科学と文化のいまがわかる
デジタル
2023.12.17
「最初はSNSを眺めていただけだったのに、加速度的にハマっていった感じです」。
気が付いたら陰謀論に傾倒していたという男性はこう振り返る。
あらゆる情報に自由にアクセスできるはずのインターネット。
しかし私たちは自覚なく偏った情報に囲まれているかもしれない。
いまは、陰謀論から抜け出したという2人の経験談から見えてきたものとは。
「インターネットにはパソコン通信と呼ばれていた時から触れていたので、リテラシーがあると自信がありましたが、それが隙だったのかなと今は思っています」
50代のITエンジニア、浩一さん(仮名)はこう振り返る。
浩一さんがツイッター(現X)の新規のアカウントを作成したのは2020年のこと。
ツイッター自体はサービス開始直後から使い始め友人たちとつながっていたが、リアルでは話しづらい政治の話題を集めようと考えた。
自分の考えに近いアカウントをフォローする中で、あるインフルエンサーの投稿に注目するようになった。
そのアカウントは2020年のアメリカ大統領選について「選挙に不正があり、将来トランプ氏が大統領に返り咲く」と、強い口調で繰り返し主張していた。
浩一さんはもともとトランプ氏を支持していたわけではなかったが、次第にその考えを信じるように。自分でも「闇の勢力に支配されているアメリカを救うのはトランプ氏だ」などと投稿し、反論してくるアカウントはブロックした。
浩一さん
「情報を集めていたアカウントの人たちみんながみんな同じようなことを言っていて、自分で調べても主張に沿う情報を検索しているだけで似たような情報ばかり流れてくるので、『もう間違いない』と強い確信みたいなものがどんどん芽生えていました」
ところが、「トランプ氏が復活当選する」とされた日には何も起きなかった。
大きな衝撃を受けた浩一さんが、今までブロックした人たちの投稿を見返してみると、自分たちの主張の矛盾を突きつけられていたことが分かった。
今は感情を揺さぶられやすいフェイク情報を拡散しないように、ファクトチェックしている発信者の情報を見るようにしている。
浩一さん
「まわりが言っていたことが何一つ起こらなかったのが頭を殴られたような感じで、『みんなうそを言ってたんかな』と考え出してから、自分がおかしかったことに気付きました」
「急に世界の闇に触れてテンションが上がってしまったというか、大変なことになるから知らせないとみたいな気持ちになってました」
40代の加奈さん(仮名)も、2020年秋に「米大統領選挙で不正選挙があった」「コロナは茶番でPCR検査もうそ」といった言説にのめり込んだ。
きっかけは同世代の女性が集まるネットの掲示板で、「トランプ氏は世界を牛耳る闇の勢力と戦っている」といった話で盛り上がり、さらにツイッターで情報収集するように。
疑問を感じたのは、翌年1月の米下院議会襲撃事件だった。
とんでもないことが起きているらしいとツイッターを見る中で、これまで気に留めなかったある投稿が目についたという。
加奈さん
「トランプ氏に関する投稿のファクトチェックをしている個人のアカウントが、画像の転載元のリンクとその内容を分かりやすく紹介してくれていたんです。フォローしていたアカウントを見返してみるとトランプ氏の実績や人気を伝える画像が全然別のニュースのもので、後付けの日本語の字幕や文章が全然違ったことが分かりました。英語が苦手なので、それまでインフルエンサーの言うことを信じてしまっていました」
ファクトチェックについて知ったことで、見える景色が変わったと振り返る。
その後もファクトチェックの方法を学ぶことで、コロナに関する話題も医療従事者や専門家、公的機関のアカウントを確認するようになった。
いまは、SNSを使う上で、誰かの投稿を鵜呑みにするのではなく一次情報をたどることが大切だと考えているという。
加奈さん
「一般人がネットで検索して簡単に『世界の隠された真実』に触れる事ができるなんておかしいと感じてからは一気に目が覚めました。
社会人になってからスマホを持つようになった世代で、情報リテラシーをきちんと学んで来なかったことも、陰謀論にハマった理由の1つだと思います」
家族の対応にも感謝している。
加奈さんは夫と3人の子どもと5人家族。たわいない会話の絶えないにぎやかな家庭だという。
陰謀論にハマっていたときは、当然その話を家族にもしていた。
当時小学生だった子どもはよく分かっていない様子だったが、夫はふんわりと受け流してきた。
加奈さん
「ニュースを見ながら『コロナは茶番だよ、これはうそだよ』って言ったり、何かスイッチが入るとまくしたててしまう感じでした。でも夫は「へーそうなんだ」くらいの感じで否定も肯定もされなくて、当時は『私の話聞いてくれないの!?』と不満だったんですけど…」
今は、当時家族が衝突せずにいてくれたことが、自分が陰謀論に固執しなかった理由かもしれないと振り返る。
加奈さん
「主張がガラッと変わってからも家族から突っ込まれることがなくて、ありがたかったです」
「『おまえ間違ってるよ』とか言わずにフラットに受け止めてくれたから、すっと戻っていけたと思います。家庭という居場所がなくなっていたら、どうしたらいいか分からなかったかもしれません」
加奈さんの事例について、カルト宗教や悪質商法などの問題に社会心理学者として関わってきた立正大学の西田公昭教授は、家族の対応が理想的だったと分析する。
西田教授
「周囲に否定されると、自分が信じていることを補強するためにさらに情報を集めて、より偏った情報に依存してしまうことがあります。加奈さんはまだ信じている度合いが低かったのではないでしょうか」
自分が信じているものを周囲に否定されても素直に聞くことは難しい。
家族に求められるのは、
▼異なる視点で世の中を見ている人として相手を尊重すること、
その上で
▼それぞれが違った立場にいることをはっきりさせて、お互いに主張を押しつけ合わないように求めること、
▼スポーツや趣味など、意見が対立しない共通の話題を大切にすること。
こうして関係を維持することで、本人が矛盾や違和感に気付いた時に戻ってきやすい受け皿になることだという。
とはいえ、そうした努力を長く続ける負担は大きい。
西田教授
「家族にまず大事にしてほしいのは、自分の心と体の健康を大切にするということです。理解者や相談できる人と支え合えればいいですが、離れられるなら距離をとるという選択肢もひとつの方法だと思います」
「自分が見てきた事例の中では、信じていることに疑問を持つ瞬間は必ず訪れます。その瞬間は家族の仲を切らずにいるからこそ、見せてくれるものなのです」
今回、話を聞いたふたりに共通していたのが、ネット空間の偏った情報に囲まれやすい仕組みによって、自ら陰謀論の言説を信じ込むようになっていったこと。
そして、ファクトチェックの方法などに触れることによって、自らその状態から抜け出していったことだ。
東京工業大学の笹原和俊准教授は指摘する。
例えば動画サイトでは自分の見る動画と同じ傾向のものが「おすすめ」に表示されたり、SNSでは傾向の似た投稿が次々と現れたり、ネット検索では上位に来るものに自分の過去の検索履歴などが反映されたりする。
これはそのサービスに長く滞在してもらうために作られた仕組みだ。
興味ある情報が頻繁に表示されるなどして、まるで泡(バブル)の中にいるように、偏った情報に囲まれ(=フィルターバブル)、さらにその中で同じような意見にばかり接するようになり、密閉空間で音が反響し増幅していくように、特定の意見だけを信じてしまう現象(=エコーチェンバー)が起きやすい。
笹原准教授
「インターネットにはほぼ無限大の情報があるにもかかわらず、一人一人過去に何を見たかは異なっているので、それぞれが情報のバブルに包まれてしまって、みんな違う世界をそれぞれ見ている、自分に心地良い世界に包まれているんです。
自分にとって特定の情報だけがやってきて、場合によっては、より極端な方に極端な方にと情報がカスタマイズされてしまう危険性があります」
こうした情報の偏りから身を守り、認識のバランスを回復していくためには以下のような対応が考えられる。
①複数の情報源を確認する
『わからない』なら保留することも大切
たとえば、その情報をメディアがどう伝えているのかを見てみてほしい。
多くのマスメディアでは、ニュースや情報を出すときに、それぞれ独立して情報の検証・確認作業を行っている。
複数のメディアを比較してみると、事実自体は同じ内容でも捉え方の違いが見えてくる。
世の中で話題になっている情報でも不正確なものは多い。
メディアが検証して発信するには時間がかかるが、時間がたてば確認された情報が出てくることもある。
自分で調べた上で分からないと思ったときは、その情報を誰かに伝えるという判断を保留してみてほしい。
②“即座にうのみにし、拡散”はNG!
伝える前に立ち止まる意識を
自分のもとに流れてくる情報は“正しいに違いない”という意識は誰もが持ちうる感覚だと言われている。
特に今は動画の倍速視聴や、SNSのタイムラインを高速でスクロールすることなどの「コスパ重視のスマホ利用」の習慣が「フェイク情報と相性がいい」とされている。
効率的に情報を収集することだけに注力していると、疑うことなく信じてしまいやすくなる。
さらに、その中で怒りや不安の感情が高まると、だれかに「伝えた方がいい」と瞬間的に感じてしまう。
大事なのはここで一回落ち着くことだ。
SNS上で拡散したり、メッセージアプリなどで誰かにリンクを送る前に一度、「その情報は誰がいつ出したのか」確認してほしい。
何を信じるのも個人の自由だ。
ただ、その情報が誰によって投稿され、どういう経緯で自分の目の前に現れたのか、冷静に見つめる視点を忘れずにいたい。
(12月18日「あさイチ」で放送)