数学 において、形式的冪級数 (けいしきてきべききゅうすう、英 : formal power series )とは、(形式的 )多項式 の一般化であり、多項式が有限個の項しか持たないのに対し、形式的冪級数は項が有限個でなくてもよい。例えば、(X を不定元 として)
∑
n
=
0
∞
X
n
=
1
+
X
+
X
2
+
X
3
+
⋯
+
X
n
+
⋯
{\displaystyle \sum _{n=0}^{\infty }X^{n}=1+X+X^{2}+X^{3}+\dotsb +X^{n}+\dotsb }
は(多項式ではない)冪級数 である。
定義
A を可換 とは限らない環 とする。A に係数をもち X を変数(不定元)とする(一変数)形式的冪級数 (formal power series) とは、各 ai (i = 0, 1, 2, … ) を A の元として、
∑
n
=
0
∞
a
n
X
n
=
a
0
+
a
1
X
+
a
2
X
2
+
⋯
{\displaystyle \sum _{n=0}^{\infty }a_{n}X^{n}=a_{0}+a_{1}X+a_{2}X^{2}+\dotsb }
の形をしたものである。ある m が存在して n ≥ m のとき an = 0 となるようなものは多項式 と見なすことができる。
形式的冪級数全体からなる集合 A [[X ]] に和と積を定義して環の構造を与えることができ、これを形式的冪級数環 という。和と積の定義は以下のようにする。
∑
n
=
0
∞
a
n
X
n
+
∑
n
=
0
∞
b
n
X
n
:=
∑
n
=
0
∞
(
a
n
+
b
n
)
X
n
(
∑
n
=
0
∞
a
n
X
n
)
⋅
(
∑
n
=
0
∞
b
n
X
n
)
:=
∑
n
=
0
∞
(
∑
k
=
0
n
a
k
b
n
−
k
)
X
n
{\displaystyle {\begin{aligned}\sum _{n=0}^{\infty }a_{n}X^{n}+\sum _{n=0}^{\infty }b_{n}X^{n}&:=\sum _{n=0}^{\infty }(a_{n}+b_{n})X^{n}\\\left(\sum _{n=0}^{\infty }a_{n}X^{n}\right)\cdot \left(\sum _{n=0}^{\infty }b_{n}X^{n}\right)&:=\sum _{n=0}^{\infty }\left(\sum _{k=0}^{n}a_{k}b_{n-k}\right)X^{n}\end{aligned}}}
すなわち和と積は形式的に定義し、環の元と不定元は可換であるとする。
より形式的な定義
ℕ を非負整数全体の集合とし、配置集合 A ℕ すなわち ℕ から A への関数(A に値を持つ数列 )全体を考える。この集合に対し
(
a
n
)
n
∈
N
+
(
b
n
)
n
∈
N
:=
(
a
n
+
b
n
)
n
∈
N
(
a
n
)
n
∈
N
⋅
(
b
n
)
n
∈
N
:=
(
∑
k
=
0
n
a
k
b
n
−
k
)
n
∈
N
{\displaystyle {\begin{aligned}(a_{n})_{n\in \mathbb {N} }+(b_{n})_{n\in \mathbb {N} }&:=(a_{n}+b_{n})_{n\in \mathbb {N} }\\(a_{n})_{n\in \mathbb {N} }\cdot (b_{n})_{n\in \mathbb {N} }&:=\left(\sum _{k=0}^{n}a_{k}b_{n-k}\right)_{n\in \mathbb {N} }\end{aligned}}}
によって演算を定めると、A ℕ は環になることが確かめられる。これが形式的冪級数環 A [[X ]] である。
ここでの (an ) は上の ∑an Xn と対応する。
合成
定数項が 0 の形式的冪級数は、別の冪級数に代入することができる。すなわち、
f
(
X
)
:=
∑
n
=
0
∞
a
n
X
n
,
g
(
X
)
:=
∑
m
=
1
∞
b
m
X
m
{\textstyle f(X):=\sum _{n=0}^{\infty }a_{n}X^{n},\;g(X):=\sum _{m=1}^{\infty }b_{m}X^{m}}
とすると、(g (X ))n は n − 1 次以下の項をもたないので、合成
f
(
g
(
X
)
)
=
∑
n
=
0
∞
a
n
{
g
(
X
)
}
n
{\displaystyle f(g(X))=\sum _{n=0}^{\infty }a_{n}\{g(X)\}^{n}}
が意味をもつ。例えば
exp
(
log
(
1
+
t
)
)
=
1
+
t
{\displaystyle \exp(\log(1+t))=1+t}
は形式的冪級数としても正しい等式である。
性質
以下では A を単位元をもつ可換環とし、
f
=
∑
n
=
0
∞
a
n
X
n
∈
A
[
[
X
]
]
{\textstyle f=\sum _{n=0}^{\infty }a_{n}X^{n}\in A[[X]]}
とする。
f が A [[X ]] の単元 であることと a 0 が A の単元であることは同値である。
f が冪零 であれば、すべての an は冪零である。逆は一般には成り立たないが、A がネーター環 であれば成り立つ。
A がネーター環であれば、A [[X ]] もネーター環である。
A が整域 であれば、A [[X ]] も整域である。
f が A [[X ]] のジャコブソン根基 に属することと、a 0 が A のジャコブソン根基に属することは同値である。
形式微分
f
=
∑
n
=
0
∞
a
n
X
n
{\textstyle f=\sum _{n=0}^{\infty }a_{n}X^{n}}
に対し、
f
′
:=
∑
n
=
1
∞
n
⋅
a
n
X
n
−
1
{\textstyle f':=\sum _{n=1}^{\infty }n\cdot a_{n}X^{n-1}}
を f の形式微分 という。a , b ∈ A , f , g ∈ A [[X ]] に対し、(af + bg )′ = af′ + bg′ , (fg )′ = f′g + fg′ などが成り立つ。
これは(複素あるいは実の)収束冪級数と考えると項別微分に相当するものである。
一般化
形式的ローラン級数
有限個の負冪も許したものは形式的ローラン級数 と呼ばれる。正確には次の形のものである。N を自然数 、各 an を可換環 A の元として、
∑
n
=
−
N
∞
a
n
X
n
{\displaystyle \sum _{n=-N}^{\infty }a_{n}X^{n}}
.
このような元全体は環をなし、形式的ローラン級数環 といい、A ((X )) と表記する。とくに A が体 k であるとき、k ((X )) も体であり、これは k [[X ]] の商体でもある。
多変数の形式的冪級数
任意の個数(無限個でもよい)の不定元をもった形式的冪級数を定義することができる。Λ が添え字集合であり X Λ を λ ∈ Λ に対し不定元 Xλ 全体の集合とすれば、単項式 Xα は X Λ の元の任意の有限個の(重複を許した)積である。係数を環 A にもつ X Λ の形式的冪級数は単項式 Xα の集合から対応する係数 cα への任意の写像によって決定され、
∑
α
c
α
X
α
{\textstyle \sum _{\alpha }c_{\alpha }X^{\alpha }}
と表記される。すべてのそのような形式的冪級数からなる集合を A [[X Λ ]] と表記し、以下のように環の構造を与える。
(
∑
α
c
α
X
α
)
+
(
∑
α
d
α
X
α
)
:=
∑
α
(
c
α
+
d
α
)
X
α
{\displaystyle \left(\sum _{\alpha }c_{\alpha }X^{\alpha }\right)+\left(\sum _{\alpha }d_{\alpha }X^{\alpha }\right):=\sum _{\alpha }(c_{\alpha }+d_{\alpha })X^{\alpha }}
および
(
∑
α
c
α
X
α
)
×
(
∑
α
d
α
X
α
)
:=
∑
α
,
β
c
α
d
β
X
α
+
β
{\displaystyle \left(\sum _{\alpha }c_{\alpha }X^{\alpha }\right)\times \left(\sum _{\alpha }d_{\alpha }X^{\alpha }\right):=\sum _{\alpha ,\beta }c_{\alpha }d_{\beta }X^{\alpha +\beta }}
一変数の場合と同様に、A [XI ] ⊂ A [[XI ]] である。
Λ ≔ {1, 2, …, n } の場合には、A [[X Λ ]] = A [[X 1 , X 2 , …, Xn ]] とも書かれる。A [[X 1 , …, Xn ]] = A [[X 1 , …, X n -1 ]] [[Xn ]] である。
性質
多項式とは異なり、一般には、「代入」は意味を持たない。無限個の和が出てきてしまうからである。
しかし、例えば次のようなときには意味を持つ。可換環 A はイデアル I による I 進距離で完備であるとする。このとき
a
1
,
…
,
a
n
∈
I
{\displaystyle a_{1},\dots ,a_{n}\in I}
であれば、
∑
α
c
α
X
α
∈
A
[
[
X
1
,
…
,
X
n
]
]
{\textstyle \sum _{\alpha }c_{\alpha }X^{\alpha }\in A[[X_{1},\dots ,X_{n}]]}
の
X
1
,
…
,
X
n
{\displaystyle X_{1},\dots ,X_{n}}
に
a
1
,
…
,
a
n
{\displaystyle a_{1},\dots ,a_{n}}
を代入したものは収束する。
ネーター環 A 上の多項式環 B ≔ A [X 1 , …, Xn ] の、
m
=
(
X
1
,
…
,
X
n
)
{\textstyle {\mathfrak {m}}=(X_{1},\dots ,X_{n})}
による完備化は、A [[X 1 , …, Xn ]] と同型である。これは
B
m
{\textstyle B_{\mathfrak {m}}}
の
m
B
m
{\textstyle {\mathfrak {m}}B_{\mathfrak {m}}}
進位相による完備化とも同型である。
A がネーター環であれば、C ≔ A [[X 1 , …, Xn ]] もネーター環であり、A が整域であれば C も整域である。A が体であれば、C は正則局所環 である。
参考文献