―――事故……かあ。たしかにそれは心配ですね。季節や天候によって状況は変わるから、危険のない山なんてないですもんね。
そうなんです。たしかに経験を積むという意味では、怖い思いをしたり、危ない目に遭うのも必要かもしれません。でも、冬なのに夏場と同じコースタイムで歩こうとしたり、天候が荒れているのに「行けます」と言って突っ込んでしまったり……。端からそういうスタンスでいると、その山行一発で命をなくしてしまいかねない。だから、ただ聞いてほしいなって思うんです。
―――聞いてほしい?
例えば「これから登ろうと思うんですけど、道はどうですかね?」とか。小屋の前を通過する時にちょこっとでいいんです。登山道の状態は、小屋のスタッフが一番よくわかっていると思います。自分たちで歩いて確かめたり、お客さんから情報をもらったりして日々チェックするようにしているので、最新情報や、少しでも疑問や不安に思うことがあったら、小屋のスタッフに聞いてほしいですね。
ブログなんかでも情報発信はしていますが、天候によって刻々と変わります。今日晴れていても、明日には雪が積もっているなんてこともありますし、WebやSNSも含めて情報を鵜呑みにしすぎてしまうのもちょっと怖いですよね。だからやっぱり、直接確認してもらった方が安心はできますね。
―――たしかに注意喚起もスムーズにできますね。さすがに小屋の前に陣取って見張るのは現実的じゃないですし。ちなみに登山道の整備範囲ってどのくらいなんですか?
渋の湯から唐沢の途中。中山からにゅうと、あとは天狗までの道のりですね。
―――えー! 広い! 整備って、具体的に何をするんですか?
特に渋の湯から小屋までは沢道なので、台風とか大水が出ると下山できなくなることもあって。そうならないように2〜3年ほどかけて木道整備をしたりしています。
スタッフが「ここに居たい」と思える場所
―――私たち登山者が山を楽しめるのは、そういう山小屋の人たちの日々の努力があるからなのだと実感します。それに、黒百合ヒュッテのスタッフさんって親切で優しい人たちばかりですよね。すごく感じがいいというか。何か秘訣があるのでしょうか?
ありがとうございます。働くスタッフが「ここに居たい」と思ってくれることは、大事だと思ってます。ここに居たくもないスタッフがお客さんに対応するのはどうかなって。スタッフが楽しければそれがお客さんにも伝わるだろうし、自分が居たいと思うんだから、掃除だって行き届くだろうし。
―――はぁ~……なるほど!
実際、「え、そこまでやるの?」ってくらいきれいにしてくれてます。そうやって、みんな独り立ちして自分で考えるようになってくれるんですね。やっぱり、ここに来ることを楽しみにしてくれる人がいる限りはできるだけ応えていきたいという気持ちがあるので、そうやって繋いでいけたらなと思います。
【あとがき】
若い頃は他の山に行くことがなかったけれど、それでも「ここにいると毎日違う景色が見れる。天気も変わるし気温も変わる。花も鳥も、雲も、星空も、毎日違う。吹雪いてると寒いし嫌だなって思うけど、その後の晴れてからの景色がすんごいきれい」と話してくれた岳樹さん。近頃は他県の山を訪れる機会も増え、先日は安達太良山へ行ったそうです。「登っても仕事しなくていいし、歩荷じゃないから同じラッセルするにしてもここでやるのとは全然違って。山っていいもんだなって思いましたね(笑)」その横顔を見て、ここに人が集まる理由がなんとなく分かった気がしました。皆さん、天狗岳登山の際は是非とも黒百合ヒュッテに立ち寄りましょう!