遭難者が一気に若年齢化!データで見る冬山登山に潜むリスク
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いよいよ冬山シーズン。白銀に輝く峰々での登山やスキーを楽しむために、日本アルプスや八ヶ岳連峰など長野県の山へ出かける人も多いのではないでしょうか。
長野県山岳遭難防止対策協会(長野県観光部山岳高原観光課内)が発信している島崎三歩の「山岳通信」には、多くの遭難事例が掲載。けれども定期的に目を通すこともなく、これらの遭難を他人事のように考えていませんか。
実は冬山シーズンは遭難者が一気に若年齢化、あなたがその当事者になるかもしれません。
2023/01/27 更新
編集者
YAMA HACK編集部
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YAMA HACK編集部のプロフィール
制作者
山岳ライター・登山ガイド
鷲尾 太輔
登山の総合プロダクション・Allein Adler代表。登山ガイド・登山教室講師・山岳地域の観光コンサルタント・山岳ライターなど山の「何でも屋」です。登山歴は30年以上、ガイド歴は10年以上。得意分野は読図(等高線フェチ)、チカラを入れているのは安全啓蒙(事故防止・ファーストエイド)。山と人をつなぐ架け橋をめざして活動しています。
公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅠ 総合旅行業務取扱管理者
鷲尾 太輔のプロフィール
アイキャッチ画像撮影:鷲尾 太輔
冬山シーズンの遭難者は20代〜40代が約3分の2を占める!?

データ提供:長野県警・作成:鷲尾 太輔[2019年〜2021年の7〜8月・9〜10月・12〜翌年2月に発生した長野県内の山岳遭難における年齢別の割合]※構成比は小数点以下第2位を四捨五入し、小数点以下を切り捨てています
これは長野県内で発生した過去3年間(2019年〜2021年)の山岳遭難における、夏山シーズン(7〜8月)・秋山シーズン(9〜10月)・冬山シーズン(12月〜翌年2月)の遭難者の年齢の割合です。
注目してほしいのが、20代以下〜40代の遭難者の割合。夏山・秋山シーズンともに全体に占める割合は2割台ですが、冬山シーズンはなんと6割以上。実に全体の約3分の2を占めているのです。

※2019年〜2021年の7〜8月・9〜10月・12〜翌年2月に発生した長野県内の山岳遭難
平均年齢でみても10歳以上も若年化しています。もちろん、50代以上だから安心ということはありません。あなたが深刻な山岳遭難の当事者にならないために……その対策は、今からでも十分間に合います!
冬山シーズン、特に注意したいポイントは?

画像提供:長野県警(島崎三歩)
今回は島崎三歩の「山岳通信」(※)をもとに、2019年〜2021年の12〜翌年2月に発生した山岳遭難の事例を様々な角度から分析・検証。三歩からのアドバイスも交えながら、安全に冬山登山を楽しむために注意すべきポイントを紹介します。
※島崎三歩の「山岳通信」
長野県山岳遭難防止対策協会が原則1週間ごとに発信。県内で発生した遭難事例を伝え、安全登山のための情報提供を行っている。
入山目的別で異なる態様(遭難原因)

データ提供:長野県警、作成:鷲尾 太輔[2019年〜2021年冬山シーズン(12〜翌年2月)における山岳遭難の、登山・スキー目的別の態]※構成比は小数点以下第2位を四捨五入し、小数点以下を切り捨てています
冬山の場合は、例えば雪山登山の“転倒”とスキーの“転倒”では状況が異なるため、入山目的別に態様を検証する必要があります。まずは登山中・下山中・山小屋滞在中を含めた「登山」と、スキー登山・ゲレンデ外滑走を含めた「スキー」での態様別割合を比較してみました。
それでは、読者の方の多くが目的とする「登山」を中心に、冬山の注意点を検証していきましょう。
雪山登山では「道迷い」が多発

※長野県内で2019年〜2021年に発生した冬山シーズン(12月〜翌年2月)の山岳遭難[かっこ内は2019年〜2021年の7〜8月・9〜10月に発生した長野県内の山岳遭難]
「滑落」「転倒」「疲労・凍死傷」がトップ3を占める夏山・秋山に変わって、冬山でトップに躍り出るのが「道迷い」による山岳遭難です。
日本アルプスや八ヶ岳などの高峰は、この時期はすべてが雪山。基本的に登山道は雪に埋もれているので、自分でルートを見極めて歩く必要があります。山によっては、登山地図やアプリに記されている無積雪期のルートどおりに歩けるわけではないのです。
入山者の多い山であればトレース(先行者の踏み跡)がある場合もありますが、これをあてにするのは危険。新雪が降った後などは、メジャーな山でもトレースが消滅している場合も多いものです。

撮影:鷲尾 太輔(体力も時間も浪費するラッセル)
雪山登山では、夏道の位置や地形による雪崩・滑落のリスクを考慮した上で、正しいルートを判断するための知識・技術も必要。その上で、無積雪期以上に地形図やGPSアプリをこまめにチェックしながら、常に自分が正しいルートを歩いているかを確認しながらの行動が重要なのです。
またトレースがない場合はラッセル(雪をかき分けながら進む)が必要で、体力・時間を大幅に消耗することも。歩行距離や時間にゆとりを持った登山計画で入山するようにしましょう。
登山ルートでは、降雪によりトレース(足跡)が消えている場合やラッセルを強いられる場合があるほか、転倒などで深い新雪に埋もれた場合には、自己脱出が困難になることもあります。
なお、県内の山域では、積雪期の登山ルートと無雪期の登山ルートが異なる山があります。登山をする場合には、GPSや地図アプリの情報を確認するだけでなく、必ず事前に、積雪量やルート情報を調べるようにしましょう。
〜島崎三歩の「山岳通信」第250号(令和4年2月3日)より〜
ホワイトアウトにも要注意

撮影:鷲尾 太輔(道迷いを起こしやすいホワイトアウト)
気象の変化が激しく、朝は快晴でも昼過ぎから猛吹雪ということも珍しくない冬山。トレースやシュプール(スキーの滑走跡)がある場所でも、視界不良の状態になってしまうと見失ってしまうことも。天候悪化が予想される場合は、行動を控えることが賢明です。
雪山での「ホワイトアウト」は方向感覚だけでなく、時には雪面の起伏すらも認識できなくなってしまう恐ろしい現象。雪山登山はもちろん、ゲレンデ外滑走のスキーにも(ときにはゲレンデ内でも)共通する注意事項です。
県内のスキー場は、標高が高い場所も多いことから、天候が悪化して吹雪や霧により視界が悪くなると、いわゆるホワイトアウトになる場合もあります。
スキー場を利用する際には、ゲレンデ情報や規制の状況をよく確認し、ルールとマナーを守るとともに、天候や視界が悪い場合には、コースをよく確認し、無理のない滑走をしましょう。
〜島崎三歩の「山岳通信」第212号(令和3年2月12日)より〜
深刻な負傷程度となる「滑落」と「転倒」

※長野県内で2019年〜2021年に発生した冬山シーズン(12月〜翌年2月)の山岳遭難
クラスト(硬く凍結した斜面)を登降する雪山登山では、アイゼンを岩やパンツに引っ掛けてのささいな転倒やスリップが、滑落にまで及んでしまうこともあります。そしてそのすべてが、深刻な負傷程度となっているのです。

撮影:鷲尾 太輔(着実なアイゼンワークが要求される雪山登山)
アイゼンを装着した歩行は、技術だけでなく体力も必要。本格的な雪山登山にチャレンジする前に、斜度や地形が安全な山でしっかりとアイゼン歩行の経験を身に付けることが、こうした遭難防止には欠かせません。
冬山登山では滑落防止のため歩行時にアイゼンを装着しますが、アイゼン歩行は前爪等をひっかけて転倒したり、いつもよりも靴底が高くなるため捻挫をしやすい等の危険性があります。また靴の重量が増すために足に疲労がたまりやすくなります。
「アイゼン歩行=危険地帯」という認識を持つとともに、歩行時には普段との違いを意識して慎重な足運びを心がけてください。
〜島崎三歩の「山岳通信」第248号(令和4年1月13日)より〜
雪庇の踏み抜きによる滑落も

撮影:鷲尾 太輔(稜線の風下側に発達した雪庇)
着実なアイゼンワークで行動していても、滑落することがあります。稜線の風下側へ雪がひさしのように張り出した雪庇(せっぴ)の上を歩いてしまうと、これが崩壊して斜面を長距離滑落してしまうのです。
天候による視界不良や、地形図・GPSアプリでの現在地の確認不足など、複合的な要因で発生するものですが、特に稜線上を歩く際には注意が必要です。
冬山の稜線での行動は、強風による低体温、視界不良時の道迷い、雪庇の踏み抜きや凍結による滑落等、様々なリスクがあります。
コースや天候状況を見極め、自身の力量に見合った慎重な判断をしてください。
〜島崎三歩の「山岳通信」第175号(令和2年1月9日)より〜
悪天候下で発生しやすい「疲労・凍死傷」

※長野県内で2019年〜2021年に発生した冬山シーズン(12月〜翌年2月)の山岳遭難
ここまで紹介した「道迷い」「転倒」「滑落」いずれの要因にもつながることがある悪天候ですが、なんと「疲労・凍死傷」による山岳遭難のすべてが吹雪・雪・曇の天候下で発生しています。
深雪でのラッセルによる疲労や暴風雪による低体温症は、身体に大きなダメージを及ぼし、行動不能を引き起こします。
県内は強い寒気が流れ込み、北部を中心に大雪となっています。標高が高い山域では、積雪量が増加しており、登山中に深い新雪に埋もれた場合には、自己脱出が困難になる場合もあります。また、稜線は猛烈な吹雪により視界が無くなってしまう、いわゆるホワイトアウトになることもあります。
県内の山は厳冬期であり、気温がマイナス20度前後になる山域もあるなど、非常に過酷な環境となっています。ささいな準備不足や判断ミスが致命的な遭難につながるため、計画の際には、ルートや天候の確認、装備品の点検を入念に行い、悪天候の際には、登山の中止をお願いします。
〜島崎三歩の「山岳通信」第249号(令和4年1月27日)より〜

撮影:鷲尾 太輔(視界不良の悪天候下ではヘリコプターによる迅速な救助は困難)
また悪天候下ではヘリコプターによる救助も困難で、捜索・救助隊の到着まで時間を要するケースが多くなります。
ツエルトやバーナーなど風雪と寒さから身を守る装備を携行したり、スノーショベルで雪洞を掘る技術を身に付けておくことが、こうした状況で「生き延びる」ことができるか否かを左右します。
もちろん、短時間のコースや日帰り登山であってもこれらは欠かせません。
冬山で遭難すると、状況によっては救助されるまで相当の時間がかかる場合があります。その間、遭難者本人や同行者は現場で風雪と寒さに耐えながら、救助を待たなければなりません。
冬山に入山する以上、遭難のリスクは誰しもあるものです。アクシデントに対応できるよう、非常用の装備を携行し、訓練を積んでから入山してください。
〜島崎三歩の「山岳通信」第173号(令和元年12月19日)より〜
山岳スキーで発生している遭難事例は、登山にも同様のリスクあり

※長野県内で2019年〜2021年に発生した冬山シーズン(12月〜翌年2月)の山岳遭難
ゲレンデ外滑走やスキー登山は、常に転倒・衝突や雪崩の危険性と隣り合わせ。
ヘルメット、雪崩対策装備(ビーコン・プローブ・スノーショベル)、GPS機器、緊急事対応装備(予備バッテリー・ヘッドランプ・防寒着・エマージェンシーシート・非常食など)の携行が呼びかけられています。
このシーズンに例年発生するのが、バックカントリーエリアでの遭難です。
同エリアは、非圧雪、非整備の斜面を滑走できることが醍醐味ですが、スキー場とは異なり、雪崩をはじめ、立木や岩への衝突、沢などに転落するリスクが伴うほか、転倒などにより深い雪に埋まった場合には、自己脱出が困難になる場合があります。
これらのリスクを認識するとともに、単独での入山は控え、雪崩対策装備(雪崩ビーコン・プローブ・ショベル)を携行しましょう。
また、スキー場を利用する際には、必ずルールを確認し、滑走禁止エリアには立ち入らないようにするとともに、マナーを守って楽しく安全に滑りましょう。
〜島崎三歩の「山岳通信」第246号(令和3年12月8日)より〜
出典:PIXTA(滑走開始地点までの「ハイクアップ」は雪山登山)
そして、これらの注意喚起はスキーヤーだけに向けられたものではありません。非圧雪・非整備のゲレンデ外という意味では、雪山登山のフィールドは原則として全てこれに当てはまるのです。
雪崩による埋没はもちろん、トレースを外れてしまい身動きがとれなくなったり、雪崩に流された際に斜面下部の立木・岩へ激突するリスクは、雪山登山も同様です。
クライミングでの山岳遭難は、ほとんどが「転落」

撮影:鷲尾 太輔(アイスクライミングは転落に注意)
ちなみに「登山」「スキー」以外に、岩登り・アイスクライミングを含めた「クライミング」を目的とした入山も。
この目的における山岳遭難の態様は十中八九が転落です(総件数7件のうち6件)。転落のほとんどが重傷に直結しているため、以下のアドバイスを再確認することも重要です。
原因としては、クライミング中のバランス崩し、システムや支点の点検・確認不足によるトラブル、クライマーと確保者相互のコミュニケーション不足によるトラブルなどが見受けられます。
現地で登り始める前に確実に安全確認をするとともに装備やシステム、手順についてパートナーとチェックし合う習慣を身につけましょう。
〜島崎三歩の「山岳通信」第176号(令和2年1月30日)より〜
同じ山でも難易度が上がる冬……一段階レベルを下げた登山計画を

※長野県内で2019年〜2021年に発生した冬山シーズン(12月〜翌年2月)の山岳遭難
この他、3年間のデータを集計すると上記のような傾向を見出すことができます。例えば悪天候で仲間が行動不能に陥ったり、雪崩に埋没してしまった場合に、適切に対処できるでしょうか。冬山では、複数人での入山で仲間がいても遭難につながることを物語っています。
無積雪期の遭難者の約半数は、加齢によって体力や身体能力が低下している60代以上。冬山の厳しい環境は、これに当てはまらない若年層であっても太刀打ちできないことが多いのです。
また「転倒」や「滑落」は遭難者が1名となる場合が多いものですが、悪天候による「疲労・凍死傷」や「雪崩」はその場にいる全員が被害を受ける可能性が高く、遭難者の人数も一気に拡大します。

撮影:鷲尾 太輔(楽しく安全な冬山登山を……!)
長野県が発表している「信州 山のグレーディング」も、無雪期・天候良好時を前提としたもの。「夏・秋に登れたから」「雪山に憧れているから」という考えではなく、自分の体力度・技術的難易度よりも一段階も二段階もレベルを下げた山・コース選びで、無理なく安全な冬山登山を楽しんでください。
制作協力:長野県山岳遭難防止対策協会
撮影:鷲尾 太輔(「慈愛の心」で覚えてください!)
冬山のリスクを知ろう!
道迷いを防止しよう!
滑落・転倒を防止しよう!
低体温症のリスクを知って生き延びるために
雪崩のリスクを知って生き延びるために
慎重かつ入念な計画と準備の重要性を知ろう!
安全に登山を楽しもう