1 伝統的な日本
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/05 23:37 UTC 版)
「ライシャワーの日本史」の記事における「1 伝統的な日本」の解説
国土と民族 文化的には、日本は中国文明の娘の一人である。しかし日本語は他の言語とかけ離れたものであり、文化の特異性が促進された。 日本語は、現在世界で日常使われている言語の中で最も複雑な表記法を有し、しかも、類縁関係にある近い言語が存在しない孤立した言語なのである。 中国の模倣時代 文字、仏教、中央集権的官僚制、土地所有制度、長方形都市などの中国文明を、平安時代はじめまで取り入れた。 国風文化の発展 かなが発明され、日本独自の文学を生んだ。公地公民制から、免税特権をもつ貴族の荘園制に変化。中央政府の弱体化。 (藤原氏という)特定の一族がこれだけの長期間勢力をもっていて、しかも中央政府の政治力が有効に機能しない状態が長くつづいたのである。 封建社会の発展 武士が台頭し、源頼朝に服属。彼は実質上の日本の支配者となった。 裁定をあおぐ必要のあるもめごとはすべて幕府にもちこまれるようになった。建前上は朝廷の管轄下にある国司や荘園に対する要求からくる争いまでが、鎌倉に裁定を求めてきたのである。 封建制度の成長と変遷 足利時代は政府が弱体化し乱世。領地から確実な収税ができる者が大名となった。 国内の再統一 17世紀の再統一は、大名の支配を基礎とし、大名を中央で統制した。 後期封建性の変容 平和な徳川時代に産業、文化、学問が発展した。 日本は政治の上でこそ封建制度的に分割されていたが、経済的には一つに結ばれていて、その統合された経済にふさわしい経済機構を発展させていたのだった。
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