アウトドア技術に注目した、新しい「防災術」の本が登場
東日本大震災から10年目を迎える今年。節目を迎えてさまざまな振り返りがニュースでも報じられていますが、そんななか、3月4日に少し変わった『キャンプ×防災のプロが教える 新時代の防災術』という本が刊行されました。監修者は寒川一さんです。
監修:寒川一(さんがわ・はじめ)
1963年生まれ、香川県出身。アウトドアライフアドバイザーとして、アウトドアでのガイド・指導はもちろん、メーカーのアドバイザー活動や、テレビ・ラジオ・雑誌といったメディア出演など、幅広く活躍中。とくに北欧のアウトドアカルチャーに詳しい。東日本大震災や自身の避難経験を経て、災害時に役立つキャンプ道具の使い方・スキルを教える活動を積極的に行っている。
ー『新時代の防災術』監修者プロフィールより
寒川さんは1日1組限定で絶好のロケーションでの焚き火体験を提供する「焚火カフェ」など、ユニークなアウトドア活動を行ってきました。また、これまでにも『新しいキャンプの教科書』など、アウトドア初心者にもわかりやすい書籍を出版するなど、アウトドア業界では名の知れた人。
この本では、「持ち出し品」や「避難シュミレーション」といった従来の防災本に則したノウハウを紹介しながらも、「火と水の確保」「道具とスキル」というような寒川さんのアウトドアでのエッセンスを取り入れることで、キャンプなどの野外活動でも防災でも役立つスキルやアイデアについて書かれています。
『新時代の防災術』という堅いタイトルですが、実は東日本大震災の翌年以降、アウトドアを防災に活かす一般向けワークショップを開催してきた寒川さんにとっては集大成ともいえる本。
今回はアウトドアアクティビティのひとつである登山と防災について、またこの本を出すに至った経緯などをインタビューしました。
登山は「防災に強いアクティビティ」ですか?
ところで、登山者のみなさんは日々の山登りで薄々感じているかもしれません。
「テントもあるし、食料もあるし、調理器具も寝袋もある。これってそのまま避難装備になるのでは……」
ちなみに上の写真は編集担当のテント泊の場合の1泊2日山行セットです。ザックは40L。
洋服とギアはクローゼット、調理食事関係は台所の戸棚など、家の中での保管場所が決まってます。そのなかでも細々したものは「衛生用品」「非常用」「温かい飲み物」などラベルをつけたジップロックに小分けにしています。
これは別に災害用というわけではなく、普段から思い立ったら山に行けるよう、パッキングの時間を節約するために自然と行うようになった整理方法。
寒川さん、私の山道具は災害時にそのまま使えますか?
登山者とカヤッカーのギアを比べてみたところ・・・
本の中では「自分なりの持ち出し品をデザインしよう」という項目があります。いわゆる市販品の防災グッズセットは汎用性は高いけど、パーソナライズはされていません。自身のスキルや必需品によって防災グッズをアレンジすることでより「使える持ち出し品」にしていこうという提案です。
寒川さん:この本では登山から鈴木みきさん、カヤッカーから鈴木克章さんにそれぞれの必需品を挙げてもらいました。これはメインの読者であるキャンパーがまったく知らない世界の人だから。
面白いのが、みきさんは使うものを小分けにし、計画的に「山での備え」をしている点。逆に克章さんは家庭用のフライパンを「壊れないし、叩く・投げる・掘るができる」と挙げています。これは狩猟採集しながらカヤッキングをしている経験があるから。守りと攻め、選ぶものもアクティビティの性質によるんですよね。
確かに鈴木みきさんのパッキングと編集担当のパッキングは系統でいうと同じ。「備え」が基本姿勢なのかもしれません。
寒川さん:登山はサバイブしないことが前提。「転ばぬ先の杖」ではないけれど、夏山や雪山など想定をした状況に対して、道具がユニット化されて整理されているイメージですね。
登山の強みと弱点は?
山では手に入らないものを計画に合わせて携行する「登山」、現地調達・狩猟採集が前提の「カヤッキング」。後者は野外に放り出されても臨機応変に対応できそうですが、服部文祥さんでもない限り、一般的な登山者はそもそものアウトドアスキルが試されそう……。
登山のノウハウはどういった点で生かされ、どんな強み・弱みがあると考えられるのでしょうか?
寒川さん:まず道具という点では、登山用のものはスタッキングや軽量化がなされていて、とても洗練されているなと思います。これは「自分で担いで歩く」ことが前提だから。水や荷物の容量に対しても、普段のパッキングの経験で見当がつきますよね。
あと登山者は「自分が荷物を持って何時間歩けるか?」というエネルギーの計算を日頃からしていて、どれくらい歩いたらハンガーノックになるかの予測ができますよね。これも強みです。
一方で「火の取り扱い」という面では弱いかもしれませんね。山のテント場ではガスやアルコールなど熱源が限られています。そういったものがない状況でも火を安全に熾すスキルがあるといんじゃないかなと思います。ブッシュクラフト的な要素を身につけるといいかも。命を落とさない範囲での日帰り登山で、携行する道具に制約を加えて山を歩いてみると面白いかもしれませんよ。
登山にひとつ落とし穴があるとすると、計画通りに行かなかったときにリカバリーできるかどうか。災害は台風、地震など「先を読めない」状況に陥ることがあります。その際には変化する状況よりも「命を守るためのリミット=サバイバル3の法則」を元に行動の優先順位を決めるといいとのこと。
具体的には「3」という数字を基準に、なくなると命の危険にさらされるものをわかりやすく示したものになります。
◎3分間:酸素
これは災害時はもちろんですが、遭難時などいつもの登山で起こりうる「万が一」にも役立つ考え方です。
「かっこいい」も動機のうち。SNSで自慢したくなる寒川流道具考
ところで、寒川さん自身はどのような道具を持ち出し品にしているのでしょうか?
取り出したのはオレンジの無骨なツールボックス。アメリカの<ペリカン>の防塵防水ケースをステッカーチューン。軍や消防などの現場でも使用される実用スペックとギア好きにはたまらないデザインです。
中身は2人分の最低限必要となるものが入っています。一次持ち出しはこれですが、状況に応じてプラスしていくそうです。
寒川さん:何がいいって、かっこいいじゃないですか(笑)。道具のかっこよさは、持つことへの愛着につながると思うんです。こういうものをみて「かっこいいな」とか「自分もこういうものを持ちたいな」と思ってもらうことも大事。かっこつけるというのも、人の人たるところですから。防災グッズも自分の感性を取り入れて、もっと自慢していいものであっていいと思うんです。
アウトドアのギアは合理的な思想や目的を持っていて、プロダクトとしての美しさやかっこよさがある。そういったところにも目を向けると、防災への備えが楽しくなりそうです。
◎合理性:ヘッドライトは顔を向けた方を照らす。便利と混同しやすいけど、便利はその結果。
アウトドアで「列に並ぶ人を1人減らせる」かもしれない
「東日本大震災での避難所の様子を映し出すテレビで、不便で快適ではない生活を強いられる人たちを見て、アウトドアの知識や道具があれば、非常時でもより快適な生活を送れるかも知れない」――この本を監修するもっと前、寒川さんがアウトドアを防災に役立てることはできないか?と活動を始めたきっかけでした。
2012年には火熾しなどのワークショップをはじめましたが、そこで感じたのは、防災の世界にアウトドアを持ち込むことへのアウェイ感、一般の人たちに対してアウトドアスキルを教えるワークショップをやるという空振り感でした。
火熾しなどを「防災上のスキル」として学んでも、学んだ人の生活で活かす機会がない。「そもそも参加者も10人とか少なくて。火熾ししてると子どもは面白がって寄ってきたんですけどね(苦笑)」と寒川さん。一般には受け入れてもらえなというジレンマを抱えながら、それでも10年間、地道に活動を続けてきました。
「キャンプ」という方程式の解を得た2020年
そんななか、折しも2020年は「新たな災害」とも呼べる新型コロナウイルスの感染拡大がありました。ソーシャルディスタンスが取れるレジャーとして「キャンプ」に大きな脚光が当たったのです。
寒川さん:多くの人たちがキャンプをするようになりました。道具を手に入れて、焚き火などもするようになった。あと何年、自分がワークショップして伝えていけるかと思っていたところに、大きなスピーカー(伝道、拡声)となるものが登場した。「キャンプ」という言葉が「防災」という大きくて重いテーマの方程式の解になると思ったのです。これを活かさない手はないなと、この本を作ることになったのです。
10年前に起きたことをどう自分に染み込ませてきたか。個々の人が問いかけるタイミングで、(この本を出せたことは)僕は自分の中での小さな約束を守れた。いまはそういう思いです。
アウトドアの根底にある「生きる力」
ここ数年、北極圏の先住民の生活や文化に触れる機会があったことも、寒川さんにとっては大きな気付きになったといいます。
寒川さん:彼らは厳しい自然の中で暮らしを営んでいます。僕らのようなレジャーではないんです。それは「生きる力」そのもの。1日1日の暮らしをつなぐことで、個としての命をつないでいく。自助とか共助とか、そもそもそういう発想がないんです。
でも彼らの持つような「生きる力」は、原則アウトドアにも含まれていると思うんです。命をつないだその上で、何かを生み出そうとするのが人間なんじゃないかなと。
寒川さんは「スタディトレッキング」というワークショップを行っています。4〜5時間をかけて、里山を歩き回って、水源を探して浄水器で飲水を作り、燃料となるものを集めて、ナイフを使って火を熾し、湯を沸かすというもの。
浄水器は数千円で購入できるものですが、そこには長年に渡る人工透析の濾過技術が生かされています。それは人間が生み出した叡智の結晶。原初的なやり方に遡るだけではなく、現在の最先端にあるギアも上手く駆使しています。
おそらく、この1年間でキャンプを通じてアウトドアの世界に飛び込んだ人は格段に増えたと思います。とはいえ、その数は860万人(※オートキャンプ白書2020より)程度です。
寒川さん:アウトドアのスキルから「生きる力」を得た自分たちが行列や避難所から1人抜けることで、それ以外の人が助かるかもしれません。そういった思いに同調する人たちが増えればいいなと思います。
キャンプ×防災のプロが教える『新時代の防災術』 |寒川 一