アイキャッチ画像:ポンチョ
シンプルに、軽量に、そして美しく

アウトドアのアクティビティを、登山しかやっていない人は「ZANE ARTS(ゼインアーツ)」という、長野・松本市発のアウトドアブランドを知らないかもしれません。というのも、ゼインアーツは2018年の創業以来、2023年まではオートキャンプ向けのプロダクトを、多く手掛けてきているからです。
しかしゼインアーツのプロダクトは、オートキャンプ用に限りません。
公式ホームページには、登山、ロッククライミング、バックカントリースキーなど、松本市を取り囲むアウトドアフィールドでの経験から、ものづくりのアイデアをフィードバック。「機能と藝術の融合」をコンセプトにしています。
そして、日本のアウトドアシーンのスタンダードとなることを目指しています。

2024年、満を持して発売されたのが、2人用自立式ダブルウォール山岳テントの「ヤール2」。
シンプルなX字フレーム、2人用で最大重量1250gと超軽量、使いやすさにこだわったテントです。
その佇まいは、シックで流麗。構造的には他の山岳テントと変わらないX字フレームなのに、まとった雰囲気はどこか違って感じられます。
美しさの理由は、山岳テントに珍しいカラー

もしかすると、この違いはカラーなのかもしれません。黄色や青、緑色の山岳テントが主流な中、ヤール2はシックなグレーカラーを選択。
挑戦や冒険的登山での使用も意識したエマージェンシーカラーの山岳テントとは異なり、山を旅したいハイカーに向けて、自然に溶け込む、浸透する意識をグレーカラーで表現しているようにも感じられます。

それに、グレーカラーは、光の当たり方、加減によって、さまざまな表情を見せてくれます。薄く軽やかに見えたり、濃く渋い味わいを見せてくれたり……それは、山、自然の風景の移ろいと同じものを思わせます。
珍しいグレーカラーと先に書きましたが、思い起こしてみれば、パーゴワークスの「ニンジャテント」、ニーモの「ホーネットエリート オズモ」も、グレーカラーを採用しています。どちらも、そのデザイン性の高さで評判のブランド。
もしかするとグレーカラーは、デザインをよくする上で、キーとなるカラーなのかもしれません。光で色味が変わるということは、陰影を表現できます。それは、つくり手の細かなこだわり、形状の微妙な違いを見せているのかもしれません。
素材は、超軽量を目指したもの

ヤール2のスペックは以下の通りです。
- 価格
- ¥39,800
- 重量
- 1250g(本体、収納袋、ペグ、細引き、フットプリント)
- サイズ
- 210×120×室内高100cm
- 収納サイズ
- Φ15.5×40cm
- フライシート
- 15Dナイロンリップストップ・シリコーン&PU加工(耐水圧1500mm)
- インナーテント
- ウォール:7Dナイロンリップストップ
フロアー:20Dナイロンリップストップ・シリコーン&PU加工(耐水圧1500mm) - フットプリント
- 20Dナイロンリップストップ・シリコーン&PU加工(耐水圧1500mm)
- ポール
- DACフェザーライトNFL・φ8.7mm
ヤール2という商品名からわかる通り、定員は2名です。今回は、この2人用テントを1人で使うことを想定して、テストしてみました。
2人用のスペースを、既存の1人用テント以下の重量で装備できることで、体力の回復を促進、また、ゆったりとした山時間を過ごせると思うからです。
フロアの耐久性を上げるフットプリントがセット

ヤール2は、テント本体の下に敷く、フットプリントとセット販売です。
つまり、用いられている素材は、薄く、軽いということです。破れや穴あきの可能性が高い、床部分のフロア生地の厚さが20Dと、スタンダードな山岳テントの半分~2/3の薄さの生地です。ですが、フットプリントが同じく20Dの生地厚なので、これを敷いておけば、スタンダード山岳テントと同様の強度、耐久性となる訳です。
加えて、フライとフロア生地はシリコーン加工されていて、引き裂き強度をアップさせています。それは一般的な30Dナイロンと同等の強度だそうです。ということは、フットプリントをセットすれば、スタンダード山岳テント以上の生地強度とも言えます。
重量は、本体だけなら950gで、フットプリントやペグ、収納袋、つまり使用時の重量は1250g。これはスタンダード山岳テントよりも200~400gも軽くなっています。
軽さ以上に驚いたこと

これらスペックは、自立式ダブルウォール山岳テントとして、群を抜いた軽量化を実現したものですが、さらに驚いたことがあります。
奇しくも、2024年には山岳テントブランドの大御所アライテントが、ヤール2とほぼ同じコンセプト、広さで、フロアは30D、フットプリント40Dで少し厚めの生地を採用した2人用自立式ダブルウォール山岳テント「SLドーム」を発売しています。最小重量は980gなので、生地厚の違いもあって、ヤール2より30g重いもの。
しかも、SLドームも珍しいはずのグレーカラー!を採用。細部にいろいろな違いはありますが、パッと見るとよく似たテントです。でも、実は大きな違いがあります。それが、価格です。
ヤール2は¥39,800に対して、SLドーム\68,200。物価高の昨今、登山道具もかなり高価になっています。そんなご時世に、ヤール2はテント泊ビギナーからベテランまで、幅広く登山者をサポートしてくれる、コスパ最高レベルのテントなのです。
ヤール2の機能性の高さは、大きく3つ!

さぁ、ヤール2はリーズナブルですが、機能に抜かりはありません。まず、1250gの軽さは肉体的な負荷を軽減してくれるでしょう。またインナーテント+フライシートのダブルウォール構造は、不快な結露を防ぎ、気温が低い時期でもある程度の保温性を発揮してくれます。
さらにポールをセットすればテントが立ち上がってくれる自立式なので、ペグを打ち込めない岩の多いテント場でも設営に難儀する可能性は低いです。自立式テントは軽さが特長の非自立式よりも耐風性が高いので、吹き抜ける強風に耐える夜も不安が少なくて済みます。
このように山岳環境に対応する基本的な性能をしっかり装備したヤール2ですが、さらに大きな機能的特長が3つあると感じました。
①クロスポール&吊下げ式で、簡単設営・撤収

前述のアライテント/SLドームは、2本のポールを袋状のスリーブに通して立ち上げるタイプ。日本の山岳テントの定番的構造を採用しています。
対してヤール2は、上の画像のように2本のポールの中央部がハブと呼ぶ接続パーツで繋がっていて、インナーテントの四隅に備わる、強度に長けたアルミパーツの穴にポールを差して立ち上げます。
その方法は、インナーテントに装備されたフックをポールに掛けるだけです。これは設営もラクなのですが、撤収を素早く行なえるのが利点。スリーブ式だとポールを抜く際に、連結部からポールがバラけてしまって時間が掛かることがありますが、吊下げ式はフックを外すだけなので、強風下、低温下での撤収がより安全です。

また吊下げ式はポールとインナーテントの隙間をしっかりと取れるので、雨天時等、フライが濡れて生地が伸びてインナーテントにくっつき、結露が生じたり、耐風性が落ちることを防いでいます。
このバランスはかなり繊細で、居住性と軽量化にも関わるところです。今回のテストは、気温3℃、雲の中に入ってあらゆるものが湿ってしまう状況でしたが、テント内は十分に快適さを保ってくれました。それは、こうした細かな部分の構造のよさゆえだと感じました。
②広い出入口は、好天&荒天どちらでも機能

山岳テントの多くは、出入口が小さくつくられています。長辺側に出入り口が備わっていても、出入りの際に風雨がテント内に入ることを防ぐため、小さくしか切られていないものがほとんです。ですが、小さい出入口だと、時に出入りに時間が掛かる……すると、風雨が吹き込む量が増えます。
一方、ヤール2の出入り口は広めです。広めですが、ダブルスライダーのジッパーを装備しているので、荒天時は出入りに必要な大きさだけ開ければ、素早く出入りでき、風雨の吹き込みも最小限にできます。

前室部のトビラは片側だけを開けることもできるので、風を抑えながら、煮炊きも可能です。好天時には全開にして、景色を楽しむ時間を満喫できます。
過酷な状況下での安全を最優先すれば、小さな出入口が正しいのかもしれません。でも、無理、無茶をせず、山の時間をゆっくりと味わうことを最優先するのであれば、ヤール2の出入口は、「広くてよかった!」と思えます。
③ミニマム空間を、1人使用で余裕をプラス

ヤール2のフロアサイズは、210×120cmです。2人用山岳テントとしては、標準的な広さ。先に比較したSLドームもまったく同じサイズです。
ちなみに山岳テントのヤールシリーズには、ちょっと小さめ1人用の「ヤール1」もラインナップされています。
- ヤール1
- ヤール2
- サイズ
- 210×90×室内高95cm
- 210×120×室内高100cm
- 重量
- 最小860g、最大1150g
- 最小950g、最大1250g
ヤール2は、幅が30cm広く、100g重いんです。

山岳テントは、その使用用途から、居住空間は必要最小限にして軽量コンパクト化されています。それは、しかし大きなストレスを感じないレベルの最低限の空間です。210cmという室内長は、そのギリギリを狙ったもの。
上の画像を見ると、173cmの身長の私の場合、足元にまだ余裕がありそうに思えますが、寝袋に入ると、壁に付いてしまいます。
そのため大きな体格の人は、もう1つ上の画像のように対角線上で寝た方がよさそうです。

2人用を1人で使えば、上の画像のように余裕があります。室内高も100cmあるので、着替えも問題ありません。
逆にこの広さを2人で使うとしたら、ちょっと窮屈です。それが山岳テントの標準ではありますが、しかし、ゆったり山時間を味わいたい人の1人用使いが、ベストだと私は思います!
スタンダード山岳テントの2人用だと重量が約1800g近くあったので、広さ、快適性を優先するには躊躇していました。でもヤール2なら、2人用の広さで1250gです。この重量なら、広さ、快適性を優先するのに、躊躇はありません。
他にも、ゼインアーツらしさ溢れる特長あり!

大きな特長の他に、ゼインアーツらしさを感じられる細かな機能もあります。
出入口と天井の上下の通気口

出入口のトビラの下部にはメッシュ地に開閉できるベンチレーションを装備。この下部分から吸気。

インナーテント内部の短辺側のウォール上部に設けられたベンチレーションから、排気。

上部のベンチレーションを外から見ると、ヒサシを装備。ヒサシは開閉でき、悪天時に雨の吹き込みを抑えられる仕様になっています。
室内ポケットと5つのループ

テント内短辺側に1ヵ所、小物整理のためのポケットを装備しています。また天井に細引きを通して小物を干したり、ランタンを吊るしたりできる、ループが5つ備わっています。状況に応じて自分なりにアレンジできる仕様は、ありがたいものです。
バックパックをギリ置ける前室

一般的な山岳テントよりも、少しだけ広め、奥行き最長45cmの前室を装備。エマージェンシーシート等でパック下部を包んでこの前室に置けば、テント内に2人入っても、なんとかなりそうではあります。
張り綱やペグも必要分を標準装備

張り綱は、フライシートから引き出す仕様を採用。インナーテントから引き出し、ポールと連結させて張る方が強度はありますが、それよりも強風下で、素早く張れることを重視したそうです。
このループが千切れるくらいの強風だとしたら、山小屋や避難小屋に退避するべき状況だと思うので、私は問題ないと思います。

ペグは、張り綱も含めてすべての箇所をペグダウンした際に必要な12本を標準装備。ポールが破損した際に通すリペアスリーブも同梱。ブランドによっては、必要最低限のペグしか装備されていないこともありますが、ユーザーサポートも充実しているゼインアーツだけに、しっかりしています!
しかもペグには1本1本に、ゼインアーツのロゴがプリントされているのがいい!こういう、ちょっとしたことが、ユーザーのギア愛、所有欲を満たしてくれる思います。
U.L.時代のスタンダード山岳テントに

素材の項で書いた通り、現在のスタンダード山岳テントと比べると、薄く、軽い素材を採用しているゼインアーツ/ヤール2。それにより2人用自立式ダブルウォールのテントながら、1250gの軽量化を実現しています。
しかし、軽さだけを求め、半自立式、非自立式、シングルウォールテントを選択すれば、1000g、または1000g以下のモデルも多くあります。テント泊山行に慣れた人であれば、非自立式でも、軽さを活かした行程を立てて、アルプス縦走も可能です。
でも、慣れていないテント泊、初めて登るルート、天候が読めない週末限定の山行等々、これまでより一歩を踏み出す時には、状況がシビアになる要素は極力省いたほうがいいと思います。つまり、テントは自立型ダブルウォールテントを選んだほうが、いいです。

そのなかで、デザイン性、軽さ、安全性、居住性(1人使用なら)、価格、サポートのバランスを重視するなら、ヤール2は選ぶべきテントのベスト3に入れたいモノです。
ヤール2は、2024年に販売された山岳テントのなかで、群を抜いて低価格です。その理由は、ゼインアーツの公式ストアを見るとわかります。
そこには「EC LIMITED」と表記され、ヤール2は公式ストア限定での販売となるからです。昨今値上がりしている流通コストを削減することで、低価格を実現。よいテントを安く手に入れ、できるだけ山でのよい時間を増やしてほしいと考えているのだと、想像します。

よいプロダクトを、どのように届けるかまでを考えたモノづくりをしているゼインアーツ。そして軽いだけではなく、安全性や使い勝手も高次元で融合させたヤール2。
YAMA HACKには「ギア・オブ・ザ・イヤー」のような賞はありませんが、2024年に発売されたプロダクトで、なにかひとつよいモノを選ぶとしたら、私はこのヤール2を選びたいと思います。
それでは皆さん、よい山旅を!