大統領令の背景に何が?サハリン2をめぐるロシア国内法の動き

大統領令の背景に何が?サハリン2をめぐるロシア国内法の動き
6月30日、ロシアのプーチン大統領が署名した大統領令。「サハリン2」の運営を新たに設立されるロシア企業に移すよう命じています。今回は大統領令の内容を紹介し、こうした判断に至った背景を探ります。(経済部記者 五十嵐圭祐)

大統領令の骨子

◎ロシア政府と「サハリン・エナジー」(サハリン2の事業主体)との間で1994年に締結されたPSA=生産物分与協定の履行について、複数の外国企業と個人に違反があった。

◎ロシア政府が新たにロシア法人を設立。そこに「サハリン・エナジー」のすべての権利、義務が移管される。

◎「サハリン・エナジー」の資産は直ちにロシア政府に移され、PSAの定める期間、これを無償で利用する権利が新会社に譲渡される。

◎新会社の資本金の持ち分について。「ガスプロム」は、「サハリン・エナジー」への出資割合に応じて取得。その他の株主も出資割合に比例して取得するが、これらの株主に株式が引き渡されるまではロシア政府が管理する。

◎「ガスプロム」以外の「サハリン・エナジー」の株主は、新会社設立から1か月以内にロシア政府に対し、今の出資割合で新会社の株式を取得することに合意する通知書を提出しなければならない。

◎ロシア政府は通知書が届いてから3日以内に提出書類を確認。今の出資割合に応じて新会社の株式を引き渡すか、引き渡しを拒否するかを決定する。

◎ロシア政府は決定した先にすみやかに株式を引き渡し、ロシア政府によるその管理は終了する。

◎新会社の株式を取得しない会社について、その株式持ち分は、ロシア政府が査定し、ロシア政府が定めた手順で基準にあったロシア企業に売却される。株式の査定と売却は、引き渡し拒否の決定がなされてから4か月以内にロシア政府が行う。

◎売却によって得られた現金は、サハリン・エナジーの株主の名義で開設したルーブルの口座に入金される。サハリン・エナジーの株主は、ロシア政府が財務や環境、技術などの監査で損害の額を確定し、賠償の責任を負う者を決めるまでは、口座に入金された資金を処分することはできない。

ロシア国内で高まるPSAへの批判

この大統領令を読み解くうえで知っておきたいのは、「PSA」と呼ばれる枠組み。外国企業がロシア政府と協議して開発する区域を定めたうえで、生産された原油や天然ガスの取り分などを決めておく仕組みです。

ロシア政府と企業との契約によってその内容を決める方式で、大型の開発プロジェクトで採用されました。

1995年にはPSA法というロシア国内の法制度として整備されています。

外国企業にとっては、契約であらかじめ条件を決めておくことでロシア政府による一方的な条件変更を免れるメリットがあると考えられ、開発の権利を取り上げる、いわゆる「接収」のリスクも低いとされていました。
日本が深く関わる「サハリン1」と「サハリン2」のプロジェクトは、このPSAのもとで石油や天然ガスの生産が続けられてきました。

しかし、ロシア内部では、以前から、PSAの契約で守られている外国企業が資源を安く調達し、利益をあげているなどとして不満の声があがっていました。
ロシアの軍事侵攻後、日本がG7各国と協調してロシアへの制裁を強めたことで、こうした批判がさらに強まり、ことし6月にはボロジン下院議長が「日本はPSAのおかげで利益を得ているのにロシアへの制裁措置を行っている。日本はプロジェクトから撤退するか態度を改めるべきだ」と発言しています。

このように大統領令が発出された背景には、ロシア国内の開発プロジェクトで利益を上げる外国企業への不満があり、制裁を強化する日本をけん制するねらいがあるとみられます。

「地下資源法」の改正は大統領令の布石?

一方、大統領令発令の2日前(6月28日)には、その布石ともなる動きがありました。

原油や天然ガスなど地下資源の利用のルールを定めたロシアの国内法、「地下資源法」の改正です。

地下資源法は、ソビエト連邦の崩壊後1992年に定められ、地下資源利用のライセンス制度を初めて導入しました。

今回の改正では、ライセンスを与える対象をロシア法人に限定し、すでに開発にあたっている外国企業は、90日以内にロシア法人を設立したうえで、改めてライセンス発行の申請をする必要があると定めました。
今のサハリン2の事業主体「サハリン・エナジー」は大西洋のバミューダ諸島に法人登記しており、地下資源法にもとづくライセンスではなく、ロシア政府とのPSA契約によって事業を展開しています。

こうした中で、今回、地下資源法を改正し、その直後に大統領令を出したねらいはどこにあるのか。

JOGMEC=石油天然ガス・金属鉱物資源機構の原田大輔 調査課長に話を聞きました。
JOGMEC 原田調査課長
「地下資源法を改正してライセンスを与える対象をロシア法人に限定することで、外国法人の権益を守ってきたPSA法との間にあえて法律的なそごを生み出し、この状態を解決するために2つの法律の上位にある大統領令を出して「サハリン2」の事業主体をロシアの企業に移管するという手続き的な正当性を演出したのではないか。今後、ロシア側がどのような条件を示してくるのか、それがPSAで守られてきた契約内容に影響が出るのかどうかが焦点となる」
ロシアは、大統領令や法律を駆使して「サハリン2」への関与を強め、欧米と歩調を合わせて制裁を続ける日本に対して揺さぶりをかけているとみられます。

その際、どのような根拠で具体的な行動に移すのか。

ロシア国内の法制度や国際的なルールとの整合性も含め、しっかり分析する必要があると思います。
経済部記者
五十嵐 圭祐
平成24年入局
横浜局、秋田局、札幌局を経て経済部
現在、エネルギー業界を担当