シベール同人について
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吾妻ひでお(あづま ひでお、1950年2月6日 - 2019年10月13日) 詳細は「吾妻ひでお」を参照 漫画家。1950年に北海道浦幌町で生まれる。1968年に上京後、工員などの職を経て板井れんたろうのアシスタントを務める。1969年に『まんが王』(秋田書店)12月号付録に発表した『リングサイド・クレイジー』でデビュー。その後、1972年から『週刊少年チャンピオン』に連載した『ふたりと5人』で人気作家となる。1970年代は『二日酔いダンディー』『エイト・ビート』『きまぐれ悟空』『やけくそ天使』『チョッキン』『おしゃべりラブ』『ちびママちゃん』『翔べ翔べドンキー』『やどりぎくん』『スクラップ学園』(すべて秋田書店)などのナンセンスギャグ浸画で人気を得る一方、1978年の『不条理日記』を皮切りに発表した一連の作品がSFファン・漫画マニアに熱狂的に受け入れられ、そのマニアックなSFパロディと革新的なギャグセンスから今日の不条理漫画の先駆けになる。また1978年にニューウェーブ漫画誌『Peke』(みのり書房)で連載した『どーでもいんなーすぺーす』によって1980年代に「ロリコンまんが」と呼ばれることになるSFと美少女を中心とした先鋭的な作風をいち早く確立する。1979年4月から日本初のロリコン漫画同人誌『シベール』(無気力プロ)を自費出版。さらに並行してアリス出版の自販機本『少女アリス』(川本耕次編集)に『陽差し』『海から来た機械』など「純文学シリーズ」と呼ばれる作品群を発表し、一連の作品で性的表現の中に手塚治虫を系譜とする戦後漫画の正統的な絵柄と少女漫画の内面世界を持ち込んだことから今日の「美少女」「萌え」につながる「おたく」的表現に決定的な影響を与えた。その後も『ななこSOS』『おちゃめ神物語コロコロポロン』などの人気作品(2作品ともテレビアニメ化された)を精力的に発表するも、創作に行き詰まり、1989年11月と1992年4月に突如失踪、1998年12月にはアルコール依存症で入院する。その経緯を描いた自伝『失踪日記』(2005年)はロングセラーとなり、第34回日本漫画家協会賞大賞、第10回手塚治虫文化賞大賞、第9回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞を受賞したほか、2019年10月にはイタリアのグラン・グイニージ賞のRiscoperta di un’opera(再発見された作品)部門を受賞する。2019年10月13日没。 沖由佳雄(おき ゆかお、1957年 - ) 吾妻ひでおのアシスタント。『シベール』創刊編集長兼スカウト係。同人サークル「グループ601」主宰。吾妻の漫画『オリンポスのポロン』に登場するエロースや『ななこSOS』に登場するDr.チャバネのモデル。『アニメック』で商業誌デビュー後、蛭児神建編集のモンド系ロリコン漫画雑誌『プチパンドラ』などにも執筆した。 蛭児神建(ひるこがみ けん、1958年7月18日 - ) 作家・編集者・僧侶。ロリコンの神様と呼ばれた伝説的人物。東京都生まれ。1978年に日本初のロリコン文芸誌『愛栗鼠』を創刊。その後『シベール』創刊参画を経て、過激派ロリコン同人誌『幼女嗜好』『SMロリータ』(変質社)をコミケットで発表。1980年代に巻き起こったロリコンブームの立役者・教祖的存在となる。また当時のコミケットには髪を腰まで伸ばし、ハンチング帽にサングラス、トレンチコートにマスク、プティアンジェ人形を逆さまにぶらさげた変質者スタイルで出没していたことから吾妻ひでおの漫画『ななこSOS』『スクラップ学園』やアダルトゲーム『ALICE』などに登場する変質者のモデルにもなった。1982年には商業誌初のロリコン漫画雑誌『レモンピープル』でプロデビュー。1984年から雑誌『プチパンドラ』(一水社)の編集長に就任するが、1987年に引退・絶筆する。後に出家。その経緯に関しては2005年に上梓された自伝『出家日記―ある「おたく」の生涯』(角川書店)に詳しい。 仁科蒼一(にしな そういち) パロディ漫画家。蛭児神建が初参画した漫画評論サークル「ユニオン・エカルテ」主宰者。吾妻ひでおの漫画に登場するモブキャラクターのモデルのひとり。みのり書房発行の『月刊OUT』『ランデブーコミック』でも活躍した。後に蛭児神の仲介で『シベール』創刊に参加する。 孤ノ間和歩(このま わほ、2月6日 - ) 漫画家・イラストレーター。計奈恵の師匠。『シベール』中核メンバーにして美少女漫画の草分け的存在。創刊当初の『レモンピープル』にも作品を執筆した。2000年代以降は商業誌で活動していない。 計奈恵(かずな けい、4月18日 - ) 漫画家。孤ノ間和歩の弟子。くりいむレモンシリーズ『SF・超次元伝説ラル』『STAR TRAP』キャラクターデザインを孤ノ間和歩と共に担当。『アニメック』でプロデビュー後『漫画ブリッコ』を経て『月刊少年ガンガン』など少年誌にも執筆するかたわら「和猫」名義で成人向け漫画も執筆した。吾妻ひでおの漫画『ななこSOS』に登場する国際セル密売組織の男のモデル。 豊島ゆーさく(とよしま ゆーさく/豊島U作) 漫画家。東京都生まれ。中村プロダクション出身の元アニメーター。I.N.U.(いぬねこうさぎざえもん)名義にて同人誌で活躍。ケモナーの先駆者で『シベール』時代からケモノを描き続けてきたケモロリおたくの最古参。大塚英志編集のアンソロジーコミック『美少女まんがベスト集成3 プチアップル・パイ』(徳間書店/1983年6月)に発表した『きゃっとがーる』でデビュー。1986年に初単行本『硝霊島』(白夜書房)を上梓。1992年からは同人誌『獣姦王』を創刊し『キャッ党忍伝てやんでえ』や『RPG伝説ヘポイ』のミーヤ・ミーヤなどメスケモを題材にした成人向け漫画をあさりよしとおらと共に次々と発表していた。なお『シベール』の頃「抜けシベ」を考えていた児童漫画志望の計奈恵に「まんが画廊でロリコンと呼ばれ、今ここ(無気力プロ)を抜けるお前に行く所があるのか?」と釘を刺して退路を断たせ、三流劇画誌『漫画大快楽』(檸檬社刊)に谷口敬の起用を投書で推薦するなど、当時のロリコン文化にも少なからず影響を残している。代表作に『下品な魔法使いケツメドアナル』など。 三鷹公一(みたか こういち) 兵庫県出身。岡山大学卒業。望月三起也、吾妻ひでお、みやたけしの元アシスタント。小学館の学年別学習雑誌やコロコロコミックなど小学生向けの漫画雑誌でも執筆。また、吾妻ひでお原作のテレビアニメ『ななこSOS』の絵本は三鷹が作画を担当している。 早坂未紀(はやさか みき、1955年 - ) 富山県出身。和田慎二、吾妻ひでお、村上もとかの元アシスタント。同人サークル「トラブルメーカー」所属。1980年に同人誌『フリス』を自費出版。その後、大塚英志が編集していた漫画雑誌『リュウ』『プチアップルパイ』『漫画ブリッコ』などにも執筆し、かがみあきらやあさりよしとおらとともに1980年代前半を代表する美少女SF漫画家として知られた。しかし現在は消息を絶っている模様である。 森野うさぎ(もりの うさぎ、1960年代前半 - ) 詳細は「森野うさぎ」を参照 漫画家・イラストレーター・キャラクターデザイナー・同人作家。現在の萌え属性につながる「ぷにロリ」の元祖的存在。あさりよしとおやふじたゆきひさらが参画した同人サークル「スタジオ・アオーク」主宰。同人サークル「うさぎ幼稚園」主宰。クリエイター集団「いちごはうす」メンバー。コミケ参加当初は同人誌経験もない高校生だったが、まんが画廊でスカウトされる形で『シベール』に参加する。 川猫めぐみ(しまねこ めぐみ、1953年1月29日 - ) 漫画家・愛猫家・同人作家・路上詩人。神奈川県横浜市出身。女性。1973年にトキワ松学園女子短期大学卒業後、1974年に『蒼い馬I』(北冬書房)に「花帽子―宵の秋」発表。その後、北冬書房の『夜行』などに四畳半フォーク調で幽玄的雰囲気を漂わせた叙情派作品を発表していた。1976年には『週刊漫画ジョー』(廣済堂出版)に「半夏生」を発表し、一般誌デビュー。1979年には『月刊セブンティーン』(集英社)に掲載した「知らない明日へ」で第1回新人グランプリ努力賞を受賞した。1980年に初単行本『どこか遠い虹の国』(集英社セブンティーンコミックス)上梓。以後フリーとなり、川本耕次監修の美少女専門誌『ロリコンHOUSE』(三和出版)や『シベール』の後継同人誌『アスケロン』(ぐるーぷティンカーベル)のレギュラー作家となる。この頃からデフォルメ系少女漫画調のスタイルを確立し、ファンシーかつエロティックな世界観で知られた。主な漫画作品集に『川猫めぐみ没作品集―星野原紙芝居』(虎馬書房・1983年)や『しましまBOOKS』(けいせい出版・1986年)がある。2008年に公式ホームページを開設。並行して雑貨販売や音楽活動を行うなど、現在も精力的に創作活動を行っている。 海猫かもめ(うみねこ かもめ) 計奈恵の弟。東京電力社員。雑誌『プチパンドラ』に執筆。蛭児神建は友人にあたる。 ※上記人物のうち、吾妻、沖、蛭児神、仁科、計奈、孤ノ間、豊島、森野、早坂、川本は、吾妻の漫画にサブキャラクターとしてたびたび登場する。
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