読んでよかった本ランキング、上半期編は毎年7月に行っていたんですが、今回は遅くなってしまいました。楽しみにしていた皆さん、お待たせしました。
今回は、学術書やエッセイなど広義の「ノンフィクション」編です。
今期は、ボリュームある学術系の本を何冊か読んだこともあり、冊数はさほど多くありません。ですがその分、良い本を厳選して読めたような気がします。
では、前置きはこのくらいにして、ランキングいってみましょう。
「2022年上半期(1〜6月)に読んで良かった本」であり「その時期に発売された本」ではないです〜。
11位 コラージュ入門
去年通った職業訓練校の「キャリア相談員養成講座」にて、コラージュをやって面白かったので、そのワークの持つ意味をきちんと知ってみたくなり、参考になりそうな本を買ってみました。
著者のエッセイのような描写も多く、すんなり読めました。ハガキサイズの紙を使ったコラージュならではの特徴や、ペアや連作でのコラージュは新鮮で参考になりました。コメントをする際の注意点なども役に立ちそうです。
かつてはセラピーで「ちぎり絵」が多かった……というくだりからは、山下清のことを連想しました。巻末に載っていた、著者と非行少女のエピソードも興味深く読めました。
10位 不動産は「物語力」で再生する
著者の川井さんは、観光や不動産などの事業を手がける実業家。友人がお世話になっている方ということで気になり、こちらの著書を読んでみました。
庭園やホテルなどの持つ「物語」をとても大切にされているということが節々から伝わってきます。また、日本の庭園の持つ特徴(あまり高低差を作らない、など)についても勉強になりました。
「世界観を理解する」というエモーショナルなエピソードもあれば、ビジネス的に「資産の特性とセールスポイントを理解し、その特性に合った販売戦略を考える」というエピソード、どちらも含まれており、贅沢な読書体験となりました。
また、闘病のくだりや、失敗談にも胸を打たれた部分も多々ありました。
ひとりの女性実業家のエッセイとしても、日本のお庭やホテルの魅力を知る本としても、ビジネス書としても読める、さまざまな読み方ができる一冊でした。
9位 FACTFULNESS
数年前に話題になっていた本、友人主催の読書会の課題図書となったというのもあり、ようやく読みました。(読書会には読了が間に合わなかったため、参加できなかったのが少々悔やまれます)
「人は世界について、ついドラマチックな見方をしてしまう」という内容を、いろいろなクイズや統計データを用いて説明しています。
例えば、「スウェーデンではクマが人を殺すのは100年に一度あるかないかの出来事なのに対して、女性がパートナーに殺される事件は30日に一度起きている」(なのに、人はクマによる被害を過大に見積もってしまう)とか……。
「世界はだんだん、良くなっている」というメッセージも強く感じられ、不安を煽るメディアも多い中、頼もしいと思える部分も。(ただ、「良くなっているんだから」ということで現在の問題を軽視するのには注意だ必要ではありますが)
「私たちと、途上国で暮らす“あの人たち”は違う」と考えてしまいがちな態度への批判も痛快です。
また、個人的に印象的だったのは、「教育を受けられる女性が増えることで、子供の数が減る」ということが「子供ひとりあたりの教育投資が増える」と「良いこと」として書かれていた点が、少子化が問題視される日本では少し新鮮に思えました。
あと、「減り続けている悪いこと」として「児童労働」「HIV感染」「戦争や紛争の犠牲者」「乳幼児の死亡率」「災害による死者数」「核兵器」「大気汚染」「飛行機事故の死者数」などがある中「死刑」も項目として挙がっていたことが、先進国の中でも死刑制度を残している数少ない国・日本に住んでいる日本人として、ドキッとしました。
8位 ルポ 死刑
ご存知の方も多いとは思いますが、私、事件や事故に関する本を読むことは好きなんです。
この本は新書だから軽い気持ちで読めるかと思いきや、思ったより重厚な内容でした。もはや、死刑制度について日本では批判が少ないことのほうに違和感を覚えてくるような一冊です。
絶命方法や、携わる人たちの苦悩も描かれており、関わっていない立場から「死刑にしろ!」と安易に言うのはとても無責任だな、と思ったり。袴田さんのくだりはショッキングだったし、名古屋アベック事件の加害者たちもそんなことになっていたとは……。
巻末のインタビューからも、各国の様々な価値観が感じられて読み応えがあります。
死刑について考える際には考えざるを得ない「残酷さ」とは何かについても、改めて向き合わされました。
個人的には、死刑制度には積極的には賛成しないものの、強く反対するほどの立場ではないつもりでしたが、外国人が日本で犯罪を起こした際「日本は死刑制度があるから」ということで引き渡しがなされないことがある……というエピソードを知ったときは、「国際的にもそんなリスクがあるのなら、やっぱり死刑は良くないな」というほうに気持ちは強く揺れました。
7位 増補版 ドキュメント死刑囚
前述した『ルポ 死刑』が衝撃的だったので、死刑繋がりということでこちらの本も読んでみることにしました。
この本は死刑制度を問い直すようなものではなく、著者が交流した様々な死刑囚の内面や背景を掘り下げていくタイプのものでした。
宮﨑勤の幼少期の写真や小林薫の子どもの頃の作文も載っていました。いずれもとてもかわいらしく、この少年がなんでこんなことに……?と悲しくなりました。
また、林眞須美の家の落書きの写真も載っており、今年、和歌山市内に行ったばかりでもあったのでショックでした。
宅間守の「シャバより獄中のほうが金がいる。獄中だとシャバと違って、盗むことも食い逃げすることもできない」という言葉には呆れてしまいます。また、獄中結婚の事情もなかなか興味深かったです。
6位 ヤバい経済学〔増補改訂版〕
この本は、2017年頃に電子版で購入し、ほぼ積読状態でした。
『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』の読書会のとき、「売春への言及がないのが気になる」ということを話したら「それなら『ヤバい経済学』に書いてある」という意見が出たので読んでみました。
かなりボリュームのある本でしたが、扱われているテーマが卑近だったり下世話な好奇心をくすぐられるような内容だったりして、概ね面白かったです。
個人的には、「中絶と殺人の増減の関係」についてが興味深く、最近のアメリカでの議論とも重なるところがあるなぁ、と思ったり。また、エイズに関する調査での、セックスに関しての申告のくだりもなるほどと思う部分もありました。
そして、経済学はずいぶん幅広いテーマを扱えるんだな、という点も新鮮でした。
5位 自由の国と感染症
翻訳者のうちの一人が友人です。去年から仲良くさせてもらっており、こちらの本も発売日前に購入させてもらいました。
著者のトレスケン氏はアメリカの経済学者で、2018年に亡くなっています。そう、この本の原著は新型コロナウイルスの流行前に書かれたもの。
天然痘、黄熱病などの感染症の広がりからアメリカ政治を読み解く本ですが、ワクチンを「接種しない自由」や、貿易の発展と感染症の抑制のバランスについての話など、病気そのものではなく、政治制度やイデオロギー、経済政策の面から見た「アメリカの感染症」のエピソードを扱っています。
ワクチン接種の法整備や「個人の自由」の尊重をどのように折り合いをつけるかという点も興味深かったものの、私は下水道に関する出版業に関わっているということもあり、上水道の整備など、公衆衛生についての歴史部分について特に関心を持って読むことができました。
例えば、蚊は汚水に卵を産むわけではないので上水道の整備事情はあまり関係なかった、というところは盲点でした。なるほど。
「著書・訳書へのサイン」というカタチで友人たちの筆跡を見る機会があるのは珍しいかもね pic.twitter.com/VVX8GBWhw8
— まくはり うづき(Makuhari Wuzuki) (@wuzuki_) 2022年4月7日
4位 アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?
この半年間、(友人たちの著書を除き)私まわりでもっとも話題になった本を挙げるとすれば、『聖なるズー (集英社文庫)』『当事者は嘘をつく』そしてこの「夕食本」の3冊と言えるでしょう。そのくらい多方面で話題になっていた本でした。
経済学の定番の話を、フェミニズムやジェンダーの側面から読み解いたこちらの本。
私のまわりでこの本を読んだ人たちの属性も様々でしたが、観測範囲だと、実際に夫婦の家事分担で揉めたことのあるような既婚者や育児中の人たちからは評判が良く、経済学クラスタの独身男性からは否定的な評価が多かった印象です。
前半はジェンダーの話題、後半はホモ・エコノミクス批判についてがメイン。
「妻が稼ぐ機会が少ないことで家庭内に権力関係ができてしまうのは問題なので、妻も外で稼げるようになるべき」という問題意識は一理あると思う一方で、「外で稼ぐ金額の多寡で権力関係が生じることをまずどうにかすべきでは?」と思う部分もありました。
また「成人男性が標準で、女性や子どもは有徴化されていること」の疎外感は幼少期から長年感じてきたので、そのような点にもとても共感できました。
個人的には、夫婦と経済の話をするなら家事分担だけでなく、どうせなら売春にも踏み込んで欲しかったな、と思いました。
3位 JJとその時代
雑誌文化は意外と好きな私。この本を書店で見かけて気になっていた矢先、文筆家の佐々木ののかさんがこの本を紹介していたので興味を持ち、読んでみました。
「昨今のポリコレやフェミニズムに息苦しさを感じる人にもおすすめ」とされていましたが、まさにそんな紹介文が合う一冊。雑誌やファッションアイコンをめぐる話だけでなく、建前上の正しさへの目配りと、本音レベルの欲望の充足の難しさ、「こうすべき」と「こうしたい」の悩ましさを丁寧に取り上げている本、という印象です。私の中では『21世紀の道徳』の女性向け版、というイメージもあります。
著者の鈴木涼美さんは1983年生まれということで、私とはギリギリ同世代と言えるかもしれません。
1989年生まれの私は2007年に大学に入学しており、エビちゃんブームの真っ只中。
似たテーマの本としては、私は2008年に、講談社新書『モテたい理由 男の受難・女の業 (講談社現代新書)』も読んでいましたが、ここでもJJが示す価値観が丁寧に書かれており、面白く読めました。(ただ、JJが示す価値観は2008年当時からすでに薄れていた印象です。赤文字雑誌4誌の中で一番売り上げが低いのがJJのようでしたし)
個人的に印象的だったのは、ギャル文化と、ヤンキー・不良文化との親和性の高さについて。私は、両者は割と親和性の高いものと考えがちでしたが、「東京では高校生のクラブへの出入りは必ずしも非行とは見なされなかったり、茶髪も校則違反にはならない学校も珍しくないけれど、地方ではそうではない」という点で、ギャルファッションと不良文化は相容れないと考える人も多かった……というところは新鮮でした。
あと、このテーマを扱うなら、どうせなら「スイーツ(笑)」というネットスラングも扱ってほしかったかも、なんてことも思いました。
いま読んでる『JJとその時代』という本、女性ファッション文化に興味がある人だけでなく昨今の過激なフェミニズムについていけない人にもおすすめ、と紹介してた人がいたので読みはじめたけど納得。『21世紀の道徳』がそういう男性に受けているしたら、こちらは女性におすすめかもしれない。 pic.twitter.com/icIT602fNL
— まくはり うづき(Makuhari Wuzuki) (@wuzuki_) 2022年2月24日
2位 どこにでもあるどこかになる前に
この本の第2版の帯を、文筆家の佐々木ののかさんが書いていると知ったので興味を持ち、第2版を探して購入。
帯だけでなく、この本は装丁もとっても素敵です。カバーをめくると富山の写真が出てきたり、本文中に登場する場所を記した地図が載っています。
この本は、映画監督を目指して都会に出てきたものの、夢破れて不本意ながら地元の富山に戻ることになった……というライターの女性のエッセイ。
ちょうどゴールデンウィークに富山に行くことになったので、そのタイミングで読みはじめました。
「私は富山に住んだことはないし、そもそも転勤族だったからひとつの地元への愛着ってあまりないしなぁ、共感はできないかも……」なんて思いながら読み始めたら、そんなことは全然ない!!
あえてやや卑近な言い方をするなら、「自分探し系、サブカルこじらせ女子」としてとても共感でき、著者の藤井さんにすごく親近感が湧きました。好きなものに熱中する姿も、表現者でいたい気持ちも、なんだか他人とは思えないというか……。
帯に「これは自分の物語だ!」とありますが、まさに読んでいる最中、「これは、私のために書かれたのかもしれない……」と感じてしまうようなエッセイでした。寝る前に1日1章ずつのペースで読んでいきましたが、そのくらいのペースで読むにもちょうどよかったです。
最後のほうは富山に向かう電車の中で読み、ちょうど富山駅に着いたタイミングで読了。(富山には1日しかおれず、トロッコなどに乗る余裕がなかったのが悔やまれます
富山旅行を決めてから読みはじめたこの本、電車に乗りながら最後のほうを読んでいたけど、読了するタイミングと富山駅に着くタイミングがほぼ同時だったので縁を感じた。 pic.twitter.com/ytQGNeEZTH
— まくはり うづき(Makuhari Wuzuki) (@wuzuki_) 2022年4月30日
そして富山でのエピソードも、人間関係のエピソードが多かったので、地域に関しては知らなくても問題なく楽しめました。富山の閉鎖性に関するエピソードもちょくちょく出てくるものの、富山には銭湯が多いというのはいいな。
そして、著者の藤井さんに恐れ多くも親近感を抱いてしまったものの、藤井さんは私と違い、ライターとして活躍し、この本も重版になるくらい売れているわけで。そういう意味でも、背筋がどこか伸びる部分もあるエッセイでした。
「ここではないどこか」を求める気持ちのある人に特におすすめです。
1位 21世紀の道徳
なんというか、もう、この本を語らずしてこの1年間を語ることはできない……というくらい、私の中では、その発売前からずっとずっと存在が大きかった一冊。
今の私の主要な交友関係には、この本の発売が決まらなかったら出会っていなかったような人たちも何人もいます。
そういう意味では、内容とは直接関係のないところでも私の人生に大きく影響を与えた本……なんて言ったら大袈裟かな。
ことあるごとに書いているのでご存知の方も多いとは思いますが、この本の著者のベンジャミン・クリッツァー氏は、私の大学時代の同級生。
文芸サークル「立命PENクラブ」で一緒でした。
彼の書く小説のレベルの高さはサークル内でも評判で「このサークルの中で、プロになるとしたらベンジャミンだろう」と言っていた先輩もいたくらい。
私も彼の書いた小説を読んだ際、「これを書いたのが私と同じ(当時)19歳……!? いったい、何を食べてどんな生活をしたらこんな作品が書けるの……!?」と思ってしまったくらい。かなり衝撃を受けた存在でした。
大学卒業後は、小説執筆よりも学術的なことに関心の比重が強くなったようで、動物愛護や倫理や正義、学問のあり方、ジェンダーなどをテーマにブログで発信を続けていたところ、さまざまな媒体へのお声掛けがあり、やがてこの本の出版に至ったようです。
この本は、晶文社での連載が元になっているようです。サブタイトルにある通り、「学問」「功利主義」「ジェンダー」「幸福」を論じた本となっています。
この本を「強者の道徳」の本と評した人もいるようですが、私はむしろ「普通の人の道徳」というほうがしっくりくるなぁ、と感じました(「普通」を享受できることをある種の「強者」と感じる人がいるのも承知してはいますが)。
いわゆる「政治的に正しい、先進的な考え方」に疲れた人向けというか、「現実的な生々しさ」にもっと焦点を当てて、一般的な人間心理を考慮した上で問題を考えたい人向けというか。
「トロッコ問題」などの倫理の話も、その問題の複雑さを改めて考えさせられるものの、思考実験としての「おもしろさ」も感じられる部分も。
この本は、「この議論が、学問的にどのように扱われてきたのか」という問題の整理が中心となっており、著者の主張はあまり強すぎないところは私にとっては良かった点でもありました。
「ベンジャミン」という名前、『ヤバい経済学』によると、「親の教育水準が高い白人の男の子に多い名前」らしい。 pic.twitter.com/0AAyvz74Vv
— まくはり うづき(Makuhari Wuzuki) (@wuzuki_) 2022年6月18日
誤字だらけのサイン、「Benja"n"min」になってるのもじわじわくるけど、「Kritzer"er"」になってるのは笑う https://t.co/xOJJ4qyYFc
— まくはり うづき(Makuhari Wuzuki) (@wuzuki_) 2021年12月21日
以上になります。今回は学術的な要素が多かったり、思い入れの強い本も多く、まとめるのに少し時間がかかってしまいました。
読みやすいものも、読み応えたっぷりのものも、ジャンルも結構バラバラなので、一冊くらいは気になる本が見つかった方もいるのではないでしょうか。
ぜひ、読んでみてくださいね。