KS-33L(電動台車)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/07 08:39 UTC 版)
「参宮急行電鉄2200系電車」の記事における「KS-33L(電動台車)」の解説
電動車が装着するKS-33L台車は、基本デザインそのものは昭和初期において標準的であったイコライザー式である。 同時に住友の先行モデルであるKS-33E以来、各社で実績を積んだ一連の既製品のバリエーションモデルの一つでもあって、この形式は戦後になってからも京阪神急行電鉄(のちの阪急電鉄)を筆頭に、各地の私鉄に大量採用されている。 しかし、当時は鋳鋼台車実用化初期で、この台車を構成する鋳鋼製の側枠は一体構造でなく、複数パーツに分割して鋳造されたものをボルトで組み立てる、過渡的形態のものであった。外見上は接合ボルトだらけでおよそすっきりとした印象ではない。 吊り掛け式駆動の電動車用台車においては、重い主電動機の荷重の約半分を台車枠で担わねばならないため、主電動機を装架する梁の強度設計や形状決定が難しく、また、鋳造時の不純物混入等が許されず、鋳造時の検査を特に厳しく実施せねばならないため、製造上の歩留まりが悪いという問題があった。この点、付随台車の横梁が事実上両側枠を連結するのみであったのに比して制約となっていた。本台車において側枠が分割されていたのもこの不良対策という意味合いが強く、軸箱や枕梁接合部といった負荷のかかる部分ごとに各パーツが分けられ、強度上無理な力がかからない部分を選んで分割・接合してあった。 低速な路面電車用としては、俗に「大阪市電型台車」として知られる大阪市電1600形用住友金属工業KS-46-L軸ばね台車が、1928年の段階で大型鋳鋼製側枠を備えたオールコイルばね式台車として実用化されていたが、高速電車向けの電動車用台車枠は、完全一体鋳鋼で製造できるまでに至っていなかった。 日本における高速電車向け電動車用側枠完全一体鋳鋼製イコライザー台車は、本形式と同じ1930年に住友製鋼所が大阪電気軌道奈良線モ301形向けにKS-66Lを少数製作したのが最初であるが、この後はしばらく途絶え、1933年になって住友製鋼所が大阪市電気局100形向けに製造したKS-63Lと、同年に川崎車輛が帝都電鉄(現・京王電鉄井の頭線)モハ100形用に製作した台車の2種で、ようやく大型電車向け電動車用一体鋳鋼台車枠が本格量産可能となっている。 本台車の乗り心地はその剛性の高さに支えられて昭和初期としては良好な部類に入り、その後1950年代初頭に至るまでの私鉄電車向けロングセラーとなったことも首肯しうる内容であった。
※この「KS-33L(電動台車)」の解説は、「参宮急行電鉄2200系電車」の解説の一部です。
「KS-33L(電動台車)」を含む「参宮急行電鉄2200系電車」の記事については、「参宮急行電鉄2200系電車」の概要を参照ください。
- KS-33Lのページへのリンク