戦死者
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/11 05:03 UTC 版)
参謀本部「明治二十七八年日清戦史」では、軍人・軍属の戦死 1,132、戦傷死 285、病死 11,894、戦傷病 3,758、合計13,488人、服役免除(疾病、刑罰等)3794人で、全体の減耗人員数の合計は17282人と報告された。これによれば、軍人・軍属の戦死、戦傷死、病死の合計死者数は13,311人となる。 歴史学者の井上清は昭和41年の著書で、日本陸軍12万人のうち戦死者数は5417人とする。 防衛ハンドブック(1992年、朝雲新聞社)によれば、戦死・戦傷死1,567名、病死12,081名、変死176名、計13,824名(戦傷3,973名)。 軍夫の損害 歴史学者の原田敬一は2007年の著書で、参謀本部『明治廿七八年日清戦史』には全動員力24万616人、うち17万4017人が派遣され、軍夫は15万4000人のうち5000人国内使役のほかは派遣されたとあることから、軍夫も武装した輜重輸卒であったことからこれを含めると、日本軍の動員は39万5000人であったとする。原田は、軍夫の死者数は調査されなかったが、7000人以上と推定する。
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