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スリリングサンデー

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スリリングサンデー
品種 サラブレッド
性別
毛色 栗毛
生誕 1996年4月10日(28歳)
死没 (現役種牡馬)
サンデーサイレンス
スカーレットブーケ
母の父 ノーザンテースト
生国 日本の旗 日本北海道千歳市
生産者 社台ファーム
馬主 (有)社台レースホース
調教師 伊藤雄二栗東
矢野進美浦
競走成績
生涯成績 18戦5勝
獲得賞金 8739万4000円
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スリリングサンデー1996年 - )は日本の元競走馬で現在は種牡馬である。全弟にダイワメジャー、半妹にダイワスカーレットらがいる。

競走馬時代

1998年、デビュー戦となった新馬戦では横山典弘が騎乗し3番人気の評価で1番人気だったシンボリインディに勝利し初勝利を挙げたが、続く白菊賞(500万下)で5着、そしてエリカ賞(500万下)では、オリビエ・ペリエに乗り替わるも当時未勝利馬だったアドマイヤベガに敗れ2着という結果だった。

1999年、福寿草特別(500万下)では、トゥザヴィクトリーナリタトップロードらを相手に1番人気に支持され見事レースで勝利し、続く若駒ステークスでは、単勝1.3倍の1番人気に支持されるも2着という結果だった。しかも、レース後に骨折が判明し長期離脱を余儀なくされた。

2001年、ようやく復帰し、初戦レースでは松永幹夫が騎乗し、長期休養明け、馬体重+14kgながら2番人気に支持され見事勝利を飾った。その後は1000万下クラスのレースで安定した走りをみせるも勝利したのは5戦目の兵庫特別だった。続く鳴滝特別(1000万下)も勝利するも再びアクシンデントに見舞われ長期休養を余儀なくされた。その後矢野進厩舎に転厩となった。

2003年、復帰戦となったメイステークス(1600万下)では8番人気で6着となり、その後5戦走るが掲示板に載ることもなく引退した。当初は乗馬となったが、翌2004年、全弟ダイワメジャーが皐月賞を勝ったことにより、急遽種牡馬入りとなった。

種牡馬時代

2004年シーズンよりブリーダーズ・スタリオン・ステーションで種牡馬となり、2005年にファーストクロップとなる産駒が誕生しその後36頭が血統登録された。2007年6月6日旭川競馬場で行われたレースで産駒のインカローズが勝利し、これが地方中央通じての産駒初勝利となった。10月28日東京競馬場での2歳未勝利戦を産駒のデルマアルタイルが制し、この勝利が産駒のJRA初勝利となった。ちなみに同日行われた第136回天皇賞(秋)に全弟ダイワメジャーが出走したが9着だった。

2008年2月1日日高軽種馬農協(HBA)門別種馬場に移動したが、約2ヵ月後の4月8日にブリーダーズ・スタリオン・ステーションで繋養されていたボーンキングトレードされるかたちで再びブリーダーズ・スタリオン・ステーションに移動した。

2008年5月6日水沢競馬場で行われた岩手競馬の3歳限定重賞の阿久利黒賞で産駒のリュウノツバサが1着となり、これが地方中央通じての重賞初勝利となった。

血統表

スリリングサンデー血統サンデーサイレンス系ヘイルトゥリーズン系)/(Almahmoud4×5=9.38%) (血統表の出典)

*サンデーサイレンス
Sunday Silence 1986
青鹿毛 アメリカ
父の父
Halo 1969
黒鹿毛 アメリカ
Hail to Reason 1958 Turn-to
Nothirdchance
Cosmah 1953 Cosmic Bomb
Almahmoud
父の母
Wishing Well 1975
鹿毛 アメリカ
Understanding 1963 Promised Land
Pretty Ways
Mountain Flower 1964 Montparnasse
Edel Weiss

スカーレットブーケ 1988
栗毛 北海道千歳市
*ノーザンテースト
Northern Taste 1971
栗毛 カナダ
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Lady Victoria Victoria Park
Lady Angela
母の母
*スカーレットインク
Scarlet Ink 1971
栗毛 アメリカ
Crimson Satan Spy Song
Papila
Consentid Beau Max
La Menium F-No.4-d