マダニ媒介の感染症 SFTSは過去最多 人から人も?【徹底解説】

マダニが媒介するウイルスが原因の感染症が年々増えています。

国内で去年過去最多を記録したものでは、初めてヒトからヒトに感染したケースも確認。

マダニはわれわれの日常生活に近づいてきている

専門家は警告します。一体何が起きているのか。

春本番、お花見やハイキングに行く前に知っておきたいマダニと病気の関係です。

国内初の“ヒトヒト感染”

今月19日。マダニが媒介する感染症「SFTS」=「重症熱性血小板減少症候群」について、国立感染症研究所はヒトからヒトに感染したケースを国内で初めて確認したと発表しました。

国立感染症研究所によりますと、2023年4月、SFTSに感染した90代の患者を診察した20代の男性医師が、最初の接触から11日後に発熱し、その後、SFTSと診断されました。

ウイルスの遺伝子検査で90代の患者と同じウイルスと考えられることなどからヒトからヒトへの感染と診断。SFTSのヒトからヒトへの感染は中国や韓国では報告されていますが、国内で確認されたのは、初めてだということです。

90代の患者が入院中、医療従事者は感染対策をとっていましたが、医師は診断される前の診察で手袋をしておらず、また、その後に患者が死亡して処置をした際もマスクや手袋などはしていたもののゴーグルを着けていなかったということです。医師の症状はすでに軽快しているということです。

生活に近づくマダニ

「“ヒトヒト感染”は非常に珍しいケースだと思いますが、マダニ自体はわれわれの日常生活の近いところまで近づいてきています」

こう話すのは、外来生物のリスク対策に詳しい、国立環境研究所の生態リスク評価・対策研究室の五箇公一室長です。

五箇室長は、現時点では今回のヒトからヒトへの感染がどのようなプロセスで起きたのか、情報が不十分で明らかではないとしつつ、次のように述べています。

五箇室長
「ヒトからヒトへというのは私もびっくりしました。これまでヒトからヒトへの感染については、患者の血液や体液に接触することで感染したとされる海外のケースが複数報告されていましたが、基本的に、SFTSはマダニにかまれて発症するのがほとんどで、特殊事例であると思います」

ダニ媒介感染症「SFTS」 過去最多

ヒトからヒトへの感染は「珍しい」とする一方で、五箇室長は、マダニが媒介する感染症のリスクは高まってきていると指摘します。

国内でSFTSを発症した患者の人数は年々増えています。

国立感染症研究所によりますと、統計を取り始めた2013年1年間にSFTSを発症した患者数は48人でした。2014年から3年間はほぼ横ばいでしたが、2017年に90人に達し、2019年には100人を超えています。

新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年は78人に減少しましたが、その後は右肩上がりで増加。2023年には過去最多の133人となり、統計を取り始めた2013年の約3倍まで増えています。

過去最多を記録した患者数。一体、どんな病気なのか?背景には何があるのか?

さらに詳しく五箇室長に聞きました。

<五箇室長の徹底解説>

(以下、五箇室長の話です)

症状は?

マダニにかまれた後、1~2週間ほどして発熱し、多くの場合は食欲が低下したり、吐き気をもよおしたり、あるいは下痢や腹痛の症状が出てきたりします。

そのほか頭痛や筋肉痛などの症状も出て、重症化すると、意識障害や神経症状も出てきます。さらに、皮下出血や下血などの出血症状も出てくる病気になります。

死亡率は?

これまでのところ、11%から27%ぐらいの死亡率が報告されています。

とくに50代以上の方々で体力や免疫が低下していたり、既往症があったりすると、死亡する可能性は高まります。

今のところ特効薬もなく、非常に危険性の高い感染症です。

どうして感染する?

ダニ媒介感染症の病原体(ウイルスなど)は、本来は野生動物の体内に寄生しているものと考えられ、その血を吸ったマダニにも寄生します。

病原体を保有しているマダニにかまれることで、人にも感染して起こる病気がダニ媒介性感染症になります。その病気の代表的なものが、すでにお話した「SFTS=重症熱性血小板減少症候群」です。

また、古くからあるものとしては「日本紅斑熱」、あとは「ライム病」もそうですね。いずれも重症化すると死に至るおそれもある怖い病気です。

世界的に広がっている?

最初にSFTSのウイルスが報告されたのは中国で、2009年に大発生したことがあります。ウイルスの系統を分析すると、1700年ぐらいに中国南部で発生して、ここから広がりながら進化を続けているとみられます。

日本に侵入したのは1800年代以降と推定されており、近年では東南アジアなどからも症例が報告されています。マダニやウイルスを持っている動物、あるいは人間が移動することで、ウイルスが今後も広がる可能性が考えられます。

新型コロナウイルスがそうだったように、感染症ウイルスはこのグローバル経済の時代にあってはどこでも広がる可能性があり、感染症の拡大は「すべては想定内」と考えなければならないと思います。

そもそもマダニって?

ダニとひと言でいっても、発見されているだけで5万種近くいるとされているほど多様性が高い動物であり、中でも動物の血を吸うダニ類の代表がマダニ類で、世界で800種以上、日本から約50種が知られています。

エサとなるのは動物の血のみで、幼体から若虫、成虫と脱皮を繰り返して成長する中で動物に寄生し、吸血します。

幼体の時は主にネズミ類など小型哺乳類に、若虫になると中型哺乳類のウサギとかキツネやタヌキ、成体に成長すると、シカ・イノシシ・クマなどの大型哺乳類に寄生するとされます。

マダニはどう動く?

マダニは変温動物なので、冬は落ち葉の裏など雨風しのげるところでじっと寒さに耐えて越冬し、暖かく動けるようになると、木や草の葉の裏に集まって、動物が通るのを待ち構えます。

アライグマの耳の裏についたマダニ

マダニは眼がありませんが、足先についている器官で二酸化炭素の濃度の変化を嗅ぎつけます。動物が来たと思ったらその方向に向かって、動物の体の静電気を利用してピョンと、とりつくのです。

マダニはどこに出る?

餌となる動物が通るところがマダニの主な棲家です。草むらや、林道のような、いわゆる獣道のようなところにマダニは出やすいです。

シカの出現頻度が高いところほど、マダニの捕獲数が大きいといった相関関係を示す研究結果もあります。

最近ですと、身近なところでは、田んぼのあぜ道の草っ原であったり、あるいは河川敷とか、竹やぶとかですね。

なぜマダニが近づいてきている?

本来であれば、シカやイノシシなどの野生生物が住んでいる山の中などが、彼らの生息域でした。かつては野生動物も警戒心が強く、人間が住むエリアには近づかなかったため、マダニが身近に発生するということもありませんでした。しかし…

今、野生動物と人間社会との境界線が曖昧になり、市街地でも野生動物が次々出てきて問題となっています。去年はクマの目撃数や被害が各地で過去最多を更新しています。

こうした変化の背景には、過疎化・高齢化による里山という人間社会と動物界を隔てるゾーニングエリアの放棄・衰退という社会構造の変化があるのです。

対策どうしたら?

単にマダニを駆除するだけでなく、そうした人と動物の関わり方の変化の部分から見直していかないといけません。

やっぱり人と動物とのゾーニング、適正な距離というものをいま一度確保しないと、ダニ媒介感染症対策の根本的な解決にはならないと思います。

その前提を踏まえた上で、個別の対策を進めていくことが重要です。

どんなことに気をつけたら?

基本的には自分の身は自分で守るという意識で、やはりマダニにかまれないようにするということが、一番大事なところです。

まずはマダニがいそうな場所、例えば草むらなんかにむやみに近づくことは避けた方がいいです。山の中だけでなく、都市部でもひざ下ぐらいまでの高さのある草むらや竹薮は注意が必要です。

ただ、これからの季節、アウトドアレジャーの活動を楽しまれる機会も増えてくると思います。そうしたときは、体にマダニが着かないよう肌を露出させすぎないように、覆う必要はあります。

とはいえ、暑くなってくると全身を覆うと、熱中症のリスクも高まります。こういうときには虫よけスプレー、とくに「ディート」という成分が15%以上入ったものを使うと良いでしょう。

(ここまで五箇室長の話)

“山あり ダニあり”

厚生労働省もマダニに注意するよう促しています。

厚生労働省の啓発ポスター

厚生労働省のホームページでは、特に春から秋はマダニの活動が盛んになるとして、草むらや薮に入る場合は長袖・長ズボンを着用して足を完全に覆う靴を履くなど、肌の露出を少なくするよう呼びかけています。

刺されても無理に抜かないで!

また、マダニが刺しているのを見つけた場合は無理に引き抜こうとせず、医療機関で処置してもらうことや、刺された後に気がついた場合は数週間程度は体調の変化に注意をして、発熱などの症状が認められれば医療機関で診察を受けることを勧めています。