登山中のケガや病気。そのとき「備え」はありますか?
不整地を歩く登山では、ケガやトラブルのリスクは切り離せません。下界であればすぐに診療や治療を受けることが可能ですが、山岳というシチュエーションではそれ自体が困難です。それは上級者でも初級者でも山に入るという点では同じです。
かつ、今年は新型コロナの影響で休業を余儀なくされている山小屋もあり、夏山診療所も開設していないところも。そのため、例年以上に有事の際の応急処置は自分で行なえるよう、備えておくことが大切ですね。
今回は「そもそも持っていない」「市販品のキットを持っているけど、これで大丈夫?」など、イマイチ使用する場面のイメージがわかない登山初級者が「ファーストエイドキット」を持って使えるようになるためのヒントをお届けします!
「ファーストエイドキット」とはどんなものなの?
そもそも「ファーストエイドキット」とは、その名の通り、ケガなどが起こった際にまず最初の処置として行うための道具を詰め合わせたキットです。
筆者の周りの登山仲間にヒアリングしてみたところ、登山歴が長いため基本的にほぼ全員が万が一に備えファーストエイドキットを持参していました。
が、買ってほぼそのままという人や自分用にカスタマイズしている人もいたり、その内容はまちまち。また、その内容に自信満々!という人は稀…。
ところで、一般的なファーストエイドキットには、何が入っているか知ってますか?
ファーストエイドキットといっても、中身はさまざま!
上の写真はあくまで一例ですが、大判&標準サイズの絆創膏が各数枚、滅菌ガーゼ数枚に固定用テープが約3メートル分。ミニマルなセット内容ですが、ちょっとしたすり傷や靴ずれ、足首固定などの処置なら対処できそうです。
こちらは内容量が多いタイプのものになりますが、先のキットにハサミやピンセット、綿棒、安全ピンやホイッスルなど、さらに多くのエイドアイテムが付与されていますが、逆にテーピングなどは入っていません。
また、ホイッスルはザックのチェスト・ストラップに付いていることが多く、必ずしも含む必要はなさそうです。
滅多に出番のないファーストエイドキット。出費という意味でも重量という意味でも「負荷」になりますが、せっかく持っていくなら本当に役立つものを持っていきたい!と思いますし、市販キットのそのままでも良いのかどうか悩みますよね。
例えば、筆者の「ファーストエイドキット」を紹介すると…
ちなみに上の写真は、30km~50kmのソロでの日帰りロングハイクをメインとする筆者が携行しているファーストエイドの中身ですが、軽量化のためポーチは使用していません。自身の用途にカスタマイズしたうえ、ジップロックに自分なりにカテゴライズして小分けにしています。
「自分の心配」に合わせてカスタマイズした結果
中身を詳しく見ていくと、ポイズンリムーバーやマダニ除去用ツイスター、挫創時の止血目的での瞬間接着剤や簡易裁縫セット、医療用カッター、アナフィラキシーショック回避用「エピペン」(医師による処方が必要) や予備コンタクトレンズなど、自分自身の懸念を補うアイテムを持参しています。
幸い、絆創膏とテーピング、ポイズンリムーバー程度しか使用実績はありませんが、いざという時に命運を分けるかもしれないため、日帰り・泊まりに関わらず、グリーンシーズン向けハイク時には常に携行するようにしています。
しかし、山行形態や心配事は人それぞれのため、これがみんなに当てはまるわけではないのが悩ましいところ!
そこで、クライアントである登山者の安全を担うガイドであれば、さまざまなケースに対応できるキットを教えてくれるのではないか?ということで、元・遭対協(山岳遭難防止対策協会)で多くのレスキュー活動にも携わった現役ガイドに聞いてみました!
気になるガイド携行のエイド内容は?
今回、取材に協力いただいたのは、これまで涸沢ヒュッテでの小屋番や北アルプス遭対協でレスキューに携わった現役ガイドで、われわれ登山者の多くが情報収集でお世話になっている『ヤマレコ』の山岳アドバイザリースタッフでもある伊藤嘉一ガイド。白馬村在住で北アルプスをメインにガイドを行っています。
まずは伊藤ガイドがクライアントをガイドする際に携行する「ファーストエイドキット」を見せてもらいました。
ガイドが持参するものは「対外的応急処置」を想定
一方われわれガイドは「医療行為は行なわない」を前提としたうえで、クライアントであるお客さんに対する応急処置を想定した対外的なものになります。
有事を未然に防ぐことが最善ですが、万が一の時、おおむね対応できる内容として現在のエイド内容となっています。
残念ながらその逆のケースもありましたが…
意外な盲点!薬は自分自身で持っていかなくてはならない理由
やはりガイド時のお客さんの体調不良に備えてですか?
実は薬品を他人に与えるのは「薬機法(旧薬事法)」に違反するのです。
※厚生労働省・大町保健所薬剤師とも確認済み
これまでも痛み止めや足攣り対策の漢方薬など、お困りの登山者に差し上げたことがありましたが…
ただ、なにより怖いのはやはり副作用です。人から「もらう」「あげる」ことには「副作用」というリスクが少なからず潜んでいるため、自身での携行が必要です。つまりファーストエイドの中に薬は不可欠ということです。
ケガの応急処置はどんなケース?
ところで、登山時はケガのケースも多いですよね。
しかし、骨折はおおごとですね!
骨折は患部が動くことにより悪化する可能性があります。ひどい捻挫の場合も素人では骨折との判断がつきません。足首の捻挫で歩行が困難な場合も救助を要請したほうが無難です。
「ファーストエイドキット」が実際に役立ったのは、こんな場面!
とはいえ、「ファーストエイドキットが役立つ場面は本当にあるの?」と考えると、使った経験がない人にとってリアリティが薄いかもしれません。でも実際に以下のようなケースで役に立ったという事例を、伊藤ガイドに教えてもらいました。
■ケース①
ガイド時、登山者の1人が転倒、胸痛を訴えたため、幅広包帯で胸部をぐるぐると巻いて固定。下山後病院での診察で肋骨骨折が判明。幅広包帯が有効となった。
■ケース②
ガイド中、登山者の1人が熱中症に。 飲み水に加え、消毒用の予備水を持参していたため、ツェルトで日陰を作って寝かせ、内股、および両脇の動脈部に水を入れたビニール袋をはさみ救助要請。病院から適切な処置があったため回復と報告あり。
■ケース③
縫合処置が必要なほど深い裂傷を負った血だらけの登山者に遭遇。当人はファーストエイドキットを持参していなかったため、代わって予備水で洗浄し汚れを落とし、消毒液と滅菌ガーゼで応急処置と適度な圧迫止血を行ない下山。
これとこれとこれ…
あと、これも念のため!
これがファーストエイドキット 「何を持ってたら良いんだ問題」の答え ですね!
【結論】ガイド推奨の登山初級者向けエイド内容はこれだ!
品目 | 用途 | |
手指消毒用アルコール | 処置前の手指消毒用 (コロナ対策にも◎) | |
コットン球 (またはガーゼ) | すり傷や切り傷等、患部に当てる用 | |
滅菌粘着パッド | 消毒後の患部保護 | |
絆創膏 | 消毒後の患部保護 | |
包帯+固定用テープ | 止血やガーゼ固定、患部保護・固定 | |
テーピング | ガーゼの固定や捻挫での手足固定、登山靴のアウトソール剥がれ処置にも | |
ハサミ | テープや包帯などをカット | |
ポイズンリムーバー | 蚊・アブなどの全身症状が表れない虫刺されに | |
綿棒 | 患部の汚れ・異物除去に使用 | |
水 (500mLペットボトルなど) | 患部の汚れや血の洗浄・消毒 | |
常備薬 | 胃腸薬、鎮痛剤、目薬など個人用 |
ついにファーストエイドキットの推奨アイテムが明らかに! 過不足ない内容ってどんなだろう?とずっと疑問に思ってきましたが、基本のセットは、多いように見えてもポーチにすべて収まってしまう程度です。
それと、とても重要なのが「予備水」です。患部を洗浄するのに清潔な水は不可欠。余れば飲み水にもできますし、万が一のビバーク時にも有効。これらを備えておくだけで、いざという時の安心感がまったく違ってきそうですね。
そして、虫が苦手な方なら虫除けスプレーやバグズネット、虫刺され軟膏など、お腹が心配な方なら自分にあった下痢止めや胃腸薬の携行など、個人の心配に応じた足し算のカスタマイズを検討してみてください。
伊藤ガイドのアドバイスをまとめると、
そう考えると、市販のキットをベースにしたとしても、何を持っていくかの選択は意外とシンプルでわかりやすくなりませんか?
コロナ禍で新たな登山様式が求められ、これまで以上に安全登山への配慮、そしていざという時の備えが必要となってきている昨今。 もちろんそれらは元々から重要なことではありますが、滅多に出番のないファーストエイドキットは疎かになりがちなのも否めません。
今回の記事で「なんだ!意外にシンプルじゃん!」とわかり、ファーストエイドキット携行のお役に立てば幸いです。
それでは皆さま、どうぞ良いハイクを!
教えてくれた人
伊藤 嘉一ガイド
長野県信州登山案内人/白馬山案内人組合
株式会社ヤマレコ 山岳アドバイザリースタッフ
北アルプス 北部・南部遭対協 前隊員