東京スポーツ創刊60周年ウイーク特別企画に、本紙に貢献大の人物の登場だ。本業の野球から下ネタまで明るい話題を長年にわたって提供してくれたゴジラこと松井秀喜氏がその原点を告白。「現役時代の唯一の後悔は、東京スポーツと仲良くしてしまったこと」と米国から愛情たっぷりの毒ガスメッセージを寄せた。
●松井秀喜(ヤンキースGM特別アドバイザー=45)
この度は、東京スポーツ創刊60周年誠におめでとうございます。
5年前の55周年時には、貴社の元番記者に「貴方の背番号と同じですので、これが私からの最後のお願いです」とお祝いのメッセージをお願いされましたが、たった5年が経過した舌の根も乾かぬうちに同じ人間からまたメッセージの依頼が来ました。この厚かましさを堂々と実行できることこそが東京スポーツの真骨頂であります。
私の現役時代の唯一の後悔は東京スポーツと仲良くしてしまったことです。なぜそうなったかと申しますと、原因は高校時代にあります。私の高校時代の山下監督が東京スポーツを毎日読んでおり、部室には毎日、東京スポーツがありました。私の地元・石川では中京スポーツとして翌日の朝に発売されておりましたので、1日遅れの新聞でありました。なぜ山下監督が1日遅れの新聞を毎日読んでいたのかは今でも分かりません。見出しで笑いたかったのか、プロレスが好きだったのかと想像しますが、思春期真っただ中の我々は当時、毎日掲載されていました高校生には少し刺激のある連載小説を読んでおりました。
そういう経緯もあり、私はプロ入り後も東京スポーツ記者の野球とは全く関係ない質問にも答えてしまいました。今思えば、東京スポーツの性質をもう少し理解した上で質問に答えれば良かったと悔いております。
ただ、東京スポーツは事実か事実でないか分からないことを堂々と1面にできる稀有な新聞社であります。それが許される特徴を生かして、これからも東京スポーツにしかできない記事を掲載し、仕事で疲れた帰宅途中の読者の皆様を喜ばせてください。改めまして、この度は心よりお慶び申し上げます。そして、65周年にはもうお祝いメッセージの依頼が私に来ないことを切に願っております。
【番記者ノート】正直に言って、最初はオファーを出すべきか真剣に悩んだ。昨今の情勢を鑑みれば、松井さんはちゅうちょするかもしれないと思ったからだ。でも、どうしても後ろ向きになり、暗くなりがちな時だからこそ、本紙を通じて世の中に「元気」と「活力」を与えてくれる人は松井さんしかいない。意を決してずうずうしくもお願いしたところ、松井さんはこちらの気持ちをくんで快諾してくれた。しかもウイットに富む、異例の長文メッセージ。深謝の念に堪えない。さすがは日本が誇る国民栄誉賞の英雄だ。
きっとそう遠くないうちに世界はコロナを完全撲滅するだろう。本紙が65周年を迎える5年後は、明るい世の中になっているはず。そのタイミングで、またまた厚かましく「最後のお願いです」と頭を下げ、ユーモアたっぷりのメッセージを頂戴したいと心に決めている。松井さん、どうかよろしくお願いします。(三島俊夫)