エネルギー補給のためとついつい食べすぎちゃう
山へ行くA助さん。たくさん動けるようにと、いつもの倍のごはんを一気に掻き込んでから出発するようです。
ただ……
あれあれ、なんだか逆に動けなくなってしまったぞ!お腹はいっぱいのはずなのに、なんだか力がでない。カロリーはたくさんとったのに、どうしてだろう。
そこでA助さんは自分の胃に早く動けと命令します。
悲痛な叫びを上げる胃くん。どうやら普段よりも食べ過ぎたせいで、消化ができなくなっているようです。
山ではカロリーをたくさんとるといいと聞いたことがあるけど、どうしてうまくいかなかったのでしょうか。
運動生理学に詳しい教授へ「食事とエネルギーの関係」について伺いました!
山本正嘉(やまもと・まさよし)
1957年生まれ。東京大学大学院修了。博士(教育学)。現在、鹿屋体育大学教授および同大学スポーツトレーニング教育研究センター長。さまざまな登山家やアスリートに対して科学的なトレーニングサポートを行ってきた。2001年に秩父宮記念山岳賞、2021年には日本山岳・スポーツクライミング協会から日本山岳グランプリを受賞。2016年にこれらの成果をまとめた『登山の運動生理学とトレーニング学』(東京新聞出版局)、
2021年2月に『アスリート・コーチ・トレーナーのためのトレーニング科学〜トレーニングに普遍的な正解はない〜』を出版。
教授にお話を伺ったところ、どうやらA助さんは「食べ方に問題」があるようです。
今回は、効率よくエネルギーに変えられる「山での食事法」について紹介していきます!
カロリー摂取だけじゃ意味がない!?吸収されやすい食べ方とは
山で快活に身体を動かせるように、エネルギーが吸収されやすい2つの食べ方を意識しましょう。
《1》必要なエネルギー分を少しずつ分けて食べるのが◎
どか食いをするとたくさんの食べ物が一気に胃腸へ。すると消化吸収に時間がかかり、消化不良を起こしてしまう可能性があります。
吸収できるエネルギー量にも限界があるため、必要な量を知って、1〜2時間ごとに細かく分けて摂取していくのがコツです。そのため、山での食事は昼食(お昼にまとめて食べるご飯)というワードを使うのではなく、小刻みに行動中に食べる「行動食」というのが一般的。
《2》優先度の高い栄養素から摂取しよう
登山のような有酸素運動では、炭水化物と脂肪の2つが中心的なエネルギー源になります。
このうち登山当日の食事は、炭水化物を中心にとるのがオススメ。2つの栄養素を比べてみると、それぞれ身体に蓄えられる量には大きな差があり、炭水化物はすぐに消費されてしまうためです。
空腹時に蓄えられている量が、脂肪7.4日分に比べて、炭水化物は1.5時間分のみ。このため運動をすると、炭水化物の方が先に枯渇しはじめます。
脂肪だけで燃焼すれば、ダイエットになるのではないか!と考えがちですが、残念なことに脂肪単体ではエネルギーにはならないのです。
炭水化物が枯渇すると、代わりに筋や内臓のタンパク質が燃えてしまいます。そうすると3つの大きな理由から、疲労を感じやすい身体に。
①重要な身体組織が分解されてしまう
②十分なエネルギーが出せない
③多量の老廃物が出て、腎臓に負担をかけてしまう
老廃物がでることでむくみやすくなったり、筋肉に負担がかかったりとデメリットが目立ちます。
そのため行動食は、炭水化物を最優先に摂取。それを十分に摂取したうえで、脂肪やタンパク質を合わせてとるといいでしょう。
あなたに必要なエネルギー量は?事前に食事計画を立てよう
前述した「食べ方」を実践するためには、事前に食事計画を立てるのがオススメ。計画して実践して振り返りをすることで、山行を重ねるごとに自分の食事量を調整できるようになっていきます。
計画を立てるためには、
《1》登山でのエネルギー消費量を知る
《2》コースタイムに合わせて、摂取するカロリーを決める
が必要です。
《1》登山でのエネルギー消費量を知る
登山の行動中のエネルギー消費量は、【体重(kg)×行動時間(h)×5メッツ】の式で出せます。メッツとは、身体活動の強さと量を表す単位のことで、登山の数値は5(※1)。標準タイム(※2)で歩く場合に使う簡易式となり、山の種類や年齢、性別に関係なく当てはめられます。
この計算式で出した消費量のうちで、7〜8割ほどのエネルギーを山行当日の朝や行動中に補給が必要です。
《2》コースタイムに合わせて、摂取するカロリーを決める
上りでは、たくさんのエネルギーを使うため、2時間もすれば炭水化物が枯渇しはじめます。最低でも2時間(できれば1時間おき)に食べるのがオススメです。
下りは上りほどエネルギーを使わないと考えがちですが、筋にとっての負担度の高い運動をすることになるため、下りも炭水化物の消費率が大きい。そのため、上りと同等のエネルギーを摂取する必要があります。
上記2点を踏まえて、実際の数字を当てはめて食事計画を立ててみましょう!
体重60kgの人が軽装で8時間の日帰り登山をする場合
【総消費エネルギーは60kg×8h×5=2,400キロカロリー】になるので、その7割である1,680キロカロリーを摂取する必要があります。
大体朝食で600キロカロリーほど食べるとすると、行動中は1,080キロカロリーを1〜2時間ごとの複数回に分けて摂取することに。
図のように、1時間おきに摂取すべきカロリーを計画しておくといいでしょう。
カロリーと合わせて、どんなものを食べるかあらかじめ決めておくのがオススメ。炭水化物を中心にとるとなるとご飯やパンなどが代表的なメニューとなりますが、これをしっかりとることに加えて、脂質やタンパク質を摂取するといいでしょう。
▼自分の山行スタイルに応じて食事計画も調整しよう
上で紹介したのは簡易式。これよりももっと正確に数値を出したい人は、下記計算も試してみてください。
荷物が重い!そんな人は細かい計算式も参考に
コース(ルート)定数とは、標準タイムで歩く場合のコース負担度の科学的な数値で、〈1.8kg×行動時間〉+〈0.3×歩行距離(km)+10.0×上りの累積標高差(km)+0.6×下りの累積標高差(km)〉の計算式で表したもの。
荷物の重さ(衣服や靴など身につける物の重さも含む)や歩行距離の細かい数字を入れて計算すると、より自分に合ったエネルギー消費量を出せるようになります。
コース定数は、山と渓谷社が出版している分県登山ガイドや各県が公表しているグレーディング表で確認することが可能です。
実際に数字を当てはめてみましょう!
▼たとえば体重60kgの人が10kgの荷物で、渋の湯から天狗岳を往復する場合
長野県のグレーディング表から、天狗岳のコース定数23.1(コースタイムは6時間24分)を発見。計算式は、【(60kg+10kg)×23.1=1,617キロカロリー】となります。その7割となると約1,132キロカロリー。
基本的には最初の計算式で求められますが、より細かく数値を出したい人には荷物重量を含めた計算式で出すのがオススメです。より正確に自分の消費量や必要エネルギーを求められるようになりますよ。
シーンに応じて効率良く!意識しておきたい食事法
前日
脂肪は先述のとおり、空腹の状態でも7.4日分蓄えられています。そのため、まずは炭水化物を十分に摂取。それが満たされた状態でタンパク質や脂肪をバランスよくとるようにしましょう。
当日の朝食
炭水化物を最優先に摂取。ご飯やパン、麺などがオススメ。朝早くてどうしても食べられない場合は、行動を開始してから休憩ごとに少しずつとります。
行動食
朝食と同様に炭水化物を中心にとることを心がけ、その上でタンパク質や脂肪もとるといいでしょう。上り下りで同等のエネルギーを補給できるように、1〜2時間で摂取する計画をしておくといいですね。
自分にぴったりの量と摂取の仕方を取り入れていこう
今までカロリーをとればとるだけいいと考えていた、山での食事。効率のいいエネルギー変換方法があったなんて、驚きですね。山での行動計画とともに食事計画も一緒に立ててみてはいかがでしょうか。
回数を重ねるごとに、計算式だけではわからなかった自分のエネルギー過不足も把握できるようになります。食事を楽しみながら、より山で快活に動けるように調整していきましょう!
▼もっと山での食事法について知りたい人は、山本正嘉教授の著書をチェック