アイキャッチ画像撮影:鷲尾 太輔
春の森を彩る黄色い妖精・ミツマタ

ミツマタは中国原産のジンチョウゲ科ミツマタ属の落葉低木です。枝先が3本に分かれていることから、三つ叉すなわちミツマタという名前になりました。
冬の間は葉を落とした枝先に、新緑が芽吹く直前の春先になると可憐な花が開花します。小さな花が集まって半球型になっており、花びらではなく萼(がく)の先端が裂けてラッパのようにそり返っているのが特徴です。
一株だけでも数十個の花を咲かせるミツマタは、群落を形成すれば森一面に黄色い花が乱舞しているような見事な光景。春の山歩きで、心を和ませてくれる存在です。
樹皮は紙幣の原料にも

ミツマタの樹皮は、良質な和紙の原料としても重宝されています。紙材として中国から日本に渡来したのは戦国時代と言われていますが、万葉集にも「三枝(さきくさ)」の名前で登場することから、古くから日本人に親しまれてきた植物です。
ミツマタの強靭で長い繊維からは折り畳んでも破れにくい和紙が作れるため、紙幣の材料として有名です。同じ和紙の原料でも、生産量が多いコウゾは書道用紙や障子紙に使用されています。お財布の中で私たちの近くに存在している紙幣が可憐な花を咲かせると思うと、なにやら感慨深いですね。
今回は、そんなミツマタの可憐な花を堪能できる人気の11座を紹介します。
ミツマタの花見登山におすすめの山
1. 屋敷山|群馬(見頃は例年3月下旬〜4月上旬)

コース概要
林道三境線分岐(50分)→ミツマタ群生地入口(5分)→ミツマタ群生地(10分)→ミツマタ群生地入口(45分)→林道三境線分岐

渡良瀬川を挟んで赤城連山の東に連なる山々の懐にあるのが、屋敷山(やしきやま)ミツマタ群生地。鹿の食害で杉が枯れた後にミツマタが増え始め、現在の規模になりました。
駐車場から林道三境線を歩いて1時間ほどで到着できるため、ハイキング感覚で訪ねることができるのも魅力のポイントです。
入口の看板から少し下れば、谷の両側斜面が無数のミツマタで埋め尽くされており、まさに圧巻の光景。林道の途中からも群生地を見下ろすことができ、さまざまなアングルからミツマタに覆われた斜面を鑑賞することが可能です。

ミツマタ群生地の背後にそびえる三境山(さんきょうさん・1088m)へは、不明瞭な道が続くバリエーションルートで、登山にはおすすめできません。
時間や体力にゆとりがあれば、江戸時代から根本山神講という山岳信仰で多くの信者が訪れた霊山であり、関東百名山にも選定されている根本山(ねもとさん・1199m)などとあわせて楽しむのがよいでしょう。
2. 焼森山 |栃木(見頃は例年3月中旬〜4月上旬)

コース概要
焼森山登山口(15分)→ミツマタ群生地(50分)→焼森山(40分)→焼森山登山口

栃木県茂木町の東に位置する焼森山(やきもりやま・423m)北麓の沢沿いには、約3000平方メートルにおよぶミツマタの大群生地があり、町と地元の方々によって群生地をめぐる遊歩道が整備されています。
開花時期には「焼森山保全協力金」として、ひとり500円が必要です。アマチュアカメラマンや観光客も多く群生地への林道が混雑するため、クルマでアクセスする際には地図に記載した駐車場から北へ徒歩10分ほどにある車道沿いの駐車場を利用した方が良い場合も。また、焼森山西登山口方面にある「いい里さかがわ館」から、期間限定でシャトルバス(片道100円)の運行もあります。

ミツマタ群生地は森の中ですが、焼森山の山頂からは茂木の町並みを一望することができます。東側に連なる鶏足山(けいそくさん・430m)にも約30分で縦走することができ、こちらもおすすめの山。
栃木・茨城の県境に位置する山頂からは日光連山・那須連山・筑波山を一望することができ、弘法大師伝説にちなんだ護摩焚石・鶏石などの奇石をめぐるのも楽しみです。
3. 都留アルプス|山梨(見頃は例年3月下旬〜4月上旬)

コース概要
東桂駅(15分)→古渡(195分)→展望台(20分)→都留文科大学前駅

都留(つる)アルプスと聞いてもピンと来ない人も多いかも知れませんが、都留市の南側に連なる天神山(てんじんやま・580m)・白木山(しらきやま・625m)・蟻山(ありやま・658m)などの低山群を総称して、その名が付けられています。
なかでも最高峰の都留アルプス山(713m)の西側にあるミツマタの群生地は、年々その規模が拡大しており、見応え抜群。山麓にある都留市総合運動公園・楽山球場から歩いて10分ほどの場所ですが、今回は富士急行線の2つの駅をつなぐ縦走コースを紹介します。

富士急行線・東桂駅から車道を歩いて15分ほどの場所にある古渡が、今回の登山口です。ここからひと登りで、赤い鳥居がシンボルの住吉神社がある古城山(こじょうやま・583m)の山頂です。
ここからミツマタ群生地を経由して、都留アルプス山をめざします。地形図には記載されてない登山道を辿るので、GPSアプリなどでしっかりとコースを把握しましょう。
都留市街を挟んで三ツ峠山を望む、千本桜植栽地がある展望台から都留文科大学へ下れば、ゴールは目前です。
4. 大山|神奈川(見頃は例年3月中旬〜4月上旬)

コース概要
ヤビツ峠バス停(55分)→二十五丁目(15分)→大山(60分)→唐沢峠(40分)→不動尻(30分)→山神隧道(30分)→広沢寺温泉バス停

ミツマタ群落が多い丹沢山塊のなかでも、ひときわ大規模なのが七沢・不動尻です。
最寄りの広沢寺温泉からの往復や、北側にそびえる大山三峰山(おおやまみつみねやま・935m)・南西にそびえる日本三百名山・大山(おおやま・1252m)など、さまざまな山やスポットと組合せてのルート設定が可能です。
広沢寺温泉から不動尻までは舗装された林道でアクセス可能ですが、途中には照明のないトンネル・山神隧道を通過する必要があり、スリルあふれる冒険ムードを楽しむことができます。

今回紹介したのは、丹沢表尾根の入口でもあるヤビツ峠から広沢寺温泉への縦走ルート。大山山頂はもちろん富士山の絶景スポット、早春には冬の間に積もったたっぷりの雪をまとった白銀の日本最高峰を望むことができます。
スケジュールにあわせて、大山ケーブルカーから大山阿夫利神社経由で大山に登ってもOK。不動尻への下山が長く感じたら、九十九曲経由で日向薬師へ下るルートの稜線にも、ミツマタ群生がありますよ。
5. ミツバ岳|神奈川(見頃は例年3月中旬〜4月上旬)

技術的難易度:★★★☆☆
・ハシゴ、くさり場、雪渓、渡渉箇所のいずれかがある
・転んだ場合に転落・滑落事故につながる箇所がある
・ハシゴ、くさり場を通過できる身体能力が必要
・地図読み能力が必要
凡例:グレーディング表
コース概要
浅瀬入口バス停(40分)→滝壺橋・ミツバ岳登山口(60分)→ミツバ岳(60分)→権現山(100分)→浅瀬入口バス停

不動尻と並んで、丹沢山塊のミツマタの名所に数えられているのがミツバ岳(834m)です。中腹から山頂にかけての広範囲にミツマタが群生しており、晴れた日にはミツマタの花越しに富士山を望むことができます。
ミツバ岳ほどの規模ではありませんが、権現山[別名:世附権現山(よづくごんげんやま・1018m)]・菩薩山(756m)・尾園ノ頭(661m)を繋げた周回コースを歩けば、随所にミツマタの群落が点在し、登山道の周囲を彩ります。

ただし、このルートはすべて経験者向けの破線ルート。権現山への縦走路には登山道が不明瞭な箇所が多く、丹沢湖への下りも滑りやすい急斜面が点在しています。
自信がなければミツバ岳の往復だけでもおすすめ。登山口までの丹沢湖沿いには4月上旬頃から桜も咲き、水面とのコントラストを楽しみながら歩くことができます。
とはいえミツバ岳登山口から先も迷いやすい箇所が多いことに変わりはなく、地図やGPSアプリなどによる現在地や正規ルートのこまめな確認は欠かせません。
6. 鳶ノ巣山|愛知 / 静岡(見頃は例年3月下旬〜4月上旬)

コース概要
林道上松線分岐(10分)→林道鳶ノ巣線分岐(15分)→登山口(35分)→鳶ノ巣山(20分)→登山口(10分)→ミツマタ群生地(10分)→登山口(10分)→林道鳶ノ巣線分岐(10分)→林道上松線分岐

提供:ヤマレコ/Shige464986(鳶ノ巣山のミツマタ群落)
愛知県新城市と静岡県浜松市の県境に位置する鳶ノ巣山(とびのすやま・706m)は、両県側から登山道が延びていますが、最寄りは西麓の愛知県側・林道上松線分岐です。
樹林帯の山頂からは展望がないものの、浜松市の北端である山頂直下の南斜面はミツマタの名所。登山口から東海自然歩道に沿って東側へ寄り道することで、その群生地まで行くことができます。

鳶ノ巣山からの下山後に立ち寄りたいのが、同じ新城市にある百間滝(ひゃっけんだき)です。落差43mの滝は、日本最長の断層帯である中央構造線に沿って流れており、N極とS極がぶつかり合って磁力がゼロになるとされる「ゼロ磁場」というパワースポット。
滝壺に入った石が水流で回転して周囲の岩を削り取ってできた円形の穴である甌穴(おうけつ・ポットホール)など、珍しい地形も有する名瀑です。
7. 高畑山|滋賀(見頃は例年3月中旬〜4月上旬)

コース概要
林道入口(60分)→高畑山(40分)→林道入口

提供:一般社団法人 多賀観光協会(高畑山のミツマタ)
滋賀県多賀町にある高畑山(たかはたやま・471m)は、地図にも山名の記載がないほぼ無名の存在です。しかし3月中旬〜4月上旬だけは、登山者の数が急増します。そのお目当ては、中腹にあるミツマタの群生地。開花時期には、登山口となる林道入口から徒歩5分ほどの場所に臨時駐車場が開設されます。
小さなダムを横目に林道を進んでいくと、目の前にミツマタの斜面が広がり、群生地の中へと登山道が延びています。山頂は眺望がなく、ミツマタ群生地が終わった獣害防止フェンスから奥は、登山者が少なく不明瞭な箇所もあるので、初心者はミツマタ群生地の往復のみでもよいでしょう。

高畑山だけで物足りなければ、近隣の山と組み合わせて楽しむのもおすすめです。登山口から国道306号線を東に15分ほど走った鞍掛トンネル手前の駐車場からは、鈴鹿山脈最高峰・御池岳(おいけだけ・1247m)へ往復約5時間の道のり。
全山が石灰岩地質のため、ドリーネと呼ばれる凹地やテーブルランドと呼ばれる山頂台地など、カルスト地形ならではの変化に富んだ景観を楽しむことができます。多賀町周辺には、ほかにもカルスト地形を見ることができる山が点在していますよ。
8. 学能堂山|三重 / 奈良(見頃は例年3月中旬〜4月中旬)

コース概要
伊勢地出張所前バス停(30分)→ミツマタ群生地(120分)→学能堂山・石名原登山道入口(35分)→笹峠(15分)→学能堂山(10分)→笹峠(85分)→杉平バス停

三重県美杉町の石名原地区には、山林の間伐で日当たりが良くなり、この10年ほどで一気に広がったミツマタ群生地があります。その規模は約15000平方メートルと圧巻。最寄りの伊勢地出張所前バス停から徒歩約30分ほどで群生地の展望台に到着できます。
その南側、奈良県との県境にそびえるのが学能堂山(がくのうどうやま・1021m)。別名・岳の洞とも呼ばれるこの山は、知恵を授ける仏様・文殊菩薩がかつて山頂に祀られていたことが山名の由来です。
ミツマタ群生地からは長い林道歩きを経てようやく登山口に到着。山頂からは修験道発祥の地・大峰山脈などを一望できます。

美杉町にあるもうひとつの春の名所が、三多気(みたけ)の桜です。伊勢本街道から真福院までの約1.5kmの参道はゆるやかな坂道で、周囲には棚田が点在しています。参道沿いに植えられた桜が田植え前の水面に映る様子は、まさに日本の原風景ともいえる光景です。
国指定名勝やさくら名所100選にも認定されている三多気の桜の見頃は、例年4月上旬~4月中旬。ミツマタの見頃の後半と重なるため、あわせて訪れたい絶景スポットです。
9. 天王山|京都 / 大阪(見頃は例年3月中旬〜4月上旬)

コース概要
山崎駅(15分)→宝積寺(70分)→天王山(20分)→観音寺分岐(10分)→宝積寺(10分)→山崎駅

織田信長に謀反を起こした明智光秀を羽柴秀吉が破り、後継者争いに決着をつけた山崎の戦いの舞台でもある天王山(てんのうざん・270m)。山頂の山城跡をはじめ史跡や寺社仏閣が点在するこの山にも、ミツマタの群生地があります。
山崎駅からまずは宝積寺(ほうしゃくじ)の境内へ。8世紀に聖武天皇の勅願で高尾山薬王院なども開山した高僧・行基が創建し、山崎の戦いでは秀吉が本陣を置いた寺院です。

宝積寺境内の左裏から竹林を抜けると、いよいよミツマタロードと呼ばれる群生地がお出迎え。なだらかな登山道沿いを、黄色い花が彩ります。
天王山に登頂したら、山崎の合戦の様子を描いた陶板画が並ぶ「秀吉の道」を、酒解神社や点在する展望台を経て下っていきます。宝積寺まで戻ったら、往路を山崎駅まで戻りましょう。
10. 妙見山|大阪 / 兵庫(見頃は例年3月中旬〜4月上旬)

コース概要
妙見口駅(30分)→吉川峠(90分)→天台山(35分)→光明山(30分)→清滝(25分)→妙見山(10分)→妙見山上(40分)→ケーブル前(20分)→妙見口駅

大阪府豊能郡豊能町と能勢町、兵庫県川西市にまたがる妙見山(みょうけんさん・660m)は、東西南北からさまざまな登山コースが延びており、季節や交通アクセスに応じて多彩な楽しみ方ができる山として、関西百名山にも選定されています。
そのひとつである天台山コースの登山口となる吉川峠から歩き始め、南にそびえる青貝山(あおがいやま・391m)との間は、ミツマタの谷と呼ばれる群生地があります。
渡渉を繰り返すため初心者向けではありませんが、初谷渓谷コース沿いでもミツマタを見ることができますよ。

妙見山は山自体が日蓮宗道場の信仰の対象であり、山頂一体は能勢妙見山の寺域となっています。本殿に安置されている北辰妙見大菩薩は北斗星・北極星への信仰に由来する仏様で、この山は運命を司どる星の王・北極星信仰の世界的な聖地となっているのです。
また妙見山の「妙」の字は美しさ・清らかさ、「見」の字は姿を表すことから、美しい姿を意味します。こうしたことから、古くから花柳界・芸能界からの信仰を集める寺院でもあります。
11. 袴ヶ仙|岡山(見頃は例年3月下旬〜4月中旬)

コース概要
國司神社(70分)→袴ヶ仙南登山口(75分)→袴ヶ仙(30分)→袴ヶ仙北登山口(65分)→國司神社

提供:Instagram/puntos_sushi(袴ヶ仙のミツマタ)

岡山県美作(みまさか)市の北部に位置するのが袴ヶ仙(はかまがせん・930m)です。南登山口・北登山口へ至る沢沿いの林道沿いでは、春には随所でミツマタが群落を形成します。場所によっては沢の清流とミツマタが溶け合う風景もあり、ひときわ印象的に。
林道はところどころで分岐しており、誤った方向に進むと行き止まりになることもあります。見事なミツマタに惑わされずに、分岐では道標やGPSアプリもしっかり確認して進みましょう。

袴ヶ仙自体も狼岩・カエル岩・烏帽子岩などの巨石が点在する興味深い山です。岡山県の伝説に伝わる巨人・さんぶ太郎が置いたとされる烏帽子岩には、古代文字が刻まれているとの説もあり、興味は尽きません。
なお、登山口の國司神社周辺には駐車場はありません。最寄りの智頭急行・大原駅からタクシーを利用して訪れるのがおすすめです。
マナーを守って森の妖精を満喫しよう!

フォトジェニックなミツマタの群落は全体を俯瞰しても素敵ですが、f値(ピントが合う奥行きの範囲)を小さくしたカメラの設定や単焦点レンズで、花に近づいて前ボケ・後ボケの花を構図に取り入れることで、より印象的な写真表現を楽しめます。
けれども、撮影や鑑賞に夢中になるあまり、登山道を外れてミツマタの群生地に踏み込むのはマナー違反。ミツマタをはじめとする森の草木を傷めてしまうだけでなく、その場所が私有林であれば不法侵入となってしまいます。
森の妖精とも称される可憐なミツマタ……やさしい視線とスタンスで見守りたいものですね。