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井上敦史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
井上 敦史
名前
愛称 イノ、イノッチ
カタカナ イノウエ アツシ
ラテン文字 INOUE Atsushi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1977-05-28) 1977年5月28日(47歳)
出身地 埼玉県新座市
身長 181cm
体重 75kg
選手情報
ポジション GK
利き足 右足
ユース
1993-1995 日本の旗 浦和市立高校
1996-1999 日本の旗 筑波大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2000-2003 日本の旗 コンサドーレ札幌 0 (0)
2004-2006 日本の旗 横河武蔵野FC 88 (0)
2007-2012 日本の旗 ガイナーレ鳥取 74 (0)
通算 162 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

井上 敦史(いのうえ あつし、1977年5月28日 - )は、埼玉県新座市出身の元サッカー選手。現役時のポジションはゴールキーパー

来歴

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浦和市立高校時代から活躍して国体埼玉県選抜に選ばれる。筑波大学では4年次に関東大学リーグ優勝、インカレ準優勝などに貢献した。2000年コンサドーレ札幌入団。しかし、佐藤洋平が正GKにいたため出場機会は無く、若手の藤ヶ谷陽介の台頭もあって2003年に戦力外となる。

その後トライアウトを経て2004年JFL横河武蔵野FC に加入した。移籍後は正GKとして活躍し2005年には副主将、2006年には主将を務めた。

2007年にJリーグ参入を目指すガイナーレ鳥取に移籍。ここでも守備に難のあるチームの守護神として活躍していたが、2009年には新加入のシュナイダー潤之介に、シュナイダーが退団した2010年には小針清允にそれぞれポジションを譲り、彼等の控えを務めた。J2参入初年度の2011年4月23日、第8節のギラヴァンツ北九州戦にて3年ぶりに公式戦出場を果たし、これが33歳にしてJリーグ公式戦デビューとなった。この試合はJリーグにおける鳥取の初勝利試合でもあった。ただ、その後も小針の控えという状況に変わりはなく、2012年シーズン終了後に契約満了で鳥取を退団し[1]、その後現役引退が発表された[2]

引退後は、2013年よりJFLに昇格した福島ユナイテッドFCにて事業部や営業部長として勤務[3]。2023年5月より株式会社SRACreativeにて営業職を務めている。

所属クラブ

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個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2000 札幌 29 J2 0 0 0 0 1 0 1 0
2001 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2002 0 0 0 0 0 0 0 0
2003 J2 0 0 - 0 0 0 0
2004 横河 31 JFL 28 0 - - 28 0
2005 27 0 - - 27 0
2006 1 33 0 - - 33 0
2007 鳥取 34 0 - 2 0 36 0
2008 31 0 - 1 0 32 0
2009 0 0 - 0 0 0 0
2010 0 0 - 0 0 0 0
2011 J2 6 0 - 1 0 7 0
2012 3 0 - 0 0 3 0
通算 日本 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
日本 J2 9 0 0 0 1 0 10 0
日本 JFL 153 0 - 4 0 157 0
総通算 162 0 0 0 5 0 167 0

出場大会

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出典

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関連項目

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外部リンク

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