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リトアニア民主党

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
リトアニア民主党
Lietuvos demokratų partija
略称 LDP
党首 サウリュス・ペチェリューナス
(Saulius Pečeliūnas)
創立 1989年2月5日
解散 2001年10月20日
後継政党 リトアニア右派連合
本部所在地 ヴィリニュス
機関誌 „Vasario 16“
国内連携 リトアニア
リトアニアの政治
リトアニアの政党一覧
リトアニアの選挙

リトアニア民主党リトアニア語: Lietuvos demokratų partija、略称: LDP)は、1989年から2001年まで存在したリトアニア政党。党首は1989年から2001年まで一貫してサウリュス・ペチェリューナスが務めた。なお、同じくLDPと略される自由民主党(現・秩序と正義)とは別の政党である[1]

民主党は、1989年2月5日に結党された。なお、1902年から1920年まで存在したリトアニア人民主党Lietuvių demokratų partija)を党史とする[1]

民主党の最初の党大会は1989年7月29日から30日にかけてヴィリニュスで開かれた。同年12月29日に政党として登録された。

1992年国会議員選挙ではリトアニア・キリスト教民主党 (LKDP) およびリトアニア政治犯・被追放者連合 (LPKTS) と選挙連合を組み、選挙連合全体で18議席を獲得した[2]

1996年国会議員選挙ではリトアニア人民族主義連合 (LTS) と選挙連合を組み、選挙連合全体で3議席、民主党はそのうち2議席を獲得した[1][3]

2000年国会議員選挙では単独で出馬したものの、議席を獲得することはできなかった[4]

2001年10月20日独立党 (NP) 、祖国人民党 (TLP) 、リトアニア自由連盟 (LLL) と合併し、リトアニア右派連合 (LDS) を結成した[1]。なお、右派連合はその後2003年祖国同盟に吸収された[1]

脚注

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