1988年以降
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/16 06:14 UTC 版)
竹下政権のふるさと創生事業が実施された1988年以降には、文化庁などの方針によって史跡での再建行為が忠実なものであることが求められるようになる。平成2年(1990年)の白河小峰城三重櫓の木造復元以降は、資料に基づいた木造での復元や復興が原則となった。また、掛川城天守、熊本城の城郭建築群、篠山城大書院など資料に基づく復元事業が行われ、この時期を「平成の復興ブーム」や「第2次復興ブーム」など呼んでいる。この時期では、天守に限らず、櫓や城門、御殿、土塁、石垣などの復元、また出土した中世・戦国の城郭を再現した事例がある。しかし、伝統的な技法での復元工事では、建築基準法や消防法などに抵触するため、門や櫓は人の立ち入りが制限されたり、天守に至っては高さや防災上の規制により建築自体ができないなどのジレンマもあったため、コンクリート基礎の上に礎石を並べて建てたり、柱や桁梁などに補強金物を一部施すなど近代的な技法を一部導入したり、仙台城の三重櫓のように再建計画自体が断念される事例もある。復元された建物内部は、概ね郷土博物館や歴史資料館として一般公開されていることが多い。 コンクリートを使って近現代に復元された天守なども経年劣化が進んだり、耐震性不足が露呈したりしている。このため大坂城で溶液を流し込んでコンクリートを再アルカリ化させて強度を増すなど延命・補修が行われている。 (復元天守・復興天守・模擬天守・天守閣風建物の各詳細に関しては近・現代の天守建設を参照のこと。)
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