蕎麦湯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/06 01:09 UTC 版)
蕎麦湯(そばゆ)とは、蕎麦を茹でた後に釜の中に残る湯、つまり、蕎麦の茹で汁のことである。蕎麦を茹でると、蕎麦粉などが湯の中に散らばってゆき、結果、蕎麦を茹でれば茹でるほど徐々に湯が濁ってくる。あまりにも濁りが濃くなってくると、茹でている最中に蕎麦同士がくっつきやすくなる他、場合によっては蕎麦の風味が変わることもある。このため、蕎麦を供する店舗のように、同じ釜の中で蕎麦を次々と茹で上げる場合は、これが濃くなり過ぎないように、蕎麦の茹で汁の一部を釜の中から取り出して、新たに湯を加える必要に迫られる。この時、取り出した蕎麦の茹で汁が、蕎麦屋で供される蕎麦湯である。なお、蕎麦湯の定義からも明らかなように、家庭の鍋で蕎麦を茹でた後、鍋の中に残った湯も蕎麦湯に他ならない。 蕎麦を提供する店舗の場合、蕎麦湯は浸け麺の蕎麦に添えて湯桶などで飲用に、通常は無料で出す。客は、蕎麦湯を残った蕎麦つゆに湯桶から注ぎ入れて割り、最後の締めに飲む。蕎麦を食べ終わる時間を見計らって蕎麦湯の湯桶を時間差で持ってくる店が多数派とみられるが、蕎麦と同時に提供する店もあり、さらには薬缶等に入れてテーブルに供し、客が好きに注いで飲む店もある。 飲み方としては、残った蕎麦つゆを割って飲む方法、蕎麦つゆを割らず蕎麦湯のみを飲む方法、残った蕎麦つゆをいったん捨てて新しい蕎麦つゆと蕎麦湯を割って飲む方法もあり、個人の好みにしてよいとされる。 通常温かい蕎麦に蕎麦湯は提供されない。しかし、江戸そばのように特に濃い蕎麦つゆを蕎麦湯で割って飲みたい場合などに、注文に応じる店がある。 蕎麦湯の文献上の初出は元禄10年(1697年)の 人見必大による『本朝食鑑』であるとされる。そこに「呼蕎麦切之煮湯稱蕎麦湯而言喫蕎切後不飲此湯必被中傷若雖多食飽脹飲此湯則無害然未試之」(蕎麦切りを食べた後で蕎麦湯を飲まねば病気になる、また過食して腹が飽脹しても蕎麦湯を飲めば害がないというが試したことはない)と伝聞調の記述が見られる。また、寛延4年(1751年)の日新舎友蕎子による『蕎麦全書』の中に「先年所用の事ありて信州諏訪を通る事有り。信濃そばとて名物を聞居ければ、旅宿にてそばを所望せしに、其そば製大きによし。成程名物程の事有り。然るにそば後直に蕎麦湯を出して飲しむ」という記述がある。そこでは「そば後直に蕎麦湯を飲む時は食するそば直に下腹に落着て、たとえ過食すとも胸透きて腹意大きによろしき物也」と整腸作用のために飲むと説明されている。直前に「江戸にてはそば切を人に振舞時、そばの後、定って吸物とて豆腐の味噌煮を出す。能麺毒を解すと云伝ふ」ともあるように、この時代には麺類は毒という考え方が存在していた事も確認できる。また薬膳では蕎麦は涼寒性食品、新舎友蕎子が蕎麦を微寒と記しているほか諺に“蕎麦食ったら 腹あぶれ”というものもあり、冷たい蕎麦を食べた後に温かくする事が病気予防になるとされていた事が伺える。 俳句の世界における蕎麦湯は歳時記に冬の季語として紹介されている。これは蕎麦切りの茹で湯という副産物ではなく、前述の蕎麦湯の文献上の初出の時代には大変貴重な砂糖と蕎麦粉を溶いた蕎麦がき状のものを指し、和菓子の文脈に近い、似て異なるものであったと考えられる。ただし、こちらの解釈でも体を温めるものという認識があった事は伺える。享和3年に出版された『東海道中膝栗毛 後篇 乾坤』では、三島宿の旅籠で相部屋となった「護摩の灰」(泥棒、詐欺師)に路銀を盗まれた弥次喜多が、原宿(現在は静岡県沼津市)の蕎麦屋で一杯ずつ食べた後に、なおも腹を満たそうとして蕎麦湯を所望し、さらに「薬を飲むからもっとくれ、ただし醤油がないと効かないから一差ししてくれ」などと言って鱈腹飲む描写がある。 医学の発達した現代には、文献上に見られる整腸作用のためよりは、冷やしの蕎麦つゆの味覚を楽しむという目的に変わっていった。その場合はそのまま飲むには味が濃いので、蕎麦湯で割って飲むことで出汁やかえしの風味を楽しむという理由付けである。しかし、塩分のとりすぎが日本人の高血圧症の原因であると指摘されるようになって以降、蕎麦つゆで割った蕎麦湯の塩分に注意する旨の表示も見られ、蕎麦湯のみを飲む人も増えてきた。よって、蕎麦湯に残った蕎麦の余韻、蕎麦湯そのものを味わう楽しみにも焦点があてられるようになった。名水が有名な地方などでは、ゆで湯の水の味を重視して良質な水をゆで湯に使用して蕎麦粉の濃度は低い蕎麦湯を出す店もある。 なお、蕎麦湯に水溶性の栄養分が溶け出しているために蕎麦湯を飲むという説があるが、ルチンについては不水溶性なので、食品添加物として水溶性が高いα-グルコシル-ルチンを加えていない限り蕎麦湯から摂取しようとする方法は現実的ではないものの、特に生そばでは打ち粉に蕎麦粉を用いていればその限りではない。他の栄養素に関しては、生そばの場合は蕎麦の茹で時間が30-60秒と極めて短く、溶け出す量は限られるので開店直後の蕎麦屋の釜や家庭の鍋から汲み上げた蕎麦湯に溶け出している栄養素には期待できないが、朝の開店から時間が経過した蕎麦屋で半抜きのために釜から汲み上げた濃度の高い蕎麦湯には澱粉質、たんぱく質が蓄積されている。前述のように、サラッと薄い蕎麦湯に文句を言う客のためであるとか店主のこだわりにより蕎麦粉などを溶かし込んでいる場合も結果的には同様の成分になる。冷えた蕎麦を食べた後で澱粉質により葛湯のようにとろみがついた温かい蕎麦湯を飲む事で体が温まる事も健康に寄与すると考えられている。 蕎麦湯を飲む習慣については地域差もあり、特に関西地方ではあまり一般的ではないと言われる。『産経新聞』が2017年に大阪市で街頭インタビューを行った結果によれば、そもそも蕎麦湯の存在を知らない人間が回答者の約半数を占めたほか、蕎麦湯の存在を知っていてもそれを飲む行為を否定的に捉える回答者が多かった。2018年にJタウンネットが行ったアンケート調査でも、蕎麦湯を必ず飲む人間の比率は東日本の68.3%に対し西日本は48.5%、特に関西地方に限れば35.4%と低い値が出ている。 酒類を提供している蕎麦屋の一部では、そば焼酎(乙類)を蕎麦湯で割ったものを「蕎麦湯割り」として提供する店がある。家庭などで、そば焼酎の楽しみ方として紹介される場合は、出来上がりを安定させるために蕎麦粉を溶いて作った蕎麦湯が用いられるほか、蕎麦湯に梅干を加える飲み方もある。
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