - 中国 江蘇省に井関農機(常州)有限公司を設立。
- 2008年 - 子会社3社が、同社の指示で下請会社への支払い代金を不当に減額していたとして、公正取引委員会から、下請法違反で勧告を受ける。
- 2009年 - 三菱重工業とのディーゼルエンジン事業の協業で合意[6]。
- 2010年 - 大阪証券取引所上場廃止。
- 2018年 - 有人監視下で無人運転ができるロボットトラクターを開発、12月内にモニター販売を始めると発表した。
主な製造・研究拠点
[編集]自社拠点
[編集]主要子会社拠点
[編集]- 株式会社ISEKI M&D松山(愛媛県松山市)
- 主にトラクターを製造。
- 株式会社ISEKI M&D熊本(熊本県上益城郡益城町)
- 主にコンバインを製造。
- 株式会社井関新潟製造所(新潟県三条市)
- 主に田植機を製造。
- 株式会社井関邦栄製造所(愛媛県松山市)
- 主に耕耘機を製造。
- 株式会社井関重信製作所(愛媛県東温市)
宣伝・広報活動
[編集]かつてポルシェと提携したこともあり、1980年代前半にポルシェ956のレーシングチームのスポンサーとなり、「ヰセキポルシェ956」として参戦(その後、自動車部品製造メーカーであるトラスト(TRUST)のレーシングチームが発足すると、1987年にメインスポンサーが日本石油(現・ENEOS)に変わるまでの間、正式なメインスポンサーとして活動。)したこともあった。
マスコットキャラクター
[編集]提供スポンサーだった番組
[編集]- ジャストニュースNNN[7]
- JNNニュースコール(週末版のみ)[8]
- 全日本プロレス中継
- 火曜ワイドスペシャル[7]
- 木曜スペシャル[7]
- パネルクイズ アタック25[9][10][11]
- 朝だ!生です旅サラダ[9][10]
- たけしの健康エンターテインメント!みんなの家庭の医学[9][11]
かつて起用されていたCMキャラクター
[編集]- 坂上二郎(コンバイン「太郎(2代目)」&「小太郎」シリーズ)
- 桜田淳子(田植機「さなえ(3代目、4代目)」シリーズ)
- 加山雄三(トラクター「耕太(初代、2代目)」TS、TLシリーズ[注釈 10]等&「耕二」TXシリーズ)
- 青木英美(トラクター「耕二(初代)」
- 新沼謙治(トラクター「耕太(2代目)」TU、TLシリーズ[注釈 11]等)
- ジャンボ鶴田(コンバイン「太郎(3代目)」シリーズ、管理機「ラックナー」)
- ジャイアント馬場(コンバイン「太郎(3代目)」シリーズ)[注釈 12]
- 小林綾子(田植機「さなえナイアガラ(5代目)」シリーズ、コンバイン「フロンティア(2代目)」[注釈 13]シリーズ)
- 北大路欣也(コンバイン「フロンティア(2代目)」シリーズ、トラクター「ランドマックス」「ランドリーダー」「シアル(初代)」[注釈 14]シリーズ)
- 池田政典(トラクター「ランドリーダー7」シリーズ他)
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ よく「イセキ」と現代的な綴りで表示される場合も少なくないが、ブランド自体の正式な綴りは「ヰセキ」となっている。現に子会社たる地域販売店でも「ヰセキ」のブランド名を社名に使用している。
- ^ 登場時のブランドは「フロンティア」だったが、1972年に同社初の乗用全面刈コンバインの発売に伴い、「太郎」というブランドに改名ししばらくの間親しまれる。しかし1985年に再び「フロンティア」のブランドに回帰し今日に到る。
- ^ 1975年にCMキャラクターに当時、人気アイドル歌手だった桜田淳子を起用して大ヒットする。
- ^ 穀物を搬送する螺旋を伸縮可能にする機構。
- ^ これは同業企業のヤンマーアグリにも同じ事がいえる。
- ^ エンジンはビクターオート社製の空冷単気筒2サイクルディーゼルエンジンが搭載されていた。
- ^ ホンダ・スーパーカブに類似した形態のビジネスバイクで、シリンダーヘッドのみ自然循環型水冷とした独自の空水冷2ストロークエンジンを採用。農協や農機販売店を中心に販促が行われ、OEM製造は川崎航空機工業(現・カワサキモータース)明石工場が担当した。また、その販売ルートの関係もあり、ペットやタフはヤマハのメイトやスズキのバーディーのような他社のスーパーカブ類似車種と異なり、郵便事業向けの納入実績がない。
- ^ その後ポルシェ製トラクター「ポルシェ309トラクタ」および「ポルシェ329トラクタ」を参考にした国産トラクター「ヰセキトラクターTBシリーズ」(外見上は限りなく「ポルシェ329トラクタ」のコピーおよび縮小版に近い。「仮面ライダー」のニックネームがある)を1964年に開発・製造・販売する。ちなみにこの「TBシリーズ」には川崎航空機工業製の強制空冷2気筒4サイクルディーゼルエンジンが搭載されていた。さらに1970年には同社の「TBシリーズ」で培ったノウハウを活かし、いすゞ製水冷2気筒4サイクルディーゼルエンジンを搭載した後継シリーズであり基幹シリーズの「ヰセキトラクターTSシリーズ」に発展する。その後「TSシリーズ」は1975年にフルモデルチェンジに近い大規模なマイナーチェンジを実施し車体のカラーリングを赤色から青色に変更しバリエーションを拡大、いすゞ製水冷3気筒4サイクルディーゼルエンジンを30馬力以上の上位機種に搭載する。モデル末期には四輪駆動仕様やターボディーゼル仕様などが加わる。
- ^ 50ccはセルモーター搭載車を追加、55ccモデルの新設で計3車種に増加。OEM製造はペット50と同じく川崎航空機工業(当時)明石工場。
- ^ TLシリーズに関しては前期モデルのCMのみ出演。
- ^ TLシリーズに関しては後期モデルの「レーダーマチック」篇のCMのみ出演。
- ^ 「全日本代表・ジャンボ太郎」篇のみのCM出演でジャンボ鶴田と共演した。
- ^ 最初期のCMのみ出演。
- ^ ただし「フロンティア(2代目)」は中期モデルのCMのみ出演、「シアル(初代)」は前期モデルのCMのみ出演。
出典
[編集]- ^ a b 井関農機株式会社・有価証券報告書 第92期
- ^ a b c d e f g h i j k “有価証券報告書-第100期(2023年1月1日-2023年12月31日)”. 井関農機株式会社. 2024年7月11日閲覧。
- ^ 愛媛県史 社会経済3 商 工(昭和61年3月31日発行) 四 軍需産業の展開―造船・機械
- ^ 愛媛県史 社会経済3 商 工(昭和61年3月31日発行) 三 地場産業の胎動
- ^ PDNS 業界紙記者の目 井関と三菱重工が協業 2009年10月閲覧[リンク切れ]
- ^ 井関農機ニュースリリース 三菱重工業とのディーゼルエンジン協業について(PDF) 2009年10月閲覧
- ^ a b c 日本テレビ系列の南海放送とフジテレビ系列のテレビ愛媛2局時代。
- ^ 当時愛媛県に系列局がなかったものの、提供していた。余談だが、系列局のあいテレビ(旧・伊予テレビ)が開局したのは1992年10月のことである。
- ^ a b c テレビ朝日系列の愛媛朝日テレビ開局後。
- ^ a b 井関農機株式会社 情報玉手箱 最新広告とテレビCM
- ^ a b 井関農機株式会社 情報玉手箱 最新広告とテレビCM
関連項目
[編集]日本の農業機械製造業
その他
- ポルシェ・956(前述を参照のこと)
- いすゞ自動車
- 三菱重工業
- Willbe(旧・三菱重工メイキエンジン)
- カワサキモータース(旧・川崎重工業モーターサイクル&エンジンカンパニー)
- 土居清良
- 三間町(現・宇和島市)
- 道の駅みま - 井関邦三郎記念館が施設内にある。