SEマネジャーになったものの,組織をどうまとめ,部下とどう接すればいいのか分からないという人は多い。誰でも最初は戸惑うもの。だがマネジメントや部下の育成には,知っておくべき原則がある。現在は後進の指導に当たっているベテランSEが,リーダーとして自信を持つための心得を解説する。
「組織をどのように運営すればいいのか分からない」,「やる気のない部下の扱いに困っている」,「リーダーシップにまったく自信を持てない。自分はリーダーには向いていないのではないだろうか」…。プレーヤーから一転して管理職となり,直属の部下を持つことになったSEリーダーやマネジャーは今,様々な悩みを抱えている。
図1[拡大表示]を見ていただきたい。過去1年の間に筆者が複数回行った「SEマネジメントセミナー」に参加した若手リーダーやマネジャーに,仕事の上でどんな悩みや迷いを抱えているかを挙げてもらった結果である(回答者数は58人,年齢は20代~40代,中心は30代前半)。
様々な悩みの中で最も多かったのは,「部下との関係のあり方」,つまり部下の育成や部下とのコミュニケーションに関するもので,22件あった。実に4割近いマネジャーが部下に関する悩みを持っている。
これに次ぐのが,「組織のマネジメント,リーダーシップ」に関する項目。回答数は10件で約20%を占めた。マネジャーとしての経験が浅いため,自分のマネジメント力への不安を持っている姿が浮かび上がる。
こういった調査だけでなく,筆者は最近,セミナー後の立ち話や電子メールで人間関係にまつわる悩みを持ちかけられることが多い。
増えているのは,新人との接し方に関するものだ。「厳しい就職戦争を勝ち抜いたせいか,やる気はあるようだし,指示したことへの返事もいい。しかし,いざ仕事をさせてみると,うまくできない。注意すると“そういった指示は受けていません”,“それは誰それさんの役割だと思っていました”などと言い訳する」(3次下請けクラスに勤務する32歳のSEマネジャー)というのが,その典型例である。
短期開発,低コスト化,情報技術の細分化・高度化など,ITエンジニアの現場を取り巻く環境はここ数年,激変している。IT産業の急成長に伴う人材需要により,スキルのないITエンジニアも現実に増えた。現場をあずかるSEリーダーやマネジャーの悩みが深まるのは,当然と言っていいだろう。
ではSEマネジャーは,どうすればいいのか。この問題に対する「銀の弾(特効薬)」はないが,よきマネジャーになるための原則は存在する。まず(1)リーダーとして組織のマネジメントに自信を持つ,その上で(2)部下のやる気を引き出す,がそれだ。
以下では,この2つを実践するために必要なポイントや考え方を解説していく。リーダーとして自信を失ったときの道しるべとしても,ぜひ知っておいて欲しい。
リーダーとして自信を持つ
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リーダーやマネジャーに求められる第一の条件が,組織のマネジメントに自信を持つことである。
「自分の技術知識やスキルに自信がない」,「マネジャーとしての経験が乏しく判断力が弱い」,「SEマネジメントのポイントがわからない」と思っている人は,想像以上に多い(図2[拡大表示])。
マネジャーになったばかりの経験が浅い人にとっては当然だし,筆者自身そうだった。しかし,人を指導・育成する立場のSEマネジャーが,いつまでもそれでは問題である。自分に自信が持てないのに,人を指導できるわけはない。
どうすれば,仕事に自信を持てるようになるのだろうか。ポイントは3つある。すなわち,(1)技術力(スキル)に固執するべきではない,(2)何をどうマネジメントするかを見極める,(3)完璧を目指すべきではない(失敗を恐れない),である。
最新の技術知識は必要ない
まず(1)に関しては,技術スキルの不足に悩むSEマネジャーが多い。マネジャーになると最新技術に接する機会が少なくなる。そのため技術に関して,部下にアドバイスができない,あるいは部下から馬鹿にされると悩むケースだ。技術スキルに秀でていたSEほど,マネジャーになっておちいりやすい現象である。
しかし結論を言えば,これは誤解である。技術スキルが高いに越したことはないが,SEマネジャーは必ずしも高い技術力を期待されているわけではない。このような誤解の根本原因は,むしろSEマネジャーの役割を理解するという当たり前のことができていない点にある。
SEマネジャーに求められる本質的な役割は,組織やチームの力を最大限に発揮させることである。具体的には,「組織の統括・運営」,「業績目標の遂行」,「部下の育成」,「業務の改善・標準化」,「組織(内)間の調整」という5つの役割を果たす必要がある(図3[拡大表示])。
筆者が講師を務めたセミナーに参加したあるSEで,「前の仕事(現場での実作業)の方が,力を発揮できて良かった」と不満をもらす人がいた。彼に対して筆者は,「詳細な技術は部下に任せ,必要なら彼らの助言を求めればよい。その方が部下も育ち,マネジャーは本来の仕事に注力できる」とアドバイスした。そのSEは気持ちを切り替えることができ,現在はマネジメントの仕事に積極的に取り組んでいる。
マネジメントのツボをおさえる
SEマネジャーの基本的な役割を理解するのと同時に,チームや組織を運営する上で知っておくべき具体的な指標もおさえておこう。所属する企業・立場によって異なるが,おおむね表1[拡大表示]のようなものがある。
まず利益管理,プロジェクト管理,案件管理,顧客情報管理など7つのカテゴリーがある。カテゴリーごとに,利益管理では利益計目標,売上目標,経費目標,プロジェクト管理ではプロジェクトごとの受注売上・利益目標,検収評価目標,QCD(品質,コスト,納期)達成度目標…というように,各種の指標がある。
読者の中には「こんな指標は当たり前では」という人がいるかも知れないが,これらをマネジャーにきちんと教えている企業は意外に少ない。知らされないから,SEマネジャーは自信が持てないのである。
しかしこれを放置していては悪循環になるだけ。そこでSEマネジャーは,マネジメントすべき指標を明らかにし,各指標ごとに活動のプロセスや結果を管理する責任者,管理サイクルなどを設定する必要がある。これはマネジャーが部下に示す組織の方針書であり,業務計画の基礎となる。これをさらに実務担当者まで割り当て,部下の業務計画書を作成する。このようにSEマネジャーとしてマネジメントの押さえどころを洗い出し,優先順位をつけて仕事を進めることは極めて重要だ。
筆者自身は勤務先が決めた指標とは別に,年度のはじめに「SEマネジャーとしてやるべきこと・やりたいこと」を,できるだけ定量的な形で一覧表に列挙していた。こうすることで自分のすべきことや目標が浮かび上がるからだ。
「失敗」「修羅場」を恐れるな
(3)について言えば,最初から完璧なマネジメントを求めて失敗することを恐れてはいけない。筆者にも経験があるのでよく分かるのだが,エンジニアは細かなことにこだわり,完璧を期そうとする傾向が強い。部下にも同じことを求める。
だが,失敗も経験のうちであり,様々な失敗を経ることが自信やマネジメント能力の向上につながっていく。筆者は失敗を推奨しているわけではないが,俗に言う「修羅場をくぐった数」は多いほうがよい。というのもリスクを察知し,回避する能力,あるいは管理する能力は,本や講義だけではなかなか身に付かない。体で覚えていくしかないからだ。
またトラブルが起こったときには,マネジャーとしての姿勢や人間性が問われる。原因を部下のせいにしたり,逃げ回ったりしているようではマネジャー失格である。マネジャーは,自分に原因がなくとも責任を負う覚悟が必要であり,そうやって修羅場をくぐることが,自信の源になる。決して簡単なことではないが,優秀といわれるSEマネジャーはまず例外なく,様々な経験を積み,経験を通じて必要なスキルを獲得していることを理解して欲しい。
久井 信也(ひさい しんや)/ソリューションサービス研究所 代表取締役富士ゼロックスSE部長を経て,ソリューションサービス研究所代表取締役を務める。SE部門の教育体制,人材育成計画,スキルズインベントリーシステム,プロジェクトマネジメント方法論などの標準化,またSEマネジャーやプロジェクトマネジャーなどの養成・教育プログラムを企画,実施している |