中学校の校舎で続いた部活顧問からの性被害 なぜ見過ごされた

中学校の校舎で続いた部活顧問からの性被害 なぜ見過ごされた
「教師は絶対的な存在で、怖くて被告のおもちゃになるしかなかった」

中学生の時に部活の顧問の教師から1年間、性被害を受け続けた元生徒のことばです。

校舎内の密室に生徒を呼び出した教師。

生徒が涙を流しても行為は続けられ、撮影にまで及び、別の生徒も被害に遭いました。

この教師は13年後に逮捕されたとき、校長にまで上り詰めていました。

なぜ見過ごされ続けたのか。裁判から見えてきたのは、事件の詳しい実態と、生徒が抱え続けた大きな心の傷でした。

(社会部記者 出原誠太郎)
この記事では性被害の実態を広く伝えるため、被害の詳細について触れています。フラッシュバックなど症状のある方はご留意ください。
【NHKプラスで配信中】(2024年12月15日(日) 午前7:40 まで)↓↓↓

教え子への性的行為 13年後に明らかに

起訴されたのは、東京 練馬区立の中学校の校長だった北村比左嘉被告です。

裁判記録などによると、教師だった2010年、校舎内で教え子の当時14歳のAさんに性的暴行をしてけがをさせ、その様子や別の女子生徒のBさんとの性的行為を記録したビデオカメラを校長室に保管した罪に問われています。

Bさんが2022年、都の匿名の相談窓口に連絡したことで発覚し、警察が翌年、元校長が当時勤めていた中学校の校長室を捜索したところ、鍵のかかった机の引き出しからAさんとBさんが映ったビデオカメラが見つかりました。

Aさんが性被害を受けてから13年後のことでした。「真面目」と評判だった校長は逮捕、起訴され懲戒免職となりました。

「部活動の相談」と呼び出され マッサージと称して…

2024年11月に東京地方裁判所で始まった裁判員裁判で、Aさんは長年明かせなかった被害について語りました。傍聴席から姿が見えないよう、ついたてが立てられました。

元校長は当時、Aさんが入る部活動の顧問で、学年主任と進路指導の主任も務め、専門は理科でした。

Aさんは中学2年の春ごろ、元校長から「部活動の相談がある」などと理科準備室に呼び出され、マッサージの名目で体を触られるようになりました。

当時の性行為に関する知識は「子どもをつくるときの過程」という程度。行為は徐々にエスカレートしていきました。
検察:「どれくらいの頻度だった?」

Aさん:「多いときは週に1回。少ないときは2週間に1回ぐらいだと思います」

検察:「体をどのように触られましたか」

Aさん:「ふくらはぎ、太もも、肩をマッサージされました。直接下着の中に手を入れられました。気持ち悪かったです」

弁護士:「痛みは?」

Aさん:「ありました。無理やり入れられたときに引き裂かれる痛みを感じました。長くて2、3日続きました」

検察:「視線をどうしていた?」

Aさん:「天井。されているのを見るのがつらいから、視界に入らないように…」

検察:「性的行為について元校長から何か説明は?」

Aさん:「好きな人とすることで恥ずかしいことではなく、勉強とは使っている脳が違い、勉強の効率が上がると説明されました。理科の先生が言うことなので本当かなと思いました」

元生徒 “親に説明したら悲しむ 内申点も不安”

誘いは部活動が終わる中学3年の夏まで続いたといいます。元生徒は断る勇気がなく、家族や学校生活、成績への影響を恐れて誰にも相談することができなかったと振り返りました。
検察:「『いやだ』と伝えましたか」

Aさん:「できませんでした。『やめてほしい』と言う勇気がありませんでした」

検察:「気持ちを伝えたらどうされると思いましたか」

Aさん:「そこまで深く考えていませんでしたが、今後の学校生活に支障が出るかもしれない不安がありました」

検察:「周囲に相談しなかったのはなぜ?」

Aさん:「自分がしたことを説明するのが恥ずかしかった。親に説明したら悲しむだろうし、学校で大ごとになると不安でした」

検察:「部活動をやめようと思ったことはありますか」

Aさん:「あります。でも途中で退部し、内申点で評価が下がると思うと不安だったのでできませんでした」

検察:「学校を休みたいと思ったことはありますか」

Aさん:「あります。でも休む理由を親に説明できなかったのと、内申点に響くと思って休みませんでした。中学だけやりすごせばいいや。中学の間だけがまんすればいいと思っていました」

検察:「卒業後も相談しなかったのはなぜですか」

Aさん:「思い出すのもいやですし、なかったことにしたかったからです」

“一切許すことができない”

裁判の終盤、Aさんは元校長について「一切許すことができない」と語りました。

Aさん:
「教師は絶対的な存在で、抵抗することが怖かった。つらくて悔しくて、泣きながら帰った日もあった。ことばにすることが恥ずかしく、なぜすぐに断らなかったのかと責められるかもしれないという不安から、ただただ被告のおもちゃになるしかなかった。多くの幼い女性の心と体を傷つけてきた人間がのうのうと暮らしていけるのかと思うと悔しくて悔しくてたまりません。被告が犯した罪を一切許すことができません」

もう1人の被害者 “心から軽蔑”

Aさんが卒業したあと、元校長のわいせつ行為の対象はBさんに移りました。Bさんも法廷で意見を述べ、多いときで週に複数回、わいせつ行為を受け、口止めもされていたと証言しました。

Bさん:
「当時のわたしは中学生で、先生の言うことは正しく、従わなければならないと思っていました。なんとなく変なことをされている、他の人に言えないようなことをされているという意識はありましたが『2人だけの秘密で誰にも話してはいけない』と言われていました。
かなうことならば、当時の私の元へ時空を越えて会いに行き『あなたが受けている行為は卑劣な犯罪行為で、周りの大人に助けてと言って』と声を大にして伝えたいところです。
教師という立場にありながら、むしろ自分の立場を利用し、複数の子どもたちを数年間にわたって欲望のはけ口とした振る舞いを心から軽蔑します」

元校長 “つきあっていると錯覚していた”

一方、元校長側はビデオカメラを所持した罪については認めましたが、性的暴行の罪については無罪を主張しました。

「受け入れられていると認識していて、元生徒は断ることもでき、抵抗できない状態ではなかった」という主張でした。被告人質問では謝罪の気持ちを述べ、当時はAさんとBさんのいずれも自身に好意を持っていると思っていたと話しました。
弁護士:「AさんやBさんに対してどう思いますか」

元校長:「一生残る苦しみや嫌悪感など、大きな影響を与えてしまったと思います。申し訳ない。おわびのしようもありません」

弁護士:「Aさんは嫌がる様子はなかったですか」

元校長:「本当に感じ取れなかった。本当はすごく嫌だったと知って、なんとばかで勘違いした人間だったと思っています」

弁護士:「性的行為について確認しましたか」

元校長:「最初にホテルに行った帰りに関係を続けたいと伝えました。特に強い拒絶があった記憶はありません。好かれている、つきあっていると錯覚していた」

弁護士:「教師と生徒としてありえないことは認識しているか」

元校長:「今は自覚しています。当時は中学生であることすら考えられなくなって、1人の女性として好きになってしまった」

弁護士:「『嫌いです』と言われたのではないか」

元校長:「一度言われたが、にこやかで、からかっていると都合のいいように捉えていた」

ビデオカメラには元生徒が泣く映像も

一方、検察はビデオカメラに残された映像に、Aさんがうめき声を上げたり、涙を流して泣いたりしている映像もあったとして、本当にAさんの気持ちに気付かなかったのか、厳しく問い詰めました。
検察:「映像を見たら、痛がっていたのではないか」

元校長:「はい」

検察:「泣いていた」

元校長:「はい」

検察:「苦しそうだった」

元校長:「はい」

検察:「でも当時は全く気付かなかった?」

元校長:「はい」

検察は懲役10年を求刑し、弁護側は性的暴行について改めて無罪を主張しました。

専門家 “グルーミングが影響”

なぜ13年もの間、見過ごされてきたのでしょうか。

専門家は子どもを手なずけて心理的にコントロールする「グルーミング」という手法が影響したと指摘します。
性暴力の被害者を支援する社団法人の長江美代子副会長です。これまで200人以上の性被害者の相談に応じてきました。

長江副会長によると「グルーミング」は大人が性的な目的で子どもを手なずける手法で、特定の子どもに優しくしたりひいきをしたりして近づき、徐々に性的な行為へとエスカレートするといいます。

受けた子どもは性的な行為の直後は「被害を受けた」と認識できず、時間がたって被害と気付いても、断らなかった自分を責めるなどして周囲に打ち明けられないといいます。さらに時間がたつと無力感にさいなまれ、加害者のいいなりになるそうです。
日本フォレンジックヒューマンケアセンター 長江美代子副会長
「子どもにとって学校は生活のほぼすべてと言える土台です。そこで被害を受ければ『知られたら大変だ』と感じ、ものすごく恐怖を感じて隠そうとする。加害者はたいてい面倒見がいいなどと周囲から見られていて、よけいに言いづらくなる。周りの教師は生徒の成績が落ちたり不登校になったりしたとき、性被害を受けているかもしれないと考えて同僚や上司への厳しい目を持って対応してほしい」

「学校に性加害はない」という誤った思い込み

事件などを受けて練馬区が設置した有識者会議は「『学校に性加害はない』という誤った思い込みを前提に、相談体制が整備されていなかったことが大きい」と指摘しました。

区は生徒などの匿名の相談に応じる独自の窓口を設けました。2025年度からは、学校で実施している児童や生徒へのアンケートに性暴力に関する項目を追加するほか、教職員への性暴力防止の研修を行うということです。
性被害を防ぐための生徒向けの教育についても充実化させようとしていて、11月28日には教員たちが集まり議論していました。教員に話を聞きました。
上石神井中学校 渡邊あづさ副校長
「性に関することを口にするのは大人でも怖いが、誰かに一方的にやられるのはおかしいという知識を子どもたちに教えることがスタートだと思う。『言葉にしていい』『相談する場所はいっぱいある』ということをわかるまで教えると同時に、自分を大切にすることは当たり前だと伝えることが必要だと思う」
石神井東中学校 市川昌彦校長
「起訴された元校長は非常にまじめで本当にまさかというひと言に尽きるが、教師からの支配的な関係性に陥ることもあると思う。有識者の提言を元に全力で防止に励む」

元生徒 “この瞬間にも恐怖抱える子どもいるかも”

10年以上、秘密を抱えてきた元生徒がなぜ、法廷で語ろうと思ったのでしょうか。Bさんは意見陳述の最後にこのようなことばを残しました。
Bさん
「学校の中の死角を無くす物理的な環境づくりや周囲の教師が違和感に気がついて周りと共有できるソフト面での環境づくりが重要ではないでしょうか。今この瞬間にも、当時のわたしと同じような恐怖を抱えながら生活する子どもがいるかもしれません。わたしが話したことが、そうした子どもたちに心ある大人が手を差し伸べられる社会、性被害に苦しむ方のいない社会への一歩につながることを期待します」

判決は懲役9年 “圧倒的な上下関係 被害は甚大” と指摘

判決は12月9日に言い渡され、東京地方裁判所は懲役9年を言い渡しました。

裁判長は「圧倒的な上下関係を背景に、マッサージなどとうその説明をして行為をエスカレートさせ、非常に悪質だ。本来生徒が守られるべき学校内で行われたことも見過ごせない。被害者の精神的な被害は甚大だ」と指摘しました。
裁判をきっかけに取材して見えてきたのは、「学校で性被害は起こりうる」「子どもは声を上げられない」ということを前提にした被害防止の取り組みがまだまだ立ち遅れているという現状でした。

法廷に立った2人の元生徒の決意に応えるためには、私たち大人の側が性に関する認識に誤りがないか問い続け、子どもが「いやだ」と言える環境づくりにつなげていく必要があると思います。

(12月8日「おはよう日本」で放送)
社会部記者
出原誠太郎
2018年入局
福島局を経て社会部
司法クラブで裁判取材を担当