湯俣から湯俣川に入り、本格的に出発!

翌日は早朝に湯俣を出発します。
伊藤新道の大半の区間は無整備で、水量によって歩行の難易度が大きく変わります。ときには崖が崩れて先に進みにくい状況になっていることも考えられますが、すべては”行ってみないとわからない”状況ともいえます。状況は毎年変わる可能性があり、ここで紹介しているのはあくまでも「2019年」の状況をもとにしたものだと考えてください。
だからこそ、できるだけ時間には余裕を持たねばなりません。

晴嵐荘から高瀬川をわずかにさかのぼると、湯俣川と水俣川の合流地点(出合)となり、水俣川のほうに吊り橋がかかっています。これを渡って湯俣川側へと移り、ここから本格的に伊藤新道へ。
まずは「谷」パートの始まりです。



ちなみに、高瀬川とは水俣川と湯俣川が合流してからの川の名前であり、この出合より上流では、伊藤新道は湯俣川沿いにつけられている道、ということになります。
湯俣を出発して以降、5つの吊り橋(の跡)があり、ルート上のポイントになっていることがわかります。
これから、その”吊り橋跡”を区切りとして、少しずつ前進していくわけです。
【噴湯丘~第1つり橋跡】
第一の見どころ、天然記念物の”噴湯丘”

伊藤新道の始まりは、湯俣川の右岸(上流から下流を見て、右側のこと)。しかしすぐに”渡渉”して左岸へ渡らなくてはいけません。これ以降、渡渉を20回近く繰り返すことになります。

湯俣を出てすぐ、はじめの渡渉を完了した付近には、”噴湯丘”があります。これは長い年月をかけて半球形に温泉成分が固まったもので、国の天然記念物に指定されています。こいつは本当に見事ですよ! 人間の身長ほどもあり、これを見るためだけに湯俣を訪れる人も多いくらいです。




【第1つり橋跡~第2吊橋跡】
頭上にぶら下がるワイヤー。各地に残る伊藤新道の痕跡

渡渉を繰り返して湯俣川をさかのぼり、周囲をぐるりと眺めていると、ときどき”人工物”を見かけます。それらはどれも伊藤新道にまつわるもので、とくに桟道や吊り橋の跡が目立ち、ちょっとした”遺跡”をまわっているような気分にさえなってくるほどです。

それにしても、これほど険しい峡谷に、よくも登山道をつけたものです。これを計画した故・伊藤正一さん(三俣山荘の初代の主人)の熱意と苦労がしのばれます。
次々に現れる危険個所。どう突破していくか?
湯俣から上流へ向かっていくと、とくに厳しい難所は前半部分に集まっていることがわかります。次の写真は三俣山荘関係者などからは”ガンダム岩”と呼ばれているポイント(この角度からだと、なにがガンダムなのかわかりませんが)。崩壊が激しく、大岩の横を登っていくのは非常に大変です。

大岩の右側から登って登れないことはないようにも見えますが、手をかけた岩が崩れ落ちたら……などと考えると、とても足を踏み入れる気になれませんでした(しかし、三俣から戻る復路では、ロープを出して通過)


じつはここ、以前ならば川のほうから比較的スムーズに突破できたのですが、現在は難しくなっています。今回は水量が多く、現実的ではありませんでした。
そこで、このときはガンダム岩の上を大きく高巻くことに。崩れやすい岩の上を慎重に、数十mも登っていきました。



これだけ高巻きすると、体力はかなり消費します。また、これはこれで落石や滑落の危険がなくなるわけではなく、いくらか”マシ”になるだけ。でも、1%でも危険度が下がるのならば、時間と体力をかけて迂回する意味はとても大きいのです。